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前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。
迎賓館に帰ってから、クロード王子に言われたことをレイに相談した。
レイも夏休みの予定は特に変更していなかったらしく、父に予定通り夏休みに入ったら帰国すると伝えているらしい。
あと三日で夏休みだ。レイはセレーネに帰ったらやらないといけないことが満載らしいから、今から予定を変更するのは難しいとのことだ。
その言葉を聞いて、私は少しほっとしてしまった。致し方ない状況なら、クロード王子も納得しやすいだろうし、私もあまり気負わなくて済みそうだ。
「貴女だけ残っても構いませんよ? 特に予定が詰まっているわけではないでしょう?」
「え゛……何を仰ってるのですか、殿下。私は殿下の付き人ですよ……?」
「別に、学園外でしたら付き人の必要はありませんし、クロードも是非にと言っているようですから」
いや、是非になんて言ってないだろ。物凄く控えめだったぞ、私の時は。
「私も少しは予定があるのですけれど……」
「それまでに帰ればいいだけの話です」
傍目にこにこと穏やかに話しているようにみえるけど、私には少しだけ威圧的に見える。
クロード王子が言っていたように、二、三日は私をここに残したいのかもしれない。
(引く気は、なさそうだな……)
是が非でも残したいのはレイの方かもしれないと思いながら、私は溜め息を吐く。
「少し、考えさせて下さい……」
「分かりました。といっても、帰国まで時間がありませんから、明後日までには決めるように」
「はい……」
なんて話をした翌日、エミリア嬢からお茶に誘われた。帰国前に是非、と言われたし、私も彼女とは仲良くしたいので快く了承し、授業が終わった後、一度迎賓館に帰ってからフォンテーヌ家にお邪魔した。
(流石侯爵家……建物も庭も立派だ……)
規模としては王宮よりも小さいけど、質は負けず劣らずなんじゃないだろうか。フェガロ家も侯爵位だけど、ここまでじゃない。
(フェガロ家は、元は辺境伯家だからな……)
数代前の当主が功績を上げて侯爵位にのし上がったのだ。爵位は上がったものの、王都や領地の邸は基本的にそのまま使い続けているから、他の侯爵家よりは質素な方だ。元々武系の家系だから、きらびやかなのは好まないというのもあるかもしれないけど。
庭に用意されていたテーブルへと案内されると、既にエミリア嬢がそこで待っていた。
「エミリア様、お招きありがとうございます。お待たせしてしまったようで、申し訳ありません」
他家の敷地内なので、いつもより所作に気を遣って挨拶をする。
「いいえ、それほど待っておりませんわ。こちらこそ、急なお誘いにも関わらず、本日はお越し頂きありがとうございます」
エミリア嬢は立ち上がって静かに礼を返すと、椅子を勧めてくれた。
お茶会ということで、よくエミリア嬢と一緒にいる令嬢もいるのかと思ったけれど、今日呼ばれたのは私一人だけらしい。
案内してくれた執事さんや近くにいたメイドさんがお茶をカップに淹れると、エミリア嬢は彼らを少し離れた場所に退がらせた。
「今日は、ご相談したいことがあってお招きしましたの」
エミリア嬢は紅茶を一口飲むと、カップを置いてそう切り出した。
お茶に誘うくらいだから何か話したいことはあるんだろうなと思っていたけれど、そんなに表情が変わる子ではないから内容までは察せない。
「何でしょう?」
「最初に一つ確認したいのですが、ローザ様には、まだ婚約者はいらっしゃらないのですよね?」
「え、ええ……」
何か、雲行きが怪しい。婚約者の有無を確認する話なんて、そっち方面しか考えられない。
「では、お願いしたいことがあります。――もし、クロード殿下から婚約者候補になって欲しいと打診があった時は、受け入れて頂きたいのです」
エミリア嬢の言葉に、一瞬頭が真っ白になった。
「は……?」
