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前話までにブクマ・評価・感想を下さった皆様、ありがとうございます。

 太陽の塔は、無事ソレイユ王の姉君――アデール様の力により魔力が補給された。ただ、まだ本調子でなかったアデール様は魔力を補給した後、再び倒れてしまったそうだ。

 アデール様については、しばらく休養を取って頂くしかない。病や怪我でないなら、治癒魔法は効かない。

 そちらも気になるところだけど、もっと気になるのは、アデール様が向かった時点で太陽の塔の核の魔力が半分以上残っていたという点だ。ワイバーンのような魔物が王都に出たのだから、塔の魔力が枯渇していてもおかしくないというのに。

(まぁ、確かに、魔力が減っているなら、その前に塔の様子を見た時に分かってるか……)

 セレーネもそうだけど、ソレイユでも週に一回塔の様子を見に行っているそうだ。結界は常時発動しているとはいえ、使用される魔力量が変化することはないから、短期間で急激に減少することはない。

(なんか、噛み合ってないよな……)

 全部単独で成り立つ現象なら何も不思議なことはないんだけど、関連し合ってるはずの現象が相関していないというのはおかしい。

(ワイバーンが結界内に……召喚魔法でもあれば可能だけど、その手の魔法は聞かないし……)

 遥か昔には召喚の儀というのがあったらしいけど、あれは始まりの泉で行われていた儀式で、喚べるのは精霊とか聖獣だったという話だ。恐らく泉の魔力が関係しているんだろうけど、離れた場所にしかも魔物を喚べるのかと考えると首を傾げざるを得ない。そもそも、あそこは警備も厳重だから王族以外は簡単に入れないだろうし。

 黙々と考えていると、浮かない顔になっていたのか、レイが心配そうに声を掛けてきた。

「まだ体調が優れませんか?」

「え、いや――、失礼、そんなことはありませんよ」

 馬車の中ということで、うっかり口調が戻りかけたけど、ここはまだソレイユ国内だ。気を付けなければ。

「昨日もそう言って甘く見ていたでしょう。かなりの魔力を使ったのですから、しばらくは無理しないよう」

「わ、分かっております……」

 あの日、一晩ぐっすり寝て体力が大分回復した私は、自分の火傷を治した後、護衛達の怪我を治して回ったのだけれど、自分が思っているほど回復してはいなかったらしく、眩暈を起こして再び倒れるという失態を犯してしまった。

 軽い貧血みたいな感じだったんだけど、その場をしっかりレイに見られてしまい、目を覚ましてから三十分くらい説教を食らった。悪いのは私なので、大人しく聞いたけど。

 レイは帰国の日を一日延ばそうかと言ってきたけど、そうなるとまた色々と面倒だし、どうせ私は馬車に乗ってるだけだからと、予定通りにサンティエを出てきたのだ。

(あ、そうだ、あの話をしないといけないんだった……)

 出発直前にフィオレさんから手紙を貰ったのだ。セシル王女からの返事だったのだけれど、レイと二人きりにならないと話ができないから後回しにしていた。

「殿下、一つお話ししなければならないことを忘れておりました」

「何ですか?」

「以前、殿下がお尋ねになられた、私がある方と内密にやり取りをしている件です」

 レイはすっと目を細めると、何も言わず視線だけで続きを促す。

「相手の方に話すを許可を頂きました。――相手は、セシル王女です」

「やはり、そうでしたか」

 既にバレていたのだから、レイも驚きはしない。

「セシル王女の状態を知っていて、かつやり取りをしているということは、本人と会いましたか。侯爵令嬢として振舞っている貴女が王宮に入れるはずもありませんから、セシル王女が王宮の外に出ていた、といったところでしょうか?」

「ええ……学園の図書館でお会いしました」

「ああ、あの時ですか」

 私が知っていると推測した時点で色々考えていたんだろう。一つ一つ説明しなくていいのは楽だけど、察しが良すぎて怖くなる。

「それで、協力とは具体的には何を?」

「セシル王女がどうにか魔力を取り戻せないか、協力しております。元々は、セシル王女が治癒魔法を調べに図書館に来られていたので、その手伝いを」

「なるほど。それがあのいくつもの治癒魔法の本だったと」

 レイは軽く溜め息を吐いて手を組んだ。

「もっと早く言ってほしかったところですが、それはまぁ、仕方がないのでしょう。おいそれと口にできることではありませんし。ろくでもないことをしているわけではないので、良しとしましょう。今後も協力を続けるのですか?」

