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前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。

 ワイバーンが下降してくるのが見えて我に返った。

 逃げなければ、と覆いかぶさるヴェルナーの身体を力任せに退かして周りを見渡す。後方にいた面々は直撃は免れたけど、皆誰かを抱えて逃げれるような状態ではない。

 私を庇ったヴェルナーも、防具に覆われていない部分の衣服が焼け焦げて火傷を負っていた。

「ヴェルナー! 分かる!?」

 治癒魔法を使いながら呼びかければ、呻くような声がヴェルナーの口から洩れる。

「ローザ様、お逃げ下さい……」

「そんなことできるわけないでしょう!」

 全員逃げれる状態ならとっくに私も逃げている。こんな状態で置いていけるわけがないし、何より前の方にはまだレイ達が残っているのだ。

(お願い、無事でいて……!)

 ヴォルフ達がきっと守ってくれたはずだと信じているけど、この威力では怪我をしていてもおかしくない。

 それに、こっちに降りてきているということは、ワイバーンはまだやる気なんだろう。

「ヴェルナー、殿下を――」

 目についた火傷を治して、そう言いかけた時、再びワイバーンの魔力が膨らんだのが分かった。

(来る……!)

 風よ、と防御魔法を使おうとしたけれど、前を見れば炎の壁が立ち昇っていた。

(あれは――)

 クラウスさんだ、と後ろ姿から認識した刹那、ワイバーンから飛んできた火球が炎の壁を突き抜けた。

(飲み込みきれなかった……!)

 威力は落ちているだろうけど、火球はそのままクラウスさんの身体を弾き飛ばす。炎に包まれる身体を見て息が詰まった。

「クラウスっ!」

 クロード王子の悲鳴が辺りに響く。

 治癒を、と思ったけれど、ワイバーンの周りの魔力がまだ収束していなかった。

 私は咄嗟に前へと走った。

 防ぎきれるかとか勝算とか、そんなことを考えている余裕なんてない。一撃目で前方にいた兵達はほとんどが負傷しているのだ。そんな状態で上級防御魔法を使えば、彼らの身体に響く。

「ローザ様……!」

「ヴェルナー、殿下を守れっ!」

 止めようと声を上げたヴェルナーに怒鳴り返す。いくら私の護衛役に指名されたとはいえ、ヴェルナーの本分はレイを守ることだ。

(最悪、レイとクロード王子さえ助かればいい……だけど……!)

 私だって、死にに行くつもりはない。

 魔力量は他の兵士に比べて多いのだ。それに、私は母の血を引いている。

(ここで防ぎきれなかったら、フェガロ家一の守り手と言われた母の名が廃る……!)

 大きく開かれたワイバーンの口の中に焔が見えた。

「風よ! 竜巻を……!」

 地面から荒れ狂う竜巻が巻き上がるのとワイバーンが火炎を吹くのはほぼ同時だった。

(っ、あっつ……!)

 炎を巻き上げるのには成功したけど、熱気までは風属性の魔法じゃどうにもできなかった。

「ローザっ!」

 レイが叫ぶ声が聞こえる。ちゃんと無事だったようだ。

「もう少し持たせられますか!?」

「持たせます……!」

 そう叫んだけど、既に結構魔力を消費している。

(それに、相性が悪い……!)

 風属性は元々火属性には弱いのだ。竜巻の勢いで炎を巻き上げてはいるけど、その内竜巻自体に炎が広がるだろう。

 しかも、一度巻き上げた炎が小さな火の粉になって降り注ぎ始めている。

(このままじゃ、火事になる……!)

「カミーユ! 何が一番最善だ!?」

 後ろでクロード王子が声を荒げている。

「火属性には水属性が一番です! レイ殿下が攻撃魔法を仕掛けた後、クロード殿下が火属性で牽制を! 私も援護します! ただ……」

「ただ、なんだ!?」

「レイ殿下の攻撃をワイバーンにまで届かせるには、一度ローザ様が防御魔法を解かないと……! 一点集中すれば突っ切れる可能性もありますが、威力が落ちてはワイバーンの攻撃を無効化できるかどうか……!」

「だが、そんなことをすればローザの身が……!」

 防御魔法を解いた時点で私は黒焦げだろう。

(そんなこと、分かってるっての……!)

