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前話までにブクマや評価をして下さった皆様、ありがとうございます。

 夏の陽気は完全に去り、幾分か冷たい風が肌を撫でる季節となっていた。

 エミリアは庭に設けられたテーブルに着く令嬢達を見てそっと息を吐いた。

 社交期も終わったこの時期に茶会を開くことはあまりない。ごくごく親しい者を呼んで語らうことはあるが、自家の派閥とは違う派閥の令嬢が来るような茶会は初めてだ。

 これも全てはソレイユの第一王子のためだ。彼の望む存在にはなれないエミリアが、少しでも彼の王子のためにできることはないかと考え、行動した結果だ。

 ――ローザ様をクロード殿下の婚約者に。

 ローザ本人からはまだ色好い返事をもらえていないが、彼女はクロード王子からの贈り物は受け取っていた。少しは前向きに考えてくれているのかもしれないし、事が動き出せば彼女も流れに身を任せざるを得なくなるだろう。フェガロ侯爵家にしても、ソレイユの王家が相手ならば否やはない筈だ。

 想定される事態を考え、両親には相談をした。王家の人間の婚約者問題となれば、エミリアだけの手に負えることではない。

 幸いにも、両親はエミリアの気持ちを汲んでくれた。父の説得が一番難しいのではと考えていたが、意外にも、父は一日考え込んだあと、母よりも早くエミリアの考えに賛同した。

 これでフォンテーヌ家とハース家の協力は得られる。あとは、エミリアが婚約者に相応しいと思ってくれていた令嬢達を説得するだけだ。

(どれだけの方が納得されるでしょうか……)

 パーティーの夜以来、エミリアは可能な限りローザの傍に従い、彼女に不平不満を言おうとする者達を取り成してきた。フォンテーヌ家と同じ派閥の家の者もいれば、そうでない者もいた。

 何故ローザに対して何も言わないのか、とエミリアに直接訴える者は多く、エミリアは次の休みに茶会を開いてそこで説明すると告げたのだ。

 彼女らが何と言おうとも、エミリアはクロードのために動くつもりでいる。最悪、親しい者とも決別するかもしれないが、それでも構わなかった。クロードの婚約者候補となって以来、クロードのことを第一に考えてきたエミリアにとって、彼以外に優先する者など他にいない。

 庭に降りて令嬢達の方へと向かうと、微かに聞こえていたざわめきがぴたりとやんだ。

 エミリアは自分の席の前で止まり、丁寧に礼をする。

「本日はお集まり頂き、ありがとうございます」

 令嬢達がめいめい会釈をするのを見届けて、エミリアは席に着く。

「このような機会はあまりありませんので、まずはご歓談をと言いたいところですが、皆様お聞きになりたいことがおありでしょうから、まずはそちらの話を致しましょう」

 令嬢達の視線がエミリアに集まる。

「先日、クロード殿下が開かれたパーティーで、殿下はローザ・フェガロ様以外の方とは踊られませんでした。そのことで、思うところがおありの方がたくさんいらっしゃると思いますが、私は、喜ばしいことだと思っております」

「そんな……」

「なぜ……」

「殿下が未来の妃となる方をお選びになられたも同然なのですから、喜ばしいとしか言いようがありません」

「で、ですが、エミリア様ご自身も婚約者の候補でいらっしゃるのに……!」

「諸大臣が作成する候補一覧に名が挙がっていただけのことです。私が婚約者であると定められていたわけではありませんし、そもそもあれは殿下が妃をお選びになる時に参考となさるものですわ」

 それだけを言っても彼女らが納得できないことは分かっている。

 エミリアは用意された紅茶を一口飲むと、令嬢達がざわめなく中再び静かに口を開いた。

「ローザ・フェガロ様は、素敵な方です。勉学にとても熱心で、身分の違いがある方とも分け隔てなく接されていて……レイ殿下の付き人に選ばれる方なのですから、セレーネでもとても評価されているのでしょう」

「それはエミリア様にも言えることですわ!」

「いいえ」

 エミリアは即座に否定する。

「私などではとても及びません。クロード殿下がセレーネへ留学されたとしても、私が付き人に選ばれることはきっとありませんわ。それだけ、ローザ様は特別な方なのです。私自身、知り合ってまだ半年ですが、とても良い方だと思っています。何より、殿下のお気持ちがローザ様にあります。殿下とは、幾度かお話をさせて頂きましたが、殿下があのようにおっしゃるのは初めてでした」

