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前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。
レイとはあれ以来話もしないまま、セレーネを発つことになった。喧嘩別れしたみたいになってしまったけど、私もしばらくああいう話はしたくなかったからある意味助かった。
(レイはきっと譲歩しない……私も譲れない……)
分かっていたことだけど、どこまで行っても平行線だ。そして世の中的には私の方が悪い。
幸せを求めることはそんなに悪いことなんだろうかと思うけど、きっと悪いことだと見なされるのだろう。王女としての役割も果たさず、我が儘を言って、自分の幸せばかりを求めて――。
周りから見たらそんな風に見えるに違いない。というか、リディに聞いたらそう見えるだろうと言われた。
贅沢なんていらない。ただ、結婚するなら自分を大切にしてくれる人としたい。腹の中で利用することばかり考えている人間とは一緒にいたくない。都合のいい道具として使い回そうとしている人間なんて、考えただけでもおぞましい。
たとえ、周りがそんなことは我慢して当然だと言ったとしても、私は自分を守りたい。守ってくれる人間なんて他にいないのだから、自分で守るしかない。
レイにあんな風に暴言を吐いてしまったことは大人げなかったと思うし、胸にしこりも残っているけど、やっぱり自分の考えが変わることはない。
(再確認できて良かったって思うしかないかな……)
ただ、異常事態だからしばらくそれは置いておくしかない。今後の方針としては、今起きている異変が収まるのを見届けてから、再度出奔計画に取り組むといったところだろう。
ふと、馬車の外に目を向ける。夏もそろそろ終盤だけど、緑はまだ青々としていて空との色合いが綺麗だ。なんとも平和な光景だけど、ちょっと前には魔物が増えるという騒動があった。
(ちゃんと、元に戻るよね……?)
ゲーム通りに進むなら最終的には結界が保たれると安心していたけど、ゲームでは起こらなかったことが次々と起こっている。
カンザキさんが実際にやって来た時点で、ゲーム通りになる可能性が高いし、そうあって欲しいと思っていたけど、他の可能性も視野に入れないといけない状態になってきた。
(魔力を補充できる人間がいないとかならなんとかなるけど、そもそも結界の仕組み自体が壊れてたらどうにもできない……)
ゲーム内では、結界の仕組みそのものに異常が起こっているという設定はなかった。ただ魔力を補充する役目を担う人が不調だという設定だけだった。
そもそも、幼馴染の話では、太陽の塔のイベントは各キャラの好感度を上乗せする役割とトゥルーエンドへの鍵でしかなかったらしい。
道中はRPG方式になっていたけど、全員戦闘不能になっても何もなかったかのように出発前に戻る仕組みだったし、最後の魔力補充だって、クリアレベルに至ってなくても複数回補充を実行すればクリアできるようになっていた。ただ、一回でクリアできなければトゥルーエンドの解放条件が満たせないというだけだ。
何もかも、乙女ゲーのシステムの一部だったのだ。
(ゲームだから、そういう仕組みになるのは当たり前だけど……)
都合のいい設定を元に考えるなんて、なんとも都合のいい話だったということだ。
ここは現実だ。そう上手くいくわけがない。
(まだそこまで大事にはなってないけど、反省しないと……)
太陽の塔へは、偶々私も指名されたから同行したけど、最初はついて行かないつもりでいたのだ。もし行かなかったら、レイやクロード王子も無事では済まなかったかもしれないし、最悪死人が出ていたかもしれない。
(大まかな流れはゲームを参考にするにしても、“大丈夫だろう”なんて甘い考えは捨てるべきだ……)
一歩間違えたら、大切なものを失ってしまうかもしれないのだから。