 レイの攻撃魔法が届く直前で防御魔法を解ければいいけど、かなりの賭けになる。

「流石に、私もあれだけの防御魔法を突破できる自信はありません。ですが、他に方法がないのも確かです……」

「レイ、お前っ!」

 少しだけ後ろを振り返ればレイと目が合った。その両手の中には魔力で生み出した水の塊がある。

 私の方もそろそろ限界だ。息が上がっているだけでなく、眩暈もし始めている。

 四の五の言っている場合ではない。

 ――撃て。

 声を出さず、口だけでそう言った。

 背後でレイの魔力が更に膨れたのが分かった。

(集中しろ……!)

 私が早めに防御魔法を解くのが一番だけど、あまり早過ぎては火炎がレイ達まで届いてしまう。

 目を瞑って、ただ水属性の魔力にだけ意識を向ける。

(今だ!)

 背中に迫りくる魔力の塊を感じ取り、防御魔法を解く。

 途端に視界が炎で埋め尽くされ、反射的に腕で顔を覆った。

「ローザ!」

「殿下っ、いけません……!」

 クロード王子とカミーユ君の声が響く。その瞬間、横から衝撃を受けて、私は地面に倒れていた。

 何事かと目を開ければ、上に覆いかぶさるヴェルナーの姿があった。彼の背の向こうには防御魔法で作られた土の壁もある。

「防御魔法を解くのが早過ぎます……!」

「ヴェルナー……」

 レイを守ってとは言ったけど、正直どうやって自分の身を守ろうかと悩んでいたから助かった。

「ごめんなさい……ありがとう……」

 レイの攻撃でワイバーンの攻撃を相殺できたのか、辺りを包んでいた熱気はなくなり、水蒸気が煙のように立ち込めていた。

 ワイバーンは、とその姿を探せば、巨大な火球がワイバーンへと飛んでいくのが目に入った。まともに食らったワイバーンは、倒れこそしなかったものの、よろめきながら翼を振るって空へと逃げていった。

 助かった、と安堵の息を吐く。

 安心して気が抜けたのか、眩暈やら頭痛やらが激しくなる。

「立てますか……?」

 気持ちとしてはじっとしていたいところだけど、そうも言ってられない。

(クラウスさんが……)

 直撃を受けた彼の安否が心配だ。

 ヴェルナーに手を貸してもらいながら、何とか身体を起こす。想像以上に魔力を消費したのか、膝に力が入らず、まともに立つことさえできなかった。

「ここでお待ち下さい。他の者を呼んできます」

 一度その場に座らせようとするヴェルナーの服を掴んで、私は首を横に振る。

「クラウス・ルーデンドルフ様の、ところへ……治療を、しなければ……」

「ですが――」

「早く……!」

 彼は駄目だ。死なせてはいけない。彼は、セシル王女の大切な人なのだから。

 ただでさえ魔力を失くして苦しんでいるのに、更に大切な人を亡くすなど、これ以上彼女が苦しむようなことは起こって欲しくない。

 ヴェルナーは致し方ないといった様子で私をクラウスさんの所へ連れて行ってくれた。

 既にオリヴァーやソレイユの近衛兵が治療にあたっているけど、至る所にある火傷が治っていく様子はない。浅く上下する胸に、いつまで持つのかという不安がよぎる。

「マナミ、治癒魔法を……!」

 カミーユ君の声がする。

 そうだ、彼女がいるじゃないか、とゆっくりと辺りを見回せば、木の傍で震えている彼女の姿を見つけた。

「こんなの、知らない……こんな……こんなの、うそよ……」

「マナミ! お願いします!」

「いやっ、無理! 使えない……!」

 一瞬、魔力を消耗しすぎたのかと思ったけれど、彼女からはまだ魔力を感じ取ることができた。

 でも、精神的にとても魔法が使える状態とは言えない。

(あぁ、考えてる、場合じゃない……早く、しないと……)

