08
前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。
話がある、と言われ、レイがクロードに連れてこられたのは、王宮にある彼の自室だった。
部屋に入ってすぐ、中で控えていた世話係達は外に出され、レイとクロード、そして下級貴族と思われる男の三人が室内に残った。
「授業初日だというのに、こんな所まで連れてきてしまってすまない」
少し畏まったような口調で言うクロードにレイは軽く首を横に振る。
「いえ、構いませんよ。何か問題でもありましたか?」
「問題というか、まだあまり公にはしない方がいい話だ。――先日、始まりの泉に現れた少女への尋問が終わった」
少し気に掛かっていた件の話を出され、レイは顔付きを変える。
「何か分かりましたか?」
「本人の素性は一応、な。ファース」
「はい」
クロードの近くに控えていた男が一歩前へと出る。
「名前はマナミ・カンザキ。魔力を持っていますが、該当する貴族はソレイユ国にもセレーネ国にもいません。近隣の諸外国や我が国の姓を持っている平民も調べましたが、こちらも該当するものはありませんでした。一連の尋問に対し、当人の主張は、“自分は異世界から来た人間である”と」
「異世界……?」
聞き慣れない言葉に、レイは眉間に皺を寄せる。
「この世界とは違う、別の世界だそうです。これについては、学者達に過去似たような例がないか調べてもらいましたところ、“召喚の儀”に近いのではという意見が出ています」
「召喚の儀?」
「はい。殿下や居合わせた者の話を鑑みても、召喚の儀に近い状況であったと思われます」
「ですが、召喚の儀は精霊や聖獣を喚び出すもののはず。そもそも、失われて久しい古の儀式を誰が行えるというんです。建国の王の時代には既に失われていたものですよ?」
「確かに、ご指摘の通りではあります。しかし、始まりの泉に突然現れたことと別の場所から来たという主張を併せれば、そう考えるのが一番辻褄が合うかと。念の為、研究者達にも見てもらいましたが、マナミ・カンザキは人間であり、精霊の類ではないとのことです」
「断言できるわけではないが、あの時泉の魔力が膨れ上がったことも考えると、何らかの方法により召喚されたと考えるべきだと思う」
クロードが最後に結論を述べ、レイは肩の力を少し抜いて椅子にもたれかかった。
疑問は尽きないが、これ以上追究しても得られるものが少ないというのは分かる。泉の力は昔から人知の及ぶところではないのだ。
「分かりました。それがソレイユの見解ということですね」
「そうだ」
「それで、あの少女の処遇は?」
「泉から現れた以上、僥倖にしろ禍にしろ、下手に手は出せない。まぁ、魔力は持っているが、微弱だから今のところ危険はないと判断している。魔法も使えないし、魔法に関する知識も平民並みだという話だ。大分紛糾したらしいが、制御方法を教えるためにも、学園に通わせようということになった」
「学園に……危険ではありませんか?」
これが禍であれば、学園に通う者達が危険に曝される可能性がある。多くの貴族の子女、そして更には二国の王子が学園内にいることを考えると、少女を学園に通わせるというのは悪手であるように思える。
レイの指摘は尤もだったのだろう。クロードは何かに耐えるように黙した後、重々しく口を開いた。
「お前だから言うが、今から言うことは内密にしてくれ。――セシルが、魔力を失った」
「え……」
レイは言葉を失った。
「何の前触れもなく、突然だ。医者や学者、研究者にも診せたが、原因も分からないし解決方法も分からない。だが、時期的にはあの者が現れた時期と重なる」
「彼女が、魔力を失ったセシル王女の代わりに現れた、と」
「ああ。確証はまだないが、もしそうであるならば、魔力の制御が必要になる。太陽の塔維持の役目は父上の姉君であるアデール様が務めておられるが、いずれはセシルが跡を継ぐ。それまでに魔力を取り戻していればいいが……」
魔力が戻らなかった場合、ソレイユ国には役目を務められる者がいなくなる。
「その保険というわけですか……」
「ああ」