クロード王子の婚約者候補の打診があったら、頷いて欲しい? なんで彼女がそんなことをお願いするんだろうか。
「あ、あの、待って下さい! 私の記憶違いでなければ、エミリア様はクロード殿下の婚約者候補だとお聞きしましたが……」
打診があったら断って下さい、なら分かるけど、ライバルをわざわざ増やす必要なんてない。
「確かに、私はクロード殿下の婚約者候補の一人です。ですが、私では駄目なのです……私が見る限り、他の候補の方達も……」
エミリア嬢はそう言って目を伏せる。どこか悲しげに見えるのはきっと見間違いなんかではない。
「なぜ、そのような……お会いしてまだ数か月ですが、エミリア様はフォンテーヌ家の名に恥じない方だと思います。きっとクロード殿下のお相手としても相応しいはず……」
「ありがとうございます」
エミリア嬢は小さく微笑む。
「ここだけの話ですが、クロード殿下にはお慕いする方がいらっしゃるのです。早くから婚約者候補が挙げられているにもかかわらず、未だに相手をお選びになっていないのはそのためです」
王子の好きな人の話はそこまで広まっているわけじゃないと思う。それを知っているということは、エミリア嬢は彼にとても信頼されているんだろう。
「私は、そのことをお諫めするつもりはありません。心に想う方がいらっしゃるのであれば、その方と添い遂げて欲しいと思っています。ですが、その方は思うように会えない方なのだそうです。私にできることがあるのであれば、ご助力申し上げるのですが、そういった問題ではないようでして……」
「あの、では、なぜ私に先程のような話を……?」
エミリア嬢の口振りだと、彼女はクロード王子が好きな人と結ばれることを望んでいるようにしか聞こえない。
「最近、急に諸大臣から殿下の婚約者を決めるよう声が上がるようになったのです。いえ、以前からそういう声はあったのですが、今ほどではなく……このままでは、クロード殿下は今いる婚約者候補の中から相手を選ばざるを得なくなります」
「それと私がどう……」
エミリア嬢は、私の顔を見ると少し悲しげに微笑んだ。
「クロード殿下とは、もう何年も親しくさせて頂いてるのですが、ローザ様と一緒にいる時ほど心穏やかな殿下は見たことがありませんでした」
「そ、それは……」
「きっと、今の状態では殿下がお慕いする方に会われるのは難しいでしょう。ですが、ローザ様なら殿下も心安らかに日々を過ごせると思います。ローザ様は、殿下が慕われている方と似ていらっしゃるそうなので」
なんてことを言ってくれたんだ、クロード王子。こんなところにまでフラグを立てるなんて。
「け、決してそんなことは……私などよりも、これほどクロード殿下を思われているエミリア様の方がきっと相応しいはず……!」
「いいえ、私では駄目なのです。以前、殿下に側近や教師といるようだと言われたことがあります……振り返ってみれば、確かに私が殿下を見る目はそういったものでした。殿下を支える者として相応しい振る舞いをと考える一方で、殿下にも第一王子として相応しい振る舞いを、と厳しい目で見ておりました。ですが、既に教師は何人といました。私は、束の間の休息さえも、殿下に息が詰まるような思いをさせていたのです……」
本当、なんてことを言ってくれたんだ、クロード王子。
「そんな……クロード王子はいずれ王となられる方なのですから、エミリア様がされていたことは決して間違いではないはずです……」
「私も、最初はそう考えていました。ですが、もし殿下がこの先ずっと片時も息を吐くことができなくなってしまったらと思うと……私も、そんな苦しい思いはして欲しくありません……」
一緒に街へ行った時のクロード王子が脳裏をよぎる。
あの時、息抜きを、と思った私と似たようなものなんだろう。息苦しい生活は私も嫌だと思う。
「変えようと努力はしたのですが、性分なのでしょう。私には、変えられませんでした。ですから、私では駄目なのです……」
「エミリア様……」
彼女は、女性である前に臣下なのだと私には感じられた。クロード王子を想う気持ちは少女のそれと違わないように見えるけど、根底にあるのはまるで主君に仕える臣下のような心だ。