道中、馬車の中ではエマと二人きりだったから、静かな旅となった。レイもおしゃべりな方ではないけど、他愛ないこととかを話したりするからまだ会話はあった方だ。
けど、色々と考えないといけない今の私にはちょうど良かったようで、あれこれと考えている内にサンティエに着いていた。
「――ローザ!」
馬車を降りるとすぐに聞こえてきた声に、私は軽く固まる。
「クロード殿下……どうなさったのですか?」
まさか迎賓館に来ているとは思わず、そんなことを訊くと、クロード王子は少し照れたように視線を軽く逸らす。
「ああ、いや、帰る時には忙しくて見送れなかったから、出迎えくらいしようと思ってな……」
王族が一侯爵令嬢の出迎えにわざわざ来るなんて、ちょっと行き過ぎた待遇じゃないだろうか。
(相変わらず、この人は変なフラグを立てまくってるな……)
貴族達のほとんどは領地に帰っているけど、王都で官職に就いてる面々なんかは残っているのだ。もう少し自重して欲しい。
「まぁ、ご足労をお掛けして申し訳ございません。挨拶でしたらこちらから伺いましたのに……」
「いや、俺が出迎えたかったんだ。ずっと、気になっていたからな。顔が見れて良かった」
そう言って、クロード王子は優し気に微笑む。どこかの乙女ゲーのスチルに出てきそうなレベルの表情だ。
うん、頼むからもう大人しくしてくれ。
「あれから、身体の方は大丈夫か? 帰国直前にも体調を崩したとは聞いたんだが……」
「ご心配をお掛けしました。この通り、体調の方は既に元に戻っております」
「そうか、それは良かった」
目に見えてほっとした様子のクロード王子に、そういえば思い切りぶっ倒れたよなと思い出す。魔力の激しい消耗が命に係わるというのは、王族や貴族の間では常識だ。基本的に冷静なレイも密かに取り乱していたくらいだから、私が思っている以上にこの人にも心配を掛けたのかもしれない。
「遅くなったが、礼を言わせてくれ。クラウスを救ってくれたこと、感謝している。クラウスだけじゃない、俺やカミーユ、他の護衛達も、ローザがいなければもっと酷いことになっていたかもしれない。ありがとう、本当に助かった」
ふと、視界の端に頭を下げる兵士の姿が映った。クラウスさんではないけれど、あの時一緒に行った近衛兵かもしれない。
「いいえ、クロード殿下や他の方々がご無事で何よりでした。私はレイ殿下の付き人としてソレイユに参りましたので、レイ殿下やご友人のクロード殿下をお守りするのは当然のことです。それに、あの時あれだけの防御魔法が使えたのは、道中でクロード殿下やレイ殿下の護衛の方々が私を守って下さったからです。それがなければ、十分な魔力は残っていなかったと思います。ワイバーンを退けたのも私ではなく、クロード殿下やレイ殿下ですし。私一人だけの功績ではありません」
正直なところ、最悪レイとクロード王子さえ助かればいいと思っていたから、護衛が何人助かるかなんて頭になかった。魔力だって結構ぎりぎりだったし、攻撃できる人間がいなければワイバーンはどうにもできなかった。こうして畏まって礼を言われるようなことではないのだ。
「寧ろ私の方がお礼を申し上げなければなりませんね。あの時は、ありがとうございました」
「い、いや……礼を言いに来たはずなのに、こうして逆に礼を言われると変な気分だな……だが、ローザにも功績があったのは確かだ。今はまだ公にできない話だから控えているが、国王も直接礼を言いたいと言っていた」
(え゛……)
クロード王子の言葉に表情が固まってしまった。
お礼云々はちゃんとした人ならきっちりやるだろうから仕方ないにしても、偽名の人間が国王に謁見するのは不味い。
(しかも、ソレイユ王って、多分母上の顔知ってるんだよね……)
