06
前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。
結局は、案ずるより産むが易しといったところだろうか。広間の扉が開かれた時には、物凄い数の視線を浴びたけど、無心で深窓の令嬢を意識した笑みを貼り付けている内にやり過ごすことが出来ていた。
男女一名ずつの留学生だけど、男女関わらず話したいのは王子であるレイの方だ。私は付き人として少し後ろに控えて、レイと話した後ちょっと挨拶に来る面々に簡単な挨拶をするだけでよかった。
(このまま何事もなく終わればいいなぁ……)
流石に壁際にはいられないから壁の花にはなれないけど、気分的には最早そんなものだ。
しかしずっと笑みを浮かべて立ち続けるのも疲れた。何だかんだで緊張はしたから、口の中はカラカラだ。
(飲み物取りに行ってもいいかな……てか、レイはよくあんなにしゃべり続けられるよな……)
ひっきりなしにやって来る貴族の子女達相手に、笑顔を絶やさず話し続けられるのだから脱帽する。
(というか皆、飲み物くらい取りに行かせてやれよ……)
ここは私がレイの分も持ってくるべきだろうか。
そんなことを考えていると、ようやく挨拶ラッシュが終ったのか、最後の人が離れていくと同時にレイがこっちを振り返った。
「ローザ」
「はい、殿下」
飲み物だったらいつでも言ってくれ。
なんて思ったけど、そんな用事ではなく「こちらへ」と促される。
前に進み出ると、ずっとレイの傍にいたクロード王子とその周りにいた三人の男子がこちらを向く。
(この顔……)
三人とも見たことがある。ゲームで攻略対象となっていた三人だ。
「俺の方から紹介しよう」
クロード王子がそう言って端から名前と簡単な紹介をしてくれる。
「向かって右からハース侯爵家のジェラルド。歳は俺達より一つ上で、現宰相であるフレドリック・ハースの子息だ」
この国でも結構少ないプラチナブロンドに青紫の目の知的な人だ。「よろしく」という短い言葉に軽く会釈を返す。
「その隣が、ルーデンドルフ辺境伯家のアルベルト。歳は俺達と同じで、俺の幼馴染だ」
クロード王子よりも濃い金髪――アンティークゴールドというんだろうか。目の色は明るい茶色で、凛々しい顔立ちをしている。
ルーデンドルフ家というのは私も知っている。フェガロ家と同じぐ、代々将軍などを排出している軍人系の家系だ。アルベルトも実際体格がいい。
「フェガロ家の話は我が家でもよく耳にしています。今度、話を聞かせて下さい」
はい、と控えめに頷いて愛想笑いを返す。
クロード王子といい、この人といい、フェガロ家に興味を持ち過ぎだろう。母の実家だから多少は知ってるけど、実際にあの家で過ごしたことはないからちょっと困る。
(フェガロ家の令嬢にしたのはまずかったんじゃないかな……)
父が決めたのかレイが決めたのかは知らないけど、こんなことならここに来る前に伯父上とかと会っておけばよかった。
「最後にセルヴェ伯爵家のカミーユだ。歳は一つ下で、こんな形をしてるが、頭の回転が早くてとても優秀なやつだ」
にこりと微笑まれたのでこちらも笑みを返す。
くすんだ茶色の髪に緑の目は落ち着いた色合いで、とても親しみやすい感じがする。身長は私より少し高いくらいで、いわゆる可愛い系枠に入るのだろうが、本当に侮れなさそうだ。
「授業でご一緒することはあまりないかと思いますが、よろしくお願いしますね」
(いや、属性別の授業で一緒になりそうだけど……)
彼は風属性だ。ゲームの設定で覚えていたわけではなく、彼を取り巻く魔力から感じられる。
人の身体を取り巻く魔力は本当に微量のものだから、そこから属性を判断することは本来難しいのだけれど、私は将軍職についている叔父に会った時に教えられた。相手の魔力の属性を知ることは戦闘を有利に持っていくために必要だから、フェガロ家では男女関係なくそういったことも教えているらしい。
授業は基本的に学年別に行われるけど、属性別の授業は学年関係なく行われるものもある。彼とはきっとそこで会うことになるだろう。
私はスカートの端を持って静かに礼をする。
「改めまして、セレーネ国フェガロ侯爵家のローザと申します。我が国の王子共々よろしくお願い致します」
挨拶はこんな感じでいいだろうか。
母の実家の名を傷つけるわけにはいかないから、これでも結構気を遣って言葉を選んでるんだけど、ちゃんとできているかは謎だ。王女の礼儀作法と貴族令嬢の礼儀作法は微妙に違う。基本は一緒なんだけど、前者の方がちょっと偉そうな感じになる。
(まぁ、レイの表情が変わってないところを見ると、多分大丈夫なんだろうけど……)
アウトだったら冷たい笑みに変わっているはずだ。
(さて、挨拶は終わったけど……)
これからどうするつもりなんだろうか。
クロード王子の腹心ということで私にも紹介したんだろうけど、この面子で談笑するスキルなんて私は持ち合わせていない。
(というか、全員攻略対象ってことは、それなりに注目を集めるってことだよね……)
この場にあの少女はいないけど、他の貴族令嬢達だってこの輪に入りたいと思っているだろう。
(早く帰りたい……)
せめてこの輪から抜け出そうと、飲み物を取りに行くフリをして離れようとしたけど、レイの目は誤魔化せなかった。自分の飲み物も私に頼み、戻ってこざるを得ないように仕向けられ、失敗に終わった。
