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前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。

 基本的に貴族の子女が中心となる学園は、社交シーズンに合わせて春学期が始まる。普段は領地で暮らしている貴族の子女達が両親などと共に王都にやって来るのだ。

 学園に通うのは魔力を持つ者の義務だ。偶に魔力を持って生まれてくる平民にももちろんその義務が課せられる。

 魔力の制御のためでもあるんだろうけど、卒業後に兵役や奉仕に就かせたいというのが国の本音だ。

 総人口から見て、王族や貴族の割合――つまり魔力を有する人口は四分の一以下だ。その内、攻撃魔法に向かない女子を除くと更に半分。その人数で国全体を魔物から守らなければならない。結界があるといっても国の端に行けば行くほど効力が弱まるから、軍部は常に人手不足と言っていい。

(結界の中に魔物がいないというわけでもないしな……)

 結界ができた当初、魔物達は結界の力を嫌って出て行ったが、その内、結界内で暮らす野生動物の中から魔物が生まれるようになった。ダークウルフやホーンラビットといった、元は普通の野生動物から派生した魔物だ。恐らく何代か前に魔物の血が入っており、先祖返りが生じていると考えられている。

 ホーンラビット程度ならそれほど害はないけど、群れを成すダークウルフは厄介だ。普通の狼なら平民でも狩れるけど、魔力を持つ生き物には対抗できない。

 結果、国は主要都市に兵を配置しなければならず、国境に配置できる兵が更に減るというのが現状だ。

(兵を配置できないなら、結界を強化するしかないんだろうけど……)

 二国で創っている結界は絶対防御系ではない。塔を中心にベールのようなものが国全体を覆っているという、考えるとかなり不安定なものだ。

(そもそも、この世界の魔法自体がシンプルだしな……)

 長い詠唱もなければ、概念が複雑そうな空間魔法や時間魔法も存在しない。四大元素(エレメント)を使用した基礎的なものだ。

(貴族も基本的に学園に入ってから基礎や制御を学ぶし……)

 一年目で座学を中心とした基礎、二年目で実践、三年目で応用といったカリキュラムが組まれている。他にも属性別の授業や選択授業もあるんだけど、大まかにはそんなところだ。

 貴族によっては独自に教えている家系もあるらしいけど、一年時の基礎程度だと聞く。もっと魔力を使える人間が増えれば、魔法の研究や教育も盛んになるんだろうけど、魔力の継承には王族の血が必要だからあまり増えないのだ。

(もうちょっと入学年齢を下げてもいい気はするけど……)

 学園に入るのは十五歳から十七歳までの三年間だ。この辺は社交界デビューとか成人年齢とかの兼ね合いがあるんだろう。魔法教育が優先されていないのがよく分かる。

 ちなみに、私が今受けているのは中級編の魔法基礎学。男女共通の科目だ。授業内容はソレイユ国もセレーネ国も変わらないと聞いていたけど、半年前にやった内容な気がする。

(まぁ、復習にはなるけどね……)

 独学も含めるとこれで三回目だからどうしても思考が逸れがちだ。

 偶に通路を挟んだ隣の席にいるレイから視線をもらうから、黒板を見たり教科書を見たり、真面目に聞いているフリはしているけど。

(流石にこの大学みたいな階段教室で寝る勇気はないよ……)

 レイからもプレッシャーかけられてるし。

 とはいっても、退屈なことには変わりない。

 予習でもしようかと教科書を捲っていると、魔法陣が描いてあるページが目に付いた。

(魔法陣か……)

 この世界では魔法を使う時、基本的に魔法陣は使用しない。前世にあったゲームやアニメでは、魔法を使うと同時に魔法陣が展開されるようなものもあったけど、ここでは自然に魔法陣が浮かび上がるということもない。魔法の原理が根本的に違うんだろう。

 魔法陣を使用するのは、魔法の発動時間を延ばしたい時だけだ。

 攻撃や防御は長くても数分、魔石や核に魔力を籠める時でもせいぜい数十分だ。一定量の魔力を放出し続けないといけないから、それが限界とも言える。

 始まりの塔を守る結界のように長時間持続する魔法を構築したい時は魔法陣が必須だ。

(でも、アミュレットとかには魔法陣は必要ないんだよな……)