「もちろん、そのつもりです」

 彼女が魔力を取り戻さなければ、根本的な解決にはならないのだ。

 ゲームの中では語られていなかった部分だから、どうにかなるだろう、なんて楽観視はできない。

 もっとも、ワイバーンなんて想定外の魔物が出た時点で、ゲームの知識が必ずしも当てになるわけではないと分かってしまったけれど。

「貴女にも色々と思うところがあるようなので止めはしません。ですが、何か問題が起きた時はすぐに報告して下さい」

「分かりました」

 しっかりと頷くと、レイは心なしかほっとしたような表情を見せた。

(これからは、分かっているシナリオにも気を付けないといけないな……)

 結界が維持されるかどうかも絶対ではなくなってしまったし、“ローザ・フェガロ”が持っているフラグもカンザキさんと距離を置くだけではなくならない可能性が出てきた。

(他のフラグもどうにかしたいところだけど、“ローザ”は下手すると罰を受けるからなぁ)

 罰の内容も語られていない部分だから詳細は分からないけど、分からないからこそ最悪の未来も想定しておかないといけない。



 始まりの泉があるイニティウムを経てセレーネに入ってからも、道中で魔物に遭遇することはなかった。

 ソレイユの王都サンティエ近郊で魔物が多数目撃されたのが逆に不自然なくらいだ。

 あの時出てきたダークウルフは、強さで言うと結界外の魔物並みという話だったから、数がいきなり増えたことも考慮すると、ワイバーンも含めて本当に結界の外から来たんじゃないかと思えてくる。

(召喚……元からサモナーとかがいる世界なら全然不自然じゃなくなるけど……)

 ただ、この世界では魔法がそんなにありふれているわけじゃない。セレーネやソレイユは王家や貴族しか魔力を持っていないし、それ以外の国も極一部の人間しか持っていないと聞く。他の国の情報は少ないけど、サモナーのような存在は聞いたことがない。

(一応、帰ったら他国の本も調べてみるか……数はそんなにないけど、あるにはあるし……)

 ただ、古い物が多いし、魔法関連となると更に絞られてくるから、欲しい情報が手に入るかは難しいところだ。

(セレーネの交易相手なんて、基本的にソレイユだけだからな……)

 一応北東にある国とも交易はあるけど、結界の外には色んな魔物が生息している。交易をしようと思えば護衛に軍から兵を割かないといけないから、回数としてはかなり少なくなる。軍は基本的に魔物の討伐や防衛で手一杯だ。

(ああ、もしかしたら伯父上とかが詳しかったりするかも……)

 フェガロ領はセレーネの北端にある領だ。北東の国から入ってくるものの半分はフェガロ領を通るから、他国のことについても詳しいかもしれない。

 エマを連れているから私は直接王宮に帰るのではなく、一度王都のフェガロ邸に寄ることになっているから、その時に会えたら少し聞いてみよう。


 セレーネの王都は正に平和そのものだった。サンティエはあんな状態だったけど、ここまで話が届くにはそれなりの時間がいる。

 ソレイユ側も、魔物が増えたなんて話が広まるのは良しとしないだろうから、セレーネの王都の住民はまだ何も知らないだろうし、もしかしたら今後知ること自体ないかもしれない。