クロードも未知数の存在に国の未来を預けるのは不安だろう。しかし、結界の維持は、二国にとって何をおいても優先しなければならないことだ。
(セレーネには、姉上とナディアがいる……)
将来、役目を継ぐのは正室の子であるナディアとされている。ナディアに何かあればニナが継ぐことになっているが、どちらも役目を務められない事態は想定してない。
(王女が魔力を失う、か……)
セシル・リュミエールが実際に失っている以上、自国の王女二人にも同じことが起こる可能性を考えなければならない。
(姉上にそんな気配はないようですけど、ナディアの方は確認できませんね……)
「クロード、父上にもこの事を伝えていいですか?」
「もちろんだ。詳細がまとまり次第、こちらからも使者を送ろうと思っている。今はまだ憶測ばかりで、明確なことはあまり分かっていないがな……」
不甲斐なくて申し訳ない、とクロードは苦笑する。
「いいえ、これまでになかったことが起こってるんですから、仕方ありませんよ。恐らくセレーネで起こっていても対処はできなかったと思います。マナミ・カンザキは他の生徒と同じように学園に通うんですよね?」
「ああ、地方の平民で王都に着くのに時間がかかったということにした」
「では、寮に?」
貴族の大半は王都に別邸を持っており、そこから学園に通うが、平民はそうもいかない。王都に住んでいる平民はともかく、地方の平民は学園の隣にある寮が無償で提供される。
「ああ。監視役を付けたかったが、急なことで適任が見付けられなかったから、一人部屋にした。学園では一年だから、カミーユに見張らせる」
「なるほど。分かりました。私に手伝えることがあればいつでも言って下さい」
「すまない。助かる」
◇
夕食ぎりぎりに帰ってきたレイは、何やら難しい顔をしていた。クロード王子との話はあまりいいものではなかったらしい。
「ローザ、夕食前に少し話があります」
私の顔を見るなりそう言ったレイに、「畏まりました」と頷く。
準備をしてくれている使用人の人達には申し訳ないけど、少し待ってもらうことにしよう。
エマに食事が遅くなる旨を伝えて、レイに与えられた部屋に入る。人払いは既に済まされていて、ソファーに座るように促された。
「始まりの泉に現れた少女について、尋問が終わったそうです」
開口一番に言われた言葉に、私ははっとする。
「そうですか……」
「名はマナミ・カンザキというそうです」
(完璧日本人だな……)
マナミは色々字があるけど、カンザキは神崎だろう。
「耳慣れない姓なので分かると思いますが、貴族ではありません。ですが、魔力を持っています」
「ええ」
泉から引き上げた時にそれは気付いた。
「本人は、異世界から来たと言っているそうです」
「……はぁ」
どう反応していいか分からず、思わず間抜けな声が出る。
それ言うんだ、という思いもあるけど、実際違う世界に来てお前は何者だ、何処から来た、と問い質されたら、そう言わざるを得ないかもしれない。
「古来より、泉の力は未知なるもので、引き起こされる事象も様々です。私達にとって良いこともあれば悪いこともある、そのどちらでもないことも」
建国の王に魔力を与えたのも泉だが、魔物を生み出したのもまた泉だと言われている。大昔はあんな風に塔を立てて管理なんかしてなかったから、人間だろうと動物だろうと泉に近寄れたのだ。動物もまた、そこで泉の恩恵を賜ったに過ぎない。
「マナミ・カンザキの存在が僥倖であるか禍であるかはまだ判断が付きません。ですが魔力を持っているため、監視も兼ねて学園に通わせることなったそうです」
(ん……? 監視……?)
うんうん、とレイの話を聞いていたけれど、物騒な言葉が聞こえてきて軽く固まる。
ゲームじゃ、稀なる奇跡だとかなんとかで、物凄く歓迎ムードだった気がするんだけど。
(いや、確かに、レイの言うことは尤もで、警戒するのも仕方ないけど……)
大分流れが違ってないか。フラグが既に折れてるどころか、攻略ルートすら存在してるのか怪しい。
「彼女は一年なので、接する機会は少ないと思いますが、貴女も気を付けて下さい」
「は、はい……」
本当にいいのか、これ。かなり警戒してるように見えるんだけど。
(一応学園に通う流れにはなってるから、まぁいいのか……?)
