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前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。

 翌日、本当に来るんだろうかと思いつつも、「まぁ、約束したんだから」と、準備をして待っていると、それほど経たない内にクロード王子が迎えに来た。

 下級貴族か豪商の子息といった感じの服を着て――。

(あっ、ハイ、そうですか……)

 身分を隠して行くつもり満々だ。しかもこの格好、この人、平民が住んでいる区域にも行く気らしい。

「おはよう、ローザ」

「おはようございます、クロード殿下」

「あまり綺麗な服を着ているようだったら着替えてもらおうと思っていたが、お互い考えることは似ているようだな」

 そう言って、クロード王子は爽やかに微笑う。

 歩き回るだろうからと簡素なワンピースを着てたんだけど、申し訳ない、これは私の普段着だ。

 一応、クロード王子が普通の恰好をしてきたら着替えようと思ってはいた。必要なかったけど。

「じゃあ、行くか」

 手を差し出されて、一瞬取るべきか悩んだけど、不自然にならないように「ありがとうございます」と微笑んで手を取る。

 途中までは馬車で行くらしく、ポーチに停まっていた馬車に乗り込んだ。

 馬車に乗る時もエスコートしてもらったけど、エスコートされること自体があまり慣れてないから対処に困る。

「今日は、晴れて良かった」

「はい」

「この時期は大体晴れていることが多いんだが、たまに雨になることもあるから心配していた」

「そうなんですね」

 適当に相槌を打ちながら、内心、やっぱりレイについて来てもらうんだった、と溜め息を吐いた。私とクロード王子じゃ、どうみても会話が続かない。

 昨日の夜、一応レイには事情を話して誘ったんだけど、なんでもジェラルド・ハース氏と勉強会をするとのことで断られてしまった。留学して最初の休日だというのに、勤勉な弟だ。

(私も何かやってみるかな……)

 授業は一応真面目に受けてるんだけど、私が受けてた個別授業の方が進度が早かったらしく、全ての科目で授業が復習になっている状況だ。流石にちょっと退屈なこともあるから、予習もかねてまた独学を始めてもいいかもしれない。

(アミュレットでも作ってみるかな……)

 アミュレット――言い換えるならお守りだろうか。支援魔法が掛けられた効果の確かなものなんだけど、材料の問題でその領域はまだ手を出していない。作ったところで使い道がないというのもあるけど。

(でもまぁ、魔法陣を使った実験もしてみたいし、基礎はやっておいても損はないな……)

 ちょうど街に出るのだ。アクセサリー店にベースになるものが置いてあるかもしれない。

 そんなことを一人考えていると、何だか視線を感じて顔を上げた。

 視線の主――クロード王子と目が合い、困ったように微笑われる。

「もしかして、迷惑だったか?」

「え……?」

「さっきからずっと浮かない顔をしているから、本当は行きたくなかったんじゃないかと思ってな……」

「い、いいえ、そんな……」

 街には行ってみたいと思っていた。ただし、一人で。

 自由に過ごせる時間が増えたんだから、街の散策も一人で自由にのんびりとしたいと考えていた。

 けれど、彼が折角案内を申し出てくれて、私もそれに乗ったのだから、こんな風に半分存在を忘れるのは失礼なことだ。

「街に行ってみたいというのは本当です。ですが、その内一人で、と思っていたので、こうして殿下と一緒に行くことに少し戸惑ってはいます……」

「そうか……それはすまないことをした……」

「いいえ、お気持ちは有り難いのです。ただ、私は人と話すのがあまり得意ではないと言いますか……殿下とどんな話をしたらよいか分からず……殿下も、私のような者と話すのは退屈でしょう?」

 苦笑した私に、クロード王子は「いや」と真剣な顔で返した。

「こうして共に出掛けられて嬉しく思っているし、もっと知りたいと思っている。どんな話でも構わない。人と話すのは苦手と言っているが、レイとはよく話してるじゃないか。同じように色々と話してくれて構わない」

「レイ殿下とは、長い付き合いになりますので……」

 というか、なんだ、この流れは。

 こういうのって、ヒロイン相手に発する言葉じゃないんだろうか。

(え、私の立ち位置って、ライバル役の悪女だよね……?)

 そもそも、攻略対象に街を案内してもらうとか、何だその乙女ゲーでよくありそうなイベントは。

(……、いやいやいや、ないない。そんなことない)

 ヒロインに立つべきフラグがこっちに立っているかもしれないとか、そんなおかしなことは起こっていないと信じたい。

「ローザ? やっぱり、引き返した方がいいか……?」

「い、いいえ! 折角ここまで来たのですから、行きましょう。つまらない思いをさせてしまうかもしれませんが……」

「そんなことはない。一緒に出掛けられて嬉しいと言っただろう?」

 ふっと微笑ったクロード王子に、私も胸を撫でおろす。ここまでしてもらってるのに今更引き返すことになったら、流石に良心が咎める。

 まぁ、あんまりこの人と仲良くしすぎると、他からの視線が痛くなるからほどほどにはしておきたいんだけど。

(加減が難しいな……)

