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前話までにブクマ・評価・感想を下さった皆様、ありがとうございます。
夏休みもあっという間に半分が過ぎていた。
調べ物の方は特に新しい発見もなく、異常事態の原因も掴めそうにないからしばらく保留ということにした。
あと私がしていることと言えば、身体を動かしたり、魔法の練習をしたりすることくらいだ。付加魔法で試したいことはまだあるけど、練習用の核がなくなってしまったから、そっちもしばらくはお休みだ。
練習で作ったアミュレットは、想像以上に出来が良かったらしく、リーンが喜んでいた。
だったら練習がてらもっと作ろうか、と言ったんだけど、私はまだテストで合格を貰ってないから、作った物は支給品には回せず、フェガロ家の私物として扱うしかない。けど、他家には王女が作ったアミュレットを独占しているように見えるから、やめておくと言われた。
確かに、私が好意で作ったとしても、他の家から見れば外戚なのをいいことに王女の力を乱用しているようにも見えるだろう。
(でも、アミュレットの支給制度を作ったのはフェガロ家なのに……)
今でこそ将兵は最低限の装備を国から支給されるけど、昔は皆自分で揃えるしかなかった。
もちろん、将兵になるのは魔力を持っている貴族だから、一族内に付加魔法が使える女子は大体いる。あとはアミュレットに使える核があれば作成は可能だけど、下級貴族になればなるほどランクの高い核は手に入りにくくなるし、付加魔法のレベルも全体的に低くなる。
お金があれば高ランクのアミュレットを侯爵家や伯爵家から買うこともできるけど、そんなにいくつも買えるものじゃない。お金がない下級貴族なんかはまともなアミュレットを装備できないまま戦いに出なければならなかった。
そんな現状を当時の王に訴えて、色々と変えたのが先々代のフェガロ家の当主だ。
学園を卒業した貴族の女子に一定数のアミュレットの作成を義務付け、回収したアミュレットを査定して将兵に等しく分配する仕組みを作り上げた。配給されるもの以外にも自分達でアミュレットを作成することは可能だけど、その内の何割かを税として国に納めなければならない制度も作られた。
フェガロ領の国境付近は確かに強い魔物が多いけど、フェガロ家は侯爵家で強い魔力を持った女性も結構多いから、アミュレット作成に困ったりはしていなかった。
それでも他の下級貴族の惨状を見て、当時の当主は動いたのだ。
今だって、先代の当主や伯父だって、私利私欲で動いたりはしていない。それでも、一部の貴族達は権力を笠に着て好き放題やっていると見なすのだ。
(だったら、先に付加魔法の合格を貰えば、支給品にも回せるようになるから何の問題もなくなる……)
魔法学の個人授業は私のペースに合わせて進めているのだから、先取り授業をしても問題ない、というか、既にある程度先取り状態になっている。先に付加魔法の授業をしても問題はないはずだ。
(あぁ、でも、わがままって思われるかも……)
それに、魔法学の教師は授業がない間は研究者として働いている。というか、学園の教師も含め、研究が彼らの本職だ。
夏休みの間に授業をしてもらうというのは難しいかもしれない。
(一応、ダメ元で聞いてみようかな……今は他にできることもないし……)
そうやってぼんやりとあれこれ考えていると、部屋のドアが叩かれた。
「姉上、今よろしいですか?」
「レイ。いいよ、どうかした?」
この前も何の前触れもなく突然訪ねてきてしばらくここで過ごしていたけど、何となく前よりも訪ねてくる頻度が高い気がする。
レイは部屋の中に入ってくると、いつも座っているソファーに腰掛けた。
「姉上、相談なのですが、十日ほど早くソレイユに戻りませんか?」
「え゛……なんで……?」
「あれからソレイユがどうなったのか気になるので、先に戻ってあちらの様子を報告して欲しいんです」
「え、いや……そういうのは、普通にソレイユの王家とかに聞けばいいんじゃ……」
異常事態については王家間で情報をやり取りしてるんだろうし。
「ええ、もちろん、ソレイユ王家からの現状報告は来てますが、実際に我が国の人間から見た状況も知りたいと思いまして」
