03
国境にあるこの町は単なる通過点で、朝になったらすぐにソレイユ国の王都へと出発するものだと思っていたけれど、午前中に例の始まりの塔を見に行くとのことだった。
そんなに長くはかからないと言うから、出発の準備をして待っていると言ったんだけど、「付き人が傍にいなくてどうするんですか」と言われ、付いてこざるを得なくなった。
(付き人が傍にいなくてとか言うけど、護衛とはまた別なんだから……)
レイの護衛は別にちゃんといるのだ。女の私が護衛の真似事をする必要はない。
私の役割は学園でのレイの身の回りの世話なのだから、こいうことにまで連れ回されると、必要以上にくっついていると思われてしまう。
(そういうところから“悪女”って誤解が生まれるとか……?)
太陽の塔に異変がある可能性が分かった今、そちらの問題にはあまり関わりたくない。
(手紙でも送って、もう一人付き人を用意してもらうか……学園内は基本的に学生しか入れないから、うちの学園に通ってる人間になるけど、今からやっぱりもう一人追加で、なんて言ったら心証が悪くなるか……)
レイに学園の外では護衛を連れ回すように言おうか、なんて一人で考えている内に始まりの塔に着いていたらしい。
厳重な警備の門を潜り、更にもう一つ門を潜る。こっちの門からは魔力を感じたから、何かしらの仕掛けが施してあるんだろう。
門を潜って、私は思わず足を止めた。
緑に囲まれた小さな白い塔、そしてそこから流れてくる小川。どこかの庭園のようなその風景は、ゲーム画面の背景の絵と全く同じだった。
「この空間全体が魔力で満ちているんですね」
レイが感心したように言う。
「ああ、内壁と内門の中に防御魔法の魔法陣が埋め込まれている。その影響だ」
「中に魔法陣が……」
「たとえ二国が滅んでもこの場所だけは残るようにだ」
話しながら塔の方へと向かう二人に気付いて、私も遅れないように後を追う。
(ここさえ残っていれば、また国を興せる、といったところかな……)
昔から不思議な泉とは言われているけれど、その効果は定まっていないらしい。建国の王二人は魔力を得、国を興すことができたけれど、この先の人々が同じように国を興せるかは分からない。ここの守りはそうあって欲しいという願いのもと作られたんだろう。
(太陽の塔に問題があったとしても、ゲームの流れ通りなら、ヒロインの力で結界は保たれる……)
ならばそれとは別のところで、ヒロインとレイ達が恋愛関係に発展しようと別に問題はない。私はライバル役の悪女と見られる可能性が大きいけれど、要は邪魔をしなければいいだけの話だ。
(攻略出来たらローザはどうなるんだっけ……)
幼馴染曰く、レイのルートは意外と攻略が難しく、最初は失敗してレイとローザは普通に留学期間を終えて国に帰ったと言っていた。
私にやってみてとゲーム機を渡してきた時も、確かまだ攻略できてなくて、横から色々とアドバイスを出しながら、二人で攻略したのだ。
(ローザは……確か、途中退場か……)
レイの傍にいるのは相応しくないとか、国の品位がとか色々言われて留学期間の途中でセレーネに帰った筈だ。帰ってからフェガロ家からそれなりの罰を与えられるだろうとか、ゲームの中のレイが言っていた気がする。
(罰、か……といっても私はフェガロ家の人間じゃないからなぁ……)
父である王から罰を受けるのだろうか。
(王女の身分剥奪とかなら願ったり叶ったりだけど、幽閉とか他国に差し出される人質とかだったら最悪だな……)
理想としては、太陽の塔の維持を見守り、何事もなく国に帰りたい。それから出奔計画を練って、地方の町とか村でのんびり暮らしたい。
もっとも、それはゲーム通りに進めばの話だ。ゲーム通りにならず、結界が保たれなかった場合は二国とも滅亡の道を辿りかねない。
(太陽の塔は、私でも魔力を込められるんだろうか……)
王女として、月の塔維持の役目を負う可能性もあるため、魔力を高める訓練や制御訓練は他の貴族よりもみっちりやらされている。元々、魔法なんて便利な力を磨かないなんて勿体ないと、前世を思い出してから一人で勉強していたから、教師曰く私には既に役目をこなすだけの力があるとのことだ。
現状としては、叔母上はまだまだ元気だし、正室から生まれたナディアがいるから、私に役目が回ってくる可能性はとても少ないんだけど。
(太陽と月ということは、属性が違うのかな……でも、この世界の魔力には太陽属性も月属性もないし……)
