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いつも読んで下さってありがとうございます。ブクマ等もありがとうございます。
カミーユが愛実への嫌がらせの件を学園に報告してから、教科書を駄目にされたり持ち物が壊されることはなくなった。ただ、ちょっとした物が無くなるということはまだ続いている。翌日か数日後には大抵無事な状態で見つかるのだが、嫌がらせ自体が続いているということは、犯人――ローザは諦めていないのだろう。
(シナリオ通りに進まなくなりそうだから、ここで諦められても困るけど……)
レイにいじめの現場を目撃してもらうまでは嫌がらせを続けてもらわなければならない。
(今日はハンカチか……)
鞄の中を漁りながら、無くなっている物を確認する。
(カミーユがくれたハンカチなのに……ちゃんと戻ってくるといいけど……)
一昨日失くしたペンは、今日カミーユが別の教室で見つけてくれた。属性別授業の教室で、愛実が入ることはないから誰かが盗んでそこに隠したに違いない。
(ローザって、確かカミーユと同じ風属性だったよね……私自身はローザと教室が一緒になったりしないから、盗ったのは別の人ってことか……)
恐らく、一年の中の誰かにローザの味方をしている者がいるのだろう。
(ゲームではローザの手下とかは出てこなかったな……)
だが確かに、学年が違う愛実の持ち物に手を出すならば、ローザ一人では厳しいものがある。元々、レイのルートに入る時、プレイヤーは飛び級をして二年生に上がっている状態だ。それならば嫌がらせもしやすいが、現実は愛実が一年のままで、ローザも手が出しづらく、誰か協力者を作ったのだろう。
(仲良くなった子達が加担してるとは思えないから、他の子達だよね)
そんなことを考えながら教室を出たところで、「少しいいかしら?」と上級生の女子生徒に声を掛けられた。
見知らぬ生徒だ。ゲームでも見た覚えはない。
「貴女がマナミ・カンザキさん?」
「え、あ、はい……そうですけど……」
「そう、よかった。貴女にこれを渡そうと思って待っていたの」
上級生はそう言ってハンカチを一枚差し出す。愛実が失くしたハンカチだ。
「あ、ありがとうございます……これ、失くしたもので……あの、どこでこれを……?」
まさか当日中に戻ってくるとは思わず、驚きながら尋ねれば、上級生は少し顔を近づけて声を潜めて言った。
「一つ前の授業は演習の授業だったでしょう? 私達はちょうど貴方達が荷物を置いてた教室の隣で授業があっていたのだけれど、授業が少し早く終わった後、ある方が隣の教室に入っていくのを見かけて……」
ある方、という言葉にどきりとする。
「不思議に思って覗いてみたら、その方がこのハンカチを持っていかれて……一年生の親類に訊いてみたら、貴女が使っていた席だと……」
上級生は申し訳なさそうな顔をしながら続ける。
「その、以前貴女とその方がすれ違ったところを見かけたことがあるのだけれど、貴女、挨拶も何もしないで通り過ぎていたでしょう……? 上級貴族の方は気位が高い方多いから、気をつけた方がいいわ……私も、今回はあの方の目を盗んでハンカチを取り戻せたけど、次も上手くいくとは限らないわ……」
「あ、あの、ありがとうございます。ハンカチも取り戻してもらえて……あの、それで、“あの方”っていうのは……」
上級生は近くに誰もいないことを確認してから更に声を押さえて言った。
「隣国からお越しのフェガロ侯爵家の令嬢、ローザ様よ」
(やっぱり……!)
