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いつも読んで下さる皆様、ありがとうございます。ブクマ等もありがとうございます。

 図書館での件以来、クロード王子とは話す機会を得られないまま、休日になっていた。

 何度か思い切って声を掛けてみたんだけど、時間が取れないと断られてしまったのだ。

 元々多忙な人だから、二人きりで話をするのが難しいというのは分かる。けれども、この前の別れ際のことを思い返すと、本当に時間がなかったのか疑問なところだ。気を遣われた結果なのかもしれない。

 ああだこうだと考えていると図書館での調べ物も思うように進まず、結局目ぼしい情報も得られないまま、セシル王女に会うことになった。

 悶々とした状態のまま、これまでと同じようにラングロワ邸で使用人の格好に着替え、フィオレさんとセシル王女の部屋へと向かう。

 まず何の話からしようかと頭を悩ませながら部屋に入れば、私が挨拶をする前にセシル王女が駆け寄ってきた。

「ローザ様!」

 私の手を両手で包み込むように握ったセシル王女は、今にも泣きそうな顔をしながら私を見上げてくる。

(な、何!? なんかあった……!?)

「太陽の塔への道中では、クラウス様を助けて頂き、ありがとうございました。ローザ様がいなければ、クラウス様は命を落としていたかもしれないと聞き……本来ならば、私が伯母様の代わりに同行しなければならなかったところを、私がこんな有り様なばかりに……」

 そのことだったかとほっとしながら視線を脇にやると、近くに控えていたクラウスさんも丁寧に頭を下げてくる。

 無事だとは聞いていたけど、あれ以降、実際に会うのは今日が初めてだ。ぱっと見後遺症とかもないようで、安堵しながら私はセシル王女に向き直る。そうして、そっと彼女の手を握り返した。

「それは、セシル様の所為ではありませんわ。このようなことが起こるなど、誰も想像しておりませんでしたし、セシル様のご不調も、セシル様に非があるとは思えません。私が同行することになったのは偶然でしょうが、我が国の殿下を含め、ソレイユの皆様も、無事とはいかないまでも、皆生きて帰還できたことを嬉しく思います。セシル様もそのようにお考え下さいませ」

「はい、ありがとうございます……」

 彼女が罪悪感を抱くのは仕方のないことだと思うけど、誰の所為でもないのだから、何とか乗り切ったことを喜ぶしかない。

「あの時はローザ様もお倒れになったとも聞きましたが、その後お身体の方は大丈夫でしょうか……?」

 こうして普通に立っているのに心配しているセシル王女に内心苦笑しながら、私は微笑みかける。

「ご覧の通り、身体の方は問題ありません。ご心配をお掛け致しました。私も魔力の扱い方はまだまだ未熟なようです」

 咄嗟のこととはいえ、あの防御魔法は魔力のロスが結構多かっただろう。クラウスさんの治癒までできたのは、王族の魔力量があったからに他ならない。

 セシル王女はほっとしたように微笑う。

「そうでしたか。ご回復されたようで何よりです」

「お心遣い感謝致します」

「いつまでも立ち話ではいけませんね。こちらへどうぞ」

 セシル王女はこの前と同じく寝室の手前の部屋へと私を招き入れる。部屋の中のテーブルには既に二人分のお茶が用意されていた。

 促されるまま、私は席に着く。一緒に部屋に入ったクラウスさんはセシル王女の斜め後ろに控える。

「早速ですが、進捗状況を確認し合いましょう」

「はい」

 セシル王女の言葉に頷くと、近くに控えていた世話係の一人が資料らしきものを持ってくる。

 私も簡単にまとめた物を持ってきたので、それを取り出した。

「では、私からご説明致します。前回お送りした手紙にも書きましたが、やはり解決に繋がるような記述は見られませんでした……視点を変えていくらか調べてもみましたが、確証には至っておりません……」

