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前話までにブクマ・評価・感想をして下さった皆様、ありがとうございます。

「――飛び級、ですか?」

 ちょっと訊きたいことがあるの、と言われ、マナミの口から出てきた言葉に、カミーユは首を傾げた。

「あ、えっと、私がいた世界ではそういう制度がある学校もあって、成績がいい人は一定の条件で先に進級できるんだけど、この学校にはあるのかなぁ、って思って」

 やや焦りの色が浮かぶ顔に、カミーユは引っ掛かりを覚えながらも、この学園にはそういった制度がないことを話す。

 そういう制度があるなら自分も早く進級して、少しでも早く研究所に入りたいのだが。

「面白い制度ですが、マナミは早く進級したいんですか?」

「う、うん! もっと色んなこと勉強したいなぁって思って」

「そうですか。進級はできませんが、図書館には二年や三年で使う参考書もありますから、そういったもので自分で勉強することは可能ですよ。良かったら、私のおすすめを教えましょうか?」

「え、あ、うん、ありがとう! ――あっ、そろそろ次の授業だね。遅れたらいけないから、もう行くね!」

 どの参考書がいいだろうかと考えている間に、マナミはそう言って小走りに去っていった。

 いつでも伝えられるから構わないが、少し様子が変なところはやはり気になる。

(飛び級……もしできたら、二年生のクラスに行けますね……)

 ずっとクロード王子と話したいと言っていたマナミの姿が蘇る。先日、偶々廊下で出くわしたクロードに話しかけられて喜んでいたが、その欲求は今も持ち続けているのだろう。

(まさかとは思いますが、可能性がないこともありませんね……)

 クロードとは話せたが、クロードはその後やって来たローザの元へと行ってしまった。カミーユの位置からはマナミの表情は見えなかったが、クロードの隣にいたレイが、忌々しそうにローザを見るマナミの顔を見たそうだ。「びっくりしました」とレイは笑って言っていたが、ローザに何かあればレイも黙ってはいないだろう。

(その場合、責任を負うのは我が国……)

 貴族間の問題であれば、当事者同士で解決するように言うこともできるが、マナミ・カンザキは始まりの泉に突然現れた身寄りのない少女だ。イニティウムは王家の管轄。正式に後見人になっているわけではないが、身柄を保護し、学園に通わせているのは王家なのだ。隣国から招いた侯爵家の令嬢を傷つけるようなことがあれば、それは王家、ひいてはソレイユの責となるだろう。

(当初危惧されていた禍は何も起きなさそうですが、これはこれで問題ですね……)

 クロードにはもう一度忠告をしておかなければ、と今後の予定を立てながら、カミーユは自分の教室へと向かった。




(そんな、そんな……飛び級システムがないなんて……!)

 愛実は足早に教室へと向かいながら、先程の会話を思い返す。

 ――飛び級制度はこの学年にはありませんよ。

 先日、カミーユがローザに唆されている可能性が思い浮かんだが、それに関してはカミーユが嘘をついている気配はなかった。他の誰かに聞けばすぐに分かる嘘を頭のいい彼が使うはずもない。ならば、本当にこの学年には飛び級制度がないということだ。

(でも、ゲームでは確かに……!)

 初回プレイ時の最後にヒントとしてもたらされる情報ではあるが、攻略サイトには初回からでも使えると書いてあった。実際に、運よく全問正解したプレイヤーが初回から飛び級できたとコメントしていたため、嘘ではないだろう。

(何か間違えた? 他に何か条件があったとか?)

 記憶にある限り、愛実はきちんと飛び級への手順を踏んだ。ゲームでは何度もそうやって飛び級していたのだ、手順を間違えたとは思えない。だが、もし未だ明らかになっていない条件が裏にあるなら、愛実にはもはや手出しできない。

(飛び級が一番の近道だったのに……!)

