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いつもお読み頂き、ありがとうございます。ブクマ・評価・メッセージ等もありがとうございます。

 嫌な結論に行き着いてしまったけど、始まりの泉が精霊と同じような存在で諸々の件に関わっているというのは飛躍しすぎかもしれない。

 可能性としてはあると個人的には思うけれど、人間には精霊の姿が見えないから確かめようもない。

 それに、もし、始まりの泉が最初の原因――セシル王女の魔力喪失を起こしたのならば、それを願ったのはカンザキさんということになってしまう。セシル王女が魔力を失い、ストーリー通りになって喜ぶのは彼女だけだろうから。

(もしそうだったら、結局彼女はソレイユ国の人達から非難されるんだろうな……)

 自分の魔力がセシル王女のものだったと知らなくても、彼女は罰せられるのだろう。

 でも、彼女も全てが思い通りにいったわけではない。寧ろ、ゲームの世界だと信じたかった彼女にしてみれば、大筋以外は全く違う流れに苦しんだんじゃないだろうか。誰かを攻略したくて動いていたなら、その行動は全く実を結ばなかったのだし。

 太陽の塔で、ここが現実だという事実に打ちのめされ、涙を流していたカンザキさんの姿が脳裏をよぎる。

(そういえば、私、思い切り平手打ちを食らわせたな……)

 ゲームという言葉を聞いて冷静でいられなくなったけど、流石に女の子相手にあれはやり過ぎたと思う。会えたらちゃんと謝らなければ。


 そうしてあれこれと考えている内に昼を過ぎていた。

 レイの話では、セシル王女は今日辺りには王都に戻ってくるということだったから、王宮の方では何か進展があったかもしれない。

 レイは通常通り授業を受けたとして、クロード王子はどうしたのだろうか。セシル王女が戻ってきて、魔力の有無が確認できたら、カンザキさんとの関連性が話し合われるはずだ。授業を受けている場合ではない。

(レイとクロード王子が別行動なら、王宮の話がレイに伝わるまで間が開くな……ソレイユの動向よりも、カンザキさんに会う許可が貰えたかどうかの確認の方が先か……)

 いつでも出掛けられる準備をして、今か今かとレイを待っていると、ようやく窓の外から馬車が到着した音が聞こえてきた。

 きっとレイだ、と私はドアを小さく開いて、玄関の方の様子を窺う。

「ローザ様? どうかなさいましたか?」

 ドアの外で待機していたエマが不思議そうに尋ねてくる。

「馬車の音が聞こえたの。殿下かしら?」

「確認して参りましょうか?」

 エマはそう言ってくれたけど、聞こえてくる話し声の中にレイの声があるのが分かって、「大丈夫」と言って部屋を出た。

 足早に、一階へと駆け下りる。久しぶりに部屋から出てきた私を見て驚く人達がいたけど、それには構わずにレイに詰め寄った。

「殿下、例の件はどうでしたか?」

 お帰りの言葉もない私に呆れたのか、レイは軽く溜め息を吐く。

「姉上、はしたないですよ」

「落ち着いていられる状況ではないもので」

 こっちだって色々と真剣なのだ。王女や貴族令嬢らしく大人しく振る舞っていられない。

 それには同意してくれたのか、レイは迎賓館の使用人達に下がるよう手で合図する。

「マナミ・カンザキの件は、今朝クロードに頼みました。そのままソレイユ王にも掛け合ってもらったようで、今日の夕方、三十分だけならということで許可が下りました。セシル王女が戻られて、王宮の方で色々と動きが見られるようです。明日になればまたマナミ・カンザキの状況も変わるでしょうから、本当に会いに行きたいのであればすぐに支度を」

 色々と訊きたいことはあるけど、ここには色々な人の耳がある。話すなら馬車の中だろう。

「準備ならもうできてます」

「そのようですね……では、行きましょう。馬車を外に待たせていますから」

 私が準備して待っていることなど、レイには予測済みだったらしい。

「ああ、それと、エマを連れてきて下さい」

「エマを?」

「許可を得られたのは姉上だけです。私は同席できませんので、念の為に部屋の中にはエマを連れて入って下さい」

「分かりました……」

 ソレイユ王はレイが関わるのを警戒しているのだろうか。

(私には許可をくれたということは、カンザキさんの状態確認だけはしたいということなんだろうけど……)

 監視に面会制限なんて、本当に容疑者のような扱いだ。

 しかも、レイは明日にはまた彼女の状況が変わるかもしれないと言っていた。疑いが晴れそうな方向に進んでいるなら、そんな風には言わないだろう。彼女が自由の身になったらいくらでも会えるのだし。