あるのは四大元素、火、風、水、土の四つの属性だ。RPGなんかではこれに光と闇がついたりすることもよくあるけど、この世界にはない。因みに私は風属性で、レイが水属性だ。
(叔母上も確か水属性だったか……でも、ナディアは土属性だな……特にどの属性はダメだとかは聞いたことないから、役目と属性は関係なさそうだな……)
ならば、その場しのぎに私が太陽の塔に魔力を込めることもできるということだ。
(ゲーム通りにならなかったらそれでもいいか……でも、大元の問題は解決してもらわないと、私がこの国から出られなくなる……)
「――ローザ、先程からやけに難しい顔をしてますが、どうかしましたか?」
レイに声を掛けられ、はっと顔を上げる。
クロード王子と話してたから一人で考え事をしていたけど、こっちの様子も窺っていたらしい。
「なんでもありませんわ、殿下。ただ少し、この塔の伝承を思い返してましたの」
にこりと笑みを浮かべて取り繕う。
「建国の王達は王となる前、この地で出逢ったとのこと。お二人のお姿を見ていると、当時もこのような光景があったのだろうかと思いまして」
適当に思いついたことをそれらしく言ってみると、レイとクロード王子は顔を見合わせてふっと微笑い合った。
「建国の王とまではいかないが、二人で協力して国を盛り立てていきたいとは思ってるな」
「そうですね。互いを支え合えるのも、他国にはない我々だけの強みですから、どこよりも豊かで強い国にしたいですね」
なんとも頼もしい王子達だ。この二人が国のことを思って動けば、今よりももっといい国になるのだろうと感じさせられる。
私も自分の国が嫌いなわけではないし、レイが王となる為に日々努力しているのも知っている。異母姉だけど、姉としてレイのことを応援したいと思う気持ちもある。けれども、側室から生まれた王女の価値なんて政略結婚の道具になることくらいだ。ただ有力者との結び付きを強めたいだけならまだマシだけど、話はそれだけに収まらないのが現状だ。他人に利用されるだけの人生を送るくらいなら、全てを捨てても平民になった方がいい。
偶に立ち止まって自分のやっていることを振り返ることもあるけど、私の考えは変わることはない。
「フェガロ嬢、貴女にも約束しよう。二国をより良い国にすると」
そう言ったクロード王子はあまりにも真っ直ぐで、私には眩しい存在だった。
「……ありがとうございます、クロード殿下」
(もったいない言葉……今のを聞いたのが、私でなければまだ良かっただろうに……)
少し離れたところにいる護衛の人達には聞こえただろうか、なんて考えながら、歩き出した二人の王子の後についていく。
二人が向かう先には白い塔がある。正面に扉のようなものは見えず、下の方がアーチ状にくり抜かれていて、そこから水が流れ出るという少し変わった作りだ。
近付いてみると、ちょうどアーチ状になっている上の部分が橋のようになっていて、向こう側にも行けるようになっていた。
数段の石段を上って、塔の中へと入る。ひんやりとした空気が肌を撫でた。
(ここ、すごい魔力……)
塔の外の比ではない。そしてその魔力の源は、こんこんと湧き出る泉だった。
泉の水は透明度が高くてとても綺麗だけど、これだけの魔力を感じさせられるととても飲もうという気にはなれない。
(よくこんなの飲んだな……)
二王とも、飲む前は魔力を持たなかったそうだから、分からなかったんだろうけど。
(それにしても……)
塔の中の光景も、ゲームで見た背景と同じだ。
二階建てくらいの吹き抜けの塔。塔の高いところには明り取り用の嵌め殺しの窓があって、そこから入ってくる光が、この空間をより神聖に見せている。
ここは、泉の力で異世界トリップをしてくるヒロインが最初に降り立つ場所だ。
そこにはちょうど、クロード王子とレイ王子がいて――。
不意に膨らんだ魔力にはっとしたのも束の間、泉が俄かに光り始めて眩しさに目を眇める。
(まさか……!)
「何だ、これは……!」
「泉の魔力……!?」
「殿下、お退がり下さい!」
護衛達がレイ達の前に出るのを見て、私もレイを庇うように前に出る。
その間にも泉は光り続け、やがて泉の上に薄っすらと人影が見え始めた。長い髪に、短めのスカート。そのシルエットだけでも、あの世界の女子学生だと分かる。
(本当に異世界トリップしてくるなんて……!)