 私はヴェルナーが支える手を離して、クラウスさんの方へと歩み寄る。

 二歩と進まない内に膝が折れたけど、彼の身体に触れられる位置まで来ていた。

「ローザ……?」

 誰かに呼ばれたけど、誰の声かも判断できなかった。

 眩暈や頭痛は酷くなる一方で、視界もだいぶ狭くなっている。

「ローザ、まさか……! やめなさいっ!」

(風よ……この者の火傷を癒せ……)

 クラウスさんの手に触れながら、風の精霊に呼びかける。

 残っていた魔力が一気に持っていかれたのが分かった後、視界が真っ暗になった。



 目を開けると、薄暗い部屋の中にいた。見慣れない天井だけど、微かに消毒液のにおいがするから、医務室か何かだろう。

 森の中ではないことに安堵しつつ、もう一度目を閉じようとすれば、「姉上……?」と傍からレイの声が聞こえた。

 レイ、とそう呼んだけど、声は思った以上に掠れていてほとんど音になっていなかった。

「待って下さい、今水を……」

 レイは近くにあったテーブルから水差しを取って、コップに注ぐと、私の身体を軽く起こして水を飲ませてくれる。

 喉はからからだったけど、水を一口飲み下すだけで疲れを感じてしまい、もういい、と首を横に振る。

「どこか、痛むところはありますか……?」

 横になっているからか眩暈はないけど、頭はまだ痛いし、手とか顔もひりひりしている。けれども、頭痛は魔力の消耗のし過ぎが原因だし、火傷も兵達に比べれば軽い方だろう。

「大丈夫……」

 そう言ったけれど、レイの顔には心配だという感情がありありと浮かんでいた。

「姉上……」

 再びレイの口から出たその呼び方に私は小さく苦笑する。さっきのはうっかりかと思ったけど、今は姉と弟に戻っていいということなんだろう。

(他に誰もいないみたいだし、いいか……)

 私は手を伸ばしてレイの頭を撫でる。

「心配かけて、ごめん……」

「まったくです……ですが、姉上が治癒魔法を使わなければクラウス・ルーデンドルフは助かりませんでした……」

「そう……」

 治癒できたかどうかを最後まで見れなかったから少し気にかかっていたけど、ちゃんと助けられたらしい。

「あの後、大丈夫だった……? 他に魔物が出たりとか……」

「ええ、あの後は特に何も。王宮からもワイバーンの襲撃が見えたそうで、増援が来ましたし」

「じゃあ、太陽の塔は……」

「負傷者が多かったのですぐに引き返しました。態勢を整えて、明日にでもまた向かうそうです。ワイバーンが現れた以上、放置するわけにはいきませんから」

「明日……」

 それまでに私は回復しているだろうか。

「姉上は同行する必要はありませんので、ご安心下さい。私も明日は同行しません。急ぎセレーネに帰って報告しなければなりませんので」

「え……でも、じゃあ、誰が魔力の補充を……?」

「私達が向かっている間に、ソレイユ王の姉君が目を覚まされたそうです。身体の不調は気になるところですが、もし無理な場合はマナミ・カンザキが同行することになっています」

「そうなんだ……」

 現王の姉君の方も心配だけど、ワイバーンの出現に怯えていたカンザキさんの方も少し気になる。

(ゲームじゃ、ワイバーンなんて出なかったもんな……)

 しかもゲーム画面に出るのと生身で遭遇するのとではわけが違う。

 私も、今思い返すと身体がぞくりと震える。

 あの時は考えるよりも先に身体が動いたから前に出れたけど、色々考えていたら逆に身体が言うことを聞かなかっただろう。

 軽く震えそうになる手を握りしめていると、レイの手がやんわりと上に重ねられた。

「姉上……包帯を、新しいものに変えましょう……」

 どこか言葉を選ぶように言ったレイに、きっと言いたいことは別のことなんだろうな、と察しながら首を横に振る。

「このままでいいよ。もう少し魔力が回復したら自分で治すから。それ、ソレイユの薬なんでしょう? だったら、返しておいで。まだ治療が必要な人が残ってるだろうから」

 オリヴァーとかの治癒魔法が使える兵士がいても、全員の治療は流石に厳しい。王宮には治癒師がいるけど、治癒師は基本的に王族の治療しかしない。治癒魔法による治療をするなら、将兵は基本的に治癒院に行かないといけない。

