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いつも読んで下さってありがとうございます。ブクマ・評価もありがとうございます。

 マナミ・カンザキから嫌がらせの話を聞いた翌日、レイは事実の確認をするためカミーユと昼食を取った。

 カミーユによると、マナミの話は全て事実とのことだ。カミーユがそれを知ったのは、マナミが傷だらけの教科書を持っているのを見つけてからだそうだが、それよりも以前から嫌がらせは始まっていたらしい。

 ただ、誰がそんなことをしているのかまではカミーユも知らなかった。心当たりについても訊いてみたが、ローザの名前は挙がらなかった。マナミが学園に通い始めた頃は、彼女のことを良く思わない貴族が多かったため、その中の誰かではないかとカミーユは口にしていた。

 ――ただ、マナミも随分と振る舞いを改めましたから、ここまでするような人がいるとは思えないのですが……。

 最初の頃はまだしも、近頃はマナミもクラスの面々と上手くやれているとのことだった。

 それを踏まえれば、一年生の誰かという可能性は幾分か低くなる。もっとも、だからといってニナがやった可能性が高くなるわけではないのだが。

(見間違い等でなければ、ローザを陥れようとしている、くらいしか理由が見つかりませんね……)

 モニカ・フレンツェルは伯爵家の令嬢であるため、他国とはいえ侯爵家のローザに歯向かうのは確かに難しいが、このようなことをするならそれなりの理由があるだろう。そもそも陥れようとしているのがモニカ・フレンツェル本人の意思かどうかも分からない。

(フォンテーヌ嬢とは親しくしている筈なのですが……)

 二人の間に確執を起こしそうな問題が見当たらない。他の令嬢ならば、クロードとの件を妬まれたのだろうと考えるのだが、エミリアはローザがクロードの婚約者になることを望んでいる。今更嫉妬したなどということはないだろう。

 モニカ自身が婚約者候補だったという可能性もあるが、クロードは少し前に婚約者候補の数を減らしている。レイの目から見る限り、彼女はその段階で外されているだろう。

(姉上にも訊いてみますか……)

 自分が知らないところでマナミやモニカと何かあったのかもしれない。

 簡単には事が収まらない予感がして、レイは小さく溜め息を吐く。これがもしクロードとの件が発端で起こったのならば、ニナはますます結婚に対して否定的になるだろう。


 生憎と、午後の授業は男女別であったため、レイは授業が終わってから女子が使っていた教室へと向かった。

 教室の中にはまだほとんどの令嬢がおり、いつも一緒に行動するエミリアの姿もあったのだが、ニナの姿だけ見えない。不思議に思ってエミリアに尋ねれば、授業が終わるとすぐに教室を出ていったと言う。

「今日はお急ぎのようで、挨拶をしたらすぐに行かれてしまいましたわ」

 エミリアはそう言って不思議そうに小首を傾げる。

「レイ殿下もご存じありませんでしたの? ローザ様は殿下の付き人でいらっしゃるのに……」

 元々、付き人とは名ばかりのものだ。ニナも当初はそれらしく振る舞っていたが、四六時中行動を共にしなければならないような状況でもないため、自然と必要時にその役割をこなすだけになっている。

「いえ、私ももう大分ここに慣れましたから、特別なことがない限り自由にしていいと言っているのですよ。どうせいつものように図書館に寄っているでしょうから、そちらに行ってみます」

 エミリアに礼を言ってレイは図書館へと足を向けたのだが、珍しいことに図書館にもニナの姿はなかった。管理人をしているカミーユの外祖父に訊いてみても、今日は来ていないとのことだ。

 ここ最近は遅くまで図書館で調べ物をしてから帰ってきていたというのに、一体どうしたのだろうか。

 調べ物が終わったという可能性もあるが、ニナの様子を思い返すとその線も薄い。終わったならばもう少しすっきりした顔をしている筈だ。

 何があったかは分からないが、急いで教室を出たのに図書館にもいないということは、迎賓館に帰っているに違いない。レイは図書館を出て、置いてきた荷物を取りに校舎へと戻る。