魔力や魔法の存在は信じられても、異世界トリップなんて規模の大きいことはまだどこか空想の範囲内にあった。私みたいに一度死んで生まれ変わるならまだしも、生身なんて物理法則はどこに行ったんだと叫びたくなる。
人影が濃くなると共に、光は徐々に収束していった。ようやくまともに泉の状態が見れるようになり、周りがざわつき始める。
「人、か……?」
「女の子……」
「お二方とも、安全が確認できるまで近付かれませんよう」
目を瞑っていた少女が、ゆっくりと目を開く。その顔立ちからしても完璧に日本人だ。
「――え?」
彼女が軽く目を見開くと共に、膨らんでいた魔力が元の大きさへと収束する。そして――。
ドボン、と大きな音を立てて、少女は泉の中へと落ちた。
咄嗟に前に出ようとしたレイを引き留め、泉に駆け寄る。日本人は泳げる人間が多いけど、いきなり泉に落ちたらパニックになるかもしれない。
そう思ったけど、少女は混乱しつつも自力で泉の水面へと上がってきた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……なんとか……」
「こちらへ。この辺が上がりやすいと思います」
「あ、ありがとうございます……?」
怪訝そうな顔をしながら、こっちへと泳いできた少女へと手を差し出す。躊躇いがちに握られた手を強く握り返し、岸に上がるのを手伝った。
私が躊躇いなく手を貸したからか、うちの護衛も途中から手を貸してくれた。
少女が私の方を見る度に怪訝そうな顔をしていたのは気になったけど、その理由はレイとクロード王子がこっちに来て判明した。
「クロードとレイ……」
ぼそりと呟かれた言葉は私にしか聞こえなかっただろう。風属性の魔力を持つ人間は基本的に耳がいいのだ。
(やっぱり……)
「ローザ、大丈夫ですか?」
レイに声を掛けられ、私は立ち上がって軽く頭を下げる。
「はい、私は。ただ、彼女はこのように濡れてしまっているので、布と服を頂ければと思います」
「分かりました。すぐにでも」
「レイ、そっちは頼んだ。俺は父上に報告するため早馬を用意する」
「お願いします」
慌ただしく動き始めた二人を見送りながら、私は記憶の中のゲームの流れを掘り起こす。
(ここって確か、クロード王子とレイが落ちたヒロインを助けるんだっけ……)
乙女ゲーにありがちな展開だけど、護衛が二人の王子を不審者に近付けさせるわけがない。現実はそんなものだ。
今も、うちの護衛はレイについて行ったけど、代わりにクロード王子の護衛が二人ここに残ってくれているし。
そういえば、塔の中は意外と冷えるから寒くないだろうかと横で座り込んだままの少女に目を向けると、何やら手を口元に当てて考え込んでいた。
「……おかしい……どうみても……あの二人なのに……これ、あのゲームよね……なんで……じゃなくて、ローザなの……?」
ぼそぼそと呟く声が断片的に聞こえてくる。
この子はあのゲームをプレイしたことがある人間らしい。
(魔力も少し感じられるし、やっぱりゲーム通りに進む可能性が高いか……)
この子やレイ達の色恋云々はとりあえず置いておいて、しばらくは太陽の塔とソレイユ国の王女達の動向に注意しないといけない。
(私が王女のままだったら、それとなく色々聞き出せるんだろうけど……)
一介の侯爵令嬢じゃ、国の機密に関することは教えてもらえないだろう。
(レイを引き込むか……? どうしてそんなことを気にするのか、突っ込まれたら答え辛いものがあるけど……)
一番情報を引き出せるのはレイだ。ただ、レイもそれなりの理由がなければ協力してくれないだろう。
(正直に話してもどこまで信じてもらえるか……何か取っ掛かりになるようなことを見付けるか……いやでも、そもそも全部が全部ゲーム通りになるとは限らないし……)
というか、全部が全部ゲーム通りになるなら、私は何もしなくていい。どこまで同じになるか分からないから判断がつけられないのだ。
(やっぱり、しばらく様子見か……)
ソレイユ国の王都に着いたら翌日から学園の授業を受けることになっているけど、正直、それどころではないだろう。
(授業、サボったら怒られるよなぁ……情報収集したいんだけど……)
問題が山積み過ぎて、もう溜め息しか出てこない。