28
前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。
翌日は、朝から嫌に騒がしかった。
迎賓館には私やレイを始め、護衛の人間が何人も寝泊まりしているから、炊事場の人達なんかは朝早くから働いているけれども、そういった家事とかの慌ただしさではなかった。
聞こえるのは馬蹄や馬車を走らせる音、それと緊迫したような声。ここから表の通りは見えないけど、どこか騒然としているように感じられた。
「エマ」
私はベッドから降りてエマを呼ぶ。
「はい、ローザ様」
「少し、外の様子を見てきてもらえる? 変に騒がしい気がして……」
「かしこまりました」
「朝からごめんなさいね」
エマが外へと出ている内に、私は身支度を整えた。今日は夏休み前最後の授業だ。といっても、テストで落ちた人達の補講と再テストのための日で、合格している人間は比較的自由に過ごせるから授業といった感じでもない。
これが終われば、ほとんどの貴族達は領地に帰る。社交界としても今日が最終日といった感じらしく、数日前からどこそこのお茶会に行くだの誰それの夜会に招かれただのという話が教室でも飛び交っていた。
(でも、そういう騒がしさではないんだよな……)
お茶会や夜会、帰還準備の騒がしさとは雰囲気が違う。
髪をいつもどおり緩く束ねて前に垂らしていると、エマが戻ってきた。
「お帰りなさい。どうだった?」
「それが……」
エマは少し話し辛そうに一度口籠ってから話し始める。
「昨日の夕方頃、王都周辺の町や村で多数の魔物の姿が目撃されたそうです……中には、空を飛ぶ魔物の影を見たという噂もあるとのことで……」
(ああ、始まったのか……)
王都周辺で魔物が目撃されるというのは、ゲームの強制イベントの出だしだ。そろそろだとは思っていたけど、夏休み直前だとは思わなかった。
(まだほとんどの貴族が王都にいるのに……これじゃあ、領地に帰れないだろうな……)
ゲームの方はどうなっていただろうかと思い出してみても、貴族達が王都に残っているという話はなかったような気がする。太陽の塔に一緒に行くメンバーも、クロード王子を除く攻略対象は“たまたま王都に残っていた”という都合のいい設定だった。それも好感度が一定以上あればの話で、基準を満たしていない場合は既に領地に帰っており、イベント不参加という形になっていた。
「目撃されたのはダークウルフ?」
「はい、ダークウルフを含む狼の群れがいくつかとホーンラビットです」
先祖返りやハーフのダークウルフなんだろう。ホーンラビットはともかく、狼は基本的に群れで動くから、先祖返りやハーフが交ざっていることがある。こういった魔物は王都の近くにもたまに出る。流石に王都の中まで入ってきたという話は聞かないけど。
(まぁ、王都と太陽の塔の間にある森に出るくらいだから目撃されてもおかしくないんだけど……)
騒ぎになるということは、数が尋常じゃないということだろうか。
「そういった魔物はたまに見かけるんでしょう? 一体どれくらい目撃されたの?」
「普段の数倍以上だと……確かに、ダークウルフなどは王都近郊の森の中にもおります。ですが、普段は町や村までは入ってこないのです。群れの大半は普通の狼ですから、平民でも狩れますし。ただ、今回はどうも群れの半数以上がダークウルフだったそうで……」
「それじゃあ、平民に手出しは……」
「はい、できません。そのため朝から兵が動いているのです」
それでこの騒がしさというわけだ。
(そういや、イベントで遭遇する群れは全部ダークウルフだったな……)
その辺はゲームとしての都合もあるのかもしれないけど。
「そういえば、空を飛ぶ魔物の影というのは……?」
「空を飛ぶ魔物については、魔物そのものを見たというものはおらず、鳥などと見間違えたのではと言われています。実際に、王都付近にそのような魔物が現れるというのは考え辛いので、恐慌状態に陥った平民が見間違えたとみるのが妥当かと……」
確かに、結界がある以上魔物はそう簡単に王都には近付けない。ダークウルフなんかの先祖返りは、生まれた時から結界の中だから耐性ができているのだ。それに、結界内の魔物は外の魔物に比べると遥かに弱いと言われているから、その辺も何か関係しているんだろう。