 太陽の塔と月の塔の核にも魔法陣は使用されていない。核や魔石、アミュレットに使われる宝石には魔力を溜め込む性質があるからだろう。

(要するに、魔力を溜め込めない場所に半永続魔法を展開する時に魔法陣が必要になるということか……)

 魔法陣は魔力を蓄えるための媒体ということになる。

(だったら、魔法陣を埋め込めば魔石や宝石以外でも結界の核になり得る、はず……)

 問題は、結界のように常時発動している魔法だと、すぐに魔力が切れてしまう点だ。

 太陽の塔や月の塔の核は元から膨大な魔力を秘めている上に定期的に魔力を補充している。始まりの塔の方は恐らく泉から溢れ出る魔力を吸収して結界の維持に回してる。

 例えば、ただの石ころを核に結界を作って国境の町や村に設置しても、魔力の供給源がないからすぐに効果がなくなるだろう。魔力を持つ者が定期的に魔力を供給するという手もあるけど、数が多過ぎて現実的ではない。

(他に魔力を供給する方法……いや、その前に普通の石を核にした時の持続時間も分からないな……)

 独学で勉強してきたといっても、魔石や宝石がないとできないアイテム作成はやったことがない。授業も三年時に組み込まれているからまだまだ先だし。

(これは一旦保留だな……)

 とりあえず目印を付けておこうと、色々書き込んだ部分に丸を付けていると、ふと手元に影が差した。

(あ、ヤバ……)

 上から覗き込まれている。

 そして教科書は授業とは関係ないページだ。

「随分、熱心に考えてましたね」

 そろそろと顔を上げると薄っすらと笑みを浮かべたレイがそこにいた。ブチ切れてはいないけど、目はあまり笑ってない。

「で、殿下……」

「私も少し興味があるので、後で見せて下さいね?」

「は、はい……」

「ところで、次の授業がもうすぐ始まりますが?」

(次……)

 次は系統別魔法の授業だ。男子は攻撃魔法で女子は支援魔法だから、教室が別になる。

 はっと辺りを見回すと、女子の姿はほとんど消えていた。

「い、行って参ります!」

 私は慌てて立ち上がり、足早に教室を後にした。



 系統別魔法の授業も無事に終え、食堂へと向かう。授業は九十分授業が一日に三コマだから、高校とかよりも大学に近い感じだ。

 レイ達と合流して食堂に入るとやはり注目を浴びた。王子が二人も揃ってるから仕方ないんだけど、そろそろ勘弁して欲しい。朝、学園に入った時もこんな感じだったのだ。

 こっそり離脱して一人で食べたいと思ったけど、何かを察知したレイにがっちりと手首を掴まれた。一応付き人だから実行に移す気はなかったのに、レイの勘の鋭さは偶に本当に怖い。

 私一人連行されるように食堂の一角へと連れて行かれる。

 食堂といってもちゃんとテーブルクロスとか敷かれていて半分レストランに近い雰囲気だ。ただ、流石に給仕はいないから皆自分で食事を取りに行っている。そこは王族も変わらないようで、教科書で場所取りをした後、普通に揃って食事を取りに行った。

「皆自分で取りに行くんですね」

「まぁ、男子は兵役がありますから」

 独り言にも近い私の疑問にレイが答えてくれる。

 大半が貴族だからこういうのは抵抗あるんじゃないかと思ったけど、男子は卒業後、軍での兵役が待っている。そこでは基本自分のことは自分でしないといけないから、意外と抵抗はないようだ。女子も治療院での奉仕を選択した場合は住み込みになるから、こういうのには慣れておく必要があるらしい。特権階級だからといって全てが特別扱いではないのだ。

 まぁ、一部取り巻きがいる人達は、周りの人にさせているけれども。

「私は寧ろ貴女が平然とやっていることに驚きましたけど」

 ぼそりと呟かれた言葉に思わず固まる。

「……郷に入っては郷に従えと言いますから」

 レイはセレーネ国の学園にちゃんと通ってるから慣れたものだけど、私は不登校で自宅学習を貫いていたから、不満が飛び出すんじゃないかと危惧していたらしい。

(下級貴族より平民に近い感覚持ってる自信あるんだけど……)

