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前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。

 翌日、授業が終わった後、私は早速図書館でドレイン系の攻撃魔法を探した。

 攻撃魔法一覧が載っている本を何冊か取り、手近な席に座って上から順に調べていく。存在するなら特殊な攻撃魔法ということになるんだろうけど、存在するかどうかから調べないといけないから、結構根気のいる作業だ。

(やっぱり初級魔法にはないな……上級魔法から調べた方が早いかも……)

 もしドレイン系の魔法が存在して、それを使える人間がいるならば、それは研究者とか教師のような高度な魔法を使える人物に限られてくる。将兵達は、魔物討伐でも魔法攻撃をメインにはしないから、そんな特殊な攻撃魔法を知っている人はいないだろう。

(だとすれば、犯人は王宮の中か研究所、もしくは学園にいる……)

 なんとも嫌な話だ。治癒師や研究者が総出で解決策を調べているのに、その中に犯人がいるかもしれないなんて。

(まぁ、そういう魔法があれば、の話だけど……)

 もし、そういう“犯人”がいる場合は、情報のやり取りは慎重にしないといけない。

(私とセシル王女のことは、今のところセシル王女の世話係とラングロワ家の一部の人、それからクラウスさんしか知らないけど……)

 あと、私側で言うと一応エマも知っている。詳しいことは教えていないから、彼女が知っているのはラングロワ家の一部の人と私がやり取りをしているということくらいだけど。

(攻撃魔法の線が濃くなったら、一度セシル王女に注意するように伝えないとな……)

 レイに話してもいいか訊くための手紙は昨日の内に書いてしまい、エマに託した。今日辺り届けてくれているだろうから、多分間に合わない。

(あぁ、でも、そういう可能性があるなら、セシル王女も尚更話が広がるのを警戒するかも……)

 手紙には、私がこそこそしているのがレイにバレてしまったことへの謝罪、レイに話してもいいかといったことを書いた。それだけでもすぐに返事ができるような内容ではないし、色々な可能性を考えると更に考える時間が必要だろう。レイにも話さないで欲しいというのであれば、秘密にし続けるとも書いたから、悩むようであれば“話さない”という選択をしてもらった方がいいのかもしれない。

 私がもっと頭のいい人間だったら、最初から何か手を打てていたんだろう。けれども私じゃ到底レイには敵わないし、何より、どこかのタイミングでレイも知ることだから、と甘く考えていた。

 ゲームでは夏休みに入る前に攻略対象からこの話がもたらされていたし、それと並行して学園内にもそんな噂が出回り始めるという流れだったのだ。

(でも、全然そんな話聞かないよな……)

 まぁ、王家としては是が非でも隠したい話がぽんぽん流出していたらかなり問題だ。あれはゲームのストーリー上、そういう描写が出てきただけなんだろう。

(こっちからそれとなくレイに探りを入れた方がいいんだろうか……でも、このタイミングだと、セシル王女が関わってるって言ってるようなものだな……)

 その前に、手紙を持っていくエマを尾行されたら、その時点でバレそうな気もする。エマが直接セシル王女に接触することはないけど、ラングロワ家かフィオレさんを通すから、そこから辿ればもうバレたも同然だ。

 相手がレイに話すのを拒否すれば、私の口からレイに事情を話すことはない。レイもそれは分かっているだろうから、別の手段で相手を探ろうとするだろう。私には、待ちますと言ったけれど、そんな生易しい性格の弟じゃない。

(あー、やってしまった……なんで先に気付かなかったんだ……)

 どうする。

 先にレイに話してしまって、レイを口止めした方が早いか――。

 いや、でもそれだとセシル王女の信用を裏切る形に――。

 などと、頭を抱えていると、誰かがやって来る足音が聞こえて私は顔を上げた。

「相変わらず、熱心だな」

「クロード殿下……」

 クロード王子は小さく笑みを浮かべると、私が広げている本に目を落とす。

「今度は攻撃魔法か? ああ、そういえば、選択科目は攻撃魔法だったな」

「ええ、そうです」

 「隣、座ってもいいか?」と訊いてきたクロード王子に頷き返すと、クロード王子は隣の椅子を引いて腰掛けた。

 といっても、特に本棚から本を持ってきたわけでもなく、私が机に積んでいた本を一冊手に取ってぺらぺらと捲り始める。

(何をしに来たんだ、この人……)

 前回、こうして図書館で会った時は、私がニナ王女じゃないかと思っているといったことを言っていた。あの後、そんな話はしてこなかったから、本人もその会話はなかったことにしたんだろうと思っていたけど、またその話でもするんだろうか。

 しばらく様子を覗ってみたけれど、クロード王子は本のページを捲るばかりで話し掛けてくる素振りもなかった。

 気まぐれにここに来ただけなんだろうか。

 なら、話を待っていても仕方ない、と私も再び本に目を遣る。レイへの対処はどうするかは一旦保留だ。

 攻撃魔法の中身を確認しながらページを捲って、どれくらい経っただろうか。気付けば、私がページを捲る音しかしなくなっていた。

(なんか、視線感じるんだけど……)

 ちらりと隣を覗えば、クロード王子と目が合い、小さく微笑まれる。

「あの、殿下……私に何かご用事が……?」

「あぁ、うん、そうだな……」

 と、クロード王子は頷くけれど、話し始める様子はない。

 大した用事ではないのか、話しにくいことなのか。どちらかは分からないけど、じっと待っていてもただ時間が過ぎていくだけなので、もう一度本に目を向けた。

(……集中できないんですけど……)

 穴が開くほど見つめられているというわけじゃないけど、こう見られていると分かると何だか落ち着かない。

(そういえば、なんか、いつもより元気がないような……?)