その後も何度か離脱を試みたけれど、全てレイに阻止されてしまった。我が弟ながら本当によくやる。
最終的に根負けしたのは私だった。
元々、頭の良さではレイの方が上だ。前世の記憶というハンデで一時期は私の方が賢いと思われていた時期もあるけど、頭の回転では私は精々一般人レベルだ。レイが本気で阻止しようと思えば私に勝ち目はない。
そんなわけで、途中からは逃げるのも諦めて、主要メンバーの輪の中でひたすら愛想笑いを続けていた。
偶にこっちにも話を振られたけど、何だかんだで男子は男子同士で話した方が楽しいのだ。内容も各国の体制だったり防衛の話だったりと、私がここにいる意味あるのか? と言いたくなる状態だったけど、レイも楽しそうに話していたのでとりあえずいいことにした。
そうしている内に歓談の時間は終わったようで、広間の一角から静かに曲が流れ始めた。ダンスの時間ということだろう。
気付いた面々が手近な相手と踊り始め、次第に談笑する声が小さくなっていく。レイ達も例に漏れず、難しいお話会は一旦お開きになった。
「では、クロード、また後ほど。――ローザ、私と一曲お願いできますか?」
女性をダンスに誘うのは男性の役目だ。それは王子といえど変わりない。
恭しく礼をして片手を差し出すレイはどこか楽しげで、私は思わず呆れた顔をする。
「よろしくお願い致します……」
内心溜め息を吐きながら、差し出された手に手を添えると、少し開けた場所へと連れて行かれる。
「ローザ、もう少し笑顔で」
「頬の筋肉がそろそろ限界です」
「何を言ってるんですか」
レイとのダンスは慣れたものだ。歳が同じでダンスを教えられた時期も同じだから、月に何度かの練習は必然的にレイが練習相手になっていた。こそこそと話しながら踊ってもヘマをしたりはしない。
「ところで、気になってるのですが」
「何ですか?」
「私の立ち居振る舞いは問題ないですか?」
「少し控えめ過ぎるきらいがありますが、問題ないですよ。ここまで完璧にこなせるとは思ってなかったので、少し驚いてるくらいです」
「……そうですか」
レイの中で私が一体どういう人間なのか、疑問が生じた瞬間だった。
政略結婚を阻止するために自由勝手に振る舞っているのは確かだけど、国の式典でふざける勇気は流石にない。礼儀作法の授業も、真面目に取り組まないといつまで経っても終わらないから、授業中は真剣にやっていた。だから逆に普段があんな状態の私を見て、リディや教師陣は頭を痛めていたわけだけど。
「いつもこんな風に振る舞って頂けると嬉しいんですけどねぇ」
「殿下は何のお話をされていらっしゃるんでしょう?」
ここでその話をするのはナシだろう。
「そうですね、その話はまた後日。とりあえず、この調子で頑張って下さいね。笑顔を忘れず」
は? と思ったのも束の間、急にターンをしたかと思うと組んでいた手を離された。
「ちょ――」
何をしてるんだと慌てかけたけど、目の前に綺麗なブロンドの髪が見えてはっとする。
「次は俺の相手をお願いできますか、フェガロ嬢?」
まさか、と思ってレイを振り返ると、物凄くいい笑顔で手を振られた。
(これ、断れないじゃん……)
クロード王子の手を取りながら、片手でスカートを持ち上げて軽く会釈をする。
「よろしくお願い致します」
これもきっとレイの思惑通りなんだろう。
顔が引きつってないか心配だ。
そんな私の心配を他所に、曲が変わったのと同時に腰に手を添えられる。
クロード王子も流石に王子なだけあって所作が洗練されていた。
どちらかというと武系寄りみたいだから、こういうのはレイの方が上手いんじゃないかと思ったけど、全然そんなことはない。リードも上手でとても踊りやすい。
「今日は、楽しんでもらえてるだろうか?」
「はい。私達の為にパーティーを開いて下さってありがとうございます」
そう言ってにこりと微笑う。半分以上社交辞令だけど、色々と気遣ってくれたことには素直に感謝している。
「それなら良かった……レイとは、よくああやって踊っているのか? お互いとても自然に見えた」
「ええ、そうですね……偶にお相手して頂いております」
ダンスを習っていた時の話で、最近では滅多に踊らなくなったけど。
「そうか。それは羨ましいな」
何故に。
一瞬クロード王子の発言の意図を測りかねたけど、ただのお世辞だろう。
母譲りの容姿は確かに綺麗だと自分でも思うけど、もっと綺麗な人達はいっぱいいる。クロード王子なら選り取り見取りだろうから、羨ましがる必要なんかどこにもない。
「クロード殿下にもよくお相手を務めて下さる方がいらっしゃるのでは?」
というか、確実にいるだろう。
今その面々から物凄い視線を送られている。クロード王子はただ今夜の主催者として持て成してるだけだから、親の仇のような目で見るのはやめて欲しい。
「いるにはいるが、まぁ、立場上仕方ない面もあるな。本当に踊りたい相手とはちゃんと踊れたことがない……」
おっと。ちょっと待て、メイン攻略対象。ヒロインまだちゃんと登場してないんだけど。そんな、本命が他にいますとか、どういうことですか。
(フラグ既に折れてそうだけど、これからヒロインに落ちることとかあるの……?)
