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前話までにブクマ・評価・感想を下さった皆様、ありがとうございます。

 色々と考えている間に、気付いたら秋学期が始まっていた。

 パーティーの件を隠していたレイには文句を言ったけれど、「すみませんでした」と軽く流された。しかも、またリディと結託してパーティー用のドレスを作っていたらしく、前回とは違うドレスを渡してくる有り様だ。せっかく今まで節約していたのに、ドレス二着分で数年分の倹約生活が無駄になったに違いない。

 ダークカラーのドレスを着せられ、エマや迎賓館の使用人達に髪とかを弄られ、馬車に載せられる。

 レイには不満げな視線を送り続けたけど、どこ吹く風だ。それどころか、グリーン系統のダークカラーのドレスがお気に召したのか、「その色もいいですね。リディに選ばせて正解でした」と終始にこやかだ。

「ローザ、そろそろ着きますよ。その顔で馬車を降りるつもりですか?」

「頭が痛いということにでもしておきます」

 実際、セシル王女の件やクロード王子の謎発言で頭を痛めているし。

 唯一、保留みたいになっているのはレイとの口喧嘩だ。レイがこっちに来てからというもの、お互いあの話には触れていない。レイも何事もなかったかのように今まで通りに振る舞っている。

 私が今はローザだからそうしているのだろうか。私としては、少しやり辛いと感じている反面、どこかほっとしている部分もある。身近な人間と揉め続けるというのはやっぱりきつい。

 いずれまた衝突するのは確実だけど、今は小休止ということで、しばらくこのままでもいいのかもしれない。

 窓の外に目を向けると、王宮の門がすぐそこに見えていた。門の所で一旦止まり、ヴォルフが私達の身分を門衛に告げる。セレーネ王家の紋章を持っているから、疑いようもないのだろう。馬車はすぐに動き出す。

 王宮前の広場からはどこか賑やかな空気が流れてきている。前回来た時は、魔物の出現で王宮も混乱していて、馬車の中からでもはっきりと分かるほど騒がしかった。それを考えると、王宮や貴族の側もある程度落ち着いたということだろう。

 馬車が止まり、レイが先に降りた後、振り返ってこちらへと手を差し出す。

 クロード王子には、最初に踊って欲しいと言われたけど、彼は今日の主催者だからエスコートは前回と同じくレイだ。

 手を取って馬車を降りるとちらほらと視線を向けられたけど、無視してレイの肘に手を掛ける。

「ローザ、せめて少し笑みを」

「頭痛が酷くて難しいのです」

 レイは小さく溜め息を吐くと、諦めたかのように足を進め始めた。


 会場は春の歓迎パーティーの時と同じ場所だった。今回は主役ではないから、待たずにそのまま会場へと入る。

 もう半分くらい集まっているのだろうか。レイの姿を見つけたクラスメイト達がこちらへと集まり始める中、少し離れたところにエミリア嬢を見つけた。

 エミリア嬢の方もこっちに気付いたようで、こちらへとやって来る。エスコートしているのはジェラルド・ハース氏だ。

(そういえば、お母さんが元々ハース家の人だって言ってたっけ)

 ハース氏の方も、特定の相手はまだいないのだろう。レイやクロード王子もそうだけど、年齢や地位を考えても既に決まっていそうだから、改めて考えると不思議だ。ゲームでは攻略対象だから、婚約者がいないのはある意味当然なんだけど。

 クロード王子はまぁ、分からないでもない。好きな人がいるから、色々と引き延ばしているんだろう。一応候補はちゃんと挙がっているし、一国の王子だから相手は厳選しないといけないので時間は確かにかかる。

 レイの方は、それとなくリディとかフランツに聞いてみたら、大々的には公表していないものの、候補は絞ってあるらしい。あくまでも王宮内の噂だけど、何もしていないということはないだろうから、候補は確かに決まってるんだろう。

 フランツの話では、候補に挙げられている令嬢二人はそれぞれ全く違う派閥の家だそうだ。片方はフェガロ家寄りの派閥で、もう片方はフェガロ家と対立している派閥らしい。恐らくだけど、私の嫁ぎ先を先に決めてから、レイの相手を決めるのだろうとフランツは言っていた。私の嫁ぎ先の派閥とは反対の派閥の家の令嬢を娶れば、平等になるということだろう。なんともレイらしい。

 とまあ、王子二人は諸々の事情があるからまだ決まらないというのは理解できる。でも、ハース氏は――?

