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前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。

「――マナミ、今日も天気がいいですよ。外に出てみませんか?」

 数回のノックの後、扉の向こうからカミーユの声が聞こえる。

 ベッドの上で蹲っていた愛実は、一度は顔を上げたものの、膝を抱えたまま再び顔を俯けた。

「ううん、いい。部屋にいる……」

 数拍の後、「そうですか」と落胆した声が聞こえてくる。小さな罪悪感が胸をよぎるが、何をするにも億劫で、結局は“ごめん”の一言も発せなかった。

 もう二か月近く愛実はこんな状態だった。

 きっかけは、一回目の太陽の塔のイベント。プレイヤーの間でそう呼ばれていたイベントに、愛実は失敗した。

(あんなのが出るなんて、聞いてない……)

 時間がたった今でも、あの時のことを思い出せば脳裏が赤に染まる。ワイバーンが吐いた火炎が、一瞬の内に頭上の木々を焼き尽くし、愛実の眼前に広がった。顔を焼くかと思うほどの熱気と焦げた臭い。気付けば誰かに地に倒されて事なきを得たが、あのまま立っていれば炎に巻かれていただろう。

 その時の恐怖が蘇り、背筋が震える。愛実は近くにあったブランケットを手繰り寄せて身体に巻き付けた。

 最初から何かが少しずつおかしかったが、あのイベントで愛実はここがゲームの世界ではないと確信した。

 否、ゲームの世界には違いないのだろう。設定や世界観はゲームと変わらないし、何より、ゲームでなければステータス画面が出たり現実には存在しない魔法が使えたりはしない。

 そういう意味では、ここはゲームの世界だ。ただ、愛実が知っているシナリオ通りには進まない。

 ここが夢か現実か、難しいことは未だに分からないし、考えることも放棄しているが、全てが愛実に都合の良い世界でないことは身に沁みて感じた。

(とにかく、誰ルートでもいいから早く終わらせないと……)

 ゲームのように中断できるならそうしたいが、その方法も分からない。唯一ゲームと同じステータス画面を開いても、そんなボタンはどこにもない。

(どうせトゥルーエンドには行けないんだから、この際誰でも……)

 イベントに失敗した時点で、それは確定した。夏休みに入るのに誰からも家に誘われなかったのがいい例だ。

 行く宛がないまま、夏休み中は寮を閉めるからと言われ、学園の前で途方に暮れていたところ、たまたま祖父の手伝いで学園に来たカミーユと遭遇し、彼の家の領地で過ごすことになった。

 カミーユのルートの場合も、彼の家の領地で過ごすというシナリオだが、ゲームでは寮から閉め出される前に本人から誘われていた。

 カミーユの方は、「王家の方で滞在場所を手配する筈なのですが、まさかされていなかったとは……偶然ですが、会えて良かったです」と言っていた。学園の前で会わなければそのまま領地に帰っていたそうだ。

 クロードのルート以外では王家はほとんど関わりがない。愛実の後見は王家が務めているから、カミーユは王家が滞在場所を用意すると思ったのだろう。結果はともかく、これでは少しもシナリオ通りとは言えない。

(失敗した時点で誰の好感度も上がらなかっただろうから、それは当然なのかもしれないけど……)

 好感度は全て、恐らくワイバーンの攻撃を防いだローザに持っていかれたに違いない。愛実自身は想像していない事態が起こった時点で取り乱してしまい、その時のことはあまり良く覚えていないが、後からカミーユが教えてくれた。

 ただの悪役のくせに、と文句を言いたいが、ローザがその攻撃を防がなければ皆無事では済まなかったかもしれないと聞き、言うに言えない状態だ。もしかしたら、愛実が動けなかったから、そういう風にシナリオが変わったのかもしれない。

(元から変だったシナリオが更に変わったんだとしたら、もうどうやって攻略したらいいか分からない……)

 誰ルートでもいいからとにかく終わらせたい。頭の中ではそんな風に考えているが、シナリオも分からなくなった上に誰の好感度も上がっていないのが現状だ。こんな状態で誰のルートにたどりつけると言うのだろうか。

