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前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。
王都近辺が異常事態に陥っているので、授業も当然中止になった。補講とかもないからこのまま夏休みということになるらしいけど、王都から出れる状態ではないからとりあえず待機といった感じだ。
(太陽の塔へは日帰りってことでいいんだよね……?)
ゲーム内では一泊する描写はなかったから、今日か明日にでもレイ達が向かって状況は改善されるだろう。
仮に失敗しても、ゲームの中ではまだ結界が保たれているという流れだった。事実、核の魔力は半分に減った時点で補充されるから、今回補充できなくてもまだ半分はあるということだ。ダークウルフなんかの魔物は多少増えても、結界がすぐに崩壊するということはないはずだ。
(でも、半分近くまで減ったせいで魔物が増えたのなら、そろそろ定期補充の時期だったということになるけど……)
現在役目を務めているソレイユ王の姉君はどうしているんだろうか。セシル王女に会った時、体調を崩しているとは聞いたけど、その後どうなったかは分からない。
(単なる風邪なら治癒魔法で治せるはずだけど……)
本人が魔法を使えない状態でも、周りに誰かしら治癒魔法が使える人がいるだろう。現王の姉君なら、王宮の治癒師を派遣してもいいのだし。
治癒魔法で治らないのであれば、セシル王女のような異常事態が起こっているか、身体そのものが弱っている――虚弱や衰弱だ。年齢は知らないけど、もしそうなら無理はさせられない。
(ゲームと違う部分は確かにあるけど、ついていくべきか、ここにいるべきか……)
ついていく場合、どう理由をつけるかも問題になってくる。
(回復役はいた方がいいけど、それはカンザキさんがいるし……戦闘に参加しないなら残るべきよだなぁ……)
防御魔法と治癒魔法は使えるけど、戦力としては数えられない。守る対象が少ない方が護衛も動きやすい。
ヴォルフを初めとした護衛兵全員には既に防御力を高めるアミュレットを渡している。レイの分もあるから、後で渡す予定だ。加えて、ヴォルフ達は元から持っている装備もあるから、命を落とすことまではないだろう。
と、色々考えていたけど、それは無駄になった。
クロード王子が来ていると使用人の一人から聞いて一階に降りてみれば、レイと一緒に太陽の塔の調査に同行して欲しいと言われた。
「私も、ですか……? レイ殿下が同行されるというのは分かりますが……」
何で私まで呼ばれるんだろうか。
(え、私、ライバル役だよね……? レイのルートでもローザがイベントに参加することなんてなかったはずだけど……)
何をどう間違ってそんな流れになったのかと考えていると、レイとクロード王子が何やらアイコンタクトを取っていた。
「ローザ、詳しい話をしますから、少し場所を変えますよ」
「分かりました……」
多分、セシル王女のこととか他には漏れてはいけない話をするのだろう。レイの部屋へと連れていかれ、部屋の中には私とレイ、クロード王子の三人だけとなった。
「ローザ、巻き込んでしまってすまない」
クロード王子は申し訳なさそうに言う。
「王都近辺の状況を考えると、塔の魔力が減っている可能性が高い。だから、本来ならば核に魔力を注ぐ役目を務めておられる伯母上に同行して頂くところなんだが、体調を崩されておいでだ」
「そう、なのですか……」
やはり、役目を務められる状態ではないようだ。
「伯母上が不調なのであれば、次に選ばれるのは俺の妹のセシルなのだが……セシルは、春先に魔力を失った。今もまだ、そのままの状態だ……」
クロード王子は苦しげに顔を歪める。セシル王女もずっと辛そうだったけれど、この人も妹のことで胸を痛めていたのだろう。
(本当なら、ここで驚くべきなんだろうけど……)
生憎と、既に知ってしまっているのに、そんなわざとらしい反応もできなかった。
今ここで、知っていたと言うべきか否か――。
(いや、でも、まだ手紙の返事が来てない……)
レイだけなら、誰にも言わないでと懇願すれば話が広がるのを防げるけど、ここにはクロード王子もいる。ここで言ったらそれだけでもうアウトだ。