レイのあの少女に対する好感度の低さといい、大分ゲームと違うような気がする。
(大筋はゲーム通りの方が私としては助かるんだけど……)
なんせ結界が維持されるか否かに関わる。恋愛方面はともかく、結界の維持に関してはシナリオ通りに進んで欲しい。
「いつか、踊れるといいんだが」
憂い顔で呟くクロード王子に、私は努めて笑顔を作る。
「願い続けていれば、きっとその内機会が巡ってきますよ」
本音としては、新しい出会いもいいですよ、と言いたいところだけど、クロード王子からすれば余計なお世話もいいところだろう。
(この歳でまだ婚約者が決まってないみたいだし、きっと思い入れが強いんだろうな……)
レイもまだ婚約者が決まってないし、二人ともゲームでは攻略対象だったからそれが普通な気がしていたけど、本来ならとっくに決まっていてもいい年齢だ。
(あの子も、なんでまだ決まってないんだろう……?)
後でそれとなく聞いてみようと思いつつ、「そうだな」と笑みを浮かべるクロード王子に、微笑みを返した。
それからさっきのアルベルト君を含む数名にダンスを誘われ、ようやく解放された時にはパーティーも終盤に差し掛かっていた。人気があると思われる面々はまだダンスに誘われているけど、再び談笑を始める人達が増えてきている。
私は会場をさっと見回してレイを見付けると、飲み物を取ってそっちへと足を向けた。
向かってる途中にちょうど一人になったレイは、何処かに行こうとしたけど、私に気付いてこちらへとやって来る。
「お疲れ様です」
「殿下こそ、お疲れ様でございます」
「クロードとのダンス、良かったですよ。長年練習相手になった甲斐がありました」
「……それはようございました」
足を踏んだのは最初の内だけなんだけど、この言われようだ。
「偶には違う相手と踊るのも新鮮でいいと思いませんか?」
「気を遣うのも結構疲れますから、慣れた相手が一番だと思います」
正直に答えると、レイが溜め息を吐いた。
「じゃあ、クロードと踊るのに慣れて下さい」
よりによってそこを選ばないで欲しい。一番選んじゃいけない人だろう。
「何故クロード殿下なのですか」
「一番踊りやすそうだったので」
確かに上手で踊りやすかったけど。
「で、ですが、クロード殿下には密かに慕っていらっしゃる方がおられるようですし……」
どうにか回避しようとその話を持ち出してみたら、レイは一瞬驚いた顔をしたけど、「それは把握済みですから大丈夫です」と言い切った。
二人もそこまで頻繁には会っていなかったはずだけどもう知ってるとは。この二人も恋バナするんだ、と少し感心してしまった。
(立場が同じだから、色々話しやすいのかもなぁ)
自分は、と考えてみて、そう言えば他国の王女と話したことがなかったと思い出す。うちには王女がもう一人いるけど、ナディアと話す時は王女同士というより姉と妹だ。
(そういえば、セシル王女は来てないんだろうか……)
彼女は今年十五歳のはずだから、学園の一年生になってるはずだ。パーティーに参加してるなら紹介されてもおかしくないんだけど。
「ところで殿下、本日はセシル王女はご参加されていらっしゃらないのですか?」
「今日は残念ながら体調不良で欠席されているとのことです」
「そうですか……」
(体調不良、か……)
前世の記憶を夢に見る内に少しずつゲームの内容を思い出しているけど、太陽の塔の維持が危ぶまれるのはセシル王女が突然魔力を喪失するからだ。
ゲームでは、ソレイユ王の姉君の話は出なかった気がするけど、同じような展開になるのであれば姉君の方も魔力を喪失するのかもしれない。
「セシル王女が、どうかしましたか?」
「いえ、いらっしゃるのであれば、ご挨拶をと思っただけです」
まだ不確定要素が多いのだ。レイに話すわけにはいかない。
学園にいれば多少はセシル王女の情報も手に入れられるだろう。“魔力喪失”なんて大問題まで外に漏れるかは怪しいけど、問題がなければ学園にも来るだろうから、そこが判断基準になるかもしれない。
(そういった点では、クロード王子と親しくするのもありか……)
私が接触できる人間でセシル王女のことを一番把握しているのは彼だ。目立つ人とは距離を置きたいと思ってたけど、そうも言っていられないのかもしれない。
ギャグを書けるようになりたいのですが、やっぱり難しいのでシリアスに戻ります……。