 ハース侯爵家の事情なんて全く分からないけど、ハース氏はもう最高学年だ。卒業すれば軍役が待っている。侯爵家だろうと宰相の子息だろうと、免除になることはないから――任地はある程度優遇されるだろうけど――、彼も当然軍役に就く。そうなったら婚約者探しなんてしている余裕はないんじゃないだろうか。

(彼が婚約者選びに全く関わらないなら、外に出ていても問題はないんだろうけど……)

 人ひとりの人生なのに、周りが全部勝手に決めてしまうというのは、私にとってあまり気持ちのいい話ではない。

(まぁ、本人がそれでいいと言うなら、私には何も言えないけど……)

 前世の記憶があるせいで、それが当然になってしまっているこの世界の現状を見てしまうと、どうしてももどかしい気持ちになってしまう。

 自分だけは抗おうと思っているけど、どこまで抗えるか分からない。結局は、最後の最後には、圧し潰されて負けるんだろうと、私も頭の隅では考えている。まだそれが諦めと結びついていないから、こうして抵抗を続けられているけど。

「――ジェラルド殿、フォンテーヌ嬢、久しぶりですね」

 隣からレイの声が聞こえて、頭の中を切り替える。

 声を掛けられた二人は、丁寧に礼を返した。

「お久しぶりでございます、殿下」

「お久しぶりでございます。ローザ様もお変わりないようで」

 仲良くなりたいと思っている子に声を掛けられて、自然と顔に笑みが昇る。隣でレイが何か言いたそうな目をしていたけど無視だ。

「ジェラルド様とエミリア様もお変わりないようで。領地では恙なくお過ごしになられましたか?」

「ええ」

「王都を出る前は少し騒ぎがありましたが、領地の方は変わらず平穏でしたわ。セレーネの方はいかがでした? 道中は変わりありませんでしたか?」

「セレーネも落ち着いておりましたし、道中も平和そのもので。ご心配して頂きありがとうございます」

 レイの方はハース氏と話したいようで、顔を窺うと目で軽く合図をされた。

 私もレイと一緒にいるよりはエミリア嬢と一緒にいたいので、小さく頷き返す。

「今日はまた素敵なドレスをお召しですね。春の時とはまた随分と印象が違って感じられますわ」

「ありがとうございます。エミリア様のドレスもとても素敵ですわ」

 淡い色のドレスを着ている令嬢は結構いるけど、エミリア嬢の淡いラベンダーのドレスはとても上品で、大人びた彼女に良く似合っている。近くで見ると花の刺繍も細かくて綺麗だし、生地の光沢も他のものとは比べ物にならない。作らせた人達の気合が見える。侯爵家で王子の婚約者候補というのは、それだけでやっぱり特別なんだろう。髪型もすごく可愛いし。

 こういうのに慣れてないから、いい誉め言葉を他に見つけられないけど、本当に綺麗だ。

「淡い紫がとてもお似合いですわ。作られた方はきっとエミリア様が一番美しく見える色をご存じなのですね」

「ふふ、ありがとうございます。クロード殿下主催のパーティーの時は、家の者達がいつも以上に張り切ってしまうのです。私はいつも通りでいいと言っているのですが……」

 苦笑するその表情が、お茶会の時の彼女と重なる。彼女はクロード王子が好きな人と添い遂げることを望んでいるのだ。彼女が選ばれるようにと努力する周りの人達の思いとは相反している。