(カンザキさんが協力してくれたらいいんだけど、あの様子だと難しいだろうな……)

「うちの護衛兵の皆は大丈夫? 一晩寝たらもうちょっと回復すると思うから、まだ治ってない人がいたら明日治すよ。すぐにセレーネに戻るなら、怪我したままはきついだろうし」

 私は基本馬車の中だし、火傷自体はそんなに重くないから後回しでもいい。

 そんなことを言っていると、レイが苦しげに顔を歪め、懺悔するかのように項垂れた。

「こんなつもりでは、なかったんです……姉上に怪我をさせるために、ここまで連れてきたわけでは……申し訳ありません……」

「ソレイユの依頼を受けて同行を決めたのは私だし、自分で防ごうと魔法を使ったのも私。むしろ、私がいて良かったでしょう? レイは引き籠もりの私をどうにかしたくて連れてきたんだろうけど、私は、付き人としてレイを守るためにここまで来たと思ってる。だから、これは当然のこと。行く前にも言ったでしょう? 私とレイなら、優先すべきはレイの方。レイが負い目を感じる必要はない。父上にも、報告しなくていいから」

「そういうわけにはいきません」

「レイ……ねぇ、本当に誰も死ななくて済んだんだからさ、これで良かったんだって納得してよ……ワイバーンが出るなんて、誰も想像できなかったんだから……」

 レイからすれば納得できないなんて分かっている。逆の立場だったら、私だって納得できない。でも、私にはそう言うしかないのだ。

「ですが……」

 渋るレイの手を握れば、両手で握り返された。

「姉上が倒れた時、オルガ様の姿が重なりました……」

(え……)

「まだ幼かったですが、フェガロ領から戻られた時に母上や皆と一緒に出迎えたんです……オルガ様は、馬車を降りて、一歩と歩くことすらままならず、倒れられて……酷く、顔色が悪かった……それが、私が見たオルガ様の最後の姿です……」

 あぁ、と私は心の中で呻いた。目を瞑れば、その時の情景がありありと目蓋の裏に映る。私も、その場にいたのだ。

 その後、母は療養という名目の元、部屋をあの別邸に移された。私もしばらくは会えなかったけど、寂しさのあまり人目を盗んで母の所に行き、他の者達に病をうつしてはならないからとそのままそこに留められた。

 その間、リュカを身籠っていたエリーズ様は見舞いには来れなかったし、レイも病がうつらないよう、別邸に近付くことを禁じられていた。見舞いに来た人間は、誰もいない。

 レイにしてみれば、私の母はそのまま亡くなったというイメージなのだろう。

 実際には、病そのものは治癒師が治していたけど、身体が弱り切っていて、治ってもまたすぐに病にかかるということを繰り返していた。そのまま少ない体力が更にじわじわと削られ、最後には流行り病で亡くなった。ある意味、衰弱死したようなものだ。

「レイ……こうやってしゃべってるんだから、母上とは違うって分かるでしょう? 私は、ちゃんと回復するから」

「ええ、そうですね……体力がちゃんと戻るまでは、無理をしないように……」

 レイは微笑っていたけれど、私の手を握りしめる手が少しだけ震えていた。

 ごめん、と心の中で呟きながら、レイの手を握り返す。

「もう少し、寝るね……」

「はい……私は、ヴォルフ達の様子を見てきます……」

「うん……」

 手を離したレイが部屋を出ていくのを見送って、私はゆっくりと目を閉じた。



     ◇



 兵舎の一角に設けられた医務室から出れば、入り口の脇に立っているクロードを見つけた。

「クロード」

「ローザの様子は、その、どうだ……?」

 どこか居心地が悪そうにしているクロードに、レイは気付かないふりをしながら笑みを浮かべる。

「先程目を覚ましたので、もう大丈夫でしょう。ただ、回復にはまだまだかかりそうなので、もう少し休むそうです」

「そ、そうか……怪我の具合が酷いなら、父上に治癒師の派遣許可を貰おうと思ったのだが……」

 レイが歩き出せば、クロードもそれについて来る。

「そこまでは必要ありませんよ。いくらか回復したら自分で治すと言っていましたから。薬も返して来いと言われてしまいましたし。そちらの近衛兵の様子はどうですか?」

「重傷者は治癒班に診せたから、とりあえずは問題ない。明日にでも治癒院の治癒師が来るから大丈夫だろう。一番重傷だったクラウスは、ローザがほとんど治してしまったからな。消耗が酷いからまだ眠っているが、その内目を覚ますだろう」