このような形で犯人の名前が告げられるのは想定外だったが、これでカミーユにも犯人の名前を告げられるし、レイを頼ることもできる。
(シナリオとはちょっと違うかもしれないけど、こういう話を聞いたってカミーユに言うのは不自然じゃないし)
愛実は逸る気持ちを抑えながら、上級生に向かって頭を下げる。
「ご忠告、ありがとうございます。以後気をつけます」
「ええ。そうした方がいいわ」
上級生はそう言うと、「では、ごきげんよう」と優雅な振る舞いで踵を返す。愛実も会釈をして見送っていると、廊下の先にこちらを窺っている同じクラスの女子生徒の姿が見えた。
あまり話したことはないが、愛実に対して厳しい態度を取ったりもしない普通の生徒だ。
上級生は彼女のところまで行くと、二、三言話して共に去っていく。先ほど言っていた親類というのはあの生徒のことなのだろう。
とにもかくにも、上級生のお蔭でローザがやったという証言は得られた。後はカミーユに話してレイを引き込めば、レイが愛実を守ってくれる。
(ローザがクロードといるのは気に食わないけど、レイが味方になるならいいかな)
そもそも、ローザはレイの婚約者のはずだ。それがクロードと親しくなる時点でおかしい。
だが、ローザの悪事がバレればクロードも彼女から離れていくだろう。色々とおかしかったシナリオがそれで元に戻る可能性も考えられる。
愛実はほっとすると同時に、幸せな未来を想像して頬を緩ませた。
そうやって幸せに浸っていると、不意に後ろから声を掛けられる。
「マナミ」
「え?」
咄嗟に振り返ると、今しがた想像していた人物が立っており、愛実は慌てて居住まいを正す。
「れ、レイ殿下、こんにちはっ」
近くにいるとは思わず、今までのあれこれを見られていたのではないかと、挙動不審になりながら挨拶をする。
「こんちには。こんなところでどうしたんですか?」
「え、えっと、ちょっと考え事を……」
笑いながら取り繕う愛実に、レイも「そうですか」と微笑を浮かべる。
「そういえば、先程どなたかとお話されてたみたいですけど、お知り合いですか?」
「いいえ、知らない人です。失くした物を渡してくれただけで……」
言いながら、このまま嫌がらせの件を話してしまえばいいのではないか、という考えがふと頭に浮かぶ。
「そうでしたか。上級生と話しているのが珍しかったので、知り合いかと思ってしまいました」
「いえ、全然、名前も知らない人で……」
「どうかしましたか? 浮かない顔をしていますが、先程の方に何か言われましたか?」
どうするか迷っていただけなのだが、レイにはそんな風に見えたようだ。だが、これはチャンスかもしれない、と愛実は意を決する。
「え、えっと、そういうわけではなく……あの、レイ殿下……」
顔を上げると、レイは不思議そうな表情をしながらも続きを促す。
「その、最近嫌がらせをされてて……それで、さっきの人はなくなったハンカチを届けてくれたんですけど、その、ハンカチを盗んだのはローザ・フェガロ様だって……」
「え? ローザが、ですか……?」
愛実の言葉に、レイは信じられないと言うかのように眉をひそめる。
選択を間違えただろうかと微かに不安がよぎるが、もう後には引けない。
「は、はい……さっきの人は、そう言ってました……私の態度がいけなかったかもしれないから、気をつけるようにって、忠告してくれて……」
そういう証言があったのだと重ねて言えば、レイは不審そうにしながらも、口元に手を当てて考え始める。
「その人は、他に何か言っていましたか?」
「い、いいえ。ただ、ローザ様が盗むところを見て、私の持ち物だって分かったから、こっそり取り戻してくれたみたいで……」
「そうですか……」
愛実はレイの様子を見ながら、次に言う言葉を考える。
ゲームでは、ヒロイン自らいじめの内容について話していたが、その時点で犯人は分かっていなかった。レイがヒロインを守るために行動を共にするようになり、そうして犯人であるローザに行き着くという流れだ。
いきなり嫌がらせの犯人がローザだと言われても、レイも半信半疑にならざるを得ないだろう。
(まだ教科書のこととか言えてないけど、あんまり色々言っても不信感が増すだけかな……)
せっかくここまで漕ぎつけたのだ。トゥルーエンドのためにも慎重にいきたい。
「あ、あの、ごめんなさい。いきなりこんな話をしてしまって……」
「いえ、構いません。本当にローザがそんなことをしているのであれば、私からやめるように言わなければなりませんし。ハンカチ以外にも物が無くなったりしているのですか?」
「えっと、いくつか……あ、でも、全部見つかってるので大丈夫です。カミーユも相談に乗ってくれてますし……」
「カミーユ殿が……もしまた何かあれば、私にも言って下さい。私もローザの行動には注意しておきますので」
「ありがとうございます」
レイを見るかぎり、完全に信じきった様子はないが、愛実のことを気にかけてくれるのであれば今はそれで十分だろう。
愛実は安堵の息を吐きながら胸を撫で下ろした。
(――ローザが、ですか……)
迎賓館へと帰る馬車の中、レイは先程マナミ・カンザキから聞いた話を思い返していた。
曰く、ローザがマナミのハンカチを盗んでいたとのことだが、俄かには信じられない内容である。
(目撃者がいるなら信憑性は高くなりますが……)