 そうして中庭を横切って教室へ向かう途中で、カミーユと出くわした。

「レイ殿下、お疲れ様です。これからお帰りですか?」

「ええ。ローザを探していたのですが、どうも先に迎賓館に戻ったようでして。カミーユ殿はまだ帰らないのですか?」

 荷物を持っていないカミーユに問いかければ、「はい」と返事が返ってくる。

「これからマナミと今日の授業の復習をするんです。先日教科書が一つ駄目になってしまったので、寮に帰ってからの復習ができないみたいで……」

「新しい教科書はまだ……?」

 教科書は基本的に各自が購入するようになっているが、平民が簡単に買えるものではない。マナミを含めた魔力持ちの平民は貴族から学園に寄付された教科書を使っている。

「いえ、一応先生が用意してくれたのですが、また同じようなことになったら嫌だからとマナミが……嫌がらせが落ち着いたら改めて借りるそうです」

「なるほど……」

 嫌がらせの程度は軽くなってきているようだが、なくならない限りはマナミも安心できないのだろう。できるだけ早く解決をした方が良さそうだ。

「ところで、マナミは?」

 これからカミーユと復習をするのに当の本人の姿が見当たらない。

「授業が終わってから誰かに呼ばれたみたいで……少し待っていて欲しいと言われたのですが、なかなか戻ってこないので探してるんです」

 カミーユは困ったように言う。何かを警戒しているかのような険しい表情も見え隠れするため、嫌がらせをされるのではないかと心配しているのだろう。

「呼び出した相手というのは?」

「それが、分からないんです。私がいない時に声を掛けられたようで、同じクラスならともかく、マナミは上級生の顔と名前をほとんど知らないので……」

 貴族ならばお茶会や夜会などで顔を合わせることもあるが、マナミにはそういった機会もない。

 レイの中ではモニカ・フレンツェルの存在が浮上しているが、呼び出したのが彼女かどうかは、マナミに直接訊いてみなければ分からないだろう。

「私も探すのを手伝いましょう」

「え、ですが、宜しいのですか? 殿下はローザ様を探しておられたのでは?」

「迎賓館に戻ればローザには会えますから。それに、少し気に掛かることがあるので」

「気に掛かること、ですか……」

「行きましょう。カミーユ殿がここにいるということは、マナミは中庭かこの辺りに?」

「ええ、先程すれ違った令嬢から中庭を歩いているのを見かけたと聞きました」

 図書館側から来たレイはマナミを見かけなかったため、中庭の奥の方にいるのだろう。

 カミーユと共に中庭の小道を歩いていけば、端に設けられたベンチに座っているマナミが見えた。

「あ……」

「いましたね」

 誰かに呼び出されたとのことだが、相手がまだ来ていないのだろうか。マナミの傍に人の姿はない。

(どの学年も授業は終わっているはずですが……)

 訝しげに思っていると、ふと校舎の二階に人影が見えた。マナミが座っているベンチのちょうど真上にある窓。薄暗いそこから誰かが花瓶を出した。

「え……」

 何故そんなものを窓の外に出す――。そう思った瞬間、花瓶がその手から離れる。

「マナミっ!」

 カミーユが切羽詰まった声を上げる。

 こちらに気を取られたマナミは、自身の頭上で何が起こっているかに気付かない。

「“風よ! 彼の者を守れ!”」

「えっ、何……!?」

 マナミの取り囲むように風が渦巻く。

 だが、落下する花瓶を風魔法だけで受け止めきれるかには不安が残る。

 レイは瞬時にそう判断し、手元に魔力を集めた。

(“水よ、矢となれ”)

 レイが放った魔法は一直線に落ちる花瓶へと向かい、花瓶を砕く。

「きゃっ」

 砕け散った破片はカミーユの防御魔法に弾かれ地面へと転がっていった。

 レイはほっと息を吐く。そうして校舎の二階に険しい視線を向けた。

 二階にいた人物は弾かれたように踵を返す。顔までは分からなかったが、風に靡いた黒髪がちらりと見えた。

「カミーユ殿、ここは任せました」

 マナミの方へと駆け寄るカミーユにそう声を掛け、レイは近くの入り口から校舎の中へと入る。

 あの部屋から逃げるならどこの階段を使うか、と校内の見取り図を思い浮かべながら廊下を走る。

 校内に残っている生徒は少ない。一階の廊下では何人かとすれ違ったが、二階へと階段を駆け上がる時には誰ともすれ違わなかった。

(反対側に回られたか……?)

 だが、あの教室から近い北側の階段を使えば、中庭にいるカミーユ達に見つかる可能性がある。逃げるのに使うとしたらこちらの筈だ。

 どこかに隠れているのかもしれない、とレイは手近な教室を覗きながら廊下を歩く。残っている生徒はやはりおらず、次の教室を覗こうとしたところで、中から女子生徒が出てきた。