 きっと私の普段の暮らしを知ったら卒倒するんだろう。リディ達が必死に質素倹約ということにしてるけど、実際は下級貴族並だ。偶に自分で洗濯をしたりもするし。練習着が汚れた時とか。

「殿下、心配なさらずともちゃんと心得ていますわ」

「それはそれで心配なんですけどね……」

 どういう意味だ、弟よ。

「――先程から二人で話してるが、何か困ったことでもあったか?」

 あんまりこそこそと話していたから、前を行くクロード王子に心配されてしまった。

「いいえ、何でもありませんよ、クロード。ローザは国から出たことがありませんでしたから、少し珍しい料理があったようです」

「ああ、確かに今日の料理は南の方の特産物が使われてるな。多少はそっちにも流れてると思ってたんだが、やっぱり少ないか?」

「そうですね、国境付近の町なら手に入れられるでしょうけど、フェガロ家の領地は北端にありますから」

「なるほど」

 本当、話を逸らすのが上手い。

 将来上に立つ人間として、腹の中を悟らせないというのは必要なスキルなんだろうけど、ちゃんと本音を漏らせる相手がいるのか心配になる。

(クロード王子とか、結構いいと思うんだけどなぁ)

 セレーネ国とソレイユ国は、結界を共に創造しているいわゆる運命共同体だ。他国のような打算的な付き合いではないから、王子同士、本音で語り合えるんじゃないだろうか。

 会って数日だけど、クロード王子は信頼できる人だと思う。流石王子キャラというべきか、とても真っ直ぐな人だ。レイは完璧主義なところがちょっとあるから、クロード王子ほど真っ直ぐな性格じゃない。本音と建前を使い分けるタイプだ。

(ゲームだと、ヒロインに何度も本音を言い当てられて惹かれ始めてたっけ……)

 正答率九〇パーセント以上じゃないと恋愛フラグが立たないという、初プレイじゃ無理ゲーもいいところな設定だった。

(本音が言えるなら、相手は別にあの子でもいいけど……)

 できることなら、本当の意味でレイに寄り添ってくれる人がいいと思う。

(そう言えば、あの子どうなったんだろう……)

 尋問されることになると聞いて以来、何も情報が入ってきていない。

 王都には昨日一緒に到着したはずだから、今日辺りには尋問も終わっているかもしれない。夜にでもレイに聞いてみよう。

 とりあえず、今は昼食だ。



 昼食を終えて、今日最後の授業に向かう。男女別の授業だからレイ達とは途中で別れた。

 午前中も使った教室に入ると、いくつもの視線を向けられる。

 留学生なんて珍しいから当然の反応だ。

 軽く会釈をして端っこの空いてる席に座った。

 最初ボッチなのは仕方ない。こういうのは、隣に座ってくれた人とか授業でペアを組んだ相手とかと徐々に仲良くなるものだ。

(今日は予習でもしとくか……)

 授業開始まであと十分くらいある。

 教科書を開いて適当なページを眺めていると、不意に横から声を掛けられた。

「少しよろしいでしょうか?」

 振り向くと、どこかで見たような感じのご令嬢が笑みを浮かべて立っていた。後ろには取り巻きっぽい二人の令嬢が控えている。

(見たような、じゃなくて、見てるか……)

 昨日パーティーで挨拶をした面々の中にいた。

(昨日もどこかで見たような感じがしたけど……)

 あの時覚えた違和感を思い出しながら、私は立ち上がる。

「昨夜もご挨拶しましたが、改めまして。私、フォンテーヌ侯爵家のエミリアと申します」 

 スカートの端を軽く持って会釈するエミリア嬢に、私も同じように会釈を返す。

「ご丁寧にありがとうございます。セレーネ国フェガロ侯爵家のローザと申します。至らぬ点があると思いますが、よろしくお願い致します」

「いいえ、こちらこそ」

 凛とした佇まいにはどこか威厳のようなものも感じられる。これが本物の侯爵令嬢なんだろう。準王族みたいな公爵家を除けば侯爵家が序列では一番上になるから、学園での権力者と見ていいのかもしれない。

