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前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。

 ソレイユ国から帰還し、早一週間。ここ数日のレイは不在中に溜まっていた報告書の処理に明け暮れていた。

 まだ王子という立場であるため、レイが直接国や領地の運営に携わることはないが、現状は今の内から把握しておかなければならない。大臣達との会議の内容や領地の状態を記した報告書は、レイの所へも逐一回ってくるようになっている。

 大まかな内容や他に漏れても構わない内容は手紙で知らされていたが、山のような報告書に一つ一つ目を通していくのはなかなか骨が折れる作業だ。

 とはいっても、社交期中領地を出てくる貴族は皆似たようなことをしているのだ。レイ一人が苦労しているわけではない。

 書斎の机にできていた山を一つ片付け終え、レイは席を立って伸びをした。もう昼食の時間だ。

「昼食にするので、貴方も休憩をどうぞ」

 ずっと部屋に控えていた側近にそう声を掛け、レイは書斎を後にした。


 レイの書斎は王の執務室の近くに設けられているため、後宮の食堂までは距離がある。

 廊下を歩きながら、報告書の内容を頭の中で整理していると、反対側から歩いてくる学友の姿が目に留まった。

「リーンハルト」

「これは、殿下。お久しぶりでございます」

 形式ばった挨拶をした後、リーンハルトは顔を上げてにやりと笑う。

「お帰り。ソレイユの学園はどうだった? 優秀な人間はいたか?」

 いつものように砕けた口調になったリーンハルトを見て、レイは廊下の外へと足を向ける。

 彼の態度は決して褒められたものではないが、ニナのことを少しでも知りたいと思い、自身にも同じように振舞うようにとレイが命じた。レイとしては慣れたものだが、やはり良く思わない面々が多い。

「それはもちろんいますよ。二年という期間は長いですが、やはり一度は外に出てみるべきだと思いました」

「へぇ、俺も行ってみたいな」

 ニナが付き人の件に承諾しなければ、リーンハルトを連れていく予定になっていたが、本人はそのことを知らない。

「父上とソレイユ王に相談してみましょうか?」

 今回の留学はソレイユ側からの提案であるが、学生の学びの質が上がるのであれば、定期的に交流を設けるのもいいだろう。

「あー、まずは父上に相談してからだな。俺としてはかなり興味はあるんだが……」

「そうですか。では、侯爵の許可が出たら教えて下さい」

「ああ。――それより、あっちではどうだったんだ? 王女様の結婚相手は見つかったか?」

 声を潜めて言うリーンハルトに、レイは怪訝な顔をする。

「帰還した時に、一度そちらに寄っているでしょう? 会わなかったんですか? と言いますか、今も姉上の所に行ってたのでは……?」

「いや、会ったけど、俺からそんな話触れるわけないだろ? あいつが一番嫌う話題だってのに。今日は頼まれ物届けただけだしな」

「頼まれ物ですか」

「付加魔法の練習に使う核を融通して欲しいって頼まれたんだよ。うちじゃ基本的にあいつの要望は断らないからな。ま、そもそも、要望自体が少ないが……。――で、あいつの相手は見つかったのか?」

 話逸らすなよ、とリーンハルトは口元だけで微笑う。

 長年の付き合いもあって、リーンハルトとは気安い間柄だが、彼はフェガロ家の人間だ。ニナの嫁ぎ先については、レイも簡単に口にするつもりはない。

「さぁ、どうでしょう。姉上はあの通りの性格ですから」

「でも、あいつを引っ張り出したのはそもそもそれが目的なんだろう?」

「上手くいけばその辺の話もまとまるかもしれないと期待していただけですよ。私も父上も、取り敢えず姉上に外の世界に出て頂ければそれで目標は達成できたと思ってますから」

「よく言う」

 リーンハルトはくつくつと笑う。

「そちらこそ、どうなんですか? 姉上がソレイユの人間に嫁ぐのは、随分都合が悪いのでしょう?」

 核心を突いた問いを投げかければ、リーンハルトは不機嫌そうに目を細めてレイを見た。

「まぁな。そもそもオルガ様が嫁いだのだって、役目を継がない王女を産んでもらうためだからな。あいつには、フェガロ家と縁続きの家に嫁いでもらう」

「フェガロ家にそこまでの権限はありませんよ」

「でも実際、王家が用意した相手とうちが用意した相手、あいつはどっちを選ぶと思う?」

「どちらも選ばないでしょう。そもそも政略結婚自体を嫌っていますから」

「違うな」

 リーンハルトはそう言い切った。

「どうしても選ばざるを得ない状況に追い込まれたなら、あいつはうちが用意した相手を選ぶ」

 どこから来る自信か分からないが、不快感が増してレイは眉を顰めた。

「何を根拠にそんな……」

「何を根拠にって、ああ、まだ知らないんだったな」

 勿体ぶった言い方が鼻につくが、やはりフェガロ家は自分が知らない何かを把握しているのだと、レイは確信を持つ。

「ここで言えと命じても言わないのでしょうね」

「ああ。俺はいずれ殿下の臣下になるし、もう既にそのつもりだが、流石に家は裏切れない。フェガロ領にはあいつの力が必要だ。他の貴族になんかやらねぇよ」

「そうは言っても、最終的な決定権を持っているのは私達ですよ」

 その事実は決して覆らない。レイはそう信じているが、リーンハルトは可笑しそうに笑う。

「殿下は分かってないなぁ。いくら外戚って言ったって、普通ならこんなに干渉できるわけないだろ? 陛下が黙認してるからこんなことになってんだよ。あいつの嫁ぎ先だって、最終的には陛下が折れると思うぜ?」