自分で見ても私の顔は母親似だと思う。目の色も同じだし、父の遺伝子はどこに行ったんだろうと思うくらい、肖像画の母と似ている。ソレイユ王に会ったら一発でバレるだろう。前世の記憶を思い出す前には普通に来客とも会っていたから、私が覚えていないだけで直接会っている可能性も高いし。
「い、いえ、そんな、私などには勿体ないお話です。クロード殿下からもお礼の言葉を頂きましたし、私のことはお気になさらないで下さいとお伝え下さい」
焦る私の心情を察したのか、クロード王子は苦笑する。
「一応伝えはするが、父上のことだから必ず直接会う時間を作るだろうな」
また何かのフラグが立ったような気がして、内心震えた。
(会うなら帰国直前とかがいい……)
「あぁ、こんな所でいつまでも立ち話をしてすまない。中に入ろう。茶の準備もそろそろできているだろうし」
「ありがとうございます……」
自然に出された手を無意識の内に取りながら、私は迎賓館の中へと入った。
翌日、私は朝から地味な格好をしてクロード王子を待っていた。以前行った広場で規模の大きい市をやっているから行こうと誘われたのだ。
そういえば、一緒に出掛けた時にそんな話をしていたなぁと思ったけど、それ以外にも私が視察という名目で早めに戻ってきたのを気にかけてくれてのことだった。市の賑わい具合を見て、王都やその周辺が正常に戻ったかどうかの判断材料にしてくれということだろう。出歩く人や近くの町を通ってきた商人もいるから、情報集めもしやすいだろうし。
迎えに来たクロード王子も前回と同じ下級貴族か豪商の子息かといった服装だった。名前もやっぱりクリスで行くらしい。
途中まで馬車で行き、近頃の情勢をそれとなく聞きながら大通りを歩いていると、通りの空気が次第に変わっていくのが分かった。
賑やかな声が広場から聞こえてくる。浮ついた空気は前世で感じたお祭りのものによく似ている。
「人が更に増えてきたな。はぐれないように手を繋いでおこう」
さらりと言われた言葉と出された手に、相変わらずこの人は王子だな、とバカみたいな感想を思い浮かべる。服装は下級貴族なのに、オーラが王子なのだ。
「ありがとうございます」
小さく微笑んで手を取れば、何故かクロード王子の方がちょっと照れたような顔になった。こういうエスコートは何度もしているだろうに、今更そんな顔をされても困る。
(いやまぁ、変なフラグのせいだろうけど……)
勘違いはずっと前から始まっているんだろうけど、更に信じ込んでしまっているんだろうか。
(あの時は結局何も言えなかったからな……ちゃんと否定してればここまでややこしくはならなかったかも……)
今からでも遅くはないんだろうけど、こっちから好きな人の話題を振るというのはなかなか難しい。ちょっと気になってる相手とかならまだ気楽に話せるけど、クロード王子の場合、長年思い続けている相手だ。何となくこう、触れがたいものがある。
(リディも王宮勤めで私に似てる人なんて心当たりはないって言ってたし、本当に誰なんだろう……)
それっぽい相手が見つからないから、私が忘れているだけという可能性も未だに捨てきれないし、こっちも結構難しい問題になりつつある。多分、留学が終わって、私がニナだと名乗れるようにならないと解決はしないだろう。
そんなことを考えている内に、広場の近くまで来ていた。
広場には入りきれなかったのか、広場の手前の道脇にも露店がでている。ちょっとした大道芸のようなものも見えるから、ここの人達にとっては本当にお祭りなのかもしれない。
けれども、それよりも私の注意を引いたのは、路地裏の方から聞こえてくる話し声だった。
――俺達がここに着く少し前、王都の周りで魔物が増えてたらしいな。
――本当か? どうりで、軍の巡回がいつもより多いはずだ。
――だが、辺境じゃあるまいし、王都に魔物が増えるなんて、普通ないだろ。
――ああ、ここいらに住んでるやつらに聞いても、こんなことは初めてだとよ。
――早めに引き上げるか?