 一年生のまま、地道にクロードを攻略する方法がないわけではない。しかし接する時間が減ればそれだけ好感度を上げる機会も減るということだ。クロードのルートに入れないことはないが、終わりは友情エンドまでしか望めない。

(レイのルートはクロードを攻略するまで解放されないから諦めてたけど、クロードルートへ行ける可能性も低いだなんて……)

 愛実は、足を止めて俯いた。

 この世界は、愛実を憐れんでくれた誰かが用意してくれたものではないのか。少しでもいい思いができるように、誰かが与えてくれた夢のようなゲームの世界――。ヒロインと同じように召喚されたのだから、ヒロインは自分だと思っていいはずだ。

(なんで、なんで……)

 何をしても、報われるより報われないことの方が多かった。両親は美人で頭のいい姉の方ばかり見ているし、学校でも人気のある子の方に注目が行く。愛実が努力してそれなりの成果を出しても、周囲の反応はいつも変わらない。

(やっと、やっと、今度は上手くいくって思ったのに……)

 この学園では、結果に見合った称賛を受けた。そうやって他人に褒められることすら久しぶりで、いくらか恥ずかしくもあったが、嬉しいことに変わりはなかった。

 現実世界でのことを考えれば、とても順調に進んでいるように見えた。

 次は飛び級をして、クロードやレイ達と一緒に過ごして――。

 自分の特別な人に、自分も特別に想ってもらえる。それが理想の状態だが、そこに至る道のりが今は遠く感じられる。

 現実世界での特別な人達――両親の目は、いつも姉に向いていた。自分を見てくれない人達に期待をしても無駄だ。頭の中ではそう考えつつも、自分の中の両親の存在は大きく、諦めきれずにいた毎日。現実逃避に漫画やゲームに手を出してみても、それは決して現実ではなかった。

 それが、現実になったのに。ここでは特別な人に愛されるはずなのに――。

 涙がにじみ出そうになるのをぐっと堪える。ここで泣いてしまえば、今までの色々なものが一緒に溢れ出てしまいそうな気がした。

 今はまだ堪えなければならない。泣くのは部屋に帰ってからだ。

 いつもはレベル上げのため魔法の練習をして帰るが、今日は授業が終わったらすぐに寮に帰ろう。

 そう心に決めて、目尻を指で拭う。できるだけ堪えたつもりだが、もしかしたら目が赤くなっているかもしれない。

(まだ時間あるし、トイレに――)

「大丈夫ですか?」

 優しい声が聞こえると同時にハンカチを差し出され、愛実ははっと顔を上げる。

「レイ、王子……」

「すみません、泣いているように見えたもので」

「い、いえ、大丈夫です……」

 咄嗟の出来事に反射的にそう答えたが、このままハンカチを借りればまた会う口実が作れたと言った後に気付く。

(なんでこんな時まで強がってるの……!)

 千載一遇の好機を逃したと、内心後悔に打ちひしがれていると、くすりと微かに笑う声が聞こえてきた。

 眉目秀麗とはまさに彼のためにある言葉だと思わせるほど綺麗な笑みに、愛実の頬が火照る。

「泣いているかと思えば、顔を蒼くしたり赤くしたり、忙しい人ですね。でも、大丈夫そうで良かった」

「あ、はい……ありがとう、ございます……」

「では、私はこれで」

「は、はい……」

 軽く頭を下げれば、横を通り過ぎていくレイ。風に乗ってふわりといい匂いがして、更に思考が鈍くなった気がした。

(こんなエピソード、あったっけ……?)

 あるはずの制度がなかったり、知らないエピソードがあったり、この世界はゲームの世界のはずなのに、少しずつ何かが違っている。

(私がまだ解放してないエピソードとかよね、きっと……)

 そう考えるのが一番自然だが、微かな不安が愛実の胸に残っていた。



     ◇



 筆記と実技の試験も無事終わり、私は再び使用人の格好をして王宮へとやって来た。

 手紙のやり取りは定期的にしていたけど、セシル王女と王宮で会うのはこれで二度目だ。

 今回はお互いの報告も含めてもう一度一緒に考えましょうということで、一応調べられた範囲でまとめたものを持ってきたけど、役に立ちそうな情報はほとんどない。

 図書館の管理人さんが寄贈した本で関係しそうなものは全部目を通してみたけど、セシル王女の状態と合致するような例はどの本にも載ってなかった。

(ソレイユ側の調査はどこまで進んだんだろう……)

 手紙では、魔力を流し込んだ時に起こった反応をそれとなく研究者達に話したと言っていた。誰が魔力を流し込んだとかの部分に突っ込まれなかったのかちょっと心配だったけど、その辺はその後の手紙でも触れられてなかったから上手く誤魔化せたんだろう。研究者達はそちらの調査も始めてくれたらしい。

 もし魔力を送り込むことで解決するなら、今日解決することも可能かもしれない。

(あ、でも、私とセシル王女の属性、相性的に良くないな……)

