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いつも読んで下さる皆様、ありがとうございます。ブクマ・評価等もありがとうございます。
「――“風の精霊よ、この者の傷を癒せ”」
手元に魔力を集中させると、傷口を中心に温かな風が生まれる。出血もまだ止まっていないような深い傷だったけど、端から徐々に小さくなっていき、最後には消えてなくなった。
「ありがとうございます」
止血を手伝っていた兵に言われて、いえ、と首を横に振る。
「最低限のことしかしていませんから……他の傷は治癒班の方に診せて下さい」
そう言って立ち上がると軽く立ち眩みがした。魔力量はまだ問題ないけど、立て続けに使っていたのが響いたようだ。
(私もまだまだだな……)
一回当たりの魔力のロスをもう少し減らせれば、身体の負担も軽くなるんだろうけど、なかなか上手くいかない。
額に手を当てて深呼吸していると、「ローザ」と後ろからレイの声が聞こえた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。少し立ち眩みがしただけで、問題はありません。殿下の方こそ、お怪我は?」
「掠り傷程度です。ああ、治癒魔法を使うほどではありませんよ。その魔力は核への補充のために取っておいて下さい」
治療をしようと怪我の場所を探そうとすれば、そんな風に止められた。ブルクミュラー夫人にカンザキさん、そして私の三人がいるのに、レイはそれでも魔力が足りない可能性を考えているんだろうか。
(感覚的にはまだ四分の三くらい残ってるんだけど……)
セシル王女やアデール様に上級治癒魔法をいくつも使った時の方がきつかった。今回はダークウルフに追いかけられたりして体力も消耗してるけど、魔力の方はそんな感じだ。
「兵達の治療も大分終わっているようなので、塔の中に入ります。セレーネでは塔についてどれくらい聞いていますか?」
声を潜めて尋ねてくるレイに、私も半歩傍に寄って小声で返す。
「建国の王が建てたということと中に結界を形成する核があるということだけです。詳しいことは役目を代行する時に説明すると言われました」
当時は、何だそれ、と思ったけど、二国の塔のことは王家の秘密の一つに該当するとのことで、王家の人間でも国王と役目を務める王女、そして跡継ぎとなる王子しか詳細は知らないらしい。叔母ですら、役目を務める直前になって教えられたのだとか。あとは研究者の極一部、塔の中に入ることを許された人間が知っているくらいだ。
「やはり、そうでしたか。今回は時間がありませんでしたので、説明は省略します。ただ、中で見たものは決して口外しないようにお願いします」
「……そんなに、見られては不味いものがあるのですか……?」
「さぁ、どうでしょう。ただ、結界は我々の生命線の一つです。外部の人間にわざわざ重要な情報を渡す必要はありません。王家のみが変わらず膨大な魔力を持って生まれると分かるまでは、王家に取って代わろうとした貴族もいるくらいですし」
「ええ、それは知っています」
かなり昔の話だ。確か建国の王から数えて四代目の王の時代に起きた出来事だったと思う。結局、他の貴族では魔力の継承に問題があるため、以降、その手の反乱は無くなったという話だ。
ただ、王家を断絶させることはできないけど、傀儡にすれば実質的な政権は握れる。国の要ともなる結界の秘密をこちらから教える必要はないということだろう。
「そういうわけですから、塔の中のことは内密に」
「分かりました」
しっかりと頷けば、レイは前へと歩き出す。それに付き従っていくと、塔を囲む塀の前でクロード王子達が待っていた。
「レイ、準備はいいか」
「はい」
レイは頷くと、護衛兵達に指示を出す。
「ヴォルフは私の護衛、マルセルはローザの護衛を。残りはここに待機」
「はっ」
塀の内側も限られた人間しか入れてはいけないのだろう。クロード王子も数名の護衛を指名して、残りは塀の外側で待機するように指示している。
「えっ、カミーユも行けないの……?」
カンザキさんの声が聞こえてきて、そちらに目を向ける。