(ゲーム通りに進むなら、今回は何事もなく終わるだろうけど、細かいところがゲームとは違ってるのが気になるな……)
とはいっても、これはソレイユの問題だ。私が主体的に動かす問題ではないから、ソレイユがどう出るのか見てからでないと動けない。
◇
「――陛下! これは一大事ですぞ! 王都近辺に数多のダークウルフが出現するなど……!」
諸大臣諸官が集められた謁見の間、財務を司る副大臣が声を上げると同時に、諸官らも口々に事の異常さを訴えた。
「すぐに太陽の塔へ調査隊を送るべきです!」
「無論、そのつもりだ」
クロードの視線の先、玉座に座る父フェリクスは、諸官らの言葉に顔色を変えないままそう告げた。
「ベルトラン、討伐隊の方はどうなっている?」
「はっ、既に五分隊を各方面に向かわせております。また現在待機させている残りの隊もいつでも動ける状態にしております」
「引き続きそのまま警戒を続けろ。ハース、近隣の領からの報告は上がっているか?」
「早馬を出しておりますが、まだ半数は戻っておりません。現在上がってきている報告は隣接している領からのものだけで、魔物の出没状況は王都とあまり変わらないようです」
「報告が来次第伝えろ。フォンテーヌ、箝口令を敷く。急ぎ整備せよ。ラングロワは被害状況をまとめておけ」
「畏まりました」
「仰せのとおりに」
「それで、調査隊の方だが……」
考えている最中なのだろうか、フェリクスは一旦間を置くとクロードへと視線を向けた。
「クロード」
「は、はい!」
いつにも増して厳格な声音で呼ばれ、クロードは背筋を正す。
「近衛兵と研究者を連れて、太陽の塔に行け。私はここから動けんからな」
「わ、私で宜しいのですか……?」
「王族の名を持って行く場所だ。勅命書を持たせるより王家の者が一人いた方が早い」
「はい、分かりました」
「必要であればレイ王子に助力を請え。あの者は頭が切れる」
レイを連れて行けるならば心強い、と内心安堵していると、「陛下」と諸官の中から声が上がった。
「調査隊と共にアデール・シャリエ様にご同行を願うのはいかがでございましょうか? もし塔の魔力が弱まっているのであれば、その場で補充をして頂くことが可能かと……」
その進言に答えたのは宰相のハースだった。
「それについては、昨夜の内に陛下からアデール様に使者を送っております。ですが、アデール様は現在体調を崩されておいでです」
「そういう訳だ。姉上は出られん」
その言葉に、諸官は再びざわめき始める。クロードは伯母が体調を崩しがちであることを知っていたが、一部の大臣を除くほとんどの官吏には伏せられてきた。今また重大な事実が知らされて、諸官の中に不信感が漂い始めたのはクロードの目にも明らかだった。
――セシル様があのような状態だというのに……。
――これでは結界の維持が……。
そうささやく声が聞こえるが、打開策も見つかっていない現状では言い返すこともできない。
「陛下! 陛下は一体この国をどうなさるおつもりか! 役目を継げる王女がいないなど、このままではいずれ結界が崩壊しますぞ!」
声高に言われた言葉に、周りにいた官吏も同意の声を上げ始める。次第に大きくなっていく声に、このままでは収拾がつかなくなると危惧したが、凛とした声が割って入った。
「やめたまえ、諸君。陛下の御前で騒ぎ立てるなど、諸君らはいつ民衆に成り下がったのだ?」
(フォンテーヌ侯爵……)
「今はそのような先々のことを論じている場合ではない。王姉殿下や王女殿下がお力を使えないのであれば、王家の血に近い者を幾名も集めればいいだけのこと。過去にもそうやって凌いだ例はいくつもある」
「し、しかし……」
どこからか上がった声は、フォンテーヌ侯爵の射るような視線で鳴りを潜めた。
「陛下、調査隊の件ですが、誰かしら支援魔法の適性が高い者を同行させるべきだと考えます。もし塔の魔力が減っているのであれば、少しでも補充すべきでしょう」
「其方の言うとおりだが、では、誰を選ぶ? 姉上とセシル以外で王家の血に一番近い者は今ブルクミュラー辺境伯領だ」