「いや、レイ……それ、別に私じゃなくてもいいと思うんだけど……」
「私はまだやるべきことが残っているので、ぎりぎりまでこちらにいなければなりません」
「うん、それは分かるけど、要するに誰かを使節に立てればいいんだから、そういうのが得意な役職の人とか……」
「お暇なんですから、別に姉上でも構いませんよね」
どうあっても、私を早くソレイユに戻したいらしい。
(そういや、クロード王子がしばらく残らないか的なこと言ってたな……)
もしかしてそれが関係してるんだろうか。
(なんか明らかに変なフラグ立っちゃってるよ……十中八九人違いなんだけどなぁ……)
彼が好きな人を“ニナ王女”だと勘違いしている上に、ローザをその“ニナ王女”だと考えてしまっているから厄介だ。どうにか誤解を解ければいいんだけど、私がちゃんと名乗れない以上は難しいんだろう。
「ちゃんとした報告とか期待されても、できるかどうか分からないけど?」
「姉上が感じたままを報告して下さればそれで十分ですから」
つまり、あっちの様子を報告云々というのはただの建前ってことか。
「拒否権はないんだね」
「ええ」
有無を言わせない笑み。レイは本当にこういう微笑い方が上手になった。
「一つ聞いていい?」
「何でしょう?」
「それはレイの考え? それとも父上の考え?」
私の問いかけに、レイは一瞬間を置いた。
「私の考えです」
「そう……」
胸の中に靄が溜まっていくのが分かったけど、私は何も言わなかった。
色々と口に出しても、王子として当然の言葉しか返ってこないのは分かりきっている。聞いてしまったら、また少しレイのことを嫌いになってしまうから、聞かない方がいい。
(やっぱりまだ、期待してしまうんだよな……)
母親が違っても、私達は同い年の姉弟だ。双子とまではいかないけど、私にとってレイはリュカやナディアよりも特別な存在だ。
だから心の何処かで、味方になってくれるんじゃないか、なんて淡い期待を未だに捨てきれずにいる。
(そんなこと、あるわけないのに……)
“好きでもない人と結婚したくない”、“自由に生きたい”なんて、前世の記憶があるから感じることであって、この国の人達からすれば、なんで王女がそんなことを考えるんだ、としか思えないだろう。
(期待しても意味がない……)
それが分かっているのに未だに期待してしまうのは、何だかんだでレイのことが好きだからだろう。未来の王ではなく、弟としてのレイが。
「分かった……出立の日時とか、詳細が決まったら教えて」
そう言って、私は席を立つ。ただ先に向こうに戻ればいいだけなら、さっさと折れた方が楽だ。
「分かりました」
レイは頷いた後、何か言いたそうな顔で私を見上げた。
「何?」
「いえ、その……姉上、未だに考えは変わりませんか……? 政略結婚が嫌だという考えは……」
「いいと思える理由がない」
あの人もそうだけど、レイの方も、それなりに良い相手を選べばそれだけで私が幸せになれると思っている節がある。
「レイは男だから、そういう感覚は分からないだろうね」
「貴族は五万といます。その中には姉上を大切にしてくれる人もいるはずです」
「自由に選んでいいの? どうせ自分達である程度絞るつもりなんでしょう? 利益の大きい相手を」
「それはもちろん、私達が絞ればそうなりますが、姉上だって自分で探そうとはされないじゃないですか」
「貴族と結婚するくらいなら、結婚しない方がマシだもの。王女の身分を捨てて平民と結婚していいなら、今からでも相手を探しに行くけど?」
と言っても、王女でなくなっても魔力は継承されるから、当初考えていたような簡単な話ではなくなるけど。
「何を馬鹿なことを――」
「っ……!」
“馬鹿”という言葉に一瞬我を忘れてしまった。ほとんど無意識の内に私は向かい側にいるレイの胸倉を掴んでいた。
「私を、どんな風に利用したいのかは知っている。貴族達だってそう。特に下級貴族は私を孕ませることしか考えてない。何が“私を大切にしてくれる人”だ。腹芸ができるのが自分だけだと思うなよ? 上っ面くらい、誰だって繕える」
色々なものを堪えて睨みつける中、レイは、軽く目を見開いて絶句していた。ちょっとは何か思うところがあったのかもしれない。
でも、反論がない時点で、私よりも利益を優先的に考えていたのは明らかだ。やっぱりそうなのか、と今更ながら内心落ち込んでしまい、胸倉を掴んでいた手から力が抜けた。