だが、そもそもニナはマナミとほとんど関わっていない。
初め、マナミが始まりの泉から現れた頃は彼女のことを気にしていたようだが、それはレイも同じだ。泉にいきなり人が現れるのだから、一体何者なのか、その後どうなったのかは誰でも気になるだろう。
それ以降、一連の出来事の対処をソレイユ王家が引き受けてからは、特に気にする素振りもなかった。
唯一接点があったとすれば、太陽の塔へ向かった時のことだが、レイやカミーユと共に前方にいたマナミと違い、ニナはレイの護衛と共に後方にいた。恐らく会話さえしていないだろう。
逆に、マナミの方こそニナに思うところがあるようだった。レイは彼女がクロードと話すニナを睨みつけていたのを目撃したことがある。あまり接点がないせいか、その後は似たようなことも起こらず、レイ自身もほとんど忘れていたが、どちらかというとマナミの方がニナに危害を加えそうな様子だった。
(私が知らないところで接触している可能性はありますが……)
ニナの様子から考えると、やはり動機が見当たらない。
レイはマナミと話していた女子生徒の姿を思い返す。その時レイがいた場所からはほとんど後ろ姿しか見えなかったが、髪の色や背格好は同じクラスの生徒と合致する。
(あれは恐らく、モニカ・フレンツェル……)
ニナが親しくしているエミリア・フォンテーヌの友人だ。
マナミにニナがハンカチを盗んだと言ったのはモニカで、マナミの話しぶりからするに、目撃したのもモニカ本人なのだろう。
(見間違えたと思いたいところですが……)
セレーネ国と違い、ソレイユ国では黒髪の人間が少ない。学園内でも数えるほどしかいない。見間違える可能性はほとんどないと言っていい。
(さて、どうしたものか……)
◇
いつものように図書館でしばらく治癒魔法の勉強をした後、迎賓館に帰れば私宛の手紙が二通届いていた。
一つはリディからで、もう一つはエマがフィオレさんから受け取ったものだ。
フィオレさん経由で来るのはセシル王女からの手紙なんだけど、差出人のイニシャルがいつもと違っていた。まさか、と思い、急いで部屋に行って開けると、便箋の一番下にはソレイユ王の名前が記されていた。
アデール様に関する依頼の件だ。最初から目を通すと、明日の放課後にアデール様の元に赴き、治癒魔法による治癒を試みて欲しいとのことだった。
(また急だな……何かあったんだろうか……)
てっきり学園が休みの日に行くものだと思ってたんだけど、平日でしかもいきなり依頼が来たことに小さな不安が生まれる。
(手紙には何も書かれてないけど……)
書かれているのは明日の手筈についてだけだ。
現在、アデール様が暮らすシャリエ家の別邸は出入りできる人間を制限しているそうで、王宮からの使いという体裁で行くらしい。セシル王女に会う時と同様、ラングロワ邸で王宮の使用人服に着替えた後、王宮から専用の馬車に乗って向かうようだ。
(じゃあ、明日は授業が終わった後すぐ帰らないとな……)
迎賓館から直接王宮に行ければいいけど、セレーネの侯爵令嬢がいきなり王宮に行くのも変だし、迎賓館から王宮の使用人の格好をした人間が出ていくのも不自然だ。
時間はかかってしまうけど、アデール様が昏睡状態なのが貴族にバレればまた騒ぎになる。
(夜までに帰れればいいけど……)
密かに会っているのがセシル王女だと伝えてから、護衛兵達の監視はなくなっている。動きやすくていいんだけど、帰りが夜遅くなればまた監視をつけられそうだ。
(まぁ、その時はその時か……)
遅くなった時用の言い訳だけ考えておこう。
そんなことを思いながら、もう一通――リディからの手紙を開ける。
今回は来賓名簿を確認してもらうだけだったから、返事も早かったようだ。
(やっぱり、一度来てる……)
ソレイユから賓客を招いた式典はいくつかあったけど、建国記念の式典の名簿にクロード王子の名前があったそうだ。
そういえば、あの男の子とあったのもそれくらいの季節だったな、と思い出しながら、自分が忘れていただけだと痛感する。年下だと勘違いしてしまったのも要因だけど、他人に指摘されるまで思い出さないというのもなかなかだ。
(お詫び、本当何にしよう……)
プレゼントなんて受け取るべきではなかった。あの時もそれは分かっていたけれど、ここまで後悔するとは思っていなかった。
(あの時はまだ手の打ちようがあると思ってたからな……)
本当の相手さえ見つかればクロード王子の思いも報われるし、私もレイの思惑を阻止できると思っていた。
今思うと、本当に簡単に考え過ぎだ。クロード王子の気持ちとかを考えれば、そんな単純な話ではなくなるのに。
(どちらにしろ、今はもう打つ手がないんだけど……)
私は彼の申し出を断って――正式に婚約を申し込まれたわけではないけど――、それで終わる。誰も傷つけずに丸く収める方法なんて最初からなかったのかもしれない。
ただ、私が私のすべきことをしても、この話自体は無くなったりしないだろう。レイや父が話を進めようと思えば進められるのだから。私の意思なんて、いざとなれば無いも同然だ。
でも、クロード王子は私の気持ちを聞きたがっているのだから、彼にはちゃんと伝えるべきだろう。
その後どうなるかは、クロード王子やソレイユ王、そしてレイと父次第だ。私の力が及ぶ範囲ではない。
私にできるのは、ただ足掻くことだけだ。