「それは良かった」

 一時は生存も危ぶまれたほどだ。ニナがあのような状態で治癒魔法を使った時にはレイの血の気が引いたが、結果としては二人とも生きているのだ。これで良かったと思うべきだろう。

「レイ……」

 クロードが不意に足を止め、レイも立ち止まって彼の方を振り返った。

「その、すまない……立ち聞きをするつもりはなかったんだが……」

 非常に言い辛そうな顔をしながら言うクロードに、レイは苦笑する。

 レイが部屋から出てきた時、クロードは入り口のすぐ傍にいたのだ。当然、それまでの中の会話は聞こえていただろう。

「構いませんよ。何となく気配がしたような気がしたのに、話をやめなかったのは私ですから」

 気配の主が誰かまでは分からなかったが、自分達の所にやって来るのは護衛の誰かかクロードだと踏んでいた。

「姉上のことも、もう分かったのでしょう?」

 どこかほっとした表情をしているクロードにそう問いかければ、クロードは途端に顔を顰めながらそっぽを向く。

「なにが、“彼女は私の姉ではありませんよ”、だ。やっぱりニナ王女だったじゃないか」

「すみません。でも、予定にない人物をいきなり連れてくるのはまずいでしょう? まさか、クロードが一度会っていたとは知りませんでしたし」

 ニナ本人は会っていないと言っているが、それは言わない方がいいだろう。

「本当、お前は……俺がどれだけ……!」

 色々と文句を言いたそうにしていたクロードだが、髪を乱雑に掻きむしると、吹っ切れたように顔を上げた。

「レイ、俺は、ニナ王女に婚姻を申し込みたい」

 熱情を秘めた真剣な目がレイを見つめる。

「セレーネにも色々と事情があるというのは分かっている。だが、どうしても諦めきれなかった。ただの憧れに過ぎない感情だったなら、ここまでは言わない。だが、ローザを――いや、ニナ王女を思うと、心が、求めてやまないんだ」

「私は、構いませんよ」

 レイは柔らかな笑みを浮かべて言った。

 彼の気持ちは、ずっと本人から聞かされてきた。

 国の発展を考えるなら、もっと最適な嫁ぎ先があるのは分かっているが、レイは何も利益ばかり考えているわけではない。相手を選ぶなら姉のことを想ってくれる人物がいいと思っているし、同時に姉が気を許せる人でなければならないと思っている。

 後者については悩ましいところだが、前者だけならクロードは申し分ない。

「少し偏屈なところがある人ですが、クロードがそれでも構わないのであれば」

「本当か?」

「ええ」

 レイは頷く。

 やや偏屈だといっても、それは相手次第だ。自分や特に父に対しては反発を見せることもあるが、リュカやナディアへの対応を見ていると、その片鱗は微塵も見えない。恐らく自分達は意に染まない婚姻を推し進める可能性があるからだろう。

(その割には、似たようなことを考えているフェガロ侯爵に対しては、少しも反発していないのが気になりますが……)

 何にせよ、ニナは気を許している相手には素直に好意を見せる。クロードがニナの気を惹けさえすれば、話はすんなりとまとまるだろう。

「その話はまたいずれ。しばらくは結界のことでセレーネも落ち着かないでしょうから」

「ああ、そうだな」

 問題はまだまだ山積みで、新たに深刻な問題も出てきている状況だが、一つの問題が良い方向へと動きそうな予感がして、レイはそっと安堵の息を吐いた。


当初想定していたよりも長くなっておりますが、ようやく一区切りつくところまで来れました。

これからもお付き合い下さると幸いです。

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