(良くない方向に進んでるんだ……)

 とにかく、日が暮れない内にカンザキさんに会わなければと、とエマに付いてきてもらうよう頼んで、レイと馬車に乗り込んだ。


「――セシル王女は本当に魔力を取り戻したようです」

 馬車の中で、レイはそう切り出した。

「午前中にセシル王女が戻ったとクロードに報せがありまして、クロード本人もセシル王女から魔力を感じたと言っていたので間違いないでしょう」

 午後の授業が終わってすぐに、レイはクロード王子を訪ねて王宮内の状況を聞いてきたらしい。

「魔力を取り戻したこと自体は喜ばしいことですが、やはり原因を追究する声はなくならず、セシル王女が魔力を取り戻した日時とマナミ・カンザキが魔力を失った日時が完全に一致していたことから、王宮内ではマナミ・カンザキが何らかの方法で魔力を奪ったのではと主張する者が増えているそうです」

「そう……ソレイユ王はどのようにお考えなの?」

「今のところは諸官が議論し合うのを静観しているだけで、これといった発言はされていないようです。あの方のことですから、どうするかは概ね決めてしまっているでしょうけど」

 何度か顔を合わせたからか、私でもちょっと想像ができてしまった。

「ただ、マナミ・カンザキの関与が疑われる状況になってしまいましたから、明日にはもう少し監視の厳しい場所に移されるだろうと、クロードが言っていました」

 貴族ではない人間が入るそんな場所なんて、もう牢屋くらいしか思い付かない。

(本当に、会えるのは今日くらいってことか……)

 それが分かっていて、ソレイユ王も今日の夕方という指定をしたんだろう。

(でも、私にカンザキさんの状態を確認させたいってことは、結果を聞いてから審議したいってことじゃないんだろうか……だったら、明日移動させるというのは早過ぎるような気が……)

 既に監視下に置いてるんだから、審議が終わるまではそのままでいいんじゃないかと、私なんかは思ってしまう。相手は、魔法も使えなくなった無力な女の子なんだし。


 そうこうしている内に、馬車は下級役人の宿舎に到着していた。位置的には貴族の居住区と平民の居住区の境目だろうか。

 王宮で執務に携わるのは基本的に貴族だけど、雑用などを行う下級役人はある程度教養のある平民が大半だ。地方から王都に出てくる人もいるから、そういった人達用に宿舎が用意されている。

 宿舎は三階建てのようだった。屋根の部分が大きいから、もしかしたら屋根裏部屋もあるのかもしれない。一階部分は石造りだけど、二階から上は柱が外に見えている造りになっている。

 馬車から降りると、王宮の役人らしき男性の姿が入り口にあった。この件に携わっている役人か、宿舎の管理をしている役人だろう。

「お待ちしておりました」

 と、男性はレイと私に向かって恭しく頭を下げる。

「面会の許可を得たのは姉だけですが、私も部屋の外で待つ分には構いませんよね?」

「は……恐れながら、とても黴臭い場所でして……建物の外でお待ち頂いた方が宜しいかと……」

 突然のレイの言葉に男性は狼狽えながら答える。王子がこんな場所に入りたいと言うなど、思ってもみなかったのだろう。

「馬車の中で待ってたら……? 三十分だけなんだし……」

 小声でそう言うと、口を挟むなと言わんばかりにレイは眉を顰める。

「念の為です。宿舎なんて本来なら男性しかいない場所ですし、マナミ・カンザキは貴女に敵意を持っているようでしたから。エマがいるとはいえ、せめて部屋の前で待機していなければ、何かあった時に対応できません」

 一緒に来ている護衛兵はヴォルフとヴェルナーだけだ。馬車も紋章なしのもので来たから、あまり目立ちたくないか、そうするように言われてるんだろう。

(レイが馬車の中で待つなら護衛を分散させないといけなくなるか……)

 それなら仕方ないと、「分かった」と小声で返す。

 私がすんなり引き下がったのを見て取ると、レイは笑顔で役人の男性に圧力を掛け始めた。

「場所がどうという問題は気にしません。姉に何かがある方が問題ですから。貴方もそれは分かるでしょう? 我が国だけではなく、ソレイユ国にも関わる問題に発展する可能性だってあるのですから」

「は、はい……」

 簡単に言い負かされた男性は、「ご案内します……」と建物の端のアーチ状の通路の方へと進み始める。

 通路の奥は階段となっていた。明り取りと通気用か、階段を上ったところに窓ガラスなしの小さな窓があるけれど、陽は差してないから全体的に暗い。

(そこまで黴臭くないけど、結構湿っぽい感じだな……)