 クロードの言葉を思い返しながら、エミリアは視線を上げて令嬢達を見る。

「ですから、私が、“ローザ様以外の方とは踊らないように”と申し上げたのです」

「え……」

「そんな、まさか……」

 愕然とする令嬢達に、エミリアは小さく微笑いかける。

「“なぜローザ様に対して何もおっしゃらないのですか?”と言われた方々もいらっしゃいますが、言えるはずもありません。私が、殿下にそうご提案したのですから」

「で、では、婚約者候補を降りられると……?」

「そもそも婚約者候補と呼ぶこと自体が間違いなのでしょう。臣下が陛下や殿下の意を汲まずに作った、ただの年頃の貴族令嬢の一覧です」

「で、ですが、殿下はその中から数名の方を絞られたではありませんか。それは殿下のご意思と言えるのでは……?」

「確かに、それについては臣下の要望を受けて殿下がお決めになりました。ですが、今現在、殿下のお心はローザ様にあるのです。ならば、私達は殿下の意思を受け、ローザ様を婚約者候補として歓迎すべきではありませんか?」

 令嬢達はお互い顔を見合わせ、困惑を顕わにするが、エミリアの言葉に反論する者は誰一人としていない。

「慣例にはないことですから、戸惑われるお気持ちは分かります。ですが、どうか殿下のお気持ちを汲み取り、ご理解を。私から申し上げたいのはただそれだけです」

 エミリアはそう告げて、静かに頭を下げた。

 侯爵家の子女であるエミリアが自ら頭を下げたことに戸惑う空気が流れるが、エミリアにできるのはこうして真摯に訴えることくらいだ。後で邸の者が苦言を呈したとしても、エミリアは胸を張って自分の行いは間違っていないと言うだろう。

 どれくらいそうしていただろうか。「エミリア様」と、呼ぶ声が聞こえ、エミリアは顔を上げる。

「エミリア様のお気持ち、とてもよく分かりました。私は、先の王家からの発表で候補の一覧から下ろされましたから、エミリア様とはまた違う立場におりますが、殿下の幸せを思うのであれば、エミリア様のように考えるべきなのでしょう」

「ユリアーナ様、ありがとうございます」

 理解を示してくれる者がおり、エミリアは密かに胸を撫で下ろす。

 ユリアーナの発言をきっかけに、半数ほどの令嬢がエミリアの意見に賛同し、お茶会は始めた頃よりも和やかな雰囲気で終わりを迎えた。

 迎えの馬車に乗って帰っていく令嬢達を見送りながら、これでローザに対する視線も少しは和らぐだろうと考えていると、見慣れた姿が駆け寄ってくるのが視界に入った。

「モニカ様、どうされました?」

 確か、彼女の家の馬車はもう来ているはずだと辺りを見回せば、幾分か離れた所に停まっているのが見えた。

「エミリア様……今日のお話、私は、納得できません……! どうか、お考え直し下さい……!」

 そう言いすがる彼女の顔に、遣る瀬無さが浮かんでいるのが見えた。

 モニカは、エミリアが婚約者候補に挙がってからずっとエミリアのことを応援してくれていた令嬢だ。エミリアは自ら率先してクロードに手を貸すことで、彼女の気持ちを無碍にしてしまったのだ。

「モニカ様、今までご支援頂きありがとうございました。ですが、私にとって一番重要なのは、クロード殿下の幸せなのです。ですから、考えは変わりません」

「いいえ、エミリア様と結ばれても殿下はきっとお幸せになるはずです……! ローザ様などよりエミリア様の方が何倍も相応しいです!」

「モニカ様、そのような言い方は……」

「だってそうでしょう!? エミリア様はずっと殿下のことを考えてこられたのに、いきなり現れたローザ様の方が相応しいだなんて……! そんなこと、私は認められませんわ!」

 長年の付き合いだけで相応しいかどうかが決まるわけではない。自分自身を変えることができなかったエミリアでは、彼に相応しくないのだ。

 そう言えたら良かったのに、あともう少しというところで声が出なかった。

 クロードのことを考えて努力してきた長い年月を、彼への思いを、無にしてしまうようなものなのだ。簡単に捨てられるものではない。惜しい、という思いが胸の奥から湧き出てくる。

(私は、思っていた以上に殿下をお慕いしていたのですね……)

 だが、それでも今更引き返すわけにはいかない。何より、エミリアは自身の思いよりもクロードの思いを尊重したい。

(何よりも、殿下の幸せを……)

 自身にそう言い聞かせ、モニカに語り掛ける。

「モニカ様、それでも私は、ローザ様が相応しいと思っています」

「エミリア様……!」

 モニカは捨てられた子供のように悲痛な表情を見せた後、顔を覆って泣き始めた。見かねた付き人の女性が駆け寄ってきて、モニカを宥めながら馬車へと連れていく。

 取り乱したモニカの姿は胸に来るものがあったが、親しい者と離れることになってもエミリアは自身の意思を突き通すと決めていた。

 去っていく馬車を一瞥し、エミリアは踵を返した。



     ◇



 休みが明けて学園に行ってみると、向けられる視線がいくらか減っているような気がした。

 エミリア嬢が相変わらず傍にいてくれているから、諦めた令嬢もいるのかもしれないけど、たった数日でそんなに減るとも思えない。知らないところで誰かが動いたんだろうか。

(でもそれって、外堀を埋められてるってことだよなぁ……)