(カミーユだって、ただ義理で私をここに連れてきただけ……)

 彼の中に愛実に対する好意がないことは、何となく分かる。

 彼はただ親切でやっているだけだ。どこか義務感のようなものも感じられるから、攻略対象の中で唯一同じ学年だから、そんな風に出来ているのかもしれない。

(一番接触できるのもカミーユ……でも……)

 ここから挽回して攻略なんてできるのだろうか。

 それに、他に好きになって欲しい人がいるのに、それを無視してカミーユに好かれるように振る舞うなんてできるのだろうか。

 早く終わらせたいという思いは本当だが、クロードやレイに対する未練もある。

(夢かゲームの中なのに……私がヒロインなのに……諦めないといけないの……?)

 ここでは愛実が望む相手の一番になれるはずなのだ。上手くやりさえすれば――。

(頑張ってもダメとか、それじゃあいつもと変わらない……)

 頑張ったって注目されない、見て欲しい人に見てもらえない、褒めて欲しい人に褒めてもらえない。そんなのはもううんざりだ。そんな生活から逃れたくて、愛実はどこか別の場所に行きたいと望んだのだ。

 ここが愛実の望みを叶えてくれる場所ならば、愛実が望む通りのシナリオになるべきだ。

(元に戻してよ……こんなシナリオ、全然知らないんだから……)

 夢でもゲームの世界でもいい、ここを作った神様がいるなら、全部元に戻して愛実が望む未来を与えて欲しい。



   ◇



 クロード王子が市場を案内してくれたこともあって、ソレイユの現状を書いた報告書は思ったよりも早く完成した。元々が私を早くこちらに戻すための口実だから、中身はそんなに問われないのだろうけど。

(多分、“問題なし”とかだけ書いて送っても、何も言われなかっただろうな……)

 一応正式な報告に則って送らないといけなかったから、分かる限りでそれっぽく書いたけど。

(それはいいとして、問題はこの人だよな……)

 私の目の前では今、クロード王子がくつろいだ様子でお茶を飲んでいる。出された茶葉が好みなのか、どことなく嬉しそうな表情だ。

 市場へ行ってからというもの、クロード王子は頻繁に迎賓館にやって来てはしばらくここで過ごして帰るということを繰り返している。間で一日空いたけど、そこからもう三日連続だ。

 確かに以前、息抜きがしたい時はここでお茶をしましょう、とは言ったけど、連日だなんて異様な事態だとしか思えない。

(え、監視兼ねてるとか……? いや、まさかね……?)

 私がここに来る時に同行した近衛隊は、報告書を持ってセレーネに戻った。残ったのは、ヴェルナー一人だけで、残りはまたレイが来る時に一緒に来る手筈になっている。今、迎賓館にいるセレーネの人間は私とエマとヴェルナーの三人だけだ。元々迎賓館自体の警備はソレイユの兵士が担当しているから、護衛は必要最低限でいいのだけれど、監視としては人数不足かもしれない。それでレイが個人的にクロード王子に頼んだとか――。

(いや、監視させたいなら、ヴェルナーの所属部隊をそのまま残せばいいか……考えすぎかな……)

 クロード王子の行動がおかしいのには変わりないけど。

「あの、殿下……」

「なんだ?」

「その、お忙しくはないのですか……?」

 魔物の異常な出現は収まったとはいえ、王都近辺が正常に戻ったとは言い難い。事後処理だってあるだろうに、ここでゆっくりしている暇はあるのだろうか。

 そんな心配もしてみたけど、クロード王子は「ああ、今は特には」とさらっと答えた。

「この前の件も父上や諸大臣が色々と手を打った。今はそれが上手く進むのを見守るだけだ。俺も少しは手伝っているが、まだ学園に通っている身だ。もうすぐ秋学期も始まるから、今任されている役目は少ない」

「はぁ、そうですか……」

「邪魔だったか? ローザも十日も早くにこっちに戻ってきて、暇なんじゃないかと思ったんだが……」

「いいえ、邪魔だなんてことは」

 別にそんなことまでは思ってないけど、こうも頻繁に来られると何かあるのではと勘ぐってしまうのだ。この人は現在進行形で厄介なフラグを建てまくっているし。

 一応、私が暇を持て余しているかもしれないと配慮してくれた結果のようだけれど。

(暇ねぇ……)