 通された二階の部屋もそんな感じで、風通しが悪く、長年締め切っている古い家か倉庫のような臭いがした。役人の男性が言うほどではないけど、確かに隣国の王子を中に入れたいとは思えないような場所だ。

 簡素な部屋の中にはテーブルが一つと椅子が二つ。その奥にドアが一つあり、傍には衛兵が一人、敬礼をしながら立っている。

「マナミ・カンザキは奥の部屋におります。私が同席するように命じられておりますが、宜しいでしょうか?」

「構いません」

 私に向けられた言葉にそう返し、エマを連れてドアへと進む。一歩手前で止まると、役人の男性がドアをノックした。

 数拍遅れて、はい、と小さな声が聞こえる。

「マナミ・カンザキ、お前に会いたいという方がお越しだ」

「……分かりました。開けて大丈夫です」

 声に覇気がないとは思ったけど、ドアが開けられて納得した。これまでどういうやり取りがあったのかはしらないけど、一目見て分かるくらい、カンザキさんは憔悴してる。

「こんにちは。お邪魔します」

 そう言って中に入る。後に続いてエマが入ると、ドアはすぐに閉められた。

 私が来るとは思わなかったのだろう。声に反応して顔を上げたカンザキさんは見る間に目を丸くした。

「なんで、ローザが……」

 唖然と呟き、そして何かを思い出したかのように慌てて俯く。

「あっ、いや、王女様、なんですよね……? どうして、ここに……」

 今までゲームに出てくるライバルキャラだと思っていたのだから、相当やり辛いだろう。

 個人的には普通に話せたらと思うけれど、エマやソレイユの役人の前ではそういうわけにもいかない。

「貴女が、魔力を失ったと聞いたので、状態を確かめに来ました」

 一先ず一番の目的を達成しなければと、ベッドに座っているカンザキさんの前に行って膝を付く。

 そのまま手を貸してもらおうとしていると、役人の男性が慌てて椅子を持ってきた。

「お、王女殿下、どうぞこちらに」

「ありがとうございます」

 座った方が色々とやりやすいので有り難く椅子に腰掛け、仕切り直す。

「手を借りてもいいですか?」

「え……あ、はい……」

 カンザキさんはどこか怯えた様子で、控えめに手を出す。

「この前は、頬を叩いてしまってすみませんでした」

 そう言いながら両手で彼女の手を取り、ゆっくりと魔力を送る。

「私も貴女も取り乱していたとはいえ、女の子相手にすることではなかったと思います」

「い、いえ……私も……」

 ずっとゲームだと思ってたから、と消え入りそうな声でカンザキさんは呟いた。

「そう、思わないと……おかしく、なっちゃいそうで……」

 微かに手が震えているのが分かった。

「そうでしたか……」

 他に掛けれる言葉が見つからず、そんな言葉しか出てこないのがもどかしい。

(やっぱり、カンザキさんが望んで魔力を奪ったとは思えない……)

 でも、私がそう進言したところで、何の説得力もないだろう。

 さっきから魔力を絶え間なく送り続けているけど、セシル王女の時のようにカンザキさん自身から生まれる魔力は感じられない。カンザキさんは元々魔力を持たない人間ということだ。

「何か、身体の中に感じますか?」

「いえ……手がすごく温かいくらいで、特に何も……」

 試しに本人が何か感じてないか訊いてみたけど、返ってきたのはそんな言葉で、私は魔力を送るのをやめた。

  本来魔力を持たない人間には魔力が毒になることもあると本には書かれていた。石に魔力耐性があるものとないものがあるのと似たようなものだろう。魔法を掛けるのと魔力を直接送り込むのはまた別だから、この方法は魔力を持たない人間に長時間するべきではない。

「私、本当にもう、魔法が使えないんですか……?」

「恐らくは」

「そっか……そう、だよね……」

 彼女がソレイユの動きをどこまで聞かされているのか分からないけど、私にはただ魔法が使えなくなったことに落ち込んでいるように見えた。

「貴女は、今自分が置かれてる状況をどこまで知っていますか?」

「え? どこまでって……魔力がなくなって、魔法が使えなくなって……反対にセシル王女の魔力が戻ったから、私の所為じゃないかって言われてて……でも、私が何かしたわけじゃないし、ちゃんとそれは言ったから……」

 カンザキさんも、私と同じように、何らかの事情で“移った”と考えているようだ。

(でも、一体どれくらいの人がその言葉を信じてくれるだろう……)

 カンザキさん自身が仕組んでいなくても、カンザキさんがいるだけでそうなったと考えられてしまうだけでもうアウトだ。二国の存続にも関わることだから、必ず原因を排除しようとする方向に進む。