「エミリア様……」

「ローザ様、今夜はクロード殿下のお相手、よろしくお願い致します」

「え……」

 もしかして、既に私がダンスを申し込まれたことを知っているのだろうか。

「エミリア様、私は――」

 ――私は、彼の好きな相手ではない。

 けれども、エミリア嬢は私が彼の思い人だと思ってこんなことを言っているわけではない。彼が私といる時の様子を見た上で、傍にいて欲しいと言っているのだ。勘違いをしているクロード王子とは訳が違う。

 意志の強い目で見つめられ、返す言葉が見つからない。

(どう言えば……)

 私が返答に困っている間に、クロード王子が広間に姿を現していた。話し声はあっという間に収まり、少し高いところにいる彼に皆が注目する。

「皆、今日は集まってくれてありがとう。本来ならば夏前に開く予定だったんだが、遅れてしまった。少し季節外れだが、今夜は楽しんでくれると嬉しい」

 クロード王子はそう言い終えると、楽団に合図を送った。

 緩やかに流れ始める音楽と共に、広間の中央でダンスを申し込む面々と、話しながら遠巻きに見守る面々とに分かれ始める。

 そんな中、密やかなざわめきと共に、人垣の中に道ができた。クロード王子が真っ直ぐにこちらへと歩いてくる。

(あ……)

 ――俺と、一番に踊って欲しい。

 真剣な表情でそう告げたクロード王子の姿が蘇る。

 ――その話は、もういいんだ。

 そう言って微笑った彼の本心を、私は未だに理解できていない。何度も考えたけど、どうしてもその言葉の意味するところと表情が食い違っているように思えるのだ。

 徐々に焦りのようなものが生まれる中、クロード王子は私とエミリア嬢の前に来ていた。

「ローザ・フェガロ嬢、私と踊って頂けますか?」

 丁寧にダンスを申し込むクロード王子に、周囲のざわめきが一層大きくなる。

(エミリア嬢のいる前で、そんなことしたら……)

 婚約者候補である彼女を目の前にしておきながら、私にダンスを申し込むのだ。彼女が傍にいなければまだマシだったかもしれないけど、これではどちらを優先しているか、あまりにも明確になってしまう。

 侯爵令嬢としては、どちらにしろ彼の申し出は断れない。私には受けるという選択肢しかないけれど――。

(流石に、これは……)

 狼狽えながらエミリア嬢の方を見れば、彼女は励ますような笑みを浮かべて頷いた。

 これは、彼女の望みでもある。けど、一体どれだけの人間が、彼女のこの表情に気付いただろうか。

(あぁ、絶対騒ぎになる……)

 頭が痛いけれど、ここで沈黙を貫いてもずっと多くの視線にさらされ続けるだけだ。

 私はそっとクロード王子の手を取った。

「……よろしく、お願い致します」

 待たせ過ぎたのか、顔を上げたクロード王子は心底安堵したような顔をしていた。

「では、行こう」

 広間の中央への道は既にできていた。

 手を引かれながら歩く私の耳に、色んな声が聞こえてくる。

 ――何故あの方が……?

 ――エミリア様を差し置いて、ですって?

 ――他の候補のご令嬢もまだお声掛け頂いてませんのに……。

 ――いくらレイ殿下の付き人だからって、こんなこと許されますの?

 そんなこと、私が声を大にして言いたいくらいだ。

 ずっと注目を集め続けるのもきつかったけど、受けたら受けたで刺さるような視線の数々もなかなか痛い。

 せめて踊り始めれば多少はマシになるだろうかと考えていたら、クロード王子がぐっと手を引いて、私の耳に顔を寄せてきた。

「すまない。気にするな、というのが無理なのは分かっているが、もう少し耐えてくれ」

「……分かりました」

 この人も相当な覚悟を持って臨んだというのは何となく分かる。

 下手をすれば、ここにいる生徒やその家からの支持を無くすことになりかねない。ソレイユ王はクロード王子を後継にすると断言しているけど、貴族達の支持を失った状態で王位に就くのは大変なことだろう。