 セレーネでは基本的にぼっちで過ごしているのだ。暇の潰し方はいくらでも知っている。本を読んで過ごすか街を散策しようかと思っていた。さもなくば部屋でごろごろしようか、とも。十日なんてあっという間だ。

「私と違っていつもお忙しくしていらっしゃったので、気になっただけです」

「学園がある間は忙しかったが、今は休みだからな。そうでもない」

 そう言ってクロード王子は微笑う。

 それからしばらくは取り留めもない話をしていたが、クロード王子がふと「もうすぐ秋学期だな」と呟いた。

「ええ、そうですね。レイ殿下も明日にはご到着なさる予定です」

「そうか。――ところで、ローザ、秋学期始まってすぐのパーティーなんだがな」

 思ってもみなかった言葉に、「は?」と一瞬素が出そうになる。

「パーティー、ですか……?」

「レイから聞いてないか? 秋学期始まってすぐに俺主催でパーティーを開く予定なんだ。領地に帰る前にあんなことがあって皆不安だろうから、王都はもう大丈夫だと安心してもらうためにな。まぁ、それと、王宮内が少しごたついて俺が社交期中にパーティーを開く余裕がなかったからなんだが……今回はその代わりだな」

 “王宮内が”というのは、多分セシル王女の件を言っているんだろう。元々、社交期中に一度パーティーを開くつもりだったらしい。

(レイもシーズン中はパーティーとかお茶会を開いてたなぁ)

 そしてそれに私を呼んで貴族の子息と引き合わせようと画策していた。

「まぁ、そうだったのですね。申し訳ありません、レイ殿下からは何もお聞きしておりませんでした」

 歓迎パーティーの例から見ても、十中八九、ワザと言わなかったんだろう。

(レイのやつめ……)

「いや、レイも忙しくて伝えるのを忘れたんだろう。招待状はレイに渡してあるから、レイが来たら貰ってくれ」

「分かりました」

 正直出たくないけど、風邪でも引かない限り連れていかれるだろうから、にっこりと微笑って頷く。

「それで、当日なんだが……」

 クロード王子は少し言い辛そうに一度視線を逸らしてから、意を決したように私の方を見た。

「俺と、一番に踊って欲しい」

「は、い……?」

「この前のように、最初はレイと踊るつもりだったのかもしれないが、できれば最初は俺と踊ってくれないか……?」

 また何を言い出すんだろうか、この人は。

(絶対フラグ建ったよ、これ……)

「あの、恐れながら、最初のお相手はエミリア様が宜しいのでは……?」

「エミリア?」

 クロード王子は怪訝そうに首を傾げる。

「え、ええ……クロード殿下の婚約者候補でいらっしゃるとお聞きしたので……」

「確かにそうだが……周りが挙げた候補であって、俺はまだ誰と決めたわけではない……」

 好きな人がいるから、まだ決めたくないんだろう。

「ローザと一番に踊りたいと思っては迷惑か?」

「いえ、そういうわけでは……ただ、殿下主催のパーティーとあれば、候補の方々はご自身が選ばれることを期待されるでしょうし、それに――」

 ――私は貴方の好きな人ではない。

 そうきっぱりと言えれば楽だけど、そういう言い方をしてはだめだと何となく思った。

「それに、殿下には思いを寄せていらっしゃる方がおられるようですから……」

「ああ、その話か……」

 私の言い訳をどう解釈したのか、クロード王子はどこかほっとしような顔つきになった。

「その話は、もういいんだ」

「え……?」

「もう気にしなくていい」

 そう言って、クロード王子は小さく微笑う。諦めた顔でも悲しむ顔でもなく、ただただ穏やかな表情をしていて、私は彼の言葉の意味をひたすら考えることになった。

少々分かりにくいところがあったようですので、一部修正しております。内容自体は変わっておりません。(2019.10.30)

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