 そこまで言い切れる何かが、父ローラントとフェガロ家の間にあるのだろう。

 レイが知っているのは、自身の姉があまり父と話したがらないということ、そして父が姉に対してあまり強く出ようとしないことくらいだ。

 しかし後者に関しては、母親であるオルガが早くに亡くなってしまったため、ローラントが気を遣っているのだろう。オルガが亡くなってしばらくしてからレイも再びニナと会うようになったが、ニナは全くの別人のようになってしまっていた。

 物静かで表情もほとんど変わらない。以前は、一緒に遊ぶ時などニナが率先してレイの手を引っ張っていたのに、その頃のニナはレイが手を引かなければその場から動こうともしなかった。

 母親を亡くしたショックからなのだと、レイは幼いながらにも何となく分かっていた。

 口数などは徐々に増えていったが、それこそ突然言葉遣いが変わるまではずっと似たような状態だった。

(父上の態度は理解できるとして、姉上の態度の理由は未だに分からない……)

 そこにある何かが、レイの知らない何かだ。だが――。

「そう簡単にはいかないと思いますよ」

 レイが進めようとしているのはクロードとの縁談だ。隣国の王子が相手となれば、父もおいそれとフェガロ家に譲歩したりはしないだろう。

「へぇ……殿下がそういうってことは、やっぱり向こうで何かあったんだな」

「それについては、私はまだ何も口にはしてませんよ」

「してなくても分かる。だってそうだろう? うちも殿下もあいつのことは大切に思ってるが、利用したいというのも本音の一つだ。王家の方があいつの使い道は多いだろうが、うちと揉めるくらいなら協力した方が得じゃねぇか。どっちも損はしない。けど、遠回しに突っぱねるってことは、うちとは協力できない方向――セレーネの外にやる可能性が高い、と」

 言葉選択を誤った、とレイは内心苦い顔をした。

 頭の回転が早いリーンハルトとの会話は嫌いではないのだが、この話題だけはしたくないと本当に思う。

「もう一度言いますが、そのことについては私は何も言っていませんよ。まぁ、貴方が憶測だけで侯爵に報告するというなら、それでも構いませんが」

 顔色を変えず淡々とそう告げたが、リーンハルトは面白そうに笑うだけだった。

「この件に関しちゃ、殿下は手札が少なすぎるんだよ。一度嫌われるの覚悟であいつに聞いてみたらどうだ?」

 そうすべきだとはレイも思ったが、返事は返さなかった。

「だが、一つだけ言っておく。いくらあいつを大切に思う気持ちがあっても、あいつを犠牲にして何かを成そうなんて思った時点で、そんなものはないも同然だ。俺らも、そっちも、あいつを大切にしてやろうなんて思っちゃいないんだよ。そんなのは自分の上っ面をよく見せるためのまがい物だ」

 自身の姉に対する思いを否定する言葉にレイの中で更に不快感が湧いた。そんなことはない、と思わず言い返しそうになったが、リーンハルトの言葉にも一理あるのは理解できる。

「それは、貴方もなのでしょう?」

 レイがそうであるならば、リーンハルトも同じだということだ。

 そう指摘すれば、リーンハルトは困ったように微笑う。

「そうなんだよ、残念ながら」

 その顔には、揶揄するような雰囲気も底意地の悪さもなかった。彼は、本当にそうなっている現状を心のどこかで苦々しく思っているのだろう。

(あぁ……)

 レイの中には、そのような感情は生まれていなかった。自身の感情を否定されたことに怒りそうにはなったが、姉に対して申し訳なさは感じていない。姉を道具のように使うことになっても致し方ない、ある意味当然のことだと考えている自分がいる。

 そう考える時点で、レイは本当の意味でニナの味方にはなれないのだろう。リーンハルトの言うことはほとんど当たっているし、リーンハルト自身もそれを理解した上で、ニナを利用する側に回っているのだ。

(姉上に甘い対応をするのは、罪悪感もあってのことかもしれませんね……)

「それで、わざわざそんな忠告をして、私にどうして欲しいんですか?」

「別に、殿下の好きにしたらいい。俺には俺の立場があるように、殿下にも殿下の立場がある。どうしろなんて思ってねぇし、言えねぇよ。ただ、殿下は優しいフリが得意だから、言ってみただけだ」

「そうですか」

 恐らく、何かしらの思惑があっての発言なのだろうが、リーンハルトが何も仄めかさないのであれば、レイもこれ以上追及するつもりはなかった。

「では、私はこれで」

 リーンハルトは最初と同じように畏まった挨拶をすると、踵を返して去っていった。

「優しいフリ、ですか……」

 確かにレイは貴族達相手に温厚な王子を演じることが多いが、身内であるニナ相手にそんな演技をしたことはない。抱く感情にしても、作り物だったことなどない。

 レイはここ数週間の出来事を思い返す。

 魔力を消耗しすぎて倒れた時の恐怖、目を覚ました時の安堵。あの時得た感情は、純粋に姉の身を案じた上でのものだった。

 それらまでが紛い物だとは思わないが、常に国益を考えてしまっている以上、リーンハルトが言うような一面は確かに存在している。ニナから見れば、自分の優しさなど、上辺だけのものにしか見えないに違いない。

 だがニナは、そんなことはとうに理解しているのだろう。どこか一線を引いて自分を見ているのは気のせいではない筈だ。

(それでも、大切に思っているのは本当なんですけどね……)

 心の中で呟いた言葉が、言い訳がましく聞こえて、レイは笑うしかなかった。


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