 カンザキさんはそのことに気付いていない。

(無理もないけど……)

 彼女は、良くも悪くも日本の女子高校生だ。この世界の、この国の考え方なんて分かるわけがない。

「貴女は、これからどうしたいですか……?」

 私が彼女に訊きたかったことの一つだ。ゲームの世界ではないと気付いて、自身の置かれる状況が悪くなる一方の中、彼女が何を考えているのか知りたかった。

「あ……私……」

 カンザキさんは苦しげに顔を歪める。

「私は……帰りたい……元の世界に……ずっと、帰りたかった……」

 両手を握り締め、苦しみを絞り出すかのように吐き出された言葉に、そうだったのか、とどこか納得した気持ちになった。

 必死に核に魔力を籠めようとしていた姿や、「私がやらないと……!」という言葉を思い返すと、ただ攻略対象に好かれたいがための言動とは思えない。最初の頃は分からないけど、太陽の塔に行った時点ではもう、彼女が迎えたかったのはハッピーエンドではなかったのだろう。

(ゲームをクリアすると帰れる、とか……?)

 この世界に来る前に何があったのかは分からないけど、誰かが彼女をトリップさせたと仮定するなら、この世界をゲームの世界と偽って、そういう条件で元の世界に返す約束をしていても不思議ではない。

(でも、ゲームのシナリオの部分は既に終わってるし、誰も攻略できてないなら、クリアとは言えないのか……?)

 こういう場合の乙女ゲーのエンディングがどういう扱いなのか、その手のゲームをほとんどプレイしていなかった私には分からない。

「帰る方法は……」

「分か、りません……どうしたらいいのか、もう、分からないんです……」

 俯いたまま、肩を震わせて、カンザキさんは言う。

 魔法が使えなくなったことに落ち込んでいたのは、これが理由かもしれない。

 何か声を掛けたかったけど、何も思い浮かばないまま時間となり、私は役人の男性に促されて部屋を出た。



 レイには馬車の中でセシル王女が魔力を失っていた時とは違うことを説明した。

 カンザキさんを直接見て何か思い付いたことはあるかと訊かれたけど、セシル王女の魔力が移った現象に始まりの泉が関与しているかもしれないということは口に出さなかった。

 確証なんてないままだし、二国を繁栄に導いた存在が、二国を窮地に陥れたかもしれないなんて、レイも考えたくないだろう。

 ソレイユ側への報告はレイに任せて、私は部屋に籠った。レイは私も連れて行きたかったようだけど、私も微妙な立場だ。堂々とソレイユの宮殿の中は歩けないし、レイで十分説明できる内容だからと言って逃げてきた。

 本音を言うと、カンザキさんのことで頭が一杯で報告どころではなかったのだけれど。

 カンザキさんは、元の世界に帰るべきだと思う。このままこの世界にいるのは、本人にとっても、ソレイユの人達にとっても良くない。

 今回の件を有耶無耶にしたくない人達から見れば、私の考えは余計なものでしかないけど、手も足も出せない場所に帰してしまえば、彼らも諦めざるを得ないだろう。

(カンザキさんは、帰る方法が分からないと言っていたけれど……)

 一つだけ、不確かだけど、思い付いたことがある。

 始まりの泉が彼女を喚んだのならば、帰すこともできるのではないか――。

 誰の意思が介在したのかは分からないけど、彼女が現れた時、確かに泉の魔力が膨れ上がったのを感じた。

(私か、カンザキさんが願うことで叶うなら……)

 始まりの泉がどういう基準で奇跡をもたらしてくれるのかは分からないけど、試してみる価値はあると思う。

 私は王族の一人だから、始まりの塔に入ることもできる。ただ――。

(カンザキさんをどうやって連れ出すか……)

 ソレイユの現状を考えると、容疑者にも等しい人物をそう簡単に渡してはくれないだろう。

(追放という名目で、元の世界に帰すよう働きかけるとか……いや、それだと帰せなかった時、結局振り出しに戻るか……)

 追放させられなかったのなら、殺してしまえという過激な人物も出てくる可能性がある。

(こっそり彼女を連れ出せたら、帰せなくてもセレーネで匿うことはできるかもしれない)

 セレーネは黒髪の人間が多いから、紛れ込ませやすい。伯父に頼んでフェガロ領で匿えれば、北方の遠い辺境地だ、ソレイユの人達もそう簡単には捜索に来れないだろう。

(でも、どうやって連れ出す……)