 この人のことをどれだけ知っているかと訊かれれば、少し、としか言いようがない。でも、いつもはもっと快活そうな笑顔を見せているような気がする。

「あの、何かありましたか……?」

 隣を見て尋ねてみれば、クロード王子は少し驚いたような顔をした後、苦笑を見せた。

「確かにあったが、まぁ、それは済んだというか、できることはとりあえずしたから、今どうこうというのはないな」

「はぁ……」

 だったら何でそんな顔をしているんだろうか。

「ローザは……」

「はい」

「休みに入ったら、セレーネに帰るんだよな……?」

「ええ、その予定です。レイ殿下もそうなさるでしょうし」

 当初の予定から変わったかどうかはまだ確認できてないけど。

(まぁ、レイが残るって言っても、私は帰るし……)

 他の令息令嬢も、基本的には領地に帰る。社交期も終わるから、王都住まいの貴族以外は皆領地に引き上げるのだ。次に王都に来るのは、秋学期が始まる十月だ。

「そうだよな……」

 クロード王子は消沈したように呟く。

 何か言葉を掛けるべきかと考えていると、クロード王子は意を決したように顔を上げた。

「休みの間、ここで過ごさないか? 二か月間ずっとというのは難しいかもしれないが、一か月だけでも……」

(え? ん……? はい……!?)

 ちょっと待て、それはゲームであった、攻略対象と夏休みを過ごすとかいうあれと同じ意味なのか。

 何で私が誘われてるんだ。ヒロインじゃないのか。カンザキさんはどうした。

(そもそもこの人、他に好きな人がいたような……)

 私をニナ王女だと思っているといった時の彼の表情が脳裏をよぎる。

(好きな人は、多分“ニナ王女”だ……)

 彼がニナ・スキアーだと思っている、私ではない誰か――。

(いや、だとすれば尚更、何で私を誘うんだ……そんなことをしても意味が……あぁ、そうか、“ローザ”が“ニナ王女”だとまだ思ってるのか……)

 私がニナだと名乗れたら、貴方がニナ王女だと思っているのは別の誰かだと思います、と説明できるんだけど、まだ名乗ることはできないし、私と間違えている相手に心当たりもない。もし私が忘れてしまっているだけなら、別の誰かだと思います、なんて言えないし。

「ローザ……? やはり、休みの間は領地でやることがあるか……?」

「あ、ええと……はい、そうですね……」

 私が帰ってやることといえば、ナディアやリュカに会いに行くことと、母の墓参りくらいだけで、フェガロ領に行く予定はないけれど。

 しかし、王族のお誘いを断ってもいいのか、微妙なところだ。

「もし、少しでも時間に余裕があるなら、二日や三日でも長くいてくれると嬉しいんだが……」

 どこか弱々しく言われた言葉に顔を上げて、そして後悔した。

 なんで、こんな時に彼の顔を真正面から見てしまうのだろうか。

 そんな、恋焦がれる相手に許しを請うような、切なげな表情をされると、私も強く出れない。

「あ、えっと……レイ殿下に、相談してみます……帰国の時期などは、私の一存では決められませんので……」

 そう返すのが精一杯だった。

 今この場で断る勇気はないし、かといって、安易に了承するには色々と引っ掛かるものがある。

「そ、そうだよな。すまない、俺の方から、レイにも言っておく。だが、その、もしレイがどちらでも構わないと言ったなら、前向きに考えて欲しい……」

「はい……分かりました……」


 結局、その後は調べ物にも集中できず、クロード王子も帰ると言うので、一緒に図書館を出た。

 迎えの馬車に乗り込んで、私は長い溜め息を吐く。

(どうしよう、分かりましたとか言っちゃったよ……)

 ああいう時にどう返事をすべきか、誰か教えて欲しい。私には分からなかった。

(でも、あの時……)

 クロード王子の切なそうな表情を見てしまった時、この人を傷付けたくないと思ってしまったのも事実だ。

 色々とフラグを立ててくるある意味厄介な人だと思っていたのに、いつの間にか、私は心のどこかで彼を大切にしたい人の一人に数えていたらしい。

(いつか友達になれるかも、と思ったことはあるけど、これはきっと違う……)

 どの感情に分類されるかは自分でもまだよく分からない。でも、単に友人を大切にしたいと思う感情でないことは何となく分かる。

(でも、傷付けたくないって言うなら、誤解は早めに解かないと……)

