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前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。
秋学期になっても図書館に通う日々は続いていた。
他にやることがないからというのもあるけど、秋の終わりには二度目の太陽の塔のイベントがある。ゲームのシナリオとしてはそれでエンディングだ。何が起こるか分からない以上、色んな事態を想定して備えておきたいし、セシル王女にも魔力を取り戻しておいて欲しい。
(あぁ、またゲームをベースに考えてる……)
太陽の塔は夏にソレイユ王の姉君が魔力を補充した。普通なら数カ月でまた補充が必要なほど魔力が減るということはない。もし減るのなら、それは塔自体に何らかの不具合があるということだ。
(じゃあ、塔の仕組みについても調べておく必要が……?)
でも、塔の内部に関することは二国の機密事項となっている。王族だって直接関わらない内は詳しいことは教えてもらえない。
(思えば、二国を覆えるレベルの結界なんてよく創れたよな……)
造ったのはセレーネとソレイユの建国の王二人だ。始まり泉の力で魔力を得て、神話級の魔物を倒して、結界まで創る。魔法も何も知らなかった二人によくそんな知識があったものだと関心する。私には、二人だけの力で成せたこととは思えない。
(まぁでも、既に起こったことをあれこれ考えても仕方ないか……)
奇跡でも何でも、起こったのならそれが現実だ。
カンザキさんが来たことだって、セシル王女が魔力を失くしたことだって――。
それがゲームのシナリオと重なることには違和感しか覚えないけど、偶然として片付けるしかないのかもしれない。
そう考えてはみるけれど、本当にそうなのだろうか、という思いが頭の中から消えない。
(せめて先例でもあれば……)
王宮の書庫の本で散々調べたけれど、手掛かりになりそうなものは一つもなかった。レイにも手伝ってもらったのに、私も何も思いつかなくて、レイには申し訳ないことをした。
(前世の知識があるっていっても、そもそも魔法の概念が違うゲームとか漫画を元に考えてもだめか……)
本棚に並んでいる魔法書を見上げながら思う。
この世界の魔法はこれが全てだ。セシル王女の魔力を奪っている何かや、ワイバーンをあの場に喚んだ何かへの手掛かりは、この中にあると考えた方がいい。
(とはいっても、関係がありそうな本はほとんど調べたし……)
関係してなさそうなことが意外に関係したりしているんだろうか。
(次の休みにはセシル王女に会う……何か一つでもいい話を聞かせたいのに……)
本棚の端から順に読んだことがない本を手にとって、中身を確認する。
少しも繋がりがなさそうな内容に内心溜め息を吐きながら、本を取り出しては仕舞うという作業を繰り返した。
どれくらいそんなことをしていただろうか、足音が聞こえてくるのと同時に随分と聞き慣れてしまった声が聞こえてきた。
「まったく、本当にローザは勉強熱心だな」
苦笑混じりの声に、前にもこんなことがあったなと思いながら振り返る。
「クロード殿下」
侯爵令嬢らしく会釈をしながら、耳を澄まして近くに人がいないことを確認する。
まだまだ周囲から嬉しくない視線を向けられてるのに、二人きりで会っているところを見られたらまた激化してしまう。
「何か調べものですか?」
王宮に帰れば本は五万とある。私に用があってここに来たのは分かりきっていたけど、自分からは触れたくなくてわざとそんな風に訊いた。
「いや、ローザと少し話をしたくて来たんだが……機嫌でも悪いか?」
「いいえ、そんなことは」
にっこりと微笑って返せば、そういうところは姉弟だな、とぼそぼそと言う声が聞こえてきた。
すぐにはピンとこなかったけど、私とレイのことを言ってるんだろう。彼の中では完全に私が“ニナ王女”になってるようだ。
(いや、間違ってはいないんだけどね……)
リディからの返事はいつ届くだろうかと軽く現実逃避しかけていると、クロード王子が近くの椅子に座った。
「今度は何の勉強をしているんだ?」
「何というほどのものではありません。色々と気になることを調べているだけです」
「毎日通うほど気になることが多いのか?」
「進展がないので毎日来てるだけですよ」
解決策が分かれば図書館通いもすぐに終わる。というか――。
「あの、殿下、何かご用があっていらっしゃったのではないのですか?」
あんまり根掘り葉掘り訊かれても答え辛くなるだけだ。話があったのではないかと訊き返せば、クロード王子は言い辛そうに軽く視線を逸した。
「あー、いや、用というほどのものではないというか、本当にただ少し話がしたくてだな……」
雑談でもしたかったということだろうか。
そんな疑問を抱いていると、クロード王子はくしゃりと髪を掻き上げて軽く頭を振った。
見上げてくる目が、いつも以上に真剣な空気を孕む。
「この前の夜会で俺の気持ちは伝えたが、ローザの気持ちを聞いてなかった。――今、訊いてもいいか?」
クロード王子は立ち上がり、こちらへと一歩、歩み寄る。
その雰囲気に呑み込まれそうなのをすんでのところで堪えていると、左手を取られた。クロード王子の指がブレスレットをなぞる。
「これを、ずっとつけてくれているということは、俺は期待してもいいということだろうか?」
駄目です。
思わず口をついて出そうになった言葉を何とか飲み込み、上手くはぐらかせそうな言葉を必死に考える。
(リディから返事が来たら本当の相手を探し出してみせるから、それまで我慢しててくれ……!)
「こ、これは、せっかく頂いたのですから贈り主のことも考えて身につけるようにと、レイ殿下が……」
「ローザの意思ではないということか?」
「さ、左様にございます」
「だが、これを身につけることで周りにどう見られるかは分かっているんだろう?」
「そ、それは……」
「それが分かっているなら、少しは俺のことを思ってくれていると考えてもいいか?」
なんて意地の悪い聞き方をしてくれるんだ、この王子は。そんな風に言われたら頷かざるを得ないじゃないか。
(そもそも受け取った時点では私以外と踊らないなんて知らなかったし……! 贈った側の気持ちも考えろとか言われたら、ちょっとくらい身につけないといけないかなって思うし……!)
