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更新が遅くなり、申し訳ありません。
前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。
翌日は午前中の内に書庫で必要になりそうな本をかき集めて、午後からリュカ達とお茶をすべく本館へと向かった。
リュカやナディアは異母姉の私にも本当に懐いてくれている。レイの方はたった一か月しか変わらないから、一応私を姉として扱っているといった感じだ。
それに跡継ぎのレイと違って、リュカやナディアとは何のしがらみもないから、私としても存分に可愛がることができる。
エリーズ様とも別に仲は悪くない。母もエリーズ様と不仲だったということはないし、エリーズ様は私にも優しくしてくれるけど、私が微妙な立場だからお互いに距離感を測りかねている感じだ。
父がそれをどう思っているのかは知らないけど、積極的に仲を取り持とうとすることもないから、現状このままでいいんだろう。
私はともかく、伯父やエリーズ様の実家のディークマイヤー侯爵家の方は色々と腹の中に抱えているようなので、自分から動いて藪蛇になるようなことは避けたい。
月に一度くらいは父に食事に呼ばれるけど、その時は父と私の二人だけだ。なのでエリーズ様と話すのは、リュカやナディアがお茶をしたいと言った時くらいだ。もっとも、大半はリュカやナディアがしゃべっているから、私とエリーズ様が会話するのはほんの少しだけど。
今日も、ソレイユでの生活はどうだったかと尋ねられて、二言三言返しただけだった。あとはリュカやナディアがあれこれと訊いてくるのに答えるだけで、あっという間に時間が過ぎていった。
そろそろお開きにしようということで、席を立って帰ろうとすると、ナディアが後を追ってきた。
「お姉様、お姉様」
「ナディア、どうかした?」
「あの……もう一つ、お聞きしたいことが……」
ナディアは少し視線を逸らしながら、ためらうように言った。
「うん、何?」
「お兄様には、訊くなと言われたのですが、ソレイユには素敵な殿方はいらっしゃいましたか?」
怖ず怖ずと、こちらを窺うように見上げてくるナディアに、私は何と返したらいいか少し悩んでしまった。
「えーと……いないと言ったら失礼になるから言えないというか、きっといるんだろうけど、ほら、私はレイの付き添いと勉強をしに行ってたから、ね……?」
「どなたともお話していないのですか?」
「全く話していないわけではないよ。ソレイユのことを聞いたり、魔法学のことを話したりはしたし」
「その方はどのような方なのですか?」
結構ぐいぐい来るな、と思いながら話したことのあるメンバーを思い浮かべる。
「え、えーと……レイがクロード殿下とよく一緒にいたから、クロード殿下とは結構話したかな。クロード殿下はナディアも会ったことがあるでしょう?」
偶にうちの式典に来てるらしいし。
「はい」
「あとは、クロード殿下の幼馴染の方にフェガロ家のことを訊かれたり、魔法学に詳しい方からアドバイスをもらったり、かな……」
「そうなのですか……では、恋は生まれなかったのですね……」
予想以上に落ち込むナディアに、私は小さく苦笑した。
「ナディアは、恋をしたい?」
「してみたいです……」
まだ十歳のナディアは、他の貴族と交流する機会も少ない。でも、結婚相手はナディアの関与しない場所で徐々に絞られつつある。
(恋、か……)
セシル王女の姿が脳裏をよぎった。
「ソレイユの王女様はね、恋をしてたよ」
「ほ、本当ですか?」
同じ立場の子が恋をしていると聞いて、ナディアは頬を上気させる。
「うん。恋をして、その人ともう少しで結ばれそうなところまで来てる」
魔力を失くしてしまったことで、話が止まってしまっているみたいだけど、セシル王女はまだ何も諦めていないし、クラウスさん自身も魔力の有無なんて関係ないと言ってるらしいから、きっと二人はいい結果にまとまるだろう。
「だから、ナディアが恋をしたいなら、私は応援するよ」