「ま、まぁ。ごきげんよう、レイ殿下」

 レイの姿に気付いた令嬢は丁寧に礼をする。

「こんにちは。まだ教室に誰か残っているんですか?」

「いいえ。わたくしだけですわ。ペンを一つ置き忘れてしまいまして……」

「そうですか。実は今、人を探しているのですが、少し前に誰かが廊下を通りませんでしたか?」

「少し前、ですか……? ええと、確かにどなたかが走っていく音がしましたわ。平民の方でしょうか?」

「平民……顔を見たのですか?」

「いいえ。足音を聞いただけですわ。でも、廊下を走るなど、はしたないことをするご令嬢はおりませんでしょう? ですから、平民の方ではないかと……」

「なるほど。ありがとうございます。引き留めてしまってすみませんでした」

「いいえ、そんな滅相もございません。それでは、ごきげんよう」

 会釈をして去っていく令嬢を横目に見送り、レイは教室の中を検める。

(顔は見ていないが、走っていったのが女性なのは知っている……)

 将兵などであれば足音の軽さで女性だと判断できるだろうが、先程の令嬢にそんな技能があるようには見えかった。恐らく彼女は走っていった者の姿を見ているのだろう。その上で庇ったということは、身内か親しい相手か――。

 教室の中に誰も隠れていないことを確認し、レイは溜め息を吐く。

(足止めを食らったようなものですね……)

 二階に上がるまで誰ともすれ違わなかったということは、犯人はどこかに隠れ潜んでいたのだろう。そうしてレイが令嬢と話している間に階段を下りたに違いない。

 念の為、件の教室の中も確認したが誰もおらず、レイは諦めて中庭へと戻る。

「レイ殿下」

 すぐに気付いたカミーユが声を掛けてくるが、どこか期待を孕んだ眼差しにレイは首を横に振った。

「すみません、逃げられました。私が行った後、誰か廊下を通ったりしませんでしたか?」

「いいえ、誰も……」

「そうですか……」

 先程の令嬢ともう一度話す必要があると考えていると、マナミが頬を染めながら話しかけてくる。

「あの、レイ殿下、助けて頂いてありがとうございました!」

「いいえ。結局犯人には逃げられましたし……怪我はありませんでしたか?」

「カミーユも守ってくれたので大丈夫です!」

「そうですか。良かった」

 そう言って微笑むと、マナミは恥ずかしそうに視線を逸らす。怖い思いをしたため、怯えているのではないかと思っていたが、この分なら大丈夫だろう。

「カミーユ殿と授業の復習をする予定だと聞きましたが、今日はもう帰った方がいいかもしれません」

「ええ、そうですね。また何かされる可能性もありますし……」

 マナミは残念そうな顔をしたが、カミーユもレイに同意したため、「はい……」と小さく頷いた。

「さぁ、帰りましょう。寮まで送りますよ」

 レイがそう言うと、マナミはぱっと顔を上げる。

「ありがとうございます!」

 現金だがある意味素直な態度にレイは苦笑した。


 カミーユと二人でマナミを送り、レイ達も校門へと足を向ける。

 寮から幾分か離れると、カミーユは「流石にこれは悪質です」と、先程の出来事に対する憤りを露わにした。マナミの手前、今までは努めて穏やかに振る舞っていたのだろう。

「誰がやっているのか分かりませんが、見つけ出して問い質すべきだと思います」

「呼び出した人物について、マナミは何と?」

「誰かは分からない、と……マナミに伝えた上級生も、ただ別の上級生が呼んでいるとだけ言ったようでして……言われた場所で待っていたそうですが、私達が見つけるまで誰も来なかったそうです。明日、伝言を伝えた上級生の詳細を聞いて探してみます」

 それで犯人に辿り着ければいいが、とレイは思う。

 学園内では珍しい黒髪の人間が、その令嬢に直接伝言を頼んだのであれば、すぐに犯人が誰だか明らかになる。秘密裏に事を成すならば、自分では動かず、間に更に人を介すだろう。

 もしこれで伝言を頼まれた令嬢が、“ローザ”もしくは”黒髪の人物”と言うならば、誰かが意図的にニナを犯人に仕立てようとしていると考えた方がいい。

 いずれにせよ、黒幕を暴くには少し時間を要すだろう。

 とりあえずローザが絡んでいることをカミーユにも伝えておこうと、レイは口を開く。

「先日、マナミが二年生と話しているのを見ました。マナミに忠告をしていたらしいのですが、その令嬢はローザが犯人だと言ったそうです」

「え……ローザ様が……?」

 カミーユは訝しげに眉根を寄せる。

「そのようなことをする方とは思えませんが……それに、確かローザ様はクロード殿下よりブレスレットを贈られていましたよね? あの時、花瓶が落とされるところを見ましたが、落とした者の手首にはブレスレットははまっていなかったように思います……」

「ええ、私もブレスレットはなかったと思います。ただ、最近ローザも思うところがあるようで、ブレスレットを身に付けていないんですよ。それに、他の者に命じようと思えばできないこともありませんし、その時だけ外すことだってできます」