 彼女がいた部屋を思い返す。

 建物の入り口は自由に出入りできそうだけど、彼女の部屋の前には衛兵がいる。他に入り口はない。

 窓は部屋に一つだけあった。跳ね上げ式の小さいものだけど、女性ならぎりぎり通り抜けられそうだった。ただ、あの部屋は二階だ。

(ロープを渡して下りてきてもらう……? でも、表に面してるから、暗い内じゃないと目立つな……)

 そんな時間だと、私も彼女を迎えに行くのが難しい。

 あとは堂々と入り口から出るしかないけど、衛兵をどうにかしないといけない。

(薬とか魔法で眠らせる? でも、記憶も改竄できないと、すぐにバレるな……)

 残念ながら、記憶を改竄するような魔法はこの世界には存在しない。

 ああでもない、こうでもない、と頭を悩ませていると、エマが夕食を運んできてくれた。

「ローザ様?」

 食事に目もくれずに考えていると、エマが不思議そうに私を呼ぶ。

 そういえば、私がニナ・スキアーだと広まった後も、エマだけは私をローザと呼んでくれている。私がニナと呼ばれたくないと、エマは知っているのかもしれない。

 エマとは、会ってまだ一年にもならないけど、何となくエマは信頼できる人物だと思った。

「一人の女の子をこっそり部屋から連れ出すにはどうしたらいいと思う?」

 そう問い掛けながら、エマの姿を見つめ、ふと思った。

 エマも、そして私も黒髪だ。カンザキさんは陽に当たると少し茶色く見えるけど、十分黒髪と言える。

(私かエマが、カンザキさんのふりをして……)

 いや、後が全部エマに降りかかってくるから、私が彼女と入れ替わった方がいい。

「それは、今日お会いになられたマナミ・カンザキのお話でしょうか?」

「そう。例えば、私が彼女と入れ替わったら、エマは彼女をイニティウムまで連れて行ける?」

 その場合、始まりの塔に入るには私がいないといけないから、どこかのタイミングで私が部屋を抜け出して追いかけないといけない。

「連れて行けるかどうかで答えれば、連れて行けると思います。ですが、ローザ様はどうなさるのですか?」

「エマ達がサンティエを出た辺りで抜け出そうと思う。二階程度の高さなら、窓からロープを使って下りれるだろうし」

(いや、昼間だと目立つか……これで行くなら時間の調整をしないといけないな……)

 その辺は明日一日の猶予があるかによっても変わってくる。

 朝からカンザキさんを別の場所に移す、とかになったらすぐにバレて、エマ達を追いかけることもできなくなる。

「部屋を抜け出す前に衛兵に見つかった場合は、どうなさるおつもりですか……?」

「何らかの処罰は受けるだろうけど、一応王女だから、命までは取られないかな……」

 結界の維持に不安要素がある今、ソレイユの人達から見ても、私の存在はかなり重要なはずだ。

「そうなったら、マナミ・カンザキを連れてフェガロ領まで行ってほしい。侯爵にはちゃんと手紙を書くから」

 エマはしばらく考え込むと、「それでしたら」と口を開いた。

「私がマナミ・カンザキの代わりとなります。二階の窓から下りるなど、危険なことをさせるわけには参りません」

「でもそれだと、衛兵に見つかった時にエマが大変なことになる」

「見つかる前に部屋を出ます。今日のお話から考えますと、明日の夕刻までにはマナミ・カンザキは別の場所に移される可能性が高いです。入れ替わるなら明け方しかありません。明け方ならまだ人目に付かずに窓から外に出られるかと」

 確かに、エマの言う通りだ。

「でも、いなくなっているのが分かれば、すぐに捜索されるだろうし、直前に会いに来た私が真っ先に疑われると思う」

 まずは迎賓館に来るだろうけど、迎賓館にもいないと分かれば――。

「そうか、逃げる時間を稼ぐには、迎賓館の方もどうにかしないといけないのか……」

「はい。その点に関しては、私が迎賓館に戻ればどうにかなるかと思います。ローザ様はここ数日、ほとんどお部屋から出ておりませんので」

 エマが私は部屋にいると言えば、まだ引き籠っていると思う人間が多いということだろう。

「マナミ・カンザキの見張りの方は、そう頻回には彼女の様子を窺っていないようでした。恐らく、見張りの方からドアを開けるのは、食事を渡す時や来訪者があった時だけかと思われます。差し入れに朝食も持ってきたと言えば、朝食時にはドアを開けないでしょう」

「なるほど……」

 エマもなかなか頭が良い。

「それならいけるかも……必要になりそうな物を書き出すから、用意してもらえる?」

「はい、畏まりました」

 諸々の準備を考えると、時間がない。私は夕食には手を付けず、作業に取り掛かった。


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