04
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不測の事態が発生したけれども、いつまでもこの町に留まっていても仕方がないということで、数時間後には予定通りソレイユ国の王都へ向けて出発となった。元々、この町は始まりの塔を守護する為だけに作られたらしく、何かあった時に対処する官吏は配置していないらしい。不審者が現れれば近くの町に護送される仕組みになっているとのことだ。
個人的には対処する官吏がいないというのもどうかと思ったのだけれど、それを口にすれば、派遣された官吏が始まりの塔を私物化しないための対策だとレイが教えてくれた。ここにいるのはソレイユ王直属の騎士団で、彼らの衣食住の為に町が形成されているけど、それは大きな寮のようなもので全てソレイユ王の管轄下にあるらしい。
「ですが、町には宿屋のようなものも多く見受けられましたが?」
「あれは商人専用の簡易宿ですよ。あの町は通過点になるため、商人ギルドの強い要望を受けて作られましたが、滞在は一日限りと決められてますし、宿屋の主も騎士団を引退した者など、ちょっとやそっとじゃ手が出せない者達ばかりなんです」
なるほど。私が考えていた以上に警備は万全のようだ。
(想像するとちょっと怖いけど……)
魔力を持っているのは基本的に王族と貴族だけだ。王直属の親衛隊や騎士団は皆貴族出身だから、大なり小なり魔力を持っている。魔力を持たない商人からすれば、喧嘩すら売れない相手だ。
(たまに平民にも魔力持ちが生まれることがあるけど、貴族に比べたら弱すぎるし……)
魔力のあるなしは本当に大きいのだ。
(それにしても、流石にレイはソレイユのことを色々知ってるな……)
基本的に王宮から出ない私と違って、会談にもついて行くことがあるレイはソレイユ国の内情にもある程度詳しいようだ。クロード王子とも親しいから、彼からも色々と聞いてるんだろう。
(やっぱり、レイも引き込んだ方が情報集めは早いだろうな……)
どうにか上手く引き込める理由はないだろうかとうんうん唸っていると、「ところで」とレイが私に訊いてきた。
「ローザ、貴女はあの少女をどう思いますか?」
「……始まりの泉に現れた少女ですか?」
「ええ」
真剣な面持ちで頷くレイに、私は眉根を寄せる。
どう、と言われても、抽象的過ぎてすぐには返答が思い浮かばない。
「どう、と仰られましても、なにぶん彼女の為人をよく知りませんので……」
「ですが、真っ先に助けに向かってたでしょう? 貴女は確かに困っている人には躊躇わず手を差し伸べますが、同時に無謀なこともしない。彼女の為人――害を為すか否かが分からない段階で、ああも早く動き出した理由は何ですか?」
自分だって飛び出そうとしたくせに、それを棚に上げるとは、何とも酷い弟だ。
そこを指摘しても良かったんだけど、それじゃあ話が進まないので、私は軽く溜め息を吐いて口を開いた。
「買い被りですよ、殿下。私はそこまで出来た人間ではありません。ですが、あえて言うのであれば、そうですね、善良かもしれない人ならば迷わず助けるべきだと思ったからです」
理由はこんなところでいいだろう。
あの時真っ先に泉に近寄ったのは、彼女が日本人だと判断したからだ。そもそもそういうシチュエーションでトリップしてくると知っていたからこそ、学生服を着ている時点で日本人の少女だと判断できたのだけれど、それを話すわけにはいかない。
「殿下は、あの者が害を為すと見ているのですか?」
ゲームでは、トリップして二人の王子に助けられた後、舞台はすぐにソレイユ国の王都に移っていたから、移動の間、レイやクロード王子が何を考えていたかは分からない。
「いいえ、そこまでは思ってませんよ。ただ、護送車に乗せる際、私やクロード王子と同じ馬車に乗れないのか等と言っていたらしいので、少し気になりまして」
私は思わず遠い目をしてしまった。
(乗れるわけないし……)
身元も分からない人間が一国の王子と同乗だなんて、そんな危機感の薄い国の話は聞いたことがない。
「我らと同じ馬車に乗れる身分なのかとも一瞬思いましたが、それだったら最初に名乗ってますよね……何より、彼女の方は私やクロードの顔と名前を知っているようなのですが、どれだけ思い返しても彼女と会った記憶はありませんし……」
写真とかテレビがあるわけじゃないから、直接会ってない限り、王族の顔と名前が一致することはないのだ。
かくいう私も、諸国の王族の名前はいくらか知ってるけど、顔までは分からない。