「そういえば、とりあえず出てきたが、どこか行きたい場所とかはあるか?」

「ええと、そうですね……殿下が普段行かれてる所でいいです。あ、装飾品の店があれば、少し立ち寄りたいです」

「装飾品か。やはり女性はそういうのが好きなんだな。あまり詳しくはないが、何軒かおすすめを訊いてきたから、そこに行こう」

「ありがとうございます」


 会話が弾むことはなかったけど、訊かれたことに答えている内に街の中心部へと着いていた。

 貴族の別邸がある区域と繁華街の間にある広場だ。繁華街を超えると平民が暮らす区域が広がっている。

 ここからは徒歩で行くとのことで、馬車を降りた。行こう、と手を差し出されて取ったけど、護衛の姿が見えない。馬車もいったん帰るらしく、御者は来た道を戻っていった。

「あの殿下、失礼ながら、護衛の姿が見えないのですけれど……」

「ん? ああ、護衛はいない。こんな格好の貴族に護衛が付いてるのも変だしな。あと、ここからはクリスと呼んでくれ」

 まじか。この人本当に護衛なしで来たのかよ。

(お忍びで街に出るのは、まぁ物語の中じゃよくあるんだろうけど……)

 某上様しかり、某黄門様しかり。

 けれど上様はもちろん、黄門様だって実際には諸国漫遊はしていない。行ったのは部下の人だけだ。事実、国のトップやそれに近いお偉方がひょいひょい出掛けてたら大ごとだ。皆仕事にならない。

(きっと、隠れてついて来てるよね……?)

 今のところ、それらしき姿は見えないけど、きっとどこかにいる筈だ。

 きょろきょろと辺りを見回していると、クロード王子が苦笑する。

「そんなに心配なくても、これでも結構腕は立つ方だ。問題ない」

 そう言って、腰に佩いている剣を指すけど、剣の腕がどうとかいう問題じゃない。剣を抜くような事態を考える前に護衛を一人は連れてくれ。何かあったらどうするんだ。

(さては、常習犯……?)

 自分のことを棚に上げて他人のことばかりは言えないけど、私と彼じゃ立場が違う。正直、私が出先でどうなろうと、国の安寧には関わらない。

 レイと比べると活発だとは思ってたけど、ここまで色々とやらかす人だとは。

 呆れて思わず溜め息を吐いてしまった。

「まったく、どうなっても知りませんからね……」

「大丈夫だ。心配するな」

「いいえ、心配します。殿下はもう少し身を慎むべきかと」

 苦言を言ってるのに、クロード王子はどこか楽しげに笑う。

「殿下じゃない、クリスだ」

 ほら、練習だ、と促されて、私はもう一度溜め息を吐いた。

「クリス様。これでいいですか?」

「ああ。話し方もそんな感じでいい。そっちの方が自然だ」

 そりゃまぁ、侯爵令嬢らしく見えるように頑張って敬語使ってますから。

(レイがいたら今頃睨まれてるな……)

 まぁ、レイがいたら、クロード王子もここまで無茶は言わないんだろうけど。


 ご満悦なクロード王子に連れられ、繁華街へと入る。この国に入って馬車から眺めた時も思ったけど、本当に活気のある街だ。

「賑やかですね」

「この辺は貴族向けの店が多いから、まだ静かな方だ。庶民の市場なんかはもっと賑やかだぞ?」

「それはまた……想像が付きません」

「セレーネの街や市場も賑やかだろう? 王都の街には行ったことがないのか?」

「ありますけど、賑わい方が少し違うような気がします。といっても、いつも少ししか留まれないので、私が知らないだけかもしれませんが」

 今日は馬車で来たからまだ早く着いたけど、王宮を抜け出して繁華街まで徒歩となると結構時間が掛かるのだ。

「フェガロ領の街は?」

 また答え辛いことを訊かれてしまった。母の実家であるフェガロ領には、数度しか行ったことがない。

「そうですね……王都ほどではありません。冬などは、寒さのせいで道行く人も少なくなりますし……」

「ソレイユとは逆だな。ソレイユだと南方の町が夏の暑さで皆バテて人通りが少なくなる。この辺りはそうでもないが」

「南方の町に行かれたことがあるんですか?」

「ああ、視察でな。あの時は流石に参った。アルベルトも護衛として連れて行ったんだが、防具が暑くて死にそうな顔をしていた」

 それは災難だっただろう。

「あ、あの店も装飾品を扱ってるが、入ってみるか?」

 通りに面した店の一つを指してクロード王子が言う。いかにも上流貴族向けな高級店だ。

「いえ、欲しいのはちょっとしたものなので、もう少し安いお店でいいです」

 練習用のものにお金をかけるつもりはない。

「そうか。分かった」


 靴屋や帽子屋なんかの専門店街らしき一帯を抜けると、露店などが見え始め、通りを歩く人々の中に商人や平民の姿が多く見られるようになってきた。クロード王子が言っていた通り、高級店街よりも賑やかな雰囲気だ。