結婚相手は絞られてきているとはいっても、ただ身分と年齢と人柄から相応しい候補を挙げていっているだけだ。そこから先は、叔母の例から見ても、ナディアの意思が尊重されるだろう。というか、ナディアがこれから出会う人間は、そういった一定基準を満たした人間ばかりになるから、王家としては誰を選んでも構わないのだ。
寧ろ、選べる範囲が広いように見えて、選択権がないのは私の方だ。だから――。
「お姉様は……? お姉様は、恋をしないのですか?」
「私は、別にいいかな」
私は、恋よりも自由が欲しい。
自分の未来も気になるところだけど、今はもっと逼迫した事態がある。
別邸に戻ってから、私は書庫から持ってきた本を端から開いていった。
召喚の儀や召喚魔法、サモナーに関する情報がないか調べていくけれど、それらしい内容は載っていない。
召喚の儀自体は実際にあった儀式だから多少は書かれているけれど、召喚魔法やサモナーといった言葉は全く出てこないから、存在しないと考えていいかもしれない。
(でも、召喚されたって考えた方が自然なんだよなぁ)
ハーフや弱いダークウルフがいきなり強くなるわけないし、国境の外に巣があるだろうワイバーンがソレイユの王都まで飛んできてかつ結界の内側に侵入するというのも考え辛い話だ。
でも魔法学がそれほど進歩していないこの世界で、召喚魔法を開発できる人がいるとは思えない。テイマーなんかも存在しないから、魔物を使役だなんて発想すら生まれてこないだろう。魔物は、この世界の人間にとってはただただ脅威でしかない。
(不自然でも、方法がないんだから召喚の線は捨てた方がいいか……)
そうなると、自然に湧いたことになるけど――。
悶々と考えていると、部屋のドアがノックされた。
リディか世話係の誰かかと思ったけれど、ドアのところに立っていたのはレイだった。
「入っても宜しいですか?」
「うん、いいけど、何か用?」
「いえ、お茶会に混ぜて頂こうと思ったのですが、戻ったらもうお開きになっていましたので。――にしても、これはまた凄い量の本ですね……今度は何を調べてるんですか?」
レイは部屋の至る所に積んでいる本を見ながら呆れた顔をする。
「色々、かな。折角ずっと籠ってられるんだから、気になったことは全部調べておこうと思って」
何だかんだで、使い慣れた自分ちの書庫と部屋の方が作業がはかどるのだ。
レイは隠しもせずに溜め息を吐くと、私が今開いている本に目を留めた。
「それは……? 建国の王に関する本のようですが……」
「ああ、ソレイユで出たダークウルフとワイバーンが不自然に思えて。召喚の儀みたいに、離れたところにいる存在をその場に召喚できたら、あんな風に突然湧いて出ても不思議ではないかと思ったんだけど……」
「召喚の儀……また突飛なことを考えますね……それで? そういう可能性はありそうなんですか?」
「自然かどうかで考えるとその線が濃厚だけど、実際に方法がない以上、可能性としてはかなり低いだろうね。本にもそういった記述はなかったし」
「そうですか……」
レイも何やら考える素振りを見せながら頷く。頭が良いから、きっと私以上に色々なことを考えているのだろう。
「他の本は? こちらは治癒魔法関係のようですが」
「そっちはセシル王女の件で集めたやつ。向こうでも大体目は通したんだけど、もう一度見直そうと思って。まぁ、ソレイユの王宮でも調べ尽くされただろうから、新しい発見とかはないだろうけど、読んでる内に何か思い付くかもしれないから」
「なるほど」
レイはそう言うと、私の向かいのソファーに腰掛けた。長居するらしい。
私の部屋まで来るくらいだから、多少は時間に余裕があるんだろう。
「ソレイユでは、具体的にどんなことをしていたんですか? 治癒魔法を調べる手伝いとは聞きましたが……」
「最初は、セシル王女が調べようとしていた状態異常の治癒魔法を代わりに調べて、実際に使ってみた。高度なものは王宮の治癒師でも使えないだろうと思って」
「使ったんですか……どの程度試したのか分かりませんが、効果はなかったということですね?」