 今回は主にセレーネに戻っていた時に調べた内容を伝えたけど、関係しそうな内容は載っていないということが確認できただけで、それで何が変わるわけでもない。

 ただ、私が考えたドレイン系の魔法説は興味を惹く内容だったようで、それとなく研究者に伝えてみるとのことだった。原因解明が進んでいないのはソレイユでも同じようだ。

 ソレイユ側の調査内容も聞かせてもらったけど、やはり解決に繋がりそうなものはない。

 それでも諦めるわけにはいかず、悪あがきのように今日も直接魔力を送らせてもらうことになった。

「ローザ様の魔力は温かいですね……」

 手を握って少しずつ魔力を送っていると、セシル王女はそんなことを言った。

「そうですか?」

「はい。最初はこれが魔力だとは分からなかったのですが、指先からじんわりと身体の中に広がっていくのが分かるようになりました」

 手の温かさを感じ取っているのかと思ったけど、そうではないようだ。

「それに、魔力が留まることはありませんが、魔力を送って頂くとそれから数日間は元気が湧くんです」

「元気、ですか……」

「はい。元々身体を壊しているわけではありませんので、不調があるわけではないのですが、更に調子が良くなると言うのでしょうか? 上手く表現できませんが、そんな感じがします」

 セシル王女のその言葉に、少しだけど引っかかりを覚えた。

(調子が、良くなる……?)

 魔力は生命力から生まれるから、それを分け与えるなら確かに元気になるような気もする。でも、私が送った魔力は彼女の中には留まらず、どこかに行ってしまっているのだ。だったら、彼女の身体はいつもと変わりない、というのが正しい反応ではないだろうか。

(魔力は確かに生命力の一部だと言われてるけど、魔力が生命力に変換されるというのは聞いたことがない……)

 ゲームならHPを削ってMPを回復というのもあったし、MPを消費してHPを増やす魔法も物によってはあった。

(体力を回復する魔法を無意識に使ってる……? いや、魔力がない状態ならそもそも魔法が発動しないか……)

 仮にそんな魔法があったとしても、一回使って魔力が全て消費されたら、魔力が溜まるまで二回目が発動しない。それに、既に生命力が上乗せされた状態なら、私が多少魔力を送ったところで力が湧いたと感じることはないだろう。

(でも、何だろう、この違和感……)

 セシル王女の手を見つめながら考える。

 彼女の魔力は消えている。でも、生み出せていないわけじゃない。私が送った魔力も消えている。でも、私が魔力を送ると数日ほど力が湧く。

(魔力を送ることで、体内が活性化される……?)

 確かに、この方法は元々、他者の魔力で身体を刺激することで、本人の魔力を一時的に増幅させて感知させやすくするためのものだ。身体が活性化されているというは恐らく間違いない。

(でも、これで魔力を増幅させられるのは流し込んでいる間だけ……もっても精々十数秒……)

 つまり、その間しか身体は活性化していないということになる。数日間も調子が良くなるとは思えない。

(何か違う……でも、何が……)

「ローザ様……?」

 セシル王女の声にはっとする。

「どうかされましたか?」

「ああ、いえ、少し気になりまして……私も上手く言葉にできませんが……」

 どう言えばこの違和感を伝えられるだろうかと考えていると、急にドアの向こうが騒がしくなった。

 ――お待ち下さいませ……!

 ――セシル様は、今寝室で休まれて……。

 ――私が入ってはならぬ道理などないだろう。

 ――陛下……!

(っ、まずい……!)