帰って、と口には出したものの、私もこの場に居たくなくて、レイよりも先に部屋から出た。
◇
「――殿下、失礼致します」
ノックと共に聞こえてきたファースの声にクロードは顔を上げた。
「何かあったか?」
今日目を通さなければならない書類は少し前にもらったばかりだ。緊急のものでもあったのだろうかと、クロードは軽く眉を寄せる。
「セレーネのレイ殿下からお手紙が届いております」
「レイから……」
社交期の終了と共に前期の授業が終わり、レイ達は一旦国へと帰った。無事に着いたという知らせは貰ったが、クロードはこの一か月間王都近辺で起こった騒動の後処理に追われており、返事もまともに返せていなかった。
(何かあったんだろうか……)
ファースから手紙を受け取り、封を切る。
手紙には、その後のソレイユの様子を心配する内容と、ローザ――ニナ王女が一足先にソレイユに戻る旨が書かれていた。
「え……」
「どうかされましたか?」
「ローザが、いや、ニナ王女が、十日ほど早くこっちに戻ってくるらしい。名目としては、このまま留学を続けられるのか、確認のための視察らしいが……」
「恐らく、殿下に気を遣われたのでしょうね」
休みに入ってもしばらくこちらに残らないかと持ちかけたのはクロードだ。あのようなことが起こってしまい残念に思っていたが、彼女が一足先にこちらに来るのであれば、共に過ごせる時間が作れるかもしれない。
思わず頬が緩みそうになり、クロードは片手で口許を覆う。
「喜びに浸るのは結構ですが、早めに今抱えている書類を片付けて頂きませんと、私も時間を作って差し上げられなくなりますので、その辺りは肝に銘じておいて下さい」
「わ、分かってる!」
クロードはファースの視線から逃げるように顔を俯け、手紙の残りの内容に目を向ける。
――これは私からのお願いなのですが、くれぐれも、ニナ・スキアーではなく、ローザ・フェガロとして扱って下さい。姉上にはまだ、クロードに正体が知られてしまったことを話しておりませんので。
(話してないのか……ということは、個人的にとはいえ、婚姻を申し込んだことも知らないんだな……)
思い続けていた相手にようやく会えて喜んでいたが、彼女の方はまだ何も知らないのだ。一人で浮かれていても仕方がない。
(そういえば、まだちゃんと名乗れてもいなかったな……)
ニナ王女に会えたら、ちゃんと名乗って、彼女からも名前を聞こうと決めていたが、クロードが名乗ったのは侯爵令嬢に扮した彼女だし、彼女の口からもまだ本当の名前を聞けていない。
(留学中はローザのままということだろうな……ということは、正式に婚姻を申し込めるのもその後……間に合うのか……?)
ローザがニナ王女であることはファースには話したが、レイの希望もあり、父フェリクスにはまだ伝えていない。レイはクロードの申し出に乗り気だったため、一度話が進めばそこからは早いだろうが、クロードは成人までに相手を決めるように言われている。何処かの段階で、クロードは自分の意思を父に伝えなければならない。
(いや、話を進めるだけなら今の状態でもできる、か……だが、彼女に何も知らせないままというのは……)
焦る気持ちはあるが、当人の知らないところで最後まで話を進めてしまうのは気が引ける。そんなのは彼女を蔑ろにしているのと変わりない。
(まだ名を明かせないなら、このままで……ローザと名乗っていようと、ニナ王女であることには変わりないからな……)
もう一度会えたら話そうと思っていたことは山程ある。あの日、王宮の裏庭で出逢った思い出話はできないが、クロード自身の話ならいくらでもできるし、彼女のことも色々と訊いてみたいと思っていた。そういうことを話す時間だと思えばいい。
(あとは、これも渡さないとな……)
クロードは一番上の引き出しに触れる。
今この場では取り出せないが、中には彼女に贈ろうと思い作らせたブレスレットが入っている。彼女に似合うものを、と悩むあまり時間がかかってしまったが、先日ようやく完成した。
喜んでもらえるかまだ分からないため不安は残っているが、止まっていた一つの物事がゆっくりと進み始めたことに、クロードは胸が高鳴っていくのを感じていた。