「そのようなことが、起きているのですね……それで、他の者を連れて行かざるを得ないと……」
ちょっと待てよ。王女達の代わりで私が選ばれたって、それ、私がニナ・スキアーだとばらしたということだろうか。
ちらりとレイの方を窺ったけど、レイは特に表情を変えることなく話を聞いている。
「本当は、先王の弟である公爵家の女性に頼むところなんだが、役目を務められそうな女性はもう嫁いでしまっていてすぐには来れないんだ。だが、塔の魔力が減っているならすぐにでも補充する必要がある。学園の教師を呼んで強い魔力を持っている者を選んでもらったら、ローザの名前が挙がった」
「そ、そうなのですか……」
教師になると、やはりその辺が分かるんだろうか。この世界は魔力量を計測する術がまだ見出されていないから、全力を出し切る機会でもないとそういうのは分からないと思っていた。
「本来なら、ソレイユ国内の問題は俺達だけで解決すべきことだ。それは十分理解しているが、こういうことが今までに起こった例はない。できるだけ最善の手を打つためにも、ローザに協力して欲しいんだ。頼む……」
私が曖昧な態度を見せていたから、協力を躊躇っていると思われたのかもしれない。
「ソレイユで起こったことと言っても、結界に関わることであればそれはセレーネの問題でもあります。私はもちろん、ローザも協力を惜しんだりはしませんよ。そうでしょう、ローザ?」
「ええ、もちろんです。私でお役に立てるのであれば、喜んでご協力致します」
「そうか、よかった。助かる」
クロード王子はほっと息を吐く。まだ王子といっても、いずれこの国を背負う立場にいるのだ。今回の件は彼にとっても気を抜けない出来事なんだろう。
(まぁ、私やレイもそうなんだけど……)
私の場合は、まだ結界がすぐにどうこうなるわけじゃないと分かっているから、静観していられるようなものだ。
「ローザ、この件は他言無用です。決して口外はしないように」
「はい、心得ております」
「ところで、クロード、調査隊には他に誰が同行するのですか?」
(あ、そうだ、カンザキさん……)
学園の教師からは私の名前が挙がったということだけど、始まりの泉から現れた彼女は話題に上がらなかったんだろうか。
(結局、学園内ではカンザキさんが泉から現れた話は出回らなかったな……)
「護衛は近衛兵が務めるが、もちろんレイの護衛達にも同行してもらって構わない。あとは研究者が二名と、マナミ・カンザキの話も出ていたから彼女も同行するかもしれない。そうなると、カミーユも連れていく必要があるな」
カンザキさんも行くかもしれないと聞き、ほっとする。イレギュラーな参加者よりも正規のメンバーがいた方がシナリオ通りに進むだろう。結界の維持までは、ゲームのストーリーと同じように進んでもらった方が助かる。
「出立は?」
「準備が出来次第すぐにだ。できれば昼前には出発したい」
「分かりました。すぐに支度をさせます。ローザは……」
レイが私の恰好を上から下まで眺める。元々学園に行く予定だったから、当然、侯爵令嬢に相応しい恰好をしている。
「とりあえず、動きやすい服を借りてきます」
こんな格好では森に入れないなんて分かりきっているので、そう言ってさっさと部屋を出た。
最初は護衛の皆のところに行ったんだけど、一番背が低い人でも私と十センチは身長差があった。丈だけなら折り曲げたり紐で縛ったりすればいいんだけど、全体的にサイズが違うから諦めて同じ身長くらいの使用人を探した。
迎賓館の使用人は基本皆成人してるんだけど、庭師のお弟子さんはまだ子供で私よりちょっと背が低いくらいだった。
服を借りたいと言うと、慌てて手持ちの服の中で比較的綺麗なものを出してくれて、ちょっと申し訳なかった。
洗って返すつもりだけど、汚れが酷かった場合は新しいものを贈ろう、なんて考えながら身支度を整える。髪はローザの髪型だと邪魔になるから、久々にポニーテールにした。
特に防具とかを持っているわけではない私の準備なんてこんなものだ。早々に終わってレイのところに行けば、溜め息と胡乱げな視線をもらった。
「ご自分の服じゃないでしょうね……?」
「まさか。今回は持ってきてませんよ」
そんなことを疑っていたんだろうかと思っていると、じっと見られた後、また溜め息をもらった。