淡々と話すレイだけど、その目には猜疑心のようなものが少し見える。こういう話の時、レイはあまり感情を顔に出さないから、私に分かるということは、普通に怪しんでいるのだろう。
(最初から好感度低くなってるよ……)
確か、最初の選択肢はどれを選んでもプラスに働くかプラマイゼロって幼馴染が言ってた気がする。最初からマイナスの選択肢があるゲームもあるらしいけど、このゲームではそんなこと言ってなかった。
(ゲームとはやっぱり違うってこと……? でもそうなると……)
ゲーム通り進むなら、大まかな流れを知っている私としては動きやすい。でもこうして一部は違うとなると、そこの情報収集と見極めは欠かせなくなってくる。
「でも、彼女からは確かに魔力が感じられました。あの量の魔力なら、平民ということはないでしょうね。ならば、いずれかの貴族ということになるのですが、クロードも知らないと言ってましたし……」
レイが延々と頭を悩ませても、どこの貴族でもない彼女の正体は分からないだろう。
「殿下、そう悩まれずとも、次の機会に尋ねてみればよいのではないでしょうか?」
私がそう言うと、レイはようやく「そうですね」と難しい顔をするのをやめた。
「罪人というわけではありませんが、尋問はされるでしょうから、その時に色々と分かるかもしれませんしね」
(尋問か……)
平和な国で生きていた少女には少し酷なことかもしれない。尋問する人間が丁寧な対応を行うことを願うばかりだ。
(あと、彼女も無暗にレイ達の名前を出さないといいんだけど……)
そんな心配をしてみても、尋問内容については流石に私まで話が下りてくることはなかった。始まりの泉から現れたということで、彼女の身柄がソレイユ国の王都まで護送されたということを小耳に挟んだくらいだ。
ソレイユ国王都――サンティエ。始まりの塔がある町、イニティウムを出て馬車で二日、たどり着いた都はとても活気のある温暖な都市だった。
地理的にセレーネ国の方が北側に位置しているため、暖かいのだろうなとは思っていたけれど、ここまで活気があるとは思わなかった。発展具合はセレーネ国と変わらないけど、明るい気質の人々が多いのだろう。うちの国とは随分と印象が違う。
金髪とか茶髪の人が多いから、見た目も明るく見えるし。
二国間の交流は政治的なものだけでなく、人々の交流も結構盛んで、結婚してもう一方の国に移り住む人もいるんだけど、ソレイユ国では圧倒的に金髪や茶髪が多い。銀髪も偶に見かけるけど、それと同じくらい黒髪も少ない。
(こっちの人と結婚する人、大分前から増えてるって話だったけど……)
黒髪は優性遺伝だからソレイユ国の黒髪人口も増えてるんだろうなと思ってたけど、現状を見る限りだとそうでもないらしい。この世界にはメンデルの法則がないのかもしれない。
なんにせよ、これまで通ってきた町や都市を見ても、とてもいい国だと思う。結界の問題が解決した後、上手く出奔できたら旅をしてみたいと思うくらいに。
(まぁ、実際はお金ないだろうから、旅なんて夢のまた夢なんだろうけど)
別にうちの財政が逼迫しているわけじゃないけど、王女としての役目を放棄して出奔するなら、国のお金には手を付けられない。どこかで雇ってもらってお金を稼いでから、最終的に住む場所を決めるつもりだ。――上手く行けばの話だけど。
馬車が到着したのは、学園のすぐ近くにある迎賓館だった。留学中はここを借りるらしい。
学園にも一応寮はあるのだけれど、これは地方の平民用なので、一国の王子の滞在施設としては使えない。
昼を過ぎていたので軽い昼食をとった後、荷物を簡単に整理してあてがわれた部屋でくつろぐ。馬車での長時間の移動は思っていたよりも疲れるものだった。
(明日から授業か……)
授業の中身はセレーネ国の学園とそう変わりはないし、集団授業は前世で散々やってきたから懐かしくもあるんだけど、常に愛想よく振舞い続けなければいけないと思うと少し気が重い。
学園と言っても、通っているのは基本的に貴族の子女だから、社交界とそう変わりない。貴族の婦人達が普段行っている交流を学園内でするようなものだ。午後はお茶会などに参加できるように二時には授業が終わるように組まれているし、夜も夜会や舞踏会に参加している。そうやって結婚相手を探したり、家同士の繋がりを深めたりするのだ。
もっとも、私とは縁のない世界だから、私は授業が終わった後はこの部屋でのんびり過ごすんだけど。
(あれ、よく考えたら、王宮にいるより自由……?)