 聞こえてきた言葉に慌てて立ち上がるのとドアが開くのはほぼ同時だった。

「お父様……!」

「陛下!」

 傍に控える世話係のように軽く俯いてみたけど、すぐ横のテーブルには二人分のカップが置かれている。そして空の椅子の横には私――。

 察しの良い人が見れば、椅子に座っていたのは私だとすぐに分かってしまう。

「見慣れない使用人だな」

 部屋の中にはフィオレさんともう一人使用人がいたけど、ソレイユ王が私を見ながら言ったのは明白だった。

 言い逃れなんてできやしない、と私はその場に膝を付いて頭を下げる。

「恐れながら、陛下、これは私が……!」

 クラウスさんが声を上げたけど、部屋の空気が更に重くなるだけだった。顔を上げてなくてもソレイユ王の威圧感が分かる。

「クラウス・ルーデンドルフ、私が話があるのはこの者だけだ。セシルと共に退がれ」

「お、お父様……!」

「退がれ」

 有無を言わせない声に、セシル王女も逆らえないようだった。

「はい……」

 小さな声が聞こえて、クラウスさんと共に部屋の外へと出ていく。横目でそれを見ていると、心配そうにこちらを振り返った彼女と目が合った。

 大丈夫、という意味を込めて小さく微笑ってみる。

 最初から、バレた時は自分で説明をするつもりだったし、セシル王女やクラウスさんの所為にするつもりはなかった。

「其方らもだ。退がれ」

 フィオレさん達もソレイユ王の命令に従い、部屋を出ていく。ドアが閉まると部屋の中は嫌というほどに静まり返った。

「さて、直に顔を合わせるのは久方ぶりだが――」

 ソレイユ王の言葉に更に身体が固まる。やはりこの人は幼い頃の私を覚えているらしい。

「母君にそっくりに育ったな」

「礼儀に則ったご挨拶もせず、このような真似を致しましたこと、平にご容赦下さい」

 緊張で口の中が乾いていく。

「よい。その件については、先頃ローラントから謝罪の書状を貰った」

(え……?)

「そもそも、交換留学の話を持ち掛けた時、ローラントはレイ王子よりも其方を留学させたいようだったからな。王子同士と決めたものの、どうにかして其方も送り出すのではないかと想像していた」

 何それ。

(ていうか、自分からバラしたんならこっちにも教えろよ……)

 何で本人が一番何も知らないんだよ。

 意図的なのか忘れていたのか知らないけど、父のやり方に呆れていると、立って椅子に座れと言われる。

 「いえ、このままで……」と辞退しようとしたけど、「座れ」と再度命令され、怖ず怖ずと椅子に座った。

 ソレイユ王もさっきまでセシル王女が座っていた椅子に腰掛ける。

 式典の時に何度か挨拶をしたことはあるけど、ベールを被ったまま少し離れた場所からというのが常だった。こんなに間近で面と向かうのは初めてだ。

 父よりも遥かに威厳が感じられる王だ。父に威厳がないとは言わないけど、ソレイユ王の方がもっと覇気がある。

「セシルが抱えている問題に手を貸してくれているそうだな」

 責める口調ではないことにひとまず安堵しながら口を開く。

「はい、何か力になれることがあればと、私から申し出ました」

「あれの問題はどうにかなりそうか?」

「まだ、何とも……私は研究者ではございませんので、原因究明に対してはどれほどお力になれるか……ただ、もし解決方法が何らかの支援魔法であれば、ご助力を申し上げたいと思います」

 実際のところ、私がどれくらい役に立つかは分からない。それはソレイユ王も分かっているだろうけど、王は私の言葉に頷いた。

「そうだな、上級支援魔法が必要になれば、其方に依頼をするのが一番だろう……我が姉は今、魔法を使える状態ではない」

「え……? 王姉殿下が、ですか……?」

「春以降、眩暈を起こしたりと不調が続いていたが、とうとう目を覚まさなくなってしまった。もう三日経つ」

「そんな……」

 夏に太陽の塔に魔力を補充して無理が祟ったのだろうか。

「王宮の治癒師と研究者を派遣してみたが、原因は分からないとのことだ。加えて、王宮の治癒師が使える治癒魔法で効果のあるものはない。其方は、セシルに上級治癒魔法を使ったそうだな」

「は、はい。状態異常回復の魔法ばかりでしたが……」

 というか、この人どこまで知ってるんだ。

「では、其方に依頼だ。我が姉の元に赴き、治癒を試みてくれ。国中から優秀な治癒師を集めるよりも其方に頼んだ方が早い」

「はい、それはもちろん、喜んで協力させて頂きます」

「分かっていると思うが、この件は他言無用だ。王宮内でも私と一部の者しか知らないからな」

(じゃあ、レイにも話したらダメだろうな……)

 何かあれば伝えるように言われてるけど、これに関しては仕方ないだろう。

「仔細はラングロワ家の者を通して伝える。翌週かその次の週には行ってもらうことになるだろう」

「かしこまりました」

 軽く頭を下げると、ソレイユ王は「ではな」と言って立ち上がり、部屋を出ていった。

 私はゆっくりと息を吐き、肩の力を抜く。

 時間にするとそれほど経ってはいないんだろうけど、何時間と対面していたかのような気分だ。

(心臓に悪いな……)