 王宮の前でレイと別れ、私はそのまま馬車に乗ってフェガロ邸へと向かった。

 フェガロ邸で出迎えてくれた人々が皆、きちんと私をローザとして扱うのにはちょっと感心した。本当に教育が行き届いていると思う。

「エマ、ソレイユの王都で聞いた話は、あまり他の人に言わないようにね。伯父上とかくらいだったらいいかもしれないけど、変に話が広まると騒ぎになるだろうから」

 エマにそう耳打ちして確認してから、フェガロ邸へと入る。

 中で待っていたのは、従弟のリーンハルトだった。

「よぉ、久しぶり」

「リーン、久しぶりね」

「疲れただろ? あっちに茶を用意してるが、飲むか?」

「ええ、頂くわ」

 にこりと微笑ってそう言うと、リーンは一瞬微妙な顔をしてから客間へと促す。

「エマ、ここまでありがとう。今日はゆっくり休んでね」

「はい、勿体ないお言葉、ありがとうございます」

 エマは故郷がフェガロ領らしく、今日一日ここで休んだらフェガロ領に帰るらしい。移動続きで大変だろうけど、慣れない邸よりも実家の方がゆっくりできるだろう。

 十月からまたよろしく、とエマに伝えて、リーンと一緒に客間へ向かう。

「お前、そうしてると本当に侯爵令嬢に見えるな……」

「まぁ、それなら良かったですわ」

「……その話し方、もうやめねぇ? うちの人間はお前が誰かなんて全員知ってるし」

 落ち着かない、と言わんばかりにリーンは腕をさすって身じろぎをする。

「リーンがそう言うならやめるけど、レイには言わないでね?」

「言わねぇよ。つーか、ソレイユじゃねぇんだから、普通にやめていいんじゃねぇの?」

「エマがいる間はローザの方がいいと思ってやってたんだけど?」

「あー、そうか……エマか……」

 エマには何も伝えていないことを忘れていたらしい。

「ま、もう使用人の部屋に退がっただろうし、ここには今俺しかいないからいいだろ。――さ、どうぞ、王女様」

「ありがとう」

 王女様なんて呼び方をするから、他にも誰かいるのかと思ったけれど、客間には誰もおらず、ただお茶とお菓子の準備がしてあるだけだった。

「なんで“王女様”?」

 二人きりの時には畏まらない。幼い頃、私がカードゲームに勝った時にそう決めた。他の人が知ったら無礼だと非難するのだろうけど、前世の記憶を思い出してからどうしても普通に話せる相手が欲しくて少し駄々をこねたのだ。

「一応、一回くらいはちゃんと王女として対応しないとな。俺なりのケジメ。父上には言ってるが、あんまりいい顔されないんだよ」

 伯父は結構厳格な人だ。フェガロ家の面々の話を聞くと祖父の方がもっと厳しい人だったらしいけど、伯父も決して甘い人ではない。私と同い年ということで、他の従兄弟に比べてリーンとはよく会う方だけど、色々と言われているのだろう。

「あー、うん、ごめん……」

「気にすんなって。分かってて勝負に乗ったのは俺だからな」

「ありがとう……」

 フェガロ家の人々は基本的に皆私を大切にしてくれるけど、私が一番甘えてるのはリーンなのかもしれない。

 人払いをしてあるから、リーンの分までお茶を注いで、テーブルに置く。

「そういえば、伯父上はいらっしゃらないの? ちょっと聞きたいことがあったんだけど……」

「今はいねぇよ。帰ってくるのも遅いだろうな。ソレイユの王都付近で魔物が出たんだろ? それ関係で今動いてる」

 流石に軍務大臣を務める伯父には話が行っているらしい。

「この辺でも魔物が出たの?」

「いや、そんな話は聞かない。まぁ、いないわけじゃねぇから近郊の町や村には偶に出てるんだろうが、増えたとかいう話は聞いてねぇな」

「そう……」

「向こうはそんなに酷いのか?」

「町や村の被害状況までは聞いてないけど、群の半数以上がダークウルフだったり、目撃される数自体が増えてたらしいよ……私達が王都を出る時には落ち着いてたみたいだけど……」

 討伐隊が編成されたという話だったから、彼らにほぼ狩られていたんだろう。

「まぁ、護衛のヴェルナーが結界内の魔物とは思えないくらい強いって言ってたし、ワイバーンも出るくらいだから異常事態ではあると――」

「はっ!? ワイバーン!?」

 驚きを露わにするリーンに、私も軽く動揺する。

「え、伯父上から話を聞いてるんじゃ……?」

「ソレイユの王都近郊に魔物が出たって話だけだ。ワイバーンが出たなんて話は聞いてない」

(まじか……)

 やってしまった。エマには他言しないようにとか言って、私がやらかしてしまっている。

「えーと、このことは、他の人には……」

「言うわけねぇだろ、そんな話。王都辺りにそんなのが出たなんて知れたら恐慌状態になるぞ」

(ですよね……)

「てか、ちょっと待て。護衛のヴェルナーってのはレイ殿下付きの近衛兵だろ? なんでそんなやつがダークウルフと戦う。ソレイユを出てくる時には落ち着いてたんだろ? ソレイユは殿下の護衛まで討伐に駆り出したのか?」