周りの目云々というのも分かってたけど、本当の相手が見つかればそっちの問題も片付くと考えた上での行動だ。
私だって、憎からず思っている相手を無闇に傷つけたくはない。相手を間違えてたと分かればクロード王子は恥ずかしい思いをするかもしれないけど、フラれてショックを受けるよりはマシなはず――。
(っ、違う……)
自分にも色々と言い訳をしていることに、今更気付いた。
傷つけたくないとか、そんなの、こうやってずるずると話を引き延ばしてる方が彼はずっと傷つくじゃないか。
私は、自分で直接彼を傷付けるのが嫌なだけだ。本当の相手が見つかれば丸く収まるという考えだって、上手くいけば私が直接彼を傷付けずに済むからだ。
(卑怯だ……)
こんなに一途に誰か一人を思っている人に対して――。
(卑怯で、馬鹿だ……)
さっさと勘違いであることを告げて、本当の相手を探す手伝いをすると言わなければ。
胸の奥のどこかが締め付けられたような気がしたけど、気のせいだと無視をしてクロード王子の手に右手を重ねようとした。
けれども、私が手を持ち上げるよりも早く、クロード王子が私の左手を離す。
(え……)
「すまない、無理強いをしてしまって……そんな顔をさせるつもりはなかったんだが……」
「殿下……」
顔を上げると、クロード王子はどこか慈愛の籠った目をしながら私の頬に触れた。
「答えを急ぐつもりはないんだ。ただ、ローザの思いが知りたかった。あれだけ強引なことをしておいて、今更かもしれないけどな」
「殿下、私は――」
クロード王子の指が唇に当てられる。
「また今度でいい。そうやって苦しませる方が俺も嫌だからな」
そう言って小さく微笑うと、クロード王子は背を向けて去っていく。
追わなければ、と足を踏み出したけど、階段を上がってくる数名の生徒が声が聞こえ、思わず足を止めてしまった。
今まで二人きりだったとバレないよう、踵を返して奥へと進む。本棚の影に隠れて焦る気持ちを落ち着け、溜め息を吐く。
(何で足を止めた、馬鹿……)
彼に話すいい機会だったのに、自分で潰してしまった。
けれども、そのことにほっとしている自分が、少なからずいる。胸の奥で感じた微かな痛みもいつの間にか消えていた。
(罪悪感じゃ、ない……)
罪悪感なら、今も感じているはずだ。そうじゃないなら――。
(憎からず、思っている相手……)
自分で自分に言い訳している時に、彼のことをそう言った。そういう、咄嗟に使った言葉の方が本心を語っていると言ったのは誰だったか。
(っ、違う、そんなんじゃない……)
ただ、良い人だから、傷つけたくないと思うだけだ。
◇
学園から真っ直ぐ王宮の執務室へと帰ってきたクロードは、ドアを閉めて深く溜め息を吐いた。
「お戻りになるなり溜め息とは、いかがなさいましたか?」
「ファース……」
もう来ていたのか、と思いながら、クロードは机に座る。
「大したことじゃない。ローザと少し話をして、自分を不甲斐なく思っただけだ……」
「それはまた……ローザ様が何か仰いましたか?」
クロードは図書館で見た彼女の姿を思い返す。彼女は、クロードが声を掛けるまでずっと本棚に向かい、何かを探していた。
「別に、何か言われたわけじゃない……ただ、自分は第一王子として大分マシになったと、彼女に追い付けたんじゃないかと、そう思っていたが、彼女自身はどこか別の場所を見ているような気がしたんだ……同じ場所に立てたと、思っていたのに……」
ようやく再会できて、言葉も交わせるようになったのに、彼女の存在を何処か遠くに感じた。同時に生まれた焦燥感から、自分のことをどう思っているか聞かせて欲しいなどと、彼女を追い詰めることを聞いてしまった。最初はただ、少しでも彼女のことを知りたいと、話をしに行っただけだというのに。
「焦って、彼女を追い詰めてしまった……」
もう一度溜め息を吐き、クロードは机に突っ伏す。
彼女の思いを置き去りにしていることに気付き、つい先日反省したはずなのに、また焦って事を急いてしまった。これでは少しも反省したとは言えない。
「レイは、ニナ王女は貴族との結婚を嫌っていると言っていた……なら、王族との結婚も当然嫌なんだろうな……」
「まぁ、そういう可能性は高いでしょうね。貴族との結婚の何を嫌っているのか存じ上げませんので、断言は致しかねますが」
「やはり、もっと話をして彼女のことを知るしかないか……」
「ですが、レイ殿下は殿下とニナ王女の縁談にご賛同下さっているのでしょう?」
「そうだが……」
「でしたら、王女殿下が何と言おうと縁談はまとまるのではありませんか? いくら王族といえど、ニナ王女は側室の王女です。レイ殿下の言葉には従わざるを得ないでしょう」
それは本人の意思に関係なく、無理やり嫁がせるということだ。クロードは眉を顰める。
「確かにそうだが、そういうのは、権力を笠に着て頭を押さえ付けているようで、あまりしたくない……」
「通常でしたらそういうお考えでも構いませんが、今はセシル様のことがあります。このままの状態が続けば、ニナ王女の意思に関わらず、王女殿下を我が国にお迎えしなければなりません。そういった考えは胸に秘めておいて下さい」
「分かってる……」
そう呟いたが、虚しさが胸を占めるだけだった。