 そして、ソレイユ王の姉君が目覚めないとか、事態は更に深刻になっている。

(眠り続けているってことは昏睡……? セシル王女とはまた違う状態だけど、役目を全うできないことには変わりないか……)

 状態異常回復だけじゃなくて、他の上級治癒魔法も見直しておいた方がいいかもしれない。

 まだまだ図書館通いだなと思っていると、セシル王女とクラウスさんが慌ただしく部屋に入ってきた。

「ローザ様、申し訳ありません! 私がもっと注意をしていなかったばかりに……!」

 顔を蒼くしたセシル王女は今にも泣きそうになりながら私の手を握る。

「ご安心下さい。セシル様の様子を少し尋ねられたくらいで、叱責等は受けておりませんので」

「ほ、本当ですか……?」

「はい」

 胸を撫で下ろすセシル王女を見ながら、今日はこの辺で切り上げた方がいいだろうかと考える。

(魔力を送る以外、他にできることもないし……)

 あの時感じた違和感の原因を考えるのにも時間が要る。それに、レイみたいに頭が良い人間がいた方が考えもまとまるだろう。

「ご心配をお掛け致しました。セシル様もお疲れのようですから、今日はこれにて失礼させて頂こうと思います」

「そう、ですね……ローザ様もお父様の突然の訪問で疲れたことでしょう。また手紙でご連絡を差し上げますわ」

「はい、私も今日気に掛かったことをまとめておきたいと思います」

「あぁ、仰られてましたね。具体的にどのようなことなのでしょうか?」

「私が魔力を送ると元気が出ると仰っていたことです。お身体の方は不調がありませんのに、そのように感じられていることが少し不思議に思えまして。私の考え過ぎかもしれませんが」

 セシル王女は全く疑問に思っていなかったようで、私の言葉に不思議そうに首を傾げた。

「魔力を送られるとそのようになるのではないのですか……?」

「そういった効果はなかったと思います。元々、この方法は魔力を上手く感じ取れない者に対して使用するものです。魔力を送ることで送られた側の魔力が刺激され、一時的に魔力量が増えるのですが、それは僅かな時間です。それに、私が送った魔力もどこかへと消えてしまっていますから、翌日も調子がいいとなりますと、何か別の原因があるのではないかと」

 身体の中には何も残らないけど、身体の方は多少とはいえ一時的に魔力を多く生み出すことになるのだから、感じるとすれば疲労なんじゃないだろうか。

 そう考えると余計に変に思えてくる。

「そう言われてみれば、そうですね……私も研究者の方々にそれとなく聞いてみたいと思います」

「ありがとうございます」

 それでは、と会釈をして部屋を出る。

 そのままフィオレさんと一緒に王宮の外に向かおうとしたけど、クラウスさんに呼び止められて足を止めた。

「フェガロ嬢、先程は何の力にもなれずすまなかった。それと、以前の件で改めて礼を言いたい。あの時は死を覚悟したが、貴女のお蔭で助かった。家の者達や殿下、隊の皆を悲しませずに済んで感謝してもしきれない。本当にありがたく思う」

 クラウスさんは深々と頭を下げる。

「頭をお上げ下さい、ルーデンドルフ様。使用人に頭を下げていては周りの方々が驚かれます」

「しかし……」

「ルーデンドルフ様」

 再度促せば、クラウスさんは渋々といった様子で顔を上げた。

「あの時は無事に回復されて本当に何よりでした。皆様のお力になれたことを嬉しく思います。先程の件につきましても、ソレイユ王のご勘気を被ったわけではありませんので謝罪には及びません。どうかお気になさいませんよう」

 これで納得してくれるかと心配したけど、フィオレさんが小声で「ローザ・フェガロ様、そろそろ」と言ってくれた。

「すみません、もう行きませんと」

「いや、こちらこそ引き止めてしまってすまない」

「いいえ。それでは」

 軽く頭を下げて踵を返す。

 やっぱり良い人だなと思いながら、改めて誰も悲しまずに済んでよかったと実感する。

 そして同時に、もしこの先結界を維持することができなければ、身近な人の悲劇だけでは済まないのだと、今まで以上に身に染みて感じた。


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