 取り返しがつかなくなる前に、クロード王子の本当の好きな人を見つけたい。

 リディからの返信が早く届くようにと祈っていると、演習場の方に人だかりができているのが見えた。確か、レイ達二年の男子が使っているはずだ。

「何かあってるのでしょうか?」

 人だかりに気付いたエミリア嬢が不思議そうに首を傾げる。基本的に自分に関係のある時間割しか貰わないから、知らないのも無理はない。

「二年の殿方が実技の演習をしているのだと思います。一時間目と二時間目の両方が演習にあてられてるとレイ殿下が仰ってました」

 今は休み時間中なんだけど、男子はぶっ続けで授業をしているのかもしれない。

「では、クロード殿下もいらっしゃるのですね」

 エミリア嬢は嬉しそうに微笑うと、「私達も拝見しましょう、ローザ様」と私の手を引く。

 自分が見たくて行きたがるなら可愛いんだけど、そうじゃないから微妙な気持ちになってしまう。

 私達が近づくと、気付いた下級貴族の子女達が場所を開けてくれた。

(一年や三年も来てるのか……)

 促されるままに前に出て、見えた光景に思わず息を呑んだ。

(あ……)

 ――ここ、ここ!

 幼馴染の声が脳裏に蘇る。

 ――ここでクロード王子がレイ王子と対決するんだけど、どっちもかっこよくて……!

 演習場の真ん中で剣を交えるレイとクロード王子――。

 幼馴染が最初に私に見せてきたゲームのワンシーンと目の前の光景がそっくり重なる。

(重なる……?)

 ゲームではないと実感することは多々あるのに、こうしてゲームと同じ部分を見つけてしまうとどう考えていいのか分からなくなってしまう。

(いや、でも、ゲームと同じはずだと油断するのが一番マズイ……)

 頭を振って、湧いて出た妙な感覚を振り払っていると、歓声が起こった。

 レイの魔法攻撃をクロード王子が防いだようだ。

 水属性のレイと火属性のクロード王子では、レイの方が有利なんだけど、火力が強ければ水は蒸発する。全く勝ち目がないわけではない。

(クロード王子は防御魔法より攻撃魔法の適性があるっぽいけど……)

 王族二人の魔力量はそれほど差がないだろう。実戦を模したこの戦いでは、剣をメインにいかに上手く魔法を使うが勝負の鍵となる。魔力量が同じなら、剣技と魔法の属性、それに攻撃防御の適性で勝負をする感じだろうか。

 攻撃魔法に適性のあるクロード王子がレイの攻撃を防いだということは、結構な量の魔力を防御魔法に使ったということだ。同じことを何回も繰り返せば、クロード王子の方が早く魔力不足に陥る。

(でも、ここはソレイユの学園……学年問わず皆が二人の試合を見ている……)

 ならば、レイはクロード王子に花を持たせるだろう。クロード王子が負ければ、ソレイユの貴族達の士気に関わるけど、レイが負けても特に影響はない。

 下手をすればただの茶番だけど、その辺はレイも上手く立ち回るだろう。

 最後まで見ていても仕方ないなと思い、私はそっと踵を返した。エミリア嬢には、お手洗いに、と言い訳して人垣の中から抜け出す。

 次の教室にでも行っていようと廊下に出ると、向かい側から小走りに走ってくるカンザキさんの姿が見えた。

「こんにちは」

 と、一応挨拶をしてみたけど、挨拶を返されることがないまま、ただ不愉快そうな顔だけを向けられて終わる。

(相変わらずか……)

 ゲームではローザは悪女だったから仕方ないとは思うけど、挨拶くらいはしてくれてもいいんじゃないかと少し悲しくなる。

(まぁ、挨拶してる暇なんてなかったんだろうけど)

 レイとクロード王子が試合していることを聞きつけて来たんだろう。後ろを振り返ると、カンザキさんが人だかりの中に入っていくのが見えた。

 太陽の塔へ向かってワイバーンに遭遇した時、怯えて取り乱していたことを考えると、ある意味元気になって良かったと言えるのかもしれない。

(嫌がらせも何もしてないから、もう少し態度を軟化させて欲しいところだけど……)

 何を言っても無視されそうで、溜め息しか出なかった。


更新が遅くなり、申し訳ありませんでした。

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