「いや、えっと、太陽の塔の調査にレイも行くことになって、それで……」

「なんで魔物が増えてる時にうちの殿下まで外に出すんだ!」

 なかなか痛いところを突かれた。

 緊急事態だし、結界に関することだからレイが動くのも当然だ、何よりゲームでそうなっていた、と私は考えてたんだけど、リーン達から見れば一国の王子を危険にさらしているようにしか見えないということだ。

「リーン、落ち着いて……塔の管理は王族の役目。太陽の塔も月の塔も仕組みは変わらないんだから、レイの知識が役に立つかもしれないでしょう? ソレイユだってこんなことになるなんて想像もつかなかったんだし、もしこれがセレーネで起きてその場にクロード王子がいたら、セレーネだってクロード王子に助力を求めるかもしれない」

 私の言葉で色々考えてくれたのか、リーンは渋々といった感じだけど、最終的には仕方ないと認めてくれた。

(これは、私も行ったなんて言わない方がいいな……)

 火に油を注ぎそうだし、私が同行することになった経緯については話せないから。

「えーと、そうえいば、リーンはフェガロ領には帰らないの?」

 どうにか話題を変えようと、そんなことを訊いてみる。伯父が大臣職にいる関係で、リーン達は基本的に王都に住んでるんだけど、社交時期以外にはフェガロ領に帰ったりもしている。

「兄上が今兵役であっちにいるからな。俺まで向こうに行くとこの邸が空になるから、今年は留守番。去年は母上が残ったんだが、ユーディットが今年は母上と帰ると言って聞かなくてな」

「あ、そうか。エーベルハルトは兵役中か。今年までだっけ?」

「ああ。でも、もう一年向こうに残るだろうな。ディートフリート叔父が鍛えてやるって張り切ってるし、王都に戦力置いてても仕方ない。俺が再来年向こうに行く時に入れ替わりになるんじゃないか?」

「そっか……」

 リーンは次男だ。学園を卒業するまでは基本的に王都にいるだろうけど、卒業すればフェガロ領に戻って軍に入るのだろう。

 フェガロ領の国境付近は寒冷地だ。土地は痩せてて耕作には向いてないし、北へ行けば行くほど木々の実りも乏しい。その分宝石や鉱石が採れるのだけれど、動物や魔物にとっては何の腹の足しにもならない。

 だから、冬になると北にある雪山から飢えて獰猛になった魔物が下りてきて国境付近の村や町を襲う。結界があるといっても、魔物も生きるか死ぬかの瀬戸際だから、多少リスクがあっても人里まで下りてくるのだ。

 そういった魔物は普通の魔物よりも手強い。フェガロ領の防衛が一番過酷だと言われる所以だ。

「ねぇ、リーン。アミュレットに使う核をいくらか融通して欲しんだけど、お願いできる?」

「多分できると思うが、付加魔法は三年になってからだろ? それにお前、来年までソレイユの学園に通うんじゃねぇの?」

「何もなければそうなると思うけど、付加魔法は独学で少し使えるようになったから、こっちにいる間に練習したいの。自分で核を探すの結構大変だし、石だけ欲しいからフェガロ領で採れたものを少し回してもらえないかと思って。もちろん、作ったものは全部フェガロ家にあげる。まぁ、まだ試験で合格貰ったわけじゃないから、質的な部分は分からないけど」

 ちゃんと機能はしているらしいというのは、ヴォルフやヴェルナーに確認済みだ。あとは効果の程度が分かればいいんだけど、こればかりはしばらく使ってみないと判断しにくいとのことだ。

「その辺は研究者に確認してから使うが……相変わらず、よくやるよな……ま、そういうことなら父上も反対しないだろう。話しておく」

「ありがとう。あ、あと、聞きたいことがあるって伝えておいて? 今日はもう会えないみたいだから」

「分かった。まぁ、多分何も言わなくても一度はお前の様子を見に行くと思うけどな」

 色々と理由はあるんだろうけど、一番私を気に掛けてくれているのは伯父だ。多忙な人だから会って話すのはリーンの方が多いけど、私が前世の記憶を思い出す前からずっと“(ニナ)”を支えてくれた人だ。

 伯父に会えると聞くと無条件にほっとしてしまうのは、私の中にいる“私”が反応するからだろう。

「そう、良かった。伯父上によろしく言っておいて」

「ああ」

「そろそろ帰るよ。お茶、ありがとう」

「どういたしまして」

 目的の一つは達成できなかったけど、リーンに見送られながら私はフェガロ邸を出て王宮に戻った。


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