「はい、私にはこの中に入る資格がありませんので」
「そんな……」
ゲームでは確か同行したパーティーメンバー全員が塔の中に入っていたような気がする。それもゲームならではだったのだろうけど、カンザキさんからしてみたら変な流れなのかもしれない。
渋るカンザキさんをカミーユ君が宥める。
「大丈夫ですよ。マナミは支援魔法も一生懸命勉強していましたし、私が見る限りでは恐らく防御魔法よりも支援魔法に適性があります。ブルクミュラー夫人や研究者の方々もいらっしゃいますから、きっと上手くいきます」
「うん、分かった……じゃあ、行ってくるね……」
「はい。ここで待っていますね」
いつも一緒にいるカミーユ君が残ると聞いて不安な部分もあるんだろう。二人の様子を見守っていると、こちらに気付いたカンザキさんと目が合って睨まれてしまったけど、彼女も色々とあるのだから仕方ないとそのまま視線を前に向けた。
それぞれ準備ができたところで、クロード王子が持っていた鍵で塀の門を開けた。
塔の外側からは多少魔力を感じる程度だったけど、門が開いて分かった。塔の中、それも上の方に膨大な魔力を感じる。
中へと進むクロード王子達の後に続いて、塀の中に足を踏み入れる。
(始まりの泉がある塔みたい……ここも塀に何か細工がしてあるのかも……)
始まりの塔のように内側全体が魔力で満ちているというわけではない。けれども、塔の外側と比べると明らかに空気が違う。
門から塔の入り口までの僅かな道のりでそれを感じながら前へと進む。
塔の入り口は重厚な木の扉になっていた。鍵穴やドアノブのようなものはなく、通常それらがある位置にまっさらな石板が埋め込まれている。
どうやって開けるのかと思いながら見ていると、クロード王子が扉の前に立ち、石板に掌を当てた。
――キィン……。
微かな音と共に魔法が発動した時のような感覚が前方から伝わってきた。
クロード王子がゆっくりと石板を押すと、扉は何の抵抗もなく開く。
(何あれ……魔法で開く扉……?)
唖然としていると、「王族にしか開けられない扉です」とレイがこっそり耳打ちしてくる。
「魔法……?」
「特殊な扉で、王族の魔力にしか反応しないようにできているそうです。建国の王が作ったとされる代物で、仕組みについては私にも分かりません……」
多分、扉かあの石板に何らかの魔法陣が刻まれているのだろうけど、ちょっとハイテク過ぎないだろうか。
(前世で言う生体認証とかそんなレベルだよね……)
本当に建国の王が作ったのかは定かではないけど、あの王二人の伝説は常軌を逸していると思う。
塔に入る資格の研究者二人は兎も角、ブルクミュラー夫人も驚いているようだった。彼女もこんなことがなければ代役を務めることなどなかっただろうから、塔の細かい仕組みは当然知らなかっただろう。
そこから先は研究者二人が先導を務めた。彼ら二人は塔や結界の研究の傍ら、王に代わり実質的な管理を請け負っているから、この中では一番塔に詳しい人物とも言える。
国の機密に関わる役職だから人選とか大変だろうな、と頭の隅で考えながら、クロード王子やレイの後に続く。
塔の中はかなり上の方まで吹き抜けになっていた。壁を伝うように螺旋階段が設けられ、最上部と思われる場所で四方から伸びた橋が円形の台座を支えている。
(あそこに核がある……)
探ろうとしなくても分かるくらい、膨大な魔力を蓄えた核が――。
「ローザ様」
護衛のマルセルに声を掛けられてはっとする。気付けば他の面々はもう階段を上り始めていた。
「ごめんなさい。ありがとうございます」
マルセルにそう声を掛けて階段へと向かう。
明り取りの窓が点々と作られているとはいえ、塔の中は薄暗い。先導する研究者の一人が、壁に作られた穴の中にある蝋燭に火を灯しながら上っていく。それが一つ二つと増えていくにつれて、視界は次第にマシになっていった。
揺らめく灯火がぼんやりと塔の中を照らしている。最初は気付かなかったけど、塔の壁には古い言葉や絵がいくつも刻まれていた。
読み取れる部分を読みながら足を進めていると、大きな魔物と二人の青年の絵を見つけた。
(双頭のドラゴン……?)