 食料品関係の店も増えて、野菜や果物なんかのカラフルな色合いが更に通りを明るく見せている。

(おお)

 前世にテレビで見たヨーロッパの市場みたいな感じで面白い。

「ここが市場ですか?」

「ああ、市場には変わりないが、この辺は貴族や豪商が利用することが多いな。珍しいものが多いだろう? 大半は地方や国外から運ばれてきたものだから、値が張るんだ。庶民が普段使う市場はもっと南にある」

「なるほど」

 言われてみると、セレーネの特産物もちらほらと見える。値段についてはそこまで詳しくないけど、セレーネの倍近くあるんじゃないだろうか。

「この辺はあとは宿屋だな。もう少し先まで行くと食堂や庶民が使う服飾店や道具屋がある。特に欲しいものがないなら、そっちに行くか? そろそろ昼も近いし、昼食にしてもいいぞ?」

「そうですね。特に買いたいものはないので、先に進みましょう」

 珍しい食材にはちょっと興味があるけど、高いし買って帰っても仕方ない。食べたくなったら、今度一人で買いに来よう。

「昼食はどうする? 何か食べたい物でもあるか?」

 ぶらぶらと歩きながら、うーん、と考える。街に出ることは偶にあるけど、食事の時間とずれてるから、外で食べたことはない。どういうものがあるのかもさっぱりだ。

「クリス様が街に来られた時によく食べられているものでいいです」

「そうだな……じゃあ、あそこに行くか」


 そう言って連れてこられたのは大通りからちょっと路地に入ったところにある食堂だった。

 大通りの店に比べるとこぢんまりとしているけど、お客さんは結構多い。

「初めは知り合いに連れてきてもらったんだが、結構美味くて気に入ってる店だ」

「おや、クリス様、いらっしゃい! 久しぶりだねぇ!」

 元気の良いおばちゃんに声を掛けられ、クロード王子は「忙しかったんだ」と苦笑する。

 顔と名前を覚えられてるということは、常連の域に入るんだろう。

「まぁまぁ、今日はたいそうな別嬪さんまで連れちゃって! 婚約者かい?」

 にやりと笑って言うおばちゃんに、クロード王子は困ったように微笑う。

「いや、婚約者とかではないんだ。彼女は家に来た客のご息女で、街を少し案内してるんだ」

「まぁた、そんなこと言っちゃって。いつもは女の子なんて連れて歩かないのに、アタシの目は誤魔化せないよ? まったく、こんな別嬪さん連れてうちで食事だなんて、もっと良い店に行くもんだろう?」

「彼女が普段俺が食べてるものが食べたいと言ったんだ。美味いんだから、別にいいだろ?」

「まっ、そんなお世辞を言ってもまけてはやらないよ! 空いてる好きな席に座りな!」

 そう言いつつ、嬉しそうな顔をしておばちゃんは奥へと戻っていく。

「少し騒がしいかもしれないが、ここでいいか?」

「ええ、もちろんです」

 ああいう雰囲気のおばちゃんはあまり気兼ねしなくていいから結構好きだ。

 端っこの空いてる席に座り、クロード王子におすすめのものを頼んでもらう。

 メニュー表とかがないから、食べたい物があれば店員にあるかどうか訊かないといけない仕組みのようだ。逆に食べたい物をすらすらと頼んでいるのは常連ということだろう。

「よく来られてるんですね」

「よくと言うほどではないな。こんな格好でもしてないと来れない場所だからな」

 そう言ってクロード王子は苦笑を見せる。

「あまり褒められたことではないとは分かってるが、たまに立場を忘れてこういう雰囲気に浸りたくなるんだ」

(あぁ……)

 王子という立場にかかる重圧は相当なものだろう。私は経験したことがないから想像しかできないけど、私だったらきっと簡単に潰されてしまっているに違いない。

(泉で話してた時は立派な人だと感じさせられたけど、やっぱりそういうのがあるよね……)

「折角の機会だったのに、私なんかと一緒で良かったんですか?」

「いいんだ。寧ろ一緒に来たかった」

 相変わらずどうしてそんなにさらりと言い切れるのか。あと、フラグ建設もやめてくれ。

「そんなこと言って、帰ってから誰かに告げ口しても知りませんよ?」

「そこは同罪だから言えないだろう? 侯爵家の令嬢がこんなところで食事をしたなんてバレたら困るんじゃないか?」

 溜め息は吐かれるだろうけど、怒られはしないと思う。

 まぁ、侯爵家の令嬢なら咎められる可能性は高いけど。

 私が反論できないと思ったのか、クロード王子はにやりと笑う。

「もし食事も気に入ったら、また一緒に来ような?」

(くっ……)

 このままでは共犯者に仕立て上げられてしまうどころか、フラグまで立ちまくりそうだ。

 どう理由を付けて回避しようかと必死に頭を悩ませていたけど、出てきた鶏肉の煮込み料理はとても美味しく、思わず顔に出してしまって、次を約束させてしまうことになった。


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