 エミリア嬢が何も言わずに私を送り出したことで、彼らの気持ちも少しはマシになっていると信じたい。

(彼女が言ってたバックアップはこういうのも入るんだろうな……)

 お茶会で、私はエミリア嬢のお願いに前向きな返事は返さなかったけど、彼女は自分の計画を進める気でいるのだろう。私の同意を得られていないから、表立っては動けないだろうけど、こうしてちょっとずつ私とクロード王子が関わる機会を増やしていくに違いない。

(フォンテーヌ家とハース家に呼び掛けて云々というのがないからまだいいけど……)

 ある意味敵に回ってしまったような状態だ。クロード王子とのフラグが立たないように本来の相手である彼女を引き込もうとしたのに、完全に失敗してしまった。

 溜め息を吐きたいのを我慢していると、開けた場所に出ていた。ダンスを踊る面々が示し合わせたようにど真ん中を開けていたようだ。

 真上にあるシャンデリアが、クロード王子を照らしている。綺麗なブロンドの髪や金糸の刺繍が煌めいていて、本当に別世界にいる人だと改めて思った。

「悪い。せっかく綺麗に着飾っているのに、表情を曇らせてしまった」

 クロード王子は少し遠慮がちに指で私の頬に触れる。

「ご自覚がおありなら、もう少し憚って頂きたかったです」

「……本当なら、謝るべきところなんだが、俺もあまり時間がない。形振り構っていられなかったんだ」

(時間がない……?)

 ソレイユ王は健在なのだから、クロード王子が王位を継ぐのはまだ先だろう。遅すぎるのは良くないけど、二十五、六歳までに結婚できていればいいんじゃないだろうか。

 怪訝な顔をする私に、クロード王子は苦笑する。それ以上細かいことを言うつもりはないらしい。

「とりあえず、踊ろう」

 改めて差し出された右手を取り、会釈する。

 彼と踊るのはこれで二度目だけれど、前回と同様、なかなか踊りやすかった。流れるような動作はレイの方が上手だと感じるけど、リードがしっかりとしていて安定しているから身を任せやすい。

 やっぱ王子だ、と思いながらちらりと見上げると、嬉しそうに目元を和めているクロード王子と目が合った。

 目標が達成できてただ喜んでいるわけではない。以前、図書館で私をニナ王女だと思っていると告げた時に見せた苦しげな目。その中に微かにあった、恋焦がれるような眼差しがそこにはあった。

(あぁ、だめだ……)

 胸の中がざわつく。

 心の奥底のどこかが、締め付けられるように痛んだ。

(早く、誤解を解かないと……)

 彼は、私を自分が会った“ニナ王女”だと信じ切っている。

(私は、違う……私は、だめだ……)

 微笑み返すこともできないまま、気付けば曲が一曲終わっていた。

 これでやるべきことは終えた。しばらくは人目に付かないところでじっとしていよう。

 そんなことを考えていたけれど、クロード王子は私の手を離すことなく、「少し付き合ってくれ」と言って、どこかへと歩き始める。

「あの、殿下……?」

「少しだけだ」

 少しだけも何も、次の曲が始まろうとしている。私はともかく、彼の方は次を待っている令嬢達が何人といる。早く彼女達のところに行ってもらいたい。

 そんな私の思いとは裏腹に、クロード王子は広間の奥へと進んでいき、そこにあった扉を開けた。来賓が出入りする扉とは間反対にある扉だ。王宮の造りは似ているから何となく分かる。扉の向こうには短い廊下があって、その先には中庭、そして宮殿がある。