壁に刻まれている文の内容からするに、これは建国の王二人の話だ。青年二人は建国の王達で、大きな魔物はこの辺り一帯を支配していたという魔物だろう。
二人の伝説は今やおとぎ話のようになっており、不思議と町を襲っていた魔物も強大な魔物としか語られていない。絵を見る限りではドラゴンのように見えるけど、これも国の機密に関わるんだろうか。
そこからどれくらい上ったか。階段が半ばに差し掛かった辺りから、壁に書かれている言葉や絵の種類が変わり始めた。
(魔法陣と呪文……)
魔法陣は教科書に載っているようなものと似ているけれど、それより遥かに複雑だ。呪文の方も古語だけで構成されていてほとんど読めない。研究者なら読めるのかもしれないけど、それでもこの塔全体の魔法を把握するのは難しい気がする。
(これが結界の生成に関わっているんだろうか……)
二国を守る結界――二つの塔は建国の王達が作ったとされているけど、王二人は始まりの泉で魔力を得るまでは普通の人間だった。そんな人物が、たとえ二人いたとしても残りの人生だけでこれだけの物を創れるとは思えない。
以前から疑問には思っていたけど、塔の中に入って改めて感じた。この塔はオーバーテクノロジーもいいところだ。
(中で見たものは決して口外しないように、か……これは隠したくもなるか……)
もっとも、この情報が漏れたところで、この塔に刻まれている魔法を理解できる人間はいないだろうけど。
少しでも分かる魔法陣や呪文はないかと探している内に、気付けば階段を上りきっていた。
目の前が開けると共に、視界に入ったものに目を奪われる。
くるりと一周する回廊の四方から伸びた橋の中央、半径数メートル程度の空間の真ん中に、透明な結晶が浮いていた。
私の身長くらいはあるだろうか。台座らしきものはあるけど、そこから数十センチは浮いているから自分よりも大きく感じる。
結晶の中は様々な色の光が渦巻いていた。光の加減か、虹のように切れ目が分からないけど、それぞれの色は混ざり合うことなく結晶の中を回っている。水のように質量がある感じではないけれど、かといって空気のように軽いわけでもないようだ。不規則な動きをしているけど、上部にまでは届いていない。
ふと脳裏にゲームの画面がよぎったけど、絵とは比べ物にならないくらい美しい。
(これが、核……)
莫大な魔力を感じる。もしこれが空っぽになったら、私一人では決して魔力を補充できないなと感じるくらいに。
そして見ているだけで分かった。これは水晶の類ではない。
(これは、魔石だ……)
実物を見なくても考えれば分かることだったのに、今更気付くなんて、私も頭が悪い。
塔の核には魔力を籠めろ、と言われていたのだ。魔力を送り込んでも壊れないのは魔石だ。付加魔法の練習をしていた時にカミーユ君に教えてもらったのに、あの時は少しも気付かなかった。
きっと月の塔にも同じような魔石があるのだろう。これだけの大きさの魔石が二つ――。
(双頭のドラゴンの魔石か……)
ドラゴンから二つの魔石が取れたか、それか一つの魔石を二つに割ったのだろう。中央で浮いている結晶は少し歪な形をしている。
「――な、何ということだ……」
じっと核を見つめていると、研究者の一人が声を震わせながら言った。
「王姉殿下が魔力を補充して、まだ半年と経っていないというのに……」
「どういうことだ? 核の魔力はどれくらい減っているんだ?」
クロード王子の問いに研究者は答える。
「核の上部がほとんど透けているのはお分かりですか? この部分は魔力が満たされておらず、外殻のみとなっております……夏に同行致しました際も、このような有り様でした。核の魔力は半分と少し、王姉殿下が補充をする前とほぼ同じ状態でございます……」
「なっ……それでは、この数か月でここまで減ったということか!?」