外出制限なんてないだろうから、自由に街に出られるはずだ。部屋でのんびり過ごすのもいいけど、街を散策してみるのもいいかもしれない。
少し気分が乗ってきて、うきうきと今後の計画を立てていたら、レイが部屋にやってきた。
「もう片付いたんですか。早いですね」
少し驚いたように言われ、思わず顔をしかめてしまった。
「もう、とはどういう意味かお尋ねしても?」
「いえ、他意はありません。女性は荷物が多いですから、整理に時間がかかると思っただけです」
「エマが手伝ってくれましたし、元々、私は自分のことは自分でしますから、こういったことは慣れてるんです」
エマというのは、ローザ・フェガロのメイドとして雇われた女性だ。私としては、専用のメイドとか必要なかったんだけど、侯爵家の令嬢がメイドも連れていないというの流石に不自然だ。世話係ならリディがいるんだけど、私が王女だと知らない人間を雇った方がボロが出にくいと、私やフェガロ家と縁がない人が雇われた。とても優しくて気遣いができるいい人だ。
ちなみに、エマとは別に元から迎賓館で働く執事や使用人もいる。
「そうなんですね。貴女の身分でそういったことに慣れているというのはどうかと思いますが、まぁ、それはいいでしょう」
凄く遠回しに王女なのに自分でするな、と言われてしまった。姉弟といっても、何だかんだで偶に一緒に食事をしたりお茶をしたりするくらいしか交流がないから、私が自分のことを自分でしているとまでは知らなかったのだろう。
「それよりローザ、今晩はクロードが歓迎パーティーを開いて下さるので、そのつもりでいて下さいね」
「は……?」
ちょっと待て。ここに来るまでそんなこと一言も言われてなかったんだけど。
「……歓迎パーティーですか。それはなんとも急なお話ですね。クロード殿下のご好意はありがたいですが、私のような者にはもったいないです。どうぞ殿下お一人で――」
「ローザ、もちろん出席しますよね?」
丁重に断ろうとしたのに、物凄くいい笑顔で被せてきた。
「クロードにも、ローザが出席することは伝えてますので」
それ、最初から欠席させる気なかったよね。というか、今頃言われても本当に困るんだけど。
「殿下、お気持ちは有り難いですが、急にそのようなことを仰られても……」
「仕度ならここの人達に言い付けてありますし、ドレスも用意してあるでしょう? だったら問題ないですよ」
「……そのパーティー、前々から決まってたんですね」
「ええ。貴女に先に伝えてしまうと、色々と策を講じて欠席しようとするでしょう?」
今までレイ主催のパーティーですら何やかやと突っぱねてきた恨みだろうか。今回こそは何としてでも出席させようという気迫が伝わってくる。
「ローザ、貴女は私の付き人なんですよ?」
「そ、それでしたら、護衛をお連れすればよろしいかと……」
「侯爵令嬢が王子の要請を断るんですか?」
身分的に断れるはずがない。王女で姉なら断っても問題ないけど、今の私はフェガロ侯爵家のローザだ。
(レイめ……)
今の状態ではどう考えても折れるしかなく、私は溜め息を吐いて「分かりました」と答えた。
「パーティーは六時からなので、遅れないように仕度をして下さいね」
にこにこと上機嫌になったレイはそう言って部屋を出て行った。
「まったく……」
今回身分を偽らせてまで私を付き人にしたのは、こういう思惑も含んでのことだろう。単に非社交的な姉を心配しているのではなく、結婚相手を見付けさせたいという考えが透けて見えるから嫌になる。
(そういうところ、レイはまだ理解してくれてると思ってたんだけどな……)
昔は純粋に心配してくれていたのに、嫌な方向に成長してしまったものだ。
前世でゲームをした時にもそういう傾向は少し感じられたけど、姉として長年付き合ってきた今ならはっきりと分かる。あの子は、見た目以上に腹黒い。
ただ、打算や計算もなく姉として慕ってくれる部分もあるから、やっぱり可愛く思ってしまうのが悩みの一つだ。
ある程度魔力のコントロールができるようになった時点で出奔しなかったのは、可愛い弟や妹がいたからに他ならない。
母親を早くに亡くし、優先順位の低い側室の子として王宮の隅でひっそり暮らす“私”は家族の愛に飢えていた。前世を思い出し、家族の温かみを思い出せば、それを求める心は一層強くなり、同時に前世の知識により将来待っているものを知り、絶望した。
正直なところ、前世の記憶がなければ自分が求めているものが何かもよく分からないまま、命じられるがまま道具として父が選んだ人と結婚していたと思う。
思い出さない方が幸せだったかもしれない、と思ったこともあるけれど、思い出してしまった以上、幸せだと思えない人生を唯々諾々と歩むつもりはなかった。
でもそれは、他の人間には到底理解できないことだろう。この世界では王女や貴族の令嬢の政略結婚は普通だ。何としてでも突っぱねようとしている私の方が異常なのだ。
(レイが理解してくれないのは仕方ない……それが普通なんだ……)
頭のいい子だし、基本的には側室の子である私にも色々と配慮してくれるから、理解してくれるのではと期待していた。期待を裏切られたというのは言い過ぎだけど、やっぱり落胆はしてしまう。
(まぁ、嘆いても仕方ないんだけど……)
そうしてパーティーの仕度に呼ばれるまで、私は独り沈んでいた。