 何も言わないクロード王子に連れられて短い廊下を抜ける。外はすっかり暗くなっていた。クロード王子は、中庭の噴水まで来るとようやく立ち止まった。

 広間がある建物から漏れる光と月明りで、クロード王子の表情は何となく分かった。少し緊張した面持ちで、けどそれ以上に、真剣な眼差しが私を見つめていた。

 脳裏で警鐘が鳴る。

「で、殿下、このような所まで……早くお戻りになりませんと……」

 理由を付けて引き返そうとしたけど、それはクロード王子に阻まれた。

「すまない。もう少しだけ、ローザの時間を俺にくれ」

 そう言われたら、足を動かそうにも動かせない。

「何か、ご用事でしょうか……?」

「渡したい物が、あるんだ」

 やや歯切れ悪く言いながら、クロード王子はポケットから掌に収まる程度の小箱を取り出す。

(いや、これ……)

 どう見てもアクセサリー類が入っているような箱だ。

(なんで、どうしてそうなった……勘違いしてるにしても展開早すぎじゃ……)

 箱の大きさからして指輪ではないことは確かだからそこは安心できるけど、婚約者も決まっていない王子が身内以外の女性にアクセサリーを贈るということ自体が異常事態だ。軽く血の気が引く。

(いやいや、まだ私にと決まったわけじゃ……誰それにあげるんだけど、このデザインどう? とかの相談とか――)

「ローザに贈りたいと思って作らせた。良ければ、受け取って欲しい」

 私の一瞬の希望も打ち砕き、クロード王子は箱の蓋を開ける。

 中に入っていたのはブレスレットだった。真ん中には小ぶりだけどとても澄んだオリーブグリーンの石が輝いている。夜だというのに、月明りだけでその鮮やかさが分かる。その石の周りを、流線形の細工が飾っていた。チェーンの部分も所々に似たような模様があしらわれている。

(蔦模様じゃない……風だ……)

 私を意識して作ったのは明らかだった。

(こんなものまで作らせてしまった……)

 私は受け取るべき相手ではないのに。

「殿下、これは……その、受け取れません……」

「気に入らなかった、か……? 一応、ローザが好みそうなものをと思って、以前出掛けた時に見ていたブレスレットを参考にしたんだが……」

(は……? 前見ていたブレスレット……?)

 そんなものあっただろうか。

「いや、確かに、あれはもっとシンプルなデザインだったし、ローザに似合うようにとあれこれ変えてしまったから、元の物とはあまり似ていないものになってしまったが……」

 シンプルな女性物のブレスレットと聞いて、一つ思い出した。付加魔法の練習用の核を探している時に、水晶かと思って手に取ったブレスレットだ。結局ただのガラスで核にはならないから、そのまま元あった場所に戻したのだ。

(そういやあの時、店を出る前にクロード王子がいなくなって……)

 もしかして、あれを購入していたのだろうか。

 核を探すのに集中していたから、クロード王子がその時何をしていたのかは分からない。でも、話を聞く限り、私が核に使えるかと思って手に取った物を、デザインが気に入ったのだと勘違いしたのは確かだ。

 そこからずっと私に合う物をと試行錯誤していた――?

 一緒に出掛けたのって、かなり前なのに――?

「ふっ……」

 思わず苦笑が漏れ出る。

 一度笑い出すと止まらなくて、必死にそれを押し殺した。

(バカだ、この人……)