大まかにでも流れが把握できればとりあえずは大丈夫だろう。
ただ、カンザキさんという子がどう動くかは気になる。
(ゲームと微妙に違うって気付いたらどうするんだろう……)
泉で私が手を貸した時点で怪しんではいた。ゲームの世界だと信じているなら、シナリオ通りに行かないことは相当なストレスになるだろう。
(暴走とかしないといいんだけど……)
それとなく彼女の様子は窺っていかないといけない。
色々と考えて警戒していたけれど、日々は穏やかに進んでいた。
基本的に授業は学年別だし、週に二回しかない属性別魔法の授業で一緒になるのは、カミーユ・セルヴェだけだ。ちなみに、レイとジェラルド・ハースは水属性、クロード王子は火属性、そしてアルベルト・ルーデンドルフとカンザキさんが土属性らしい。
カミーユ君とは挨拶はするけど、基本的に学年が違うから一緒にいることはない。レイから聞いた話では、彼がカンザキさんの監視役だそうだ。色々と彼女のことを知ってるんだろうけど、そこまで親しくないから話題にすら出せていない。
(同じ学園内にいるけど、すれ違うこともないし……)
一日遅れて通い始めたということで、ちらほらと噂は聞くんだけど、平民の話は貴族のご令嬢の皆様にはあまり面白くないらしく、細かい内容は伝わってこない。
(ゲームだと、早い段階で泉の力で召喚された話が出回って平民以上の扱いになってた筈だけど……)
奇跡というよりも異様な事態と受け止められてるようだから箝口令でも敷かれているのかもしれない。
(そっち方面の情報収集は地道にいくしかないか……)
あとは、セシル王女のことなんだけど――。
(これはこれで対処に困る……)
今、私の前で非常に美しい所作で昼食を摂っているのはクロード王子だ。
授業が始まって早一週間、何故かクロード王子が必ず私の前に座っている。目の前でなかったのは最初の一日だけだ。
レイがいるなら一緒に昼食を摂るのも分かるんだけど――目の前に座る理由は謎だけど――、レイは今日ちょっと離れた席でクラスメイトと一緒に食べている。身分の割に物腰が柔らかいから結構人気者だったりする。
傍にいなくてもいいと言われたから、有り難く一人で食べようとしてたんだけど、気付いたらまたクロード王子が目の前に座っていたのだ。
(親しくなった方がセシル王女のことも聞きやすいけど……)
色んな方面からの視線に刺されまくるのはいかんともし難い。
こっそり周りを覗き見た時に、エミリア嬢を見付けて頭を抱えたくなったのはここだけの話だ。
(このまま行くと目の敵にされそう……)
知らない内に食事の手が止まっていたようで、それに気付いたクロード王子が不思議そうに首を傾げた。
「どうした? 口に合わないか?」
「いえ、そんなことはありませんわ。とても美味しいです」
実際、かなり美味しい。王子や貴族の子女ばかりだから下手なものは出せないんだろう。
「じゃあ、何か悩み事か?」
結構ぐいぐい来るな。
「大したことではないんです。ただ、明日と明後日は授業がお休みですから、何をして過ごそうかと思いまして」
適当に思い付いたことを言いながら困り顔で微笑ってみる。
貴族の子女は土日はパーティーやお茶会で忙しいから暇にはならないんだけど、そういうのに誘われることもない私は二日とも暇なのだ。
「そうか……」
と、呟いて、クロード王子は何やら考え込む。
あ、これ、もしかしたら可愛そうな人間判定されたかも。
貴族にとっては、パーティーやお茶会にどれだけ招待されたかがステータスの一つになる。留学生といえど、侯爵家の人間が招待されないというのは結構恥ずかしいことだろう。
(パーティーとか、私は別にいいんだけどね……)
「パーティーなどに出ない日は、いつも何をして過ごしてたんだ?」
(え゛……)
パーティーに出ない日なんて、そんなの毎日に決まってる。
「ええと……本を読んだり、ですかね……」
あとは、訓練場で兵士の訓練を眺めたり、庭で型の練習をしたり。
そんなこと言ったらレイにシメられるから口が避けても言えない。
「あとは、外に出掛けたりでしょうか……」
「へぇ、外に」
何で驚くんだ。ちょっと外に散歩に出るくらい、貴族の令嬢でも普通なはずなんだけど。
(え、こっちだと普通じゃないの……?)
「じゃあ、明日は街を散策してみないか? 俺が案内しよう」
「え……?」
何ですと?
「街には興味ないか?」
「い、いいえ。その内訪れてみようとは思ってましたが……」
「じゃあ、決まりだな」
いやいやいや。何言ってるんだ。
「ク、クロード殿下、あの、失礼ながら、お忙しいのではありませんか?」
レイは土日も結構忙しいぞ。
戸惑う私に、クロード王子は「大丈夫だ」と微笑った。
「一日くらいなら時間を作れる」
「で、ですが……」
「気遣ってくれるのは嬉しいが、偶には俺にも息抜きをさせてくれ」
案内役とか却って疲れないんだろうか。
「クロード殿下がそう仰られるなら、私は構いませんが……」
「じゃあ、明日。迎賓館まで迎えに行く」
「あ、ありがとうございます……」
本当にいいんだろうか。貴重な時間を私の案内に割くなんて。
(レイに小言言われたりしないよね……?)
私の心配を余所に、クロード王子は横にいたアルベルトに「護衛はいらないからな」と釘を刺していた。
(それ駄目だろう王子……アルベルトもちょっと言われたくらいで引き下がるなよ……)
まぁ、きっと誰かが護衛としてついてくるだろう。