――つっても、荷を空にしないことにはな……仕入れは諦めるとしても、荷が多けりゃ逃げる時に命取りだ。
レイの話では、一応箝口令が敷かれたということだったけど、こういう話はやっぱり静かに広まるらしい。
「ローザ? どうかしたか?」
「いいえ、なんでも。そういえば、最近は魔物の出没具合はどうなのでしょう?」
「一応警戒は続けているが、あれ以来めっきり減っている。報告によると数は以前とほぼ同数のようだ。極端に強い魔物も現れていないそうだ」
「そうですか」
魔物の方は完全に落ち着いているようだ。民衆の不安はそう簡単には拭えないだろうけど、実際に危険がないのであればレイがこちらに来ても問題はないだろう。
「セレーネの方はどうだ? 道中は何事もなかったと聞いたが」
「セレーネでは魔物が増えるといった事態すら起こっておりませんでした。王都も以前と変わりありませんでしたよ」
「そうか、よかった……」
クロード王子はほっとした顔をするけど、結界が本格的に揺らぐのはこれからだ。二回目の太陽の塔のイベントでは、セレーネの王都近辺でも魔物が出没したという報告がレイの所に届く。
(ゲームでは最終的に結界は維持されるけど、それも確定とは言えなくなってしまった……)
結界の仕組み自体が壊れてしまっている可能性だけではない。私もセシル王女と同じように魔力を失う可能性だってあるわけだし、叔母やナディアに同じことが起こらないとも限らない。
いざとなれば身分がバレたって動く気でいるけど、私が立ち上がったところでどうにもできない事態というのはいくらでも想定可能だ。
(最後まで諦めるつもりはないけど……)
不安なものは不安だ。どうやったって拭えるものじゃない。
でも、私は王女で、他の貴族よりも魔力を持っている者の一人だ。不安だろうと何だろうと、色々と覚悟しておかなければならない。
「クリス様」
「ん?」
「また何かあった際には、私もご助力申し上げます」
クロード王子は少し驚いたように目を見張った後、嬉しそうに微笑んだ。
「それは、心強いな。この前のように魔力を酷使して倒れられるのは心臓に悪いが、あれを防げるのはローザくらいしかいないだろうからな。また協力してもらえると助かる」
「はい」
私は力強く頷く。
ゲーム通りにならないとすれば、どんな事態が起こるかは想像もつかないし、私にできることがどれくらいあるかも分からない。
でも、最低限、為すべきことは分かる。
レイと、この人を守ることだ。
この二人がいれば、王家の血が絶えなければ、二国は続いていくはずだ。
以前来た時には子供たちの遊び場だった広場には、露店が所狭しと並んでいた。
人通りも多くて、よそ見をしているとすぐに人とぶつかりそうな勢いだ。
「あそこの乾した果物はウェストボア地方でしか採れないものでな、王都でもなかなか手に入らないんだ。それから、向こうに並んでるチーズがシュッドプレリー地方の名産だ」
目に付いた露店の品を説明してくれるクロード王子に、ふんふんと頷き返す。
食べ物関係は、遠方から持ち込まれたものが多いのか、大半が保存食系のようだ。
セレーネでは見かけないものばかりでなかなか楽しいけど、視察に行った時にあれを使った料理を食べた、とか、思い出を語るクロード王子の方が私よりも楽しんでいるように思える。
あちらこちらに目を向けては嬉しそうにしているクロード王子を見て、私は小さく微笑う。
昨日会った時はもっと疲れた顔をしていたから、きっとこの前の騒動でかなり神経をすり減らしていたんだろう。いい息抜きになっているみたいで良かった。
(息抜きか……)
エミリア嬢と話した時にもそんな話が出ていたのを思い出す。
彼の好きな人がちゃんと見つかれば、この先はその人とこういった時間を過ごすことができるだろうけど、見つからなかった時はどうするんだろうか。
(まぁ、こうやって身分を偽って外に出れるのも今だけなんだろうけど……)
きっと王位を継いだ後はこんな風に自由に外には出られなくなる。
「ローザ、何か見たいものはあるか?」
自分よりも私を優先するクロード王子に、私は軽く首を横に振った。
「見慣れないものばかりで何を見ていても楽しいですから、クリス様の行きたいところに行きましょう」
「それでいいのか?」
「ええ。気になるものがあったらその時に言います」
「そうか。じゃあ、そうだな、確か蜂蜜漬けの店が来ているからそこに行ってみるか。母上や妹が好きだから、ローザも気に入ると思う」
結局は私のことを考えているクロード王子に苦笑する。この人は基本的に自分のことよりも他人のことを考えるタイプなのかもしれない。
(その方が王には向いてるのかもな……)
「ローザ? 蜂蜜は嫌いだったか?」
「いいえ、甘いものは好きです。行きましょう」
案内して下さいと言わんばかりに手を出すと、クロード王子は穏やかに微笑みながら私の手を取った。
エミリア嬢が、クロード王子には好きな人と結ばれてほしいと言っていたけど、彼と一緒にいるとその気持ちが分かる気がする。
(基本的に良い人なんだよな……)
心根が素直というか何というか。
こういう人には幸せになって欲しいと思う。いずれは王という重い立場に就く人だから尚更に。
(向こうに帰る前に、どんな人なのかちゃんと聞こう。探してあげられるかもしれないし)
訊きにくい話題だなんて言ってられない。