 でも同時に愛おしいと思った。

「ロ、ローザ……?」

「す、すみません……」

「いや、その、何か可笑しかっただろうか……?」

「いいえ、少し、思い違いがあったと言いますか……いえ、大したことではないので、気になさらないで下さい」

「そうか……?」

「ええ」

 別にデザインを気に入って手に取ったわけではないと、言っても良かったけど、ずっと前から真剣だったこの人の思いを台無しにはしたくなかった。

「それで、やはりこれは受け取ってもらえないだろうか……?」

「正直なところ、私には勿体ないものだと思います」

「そうか……」

「ですが、殿下の思いを無下にはできません」

 クロード王子ははっと顔を上げる。

 本当なら受け取ってはいけないのだと思う。本来の相手ではないという意味でも、厄介事が待っているという意味でも。

 でも、いつかも思ったように、私はこの人を傷付けたくないと思ってしまった。

「殿下は本当に、こういった物を贈る相手が私で宜しいのですか?」

「ああ、ローザに贈りたかった。それに、ローザにと思って作らせた物だから、ローザが受け取ってくれないのであれば、壊すしかないと思っている。どうか、受け取ってくれ」

 そこまで言われたら受け取るしかない。

 クロード王子が勘違いしていようとしていまいと、これは私用にと作られたものだから、本当の好きな人が見つかっても、これをそのまま相手に渡すことはできないだろう。

「私には過ぎた物ですが、有り難く頂戴いたします」

 粛々と礼をして、箱を受け取る。

(本当に、勿体ない……)

 このブレスレットも、この人の思いも。

「つけてもいいか?」

「はい……」

 頷くと、クロード王子は本当に嬉しそうに微笑う。

(彼の“ニナ王女”を探そう……できるだけ早く……)

 リディは心当たりはないと言ってたけど、彼女は私が四歳の時から王宮にいるのだ。昔のことはすぐに思い出せないだろうし、いつ頃の話なのか明確に分かっていない状態で思い出せというのも結構無茶な話だ。

(クロード王子にいつどこで会ったのか、詳しく聞かないと……)

 そして見つかった暁には、本当の相手にちゃんと贈り物ができるように援助しよう。

 流石に貰い物を売ってお金に換えるわけにはいかないから、他に売れる物を探さないといけない。

 できればこのブレスレットに見合うものを返したいけど、私にできるのはそれくらいだ。

「とても似合っている。色々と悩んだ甲斐があった」

「ありがとうございます」

 満足そうに微笑うクロード王子を見ていると、私も自然と笑みを浮かべられた。

「そろそろ、戻らないとな……もう少し、ここにいたいが……」

「殿下、何を仰っているのですか。皆様きっとお待ちですよ」

「そうだな。もう誰とも踊るつもりはないが、主催者がこんな所にいるのはまずいよな」

 そうそう。って、今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。

「あの、殿下、今、何と仰いました……?」

「もう誰とも踊らないが、広間には戻らないとな」

 分かってて言っているのだろう。クロード王子は戸惑う私の顔を見ると、少し意地悪く微笑った。

「今日は、ローザ以外の令嬢とは踊らない」

 クロード王子はそう言うと、私の手を引いて元来た道を戻り始めた。

(いや、ちょっと待て!)

 ただでさえ一番目の相手が私で周りはざわついたのに、そんなことをすれば騒ぎになるどころの話じゃない。

「な、何を仰って……ま、まさか、エミリア様とも踊らないおつもりですか!?」

「ああ。というか、ローザ以外と踊るなと、エミリアが言ってきたんだ」

(エ、エミリア嬢……!)

 まさか既にそこまで結託していたとは、開いた口が塞がらない。

「まぁ、それに、今日は元々そんなに踊るつもりはなかったんだ。夏前に開けなかったからというのは半分建前で、貴族達がこの前の件をどう考えているのか、探りを入れるために開いたものだからな」

 その言葉にはっとさせられる。

「箝口令は敷いたが、人の口に戸なんか立てられない。平民の噂話は市井に出れば聞けるが、貴族間の噂話は夜会でも開かないと聞けない。今日はそのためのパーティーだ。ついでに、俺が好きなのはローザだと、皆に知ってもらいたかったんだが」

 今、この人、さらりと告白しなかっただろうか。

 自然と足が止まる。クロード王子も立ち止まった。

 いや、一番に踊って欲しいとかアクセサリーとか貰ってる時点で、もうその辺は察しろという感じなんだろうけど、実際に言葉にされると戸惑ってしまう。

「ローザ、好きだ」

 クロード王子は穏やかな笑みを浮かべながら握っていった私の手を持ち上げ、指先に軽くキスをした。

 思考の大部分が停止したのが自分でも分かった。

 後はもう、“ヤバイ”と“急がなければ”の二つしか頭の中になかった。


(11/5)誤字脱字報告ありがとうございます。

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