「うん、全部駄目だった。一応どれもちゃんと発動はしてたっぽいから、状態に合ってない治癒魔法なんだと思う」
「全部、ですか……?」
「そう、その本に載ってたのは全部。状態異常回復に特化したものだったから、普通の治癒魔法は載ってたなかったけど」
レイは、盛大に溜め息を吐いて頭を抱えた。
「よく王女だとバレませんでしたね……そんな高度な治癒魔法が使えるのは王家の人間くらいでしょうに……」
「治癒魔法に一番適性がある人なら王族以外でもいけると思うけど……」
基本的に適性があるのは女性で、貴族の女性は外で働いたりしないから治癒師になることがないだけだ。平民で魔力持ちの女性が治癒師に志願することもあるけど、流石にその辺だと魔力量も少ないから、高度な治癒魔法は使えない。
「セシル王女も特に疑ったりはしてなかったよ」
それよりも、魔力が戻るかどうかが気になっていただけかもしれないけど。
「まぁ、とにかく、本に載ってたものはどれも効かなかったから、試しに直接魔力を送り込んでみたんだ」
「直接、送り込む……?」
レイは眉をひそめる。あまり一般的な魔力の使い方ではないから、想像が付かないんだろう。
「支援魔法の適正がないと使えないんだけど、相手の身体に直接触れて魔力を流し込む方法。元は魔力を上手く感知できない子とかにする荒療治のようなものらしいんだけど、魔力を流し込むことで流し込まれた方の魔力も刺激されて一時的に増幅するって古い本に書かれててね。魔力を送り込む方法は、魔石とか塔の核に送り込む方法と同じらしいから試しにやってみた」
前世の記憶がなければ到底思い付かなかったと私も思う。
「で、試してみた結果、ここからが問題。セシル王女の身体は魔力を生み出せなくなったわけじゃない。でも彼女の中の魔力は空っぽ。魔力が作られてもすぐにどこかに行ってしまう。そして送り込んだ私の魔力も一緒に消える」
「身体の外に漏れ出ているわけではないですよね……?」
「うん、それもない。身体の外に出て行っているなら分かる」
「何らかの魔法が発動している可能性……いや、それもこちらで分かるはず……」
レイは口元に手を当てながらぶつぶつと呟く。
流石に頭がいいだけあって、次々に色々な可能性を思い浮かべてるみたいだけど、レイでもこの事態の原因はすぐには思い付かないらしい。
「私も、原因はいくつか考えてみたんだ。病気や呪いの類はもう否定されているから、魔力を吸い取ってしまう魔物に攻撃されてる可能性とか、そういった魔法が使える人間がいる可能性とか。でも、結界内にそんな魔物がいるとは考えられないし、というか、そもそもそんな魔物が存在するかも分からないし、攻撃魔法にしても、そんな特殊な魔法があるかどうかも分からない。それでこの本の山、というわけ」
「魔力を吸い取る魔物や攻撃魔法ですか……そんなものは私も聞いたことがありませんね……」
やっぱりない線の方が有力なようだ。
「相変わらず、どこからそんな発想が出てくるんですか?」
「さぁ、どこだろうね……」
前世の知識の賜物です、なんて言えるわけがない。
でも、今のところ、ほとんどと言っていいほど活かせてない。色々考えてみてはいるけど、当たりが出ないならこんな知識は役に立っていないのと同じだ。
「でも、レイにも分からないんだったら、もう一回片っ端から調べるしかないか……」
「私も少し手伝いますよ」
「忙しいだろうからレイはいいよ、って言いたいところだけど、私はレイほど頭良くないから、お願いする」
「ええ、そうして下さい」
そう言って、お互いに手近にあった本を取った。
一緒に何かをするというのはいつぶりだろうか。昔は定期的にこんな時間があったけれど、なくなって随分経つ気がする。
(ソレイユでも慣れてくると結局ばらばらで過ごしてたからな……)
学園では一緒にいることが多かったけど、私は“ローザ”だったから、セレーネで過ごす時のようにはいかなかったし。
少し目を細めて、本のページを捲るレイを眺める。
色々としがらみはあるけれど、やっぱりレイも可愛い弟だと思う。