「ローザ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんです。私もエミリア様と呼ばせて頂きますわ」

「ええ。それから、こちらは伯爵家のマリーナ・デュフォー様と、同じく伯爵家のモニカ・フレンツェル様です」

 紹介された後ろの令嬢がそれぞれ挨拶をし、私もそれに返す。

(さて、目的は……)

 貴族が集まる教室内、単にお友達になりましょう、なんて単純な話で終わるわけがない。

「お隣に座ってもよろしいかしら?」

「ええ、どうぞ」

 にこりと笑顔で返す。

「ローザ様はこの国にいらっしゃるのは初めてでいらして?」

「ええ、初めてですわ」

「この国はいかがですか? セレーネ国では、この時期でも雪が降る地域もあると聞きますけれど」

「確かに、こちらの方が暖かいですね。でも、四月を過ぎても雪が降る地域はごく僅かですよ。それも本当に稀なことですから」

 フェガロ家の領地のごく一部の話だ。

「まぁ、そうなんですね。もっと寒いところなのかと思ってましたわ」

「いえ、そんなことは」

 ふふふ、うふふ、と貴族らしい笑い声を立ててみるけど、正直、自分にはやっぱりこういうのは合わないと思う。

(帰りたい……)

「そういえば、昨夜のレイ殿下とのダンスはとても素晴らしかったですわ。驚くほど息が合っていて、私、見惚れてしまいました」

「まぁ、お褒め頂きありがとうございます」

「レイ殿下はまだどなたともご婚約されていないとお聞きしていますが、もしかして、ローザ様が候補に挙がっていらっしゃるのではなくて?」

 これが本題か。

(早速勘違いされてるし……)

 引きつった笑みにならないよう、レイがよくやる微笑みを意識して微笑う。

「とんでもございません。私のような者に殿下は勿体なさ過ぎますわ。未だにご婚約されていらっしゃらないのは確かですが、きっと素晴らしい方と婚約を結ばれると思います」

 そう言い切ったところで教師が入ってきて、それ以上探られることはなかった。

(まぁ、探られて困るのは私の身分くらいだけど)

 しかもバレたところで、相手が畏まるだけだ。別にそれで脅されることはないだろう。

 けれど面倒な事態はあまり引き起こしたくない。やっぱり貴族のご令嬢には注意しないとな、と私は内心溜め息を吐いた。



 授業が終わり、私は一人で滞在先の迎賓館へと帰る。一応、授業が終わってすぐレイの所に行ったんだけど、クロード王子と話があるらしく、先に帰るように言われた。

 付き人の意味あるのか? と思ったけど、ずっと近くにいても勘違いされ続けるだけだから、有り難く先に帰らせてもらっている。

(エミリア・フォンテーヌか……)

 昨日からある違和感はまだ私の中に残っている。

 前に顔を見たことがある気がするのだ。けれども、半引き籠もり生活をしていた私が他国の貴族と会っているわけはないし、名前を聞いてもピンとは来ない。

(フォンテーヌ家自体はソレイユの歴史書に出てくるから知ってるけど……)

 名前を知らないのに顔に覚えがあるということは、あのゲームに出てくる人物なのかもしれない。

(てことは、十中八九ヒロインのライバルか……)

 幼馴染がやっていた乙女ゲーは攻略対象によってライバルが変わる。対象外のライバルはゲームの序盤にちらっと出てくるだけで、ストーリーが進めば登場しなくなる。共通して出てくる女子は、チュートリアルとかサポート画面に出てくる女子生徒とセシル王女だけだ。

(侯爵令嬢ってことは、クロード王子か同じ侯爵家のハース氏……ああ、そうだ、思い出した……)

 彼女は、クロード王子の婚約者候補の中で最有力候補と言われている令嬢だ。

 悪役かどうかまでは分からないけど、私と同じ立ち位置の令嬢というわけだ。

(何もないといいんだけど……)

 あの日本人の彼女がこれからどうするのかは分からない。ゲームのシナリオを知っているようだというのは確信が持てているけど、私が知っているのは“レイ王子”のルートの流れだけだ。他のルートでは誰がどうなるなんてことまでは知らない。

(まぁ、最悪、結界の消失が避けられればいいんだけど……)

 何だか色々と巻き込まれそうな気がしてならない。


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