「……殿下、仰りたいことがあるのであればどうぞ仰って下さい」
「いえ、その格好の方が見慣れているという事実に悲しくなっただけです……」
ブーツの紐を結びながら言うレイに無言で返す。
そりゃすまんな、とは思ったけど、それを口にしようものなら小言が始まるから黙っておいた。
私が何も言わないから、レイも黙々と準備を進める。護衛のような金属の防具はなくても、革の防具は持ってきていたようだ。剣も何度か見かけたことのあるやつが傍に立て掛けてある。
「その剣、使われるんですか……?」
「念の為ですよ。近隣で魔物が増えているなら、森でも出る可能性が高いですから」
「魔物が出た時は、基本的にヴォルフ達に任せて下さいね」
「もちろん、そのつもりです。貴女も、軽はずみな行動は取らないように」
そんなことをするように見えるんだろうか。攻撃魔法も少ししか使えないんだから、端から戦闘に参加する気はない。
「そこまで無謀なつもりはないんですけど……」
「それは良かった」
レイが甲手を着けようとしているのを見て、立ち上がって手を貸す。
「先程――」
そんな声が聞こえてきて顔を上げる。
「セシル王女の話が出た時、驚いてませんでしたね」
にこりともしないその目は、確信に満ちているように見えた。
(やっぱバレるか……)
クロード王子はあまり気に留めてなかったみたいだけど、レイには丸分かりだったんだろう。
「既に知っていました、と言ったら?」
知ってたんだからしょうがない。あそこでセシル王女に遇うなんて思わないし、他人の魔力が感知できるから色々と分かってしまったのだ。
「……そうですか」
レイはただ一言そう言った。
頭の中では、これまでの私の言動と結び付けて、もう答えを出してしまっているんだろう。
「何かあれば私に言うように」
「分かりました」
一応頷いてみたけど、“何か”がどこまで含むのか、判断がし辛いところだ。
(とりあえず、セシル王女から手紙の返事が来るまでは、何も言わないようにしとくか……)
レイにはほとんどバレてしまったとはいえ、彼女の気持ちは尊重しないといけない。
「はい、できました」
もう片方の甲手の紐も縛り終え、レイの方も準備が終わった。
剣帯を腰のベルトに取り付けるのを眺めながら、本当に様になるよなぁと感心する。軽装備もいいところなのに、王子のオーラが見え隠れするから、やっぱりこういうのは本人の資質が大きいのだろう。
「ローザ? 行きますよ」
「はい……あ、殿下、その前に」
「何ですか?」
私はポケットから青い石のペンダントを取り出してレイの首に掛ける。ヴォルフ達のと一緒に作ったアミュレットだ。
「ちょっと邪魔になるかもしれませんけど、念の為に持っていて下さい」
「アミュレットですか」
「防御力を高める付加魔法をかけてます。性能については未検証なので、気休め程度に思って下さい」
本当に念の為だ。剣帯にぶら下がってる石もアミュレットみたいだから、何かあった時はそっちが本格的に仕事をしてくれるだろう。まだ付加魔法の合格はもらってないから、私のは使い物になるか分からないし。
「貴女の分は? それらしいものが見当たりませんが……」
「装飾品店で核にできるものを探すのって結構大変なんですよ? ヴォルフ達のと殿下の分を見つけるだけで精一杯でした」
「では、これは貴女が持っていて下さい」
そう言ってペンダントを外そうとするレイの手を押さえる。
「殿下。優先すべきは貴方と私、どちらですか?」
「……私、ですね」
レイは渋々といった様子で手を離した。
「ヴォルフ達の中の誰かが貴女の護衛につくはずです。決して、その者の傍を離れないように」
「了解です」
◇
(――やっと、ここまで来た……色々違ったけど、このイベントはちゃんと起きた……)
一番親しいカミーユの口からさえも王女の話を聞けないまま夏休みを迎えようとしていたが、ストーリー前半で重要な太陽の塔へ向かうイベントはシナリオ通り発生していた。
本日の授業が急遽中止となり、寮で待機するようにという教師の言葉通り寮で過ごしていたところに、王宮の使者を連れたカミーユがやって来たのだ。
内密の依頼があると言われ、二人を部屋に招き入れて聞けば、使者はゲームと全く同じ文言で、愛実に塔の核に魔力を籠める役割を務めて欲しいと言った。
愛実は一も二もなく頷いた。