 ブレスレットの有無では何も判断できない。

「では、レイ殿下はローザ様が犯人だと……?」

「いえ、そういうわけでは……こんなことをする理由も全く思いつかないので、違うとは思っています。ただ、それだけで断言してしまえるかといえば……他の者の証言もありますから、違うとは言い切れません……ローザの為人は知っていますが、彼女が考えつくことは予想できないことが多々あるので」

 もっと共に過ごす時間があれば、姉のことを理解できたのだろうか。そんな考えが脳裏をよぎるが、過ぎてしまったことを言っても仕方がない。

 とにかく、帰ったら真っ先にニナと話そうと、レイは歩く速度を少し早めた。



     ◇



 王宮を出てラングロワ邸で着替えを済ませた後、私は独り大通りへと向かいながらソレイユ王の言葉を思い返す。

(留まってもらう、か……)

 ソレイユ王が言ったのはそれだけだ。この国の人間との婚姻を匂わせるようなことは一言も言っていなかった。

(まぁ、それもそうか)

 私がこの国に残って塔の魔力を維持すればいいだけなのだ。この国の人間と結婚する必要はどこにもない。

 ソレイユ王が意図的にそういう言い方をしたのかは分からないけど、私としてはとても助かる。

 他の面々が婚姻だなんだと言い出す前にソレイユ王の言葉に頷いておけば、それでもう契約は成ったようなものだ。他の人間が後から口出ししようとしても、王の言葉を盾としてそれ以上の干渉を防ぐことができる。

(案外、その方が自由に暮らせるのかもな……)

 重要な役目を担うのだ。王都から離れることはできなくなるけど、役目がない時の時間の使い方とか、その他の面に関しては多少の融通を利かせてもらえるかもしれない。

 ただ、セシル王女やアデール様のことを考えると、やっぱり元に戻って欲しいと思う。セシル王女やシャリエ伯爵にはこれ以上苦しんで欲しくない。


 大通りに出ると、エマがすぐに見つけてくれたので、そのまま迎賓館へと戻った。

 今回は迎えの馬車の時間を指定できなかったから歩いて戻ったんだけど、流石に徒歩だと結構時間がかかる。迎賓館に着く頃には辺りは暗くなり始めていて、これはレイの雷が落ちるかもしれないと、内心冷や汗をかきながら中に入った。

「お帰りなさい。一体どこに――」

 応接間にいたレイは、不自然に言葉を途切れさせた後、私の格好を見て怪訝そうな顔をする。

「街に出ていたのですか……?」

「ええ、そうですけど……」

 てっきり怒り出すと思っていたんだけど、レイは口元に手を当てて何かを考えている。

「殿下? どうかなさいましたか?」

「いえ、気にしないで下さい。とりあえず、夕食にしましょう。それと、街に出るのは構いませんが、暗くなる前に戻るように」

「申し訳ありませんでした。以後、気をつけます」

 素直に謝れば、レイはそれ以上何も言わず、食堂へと行ってしまった。

(何なんだろう、今の反応……)

 レイは注意するよりも先に何かを考え込んでいた。私が帰ってくるのを待っていた感じではあったけど、それにしては遅くなったことへの小言が取ってつけたような言い方だった。

(何かあった……?)

 学園での様子を思い返そうとしたけど、今日はアデール様のことで頭が一杯だったから、レイの様子まで細かく覚えていない。しかも一人で先に帰ったから、授業の後のことも全く分からない。

(何かあるなら、後でまた話をしに来るかな……)

 そんな風に思っていたけど、夕食が終わって寝支度が済んでも、レイはそれらしい話題を出してこなかった。強いて挙げるなら、夕食の時、モニカ・フレンツェル伯爵令嬢についてちょっと訊かれたくらいだ。

 エミリア嬢と仲が良い子だけど、私はあまり話したことがないから、彼女のことはそんなに知らない。それをそのまま伝えると、そうですか、で話は終わってしまった。

(彼女がどうかしたのか……?)

 私の記憶ではレイもそんなに交流がない気がするんだけど。

 よく分からないまま、ベッドに寝転ぶ。気になってはいるけど、寝間着のまま部屋を出るわけにはいかないし、かといってわざわざ着替えて訪ねるほどかと言えばそうでもない。

 話はいつでもできるか、と諦めて目を閉じる。

 そうして、久しぶりにあの夢を見た。


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[一言] 46話の幼いニナの様子には切なくて仕方ありませんでした( 。゜Д゜。) 持ってる人は持たざる人の気持ちは…分からないもの。誰かが言わない限りレイ達はニナの気持ち気付かないのだろうと推察。そし…
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