「王家の血に近いことに越したことはありませんが、今は火急の事態です。王家の血にこだわらずとも良いでしょう。幸い、今王都には貴族の子女が五万とおりますゆえ」
「なるほど。そういえば、其方の娘もなかなか優秀だと聞くな」
「恐れながら、我が娘は魔法学には精通しておりますが、魔力量については左程でもないようです。学園の教師を呼んで魔力量の多い者を選出させるのがよろしいかと」
「そうか。では、学園の教師をすぐにここに」
フェリクスの命を聞いて、端に控えていた身分の低い官吏が走る。官吏が教師を連れてくるまでこの話は一旦保留になるかと思ったが、「そういえば、陛下」とラングロワ侯爵が思い出したかのように一人の少女の名を上げた。
「マナミ・カンザキは、その後いかがなりましたか? 始まりの泉から現れたということで、セシル様の代わりとなる可能性を秘めているのではという話でしたが」
「元々平民並みの魔法知識しか持っていなかった割には優秀だと聞いている」
「何か凶事の前触れは?」
「クロード、そちらはどうだ?」
話を振られ、クロードはカミーユの報告を思い出しながら口を開く。
「監視をしているカミーユ・セルヴェからそういった報告は上がっておりません。学園内でも凶事の前触れと思われることは見られていません。私自身、マナミ・カンザキとは何度か言葉を交わしていますが、この国に害をなそうという意思も感じられませんでした」
「だそうだ」
「では、凶事ではないということで、調査隊に同行させてみてはいかがでしょう」
「学園の教師に力量を聞いてからだな」
始まりの泉は、クロード達王家ひいては貴族達の魔力の根源とも言える。その泉がもたらした奇跡とあれば、無条件で信頼する者も中にはいるが、父はその力をあまり信じていないように見えた。
その内、学園の教師が慌てた様子で謁見の間にやって来た。
諸官らよりも前に出て膝をつく教師に、フェリクスは事の経緯を掻い摘んで話した上で、適性がある者を数名挙げるように言った。
「核に魔力を籠めるとなりますと、上級支援魔法を使える必要がありますので、必然的に三年の学生から選ぶことになるかと……」
「その中で魔力量が多い者は?」
「フランシーヌ・マロール伯爵令嬢が上級支援魔法に優れており、魔力量も多いと感じられます。」
「他には? 他の学年でも魔力量が多い者がいるなら挙げてみよ。一年はともかく、二年ならばある程度支援魔法も使えるだろう」
その言葉に教師は一瞬顔を上げたが、すぐに躊躇うように顔を俯けてしまった。
「どうした?」
「いえ、その……二年の学生の中では、我が国の方ではありませんが、ローザ・フェガロ侯爵令嬢が最も強い魔力をお持ちです……」
教師の口からローザの名が挙がり、やはり、と納得していると、一瞬だけこちらを見た教師と目が合った。
「恐らく、現在学園にいる貴族の子女の中では随一です……私が知る限りでは、王家の方々に匹敵しようかというほどです……」
「ほう?」
今まで表情も変えず淡々と話していたフェリクスが、面白そうに口の端を上げた。
諸官らもざわめく中、クロードは教師の言葉を反芻する。
(王家並みの、魔力……)
確かに、ローザの魔法は精錬されていた。勉強量もさることながら、幼い頃からよく練習していたのが功を奏したのだろう。だが、その魔力量までは考えてみたこともなかった。
諸貴族の人間で、王家と同等の魔力を持つ者はいない。王家の直系だけは何代経ようと変わらず強い魔力を持って生まれるが、傍系になると代を重ねるごとに魔力が弱くなっていくのである。
王家並みの魔力を有しているということは、それはすなわち王族だということではないか――。
クロードの中で、また一つ、ローザがニナ王女へと近付いた。
「王家の血に近いのだろうな。ローザ・フェガロ嬢というのは、レイ王子の付き人だったな」
「左様でございます」
「ならば猶更レイ王子には手を貸してもらわねばなるまい。クロード、レイ王子と話をつけて来い」
父に命じられ、クロードははっと顔を上げる。浮かび上がった疑念が未だ頭の中を巡っているが、今は目の前のことに集中しなければならない。
「畏まりました」
クロードは頭を切り替えて一礼し、謁見の間から退がった。