「通常ならばあり得ないことでございます」
「では、核や塔自体に何か問題があるということですか?」
レイが研究者に問い掛ける。研究者二人は確認するようにお互いに顔を見合わせたが、二人とも首を横に振った。
「見た限りでは、これといった異常は……核に瑕もありませんし、台座の魔法陣も破綻はしていないようです……流れている魔力が異様に多いということもない……」
「私も下からここに上るまでの間、注意深く見て参りましたが、異常といったようなものは見つけておりません……塔に巡らされた魔法陣が誤動作を起こしているなら、そこに魔力が集中するはずですが、異様に魔力を集めている魔法陣はありませんでした……」
「伯母上がこの前来られた時は、どれくらい魔力を補充できたんだ? 直前まで体調を崩しておいでだっただろう」
「確かにご不調ではあったようですが、八割から九割ほどまでは補充されました。この短期間でここまで減るということはございません」
私は再び核に目を向ける。
(何の問題もないのに、既に五割程度……)
塔の魔力は大体一年に一回の補充でいいと聞いている。それでも半分を切ることがないということだから、倍以上の速さで減っているということだ。
「塔からは、微量の魔力が漏れていると聞いたことがあります。それがあの森を形成したと。漏れる魔力が増えているということはないのでしょうか?」
試しにそう訊いてみたけど、年配の研究者は首を横に振った。
「漏れているといっても、感知できぬほど微量のものでございます。十年分で核の一割に届くかどうかといったところです。もし異様に減っている魔力が全て外に漏れ出ているとすれば、それは我々でも十分に感知できるでしょう」
「そうですか……」
(漏れているという線はないのか……だったら……)
――セシル王女の魔力と同じように、何処かに消えている。
道中でも浮かんだ考えが頭の中をよぎる。
(でも、そんなこと、一体誰が――)
「恐れながら、皆様」
凛とした声が割って入って、思考が途切れる。
ブルクミュラー夫人だ。
「今は、原因を考えるよりもまず核に魔力を補充すべきではないでしょうか?」
「そうだな。優先すべきは結界の安定だ」
クロード王子が同意し、ブルクミュラー夫人は前へと出る。そこに――。
「あ、あの!」
カンザキさんが声を上げた。
「最初に……私に、最初にやらせてもらえませんか!?」
そんな風に言われると思ってなかったのか、ブルクミュラー夫人は瞬きをしながらカンザキさんの顔を見る。
魔力が籠められるなら、現状、誰からでも構わない。けれども、ブルクミュラー夫人は何の決定権も持たない人だから、助けを求めるようにクロード王子の方を向いた。
「クロード殿下……」
「いや、構わないと思うが……」
そう言いながら、クロード王子は私の方を見る。
いや、こっちを見られても困る。私も今は何の権限も持たない側だ。
(ヒロインがやってそれで終わるなら、私は帰り道の心配に気を回せるからそれでいいんだけど……)
どうぞ、という意味を込めて小さく頷けば、クロード王子にはそれとなく伝わったようだった。
「では、マナミ、頼む」
クロード王子にそう言われたカンザキさんは、傍から見ても分かるくらいに表情を明るくした。
「は、はい!」
少し緊張した様子だけど、それでもしっかりとした足取りで核へと歩み寄るカンザキさんを、その場に立ったまま見守る。
ゲームと同じかと思わせるような出来事は起こるのに、完全にはゲームと重ならなかった半年と少し。
このまま、何事もなく終われるようにと、私は心の中で祈った。
長くなりそうだったので、いったん切りました。
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11/30 誤字報告ありがとうございました。