(それを、自分でよく理解してるんだ……)
エミリア嬢はもう一度私の目をまっすぐに見た。
「改めて、お願い致します。どうか、クロード殿下がローザ様を望まれた時には、そのお気持ちを汲んで頂きたく思います」
「エミリア様、私は……」
エミリア嬢の思いは分かったけれども、そう簡単に頷けるような内容ではない。
(クロード王子の好きな人を探して下さい、とかならすぐに頷いただろうけど、こんな話は……)
「もちろん、私達だけで決められる話ではないのは分かっております。私から殿下にご提案しても、決められるのは殿下です。ただ、ローザ様はセレーネの方ですから、殿下がお気持ちを告げられてもすんなりと受け入れるのは難しいのではないかと考えたのです。その時は、私がご助力致します。フォンテーヌ家はもちろん、ハース家の方々にもご協力頂けるよう働きかけますので、殿下の傍にいて欲しいのです」
受け入れられない理由はともかく、ソレイユの侯爵家の名前が二つも出てきて、更にまずい方向に行っているのが分かった。
(これは、ダメだ……)
ローザ・フェガロは存在しない。私が騙っているだけの故人の名前だ。
私とエミリア嬢二人だけの話ならまだしも、名立たる侯爵家に存在しない人間のバックアップをさせるなんてことがあってはならない。
それに、私が婚約するとしたら、許可を出すのは父かレイだ。権限を持たないフェガロ家を中心に話を進められるのも困る。
「エミリア様」
これだけの思いを告げてくれた彼女に否定的な言葉を返すのは心が痛むけれど、言っておかなければならない。
「エミリア様も先程仰られたように、これは私達だけで決められる話ではありません。エミリア様のクロード殿下に対するお気持ちはよく分かりましたが、確約できる話ではないのです。もちろん、そのような打診があれば、家族と、よく話し合いたいと思います。ですが、今のこの場では、何一つとしてお約束できることはありません……どうか、お許し下さい……」
最後のは懇願に近かった。
今日また彼女の為人を深く知って、純粋に仲良くなれたらという思いが湧いてきているのに、最初から相手の頼みごとを断るのだ。マイナスには働いても、プラスに働くことはないだろう。
「いいえ、ローザ様の仰るとおりですわ。ご無理を言ってしまって申し訳ありませんでした」
エミリア嬢は微笑っていたけれど、内心は落胆していたかもしれない。
その後は他愛ない話題を振ってくれたけど、どこか後味が悪いまま私はフォンテーヌ邸を後にすることになった。
「――殿下、お話があります」
迎賓館に帰るなり、私はレイを引っ張って自分の部屋へと連れて行った。
レイは文句を言いたそうな目をしていたけど、私が今日エミリア嬢に言われたことを話すと眉を顰めて考え始めた。
「それは確かに、そこまでとなると流石にまずいですね……侯爵家まで本格的に巻き込めば、こちらの立場が非常に悪くなる……フォンテーヌ嬢には、先走って動かないよう伝えたのですか?」
「直接そういった言葉は言ってませんが、お願いに対してはお約束できないと返答しました……」
「消極的な態度を見せたのであれば、まぁいいでしょうか。相手のことを慮らない方には見えませんから」
「そう願います……」
彼女が重きを置いてるのは私ではなくクロード王子だ。彼の為なら、と密かに根回しとかしてもおかしくなさそうだ。
(これ、もうクロード王子に積極的に好きな人の話を聞いて、本人を見付け出した方が早いのかも……)
彼の好きな人が見付かれば全てが丸く収まるような気がする。
「婚約者候補の件は、それとなくクロードに聞いておきます」
「お願いします」
「まぁ、クロードなら貴女に打診する前に私に相談してくると思いますけど」
「だといいのですが……」
もっとも、それはややこしい事態を回避できるというだけであって、代わりに全てがレイの掌で動かされる事態になるなら、私としては不安で一杯だ。
そんな話をしていたけれども、翌日、ソレイユの王都はそれどころではない事態に陥っていた。