夏休み前に攻略対象達の好感度を上げる最後のチャンスなのだ。
(クロードとレイは固定メンバーだから絶対いる。アルベルトとジェラルドは全然話せなかったからきっといないだろうけど、カミーユは一緒に来てくれるって言ったし……)
最大五名のパーティーで三名しかいないというのは不安だが、ソレイユの近衛兵が一緒に来てくれるという話だ。ダークウルフが出ても、愛実達が相手にする数は少ないだろう。
愛実は部屋に備え付けてあるドレッサーの前に立った。
自分と部屋の背景が映る鏡の右下に、“太陽と月のはざまで”のロゴマークが浮かんでいる。
この世界に来て数日後に見つけたものだ。鏡でも窓ガラスでも、自分が映る状態であれば、右下にこのロゴマークが浮かぶ。
最初はゲームのストーリー以外右も左も分からない状態で、何をどうしたらいいのかも分からなかったが、これを見つけてからはやるべきことが明らかになった。
愛実は鏡のロゴマークに触れる。
一瞬の内に、ゲーム画面と変わらないステータス画面が鏡に現れた。
(レベル十五……最大MPもクリアしてる……)
何度だってプレイしたゲームだ。攻略サイトにも何度も足を運んだ。今回のイベントを成功させられるステータスは予め把握済みだ。
(クロード達の怪我を治すのに使っていいMPは半分まで。残りは魔力の補充に取っておく……)
攻略対象の怪我を治すことで各キャラの好感度も上がるが、イベントを成功させた時のボーナスポイントが一番大きい。クロード達のHPが半分を切らない程度で治癒魔法を使い、回数を必要最低限に抑えればMPの温存ができる。あと、残り全部を魔力補充に使えば、このイベントは成功だ。
(自分以外のHPが見れないのは痛いけど……)
このステータス画面は愛実のデータしか表示されない。各キャラの好感度も確認できないし、キャラ達が鏡に映ってもロゴマークが出てくることはないため、彼らのステータスを確認することができないのだ。
(カミーユがいるから、防御はきっと任せて大丈夫なはず……私は治癒魔法に専念すればいい……)
これできっと行けるはずだ、と愛実は手を握りしめる。
「――愛実、準備はできましたか?」
ドアがノックされ、外で待っているカミーユに尋ねられる。
「う、うん! 今行く!」
一度目を離した鏡からはステータス画面が消えていた。不思議な現象だが、ゲームの世界だからそんなものなのだろうと愛実は納得している。
(えーと、持って行くもの……)
バッグの中にタオルと水の入った革袋、そして手鏡が入っていることを確認し、愛実は部屋を出た。
「カミーユ、ごめん! お待たせ!」
「もう大丈夫ですか?」
「うん!」
「では、行きましょう」
寮の裏口から外に出て、細い通路を行くカミーユの後ろをついていく。明確にどこに向かっているかは分からなかったが、やけに高い石塀に設けられた小さな木の扉を潜って、ここがどこなのか何となく分かった。
「カミーユ、ここって……」
「王宮の中ですよ。主に使用人が使う通路です。この先でクロード殿下と落ち合ってから太陽の塔に向かいます」
「一緒に行くのって、クロード殿下と近衛兵の人だけ……?」
「いえ、塔の調査なので研究者も同行しますよ。あと、レイ殿下もおられます」
(やっぱりクロードとレイの二人は揃ってるんだ!)
その二人のどちらかだけでも好感度を上げれば先が見えてくる。愛実は逸る胸を押さえながら、このイベントの後に待っている夏休みを思い描く。どちらのルートでも、視察という名目で旅行に行けるのだ。
(クロードもいいけど、レイも捨てがたい……)
どちらがいいだろうかと悩んでいる内に、薄暗い通路は終わり、開けた場所に出ていた。恐らく、裏庭のようなものなのだろう。そこに甲冑を着た兵士達とクロード、レイがいる。
(あれ……)
レイの隣に、見慣れない人影があった。長い黒髪を後ろでポニーテールにし、ズボンを穿いているが、多分女性だ。
そんなキャラいたっけ、と考えていると、クロード達が愛実達に気付くのと同時に、その人物もこちらを振り返る。髪形と服装が違うため印象がことなっているが、その顔はよく知っていた。
「なんで……」
愛実は唖然と呟く。
(なんで、ローザがいるの……!?)
イベントには出てこないはずの人物の存在に、愛実はきつく手を握りしめた。