 彼が想っているのが別の誰かなら、早めに私ではないと伝えないと、彼はずっと勘違いしたまま私を誘うことになる。それは絶対に避けるべきことだ。

 けれども、もし、私が忘れているだけなら――。

 いくつかの選択肢と、そこから派生する未来が頭の中を巡る。

 それを拒絶するかのように私は目を閉じた。

(ダメだ……今は、考えるのをやめよう……)

 どちらにしろ、今はそこに気を取られている場合じゃない。もっと他に、考えなければならないことがあるのだから。



     ◇



 王宮への帰り道、校舎の横にある庭園を通れば、木陰に佇むエミリアの姿が見えた。

「殿下」

 エミリアはクロードが近くまで来ると、スカートの端を持って静かに会釈をする。

「エミリア、まだ帰ってなかったのか?」

 まだ陽は高いが、生徒の大半は帰っている時刻だ。残っているのは先日の試験で不合格を貰った者くらいだが、同学年の令嬢の中で最も優秀だと言われている彼女が不合格を貰ったという話は聞かない。

「殿下にお話がございまして……」

 エミリアは少しだけ声を潜めて言った。

 早くからクロードの婚約者候補に挙がっていた彼女とは、比較的話をする方だ。二人きりで話というのも別段珍しくはない。

 クロードは頷き、了承する。

「場所を変えるか?」

「いいえ。どなたもいらっしゃらないようですので、ここで構いません」

 そう長くはならない話なのだろう。どうぞ陽の当たらない所へ、と促されて、クロードも木陰に入る。

 相変わらずそういう気遣いは誰よりも上手いな、と感心していると、エミリアはやや躊躇ったような素振りを見せながら口を開いた。

「諸大臣から、殿下の婚約者を早く決めるようにとの声が上がっているとお聞きしました」

 クロードは苦笑する。

「もう知ってるのか。流石、フォンテーヌ家は耳が早いな」

 フォンテーヌ家の当主であるエミリアの父親は法務大臣を務めている。その上、彼女の母親は現宰相であるフレドリック・ハースの従妹だ。この手の話はすぐに入ってくるのだろう。

「殿下は、どうなさるおつもりですか……? まだ、想っている方がいらっしゃるのでしょう……?」

 いつまで経っても婚約者を選ばないクロードに、何故まだ決めないのかとエミリアが尋ねてきたのが数年前だ。

 焦れていたわけではなく、純粋に疑問に思ったのだろう。普段なら適当に誤魔化すところだが、答えを急ぐわけでも腹を探ろうとするわけでもないエミリアに、クロードは素直に答えたのだった。心に想う人がいるから、決められない、と。

 納得したエミリアは、クロード自身が決めるまで待つと言った。その人に求婚しないのかと訊かれはしたが、簡単には会えない相手だと言うと、それきりクロードの想い人については尋ねてこなかった。

「諦めて、しまわれたのですか……?」

「いや……まだ、諦めたわけではない……諦められるような気持ちなら、とっくに諦めて相手を選んでいる……」

「そうですか……では、ローザ様のことはどのようにお考えなのですか?」

「ローザ?」

 エミリアの口から出るとは思わなかった名前に、クロードは目を瞬く。

「はい。長年、殿下を見てきましたが、殿下があのように穏やかに微笑われるところを、私は見たことがありませんでした。ローザ様は、殿下にとって特別な方なのでしょう。ですが、初めの頃を思い返しますとそういったご様子もありませんでしたので、殿下が心に想っている方とは別なのかと……」

「ローザに対しては、そんなに違ったか……?」

「はい」

「そ、そうか……」

 そこまで態度に出ていたかと思うと、顔に熱が昇ってくる。

 クロードは口許に手を当てて視線を逸らした。

「ローザは、似てるんだ……」

 容姿も、雰囲気も、言動も、そしてクロードが彼女に対して抱く感情さえも、似ているのだ。ニナ王女に――。

「今分かっているのは、それだけだ……」

「そうですか。分かりました」

 エミリアは淡々とそう言うと、最初と同じように静かに会釈をする。

「お時間を頂き、ありがとうございました。失礼致します」

「ああ、また明日な」

「はい」

 楚々と立ち去るエミリアをその場で見送り、クロードも王宮へと向けて再び歩き出す。

 今の話を聞いて、エミリアは何を思ったのだろうか。あまり表情の変わらない人物であるため、彼女が考えていることを読み取るのは難しい。

(ローザのことを訊いて、何がしたかったのかもよく分からないな……エミリアなら、誰かを妬んでどうこうということはないと思うが……)

 しかしああやって婚約者関係のことを自分から訊いてくるのも珍しいと言えば珍しい。

(父親辺りに訊いてくるように言われたんだろうか……)

 だが、いくらクロードが気に掛けていても、ローザは婚約者候補にも入っていないセレーネの令嬢だ。話を知ったところで、何もしようがない。大臣達にとってはローザは無関係の人間だ。

 クロードが絞った候補の中にはエミリアも入っている。残した候補一覧は問題がないかファースに見てもらい、その後父に報告してから大臣達に告げる予定だが、候補の中に自身の娘が残っていると知れば、彼女の父親も変な行動は取らないだろう。

(いずれは、何かしらの手を打ってくるかもしれないがな……)

 それはまだ先の話だ。


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