 土属性は風属性に弱い。この前は幸い良くない影響は何も起きなかったけど、大量の魔力を送り込むと何らかの弊害が出てくる可能性もある。

(その辺が難しいな……混ぜるな危険、とかじゃなければ、属性関係なくいけるんだろうけど……)

 各属性と魔力の関係については、色々議論がなされていて、はっきりと分かっているわけじゃない。各精霊がそれぞれ好むのだから、魔力そのものも何らかの違いはあるんだろうけど、各属性の魔法のような相性があるのかと言われれば、首を傾げてしまう。

(結界の核は、誰が魔力を込めてもいいんだよなぁ……)

 叔母上が水属性で、ナディアは土属性、そして私は風属性。過去には火属性の人もいただろう。

 核の魔力がすっからかんになってから魔力を注ぐなら、相性とか関係ないかもしれないけど、そんなことをしていたら結界が崩壊する。核の魔力は半分を切る前に補充されるから、色んな属性が混ざり合っていると思っていい。

(うーん、でも、もしやるとしたら専門家の意見を聞いてからだな……)

 そんなことをうんうんと考えている内にセシル王女の部屋へと着いていた。

 前回も連れてきてくれたフィオレさんがドアを開けて中へと入れてくれたけど、部屋の中にセシル王女の姿はなかった。寝室へと繋がるドアも開いているけど、そっちにいる気配もない。

 フィオレさんも疑問に思ったらしく、部屋の中にいた世話係の人に尋ねると、「あちらに……」と少しためらった様子で庭の方を示した。

 天気もいいし、外に出ているのだろう。そう思って近付いていくと、話し声が聞こえ始める。セシル王女と、誰か男の人だ。

「――ですから、何度も言っておりますが、あの方はそのような人ではありません!」

「ですが、セシル様、何かあってからでは遅いのです。それにきちんとした身分の者であれば、ちゃんと陛下を通して協力を仰げばいいだけのことです。それができないのであれば、協力を許すべきではありません」

 セシル王女にしては随分と声を荒げているな、と思ったけど、どうも私の話をしているような気がする。

「あの方は身元もはっきりしている方です。クラウス様が想像しているような方ではありません! 本来であればお父様に許可を頂くべきなのは私も分かっております。ですが、身元を明かせばあの方にも累が及ぶ可能性があるんです。そういう可能性がある以上、お父様にも話すわけにはいきません!」

「セシル様……」

 途中からしか聞いてないけど、どうも私がこっそり協力しているのが、この男性の耳に入ったらしい。王女の庭に入れているということは護衛だろうか。

 とにかく、このままでは堂々巡りだと思い、私はそのまま庭へと出た。

「お話し中、失礼致します」

「ローザ様……!」

 驚くセシル王女と男性に会釈をする。

(この人、どこかで見たな……)

 前回この部屋に来た時ではない。もっと前だ。それに、誰かに似ている。

 あまり不躾に顔を見るわけにもいかないから、そのまま礼の形を取って名乗った。

「私のことをお話されているようでしたので、僭越ながら間に入らせて頂きました。お初にお目にかかります。セレーネ国フェガロ侯爵家のローザと申します。今はこのような格好をしておりますので説得力に欠けるでしょうが、私の身元については我が国の王子レイ・スキアー様にお尋ね頂ければよろしいかと」

「クラウス・ルーデンドルフだ。フェガロ嬢のことは弟やクロード殿下から聞き及んでいる」

 誰かに似ていると思えば、アルベルト・ルーデンドルフの兄らしい。そして思い出したけど、クロード王子と街に出かけた時、密かについてきていた彼の護衛らしき二人組の片方だ。

(服装が違うとやっぱりすぐには分からないな……)

 でもあの時に私を見ているということは、私がローザ・フェガロだということに疑いはないだろう。

「そうでしたか。では話が早いですね。――以前、偶然にもセシル様とお会いし、協力を申し出たのは私です。結界の維持はセレーネ国、そして国の北端に位置する我がフェガロ領の存続にも関わる重要なことです。この国の人間ではない私が知ってしまったとあればソレイユ国の威信に関わると思い、私の存在は内密にして頂きましたが、他意はありません。私の存在をどうしても不審に思われるのでしたら、いつでも身を引く所存です。ですが、我が国のためにもどうか協力することをお許し下さい。そしてどうかセシル様をお責めにならないで下さい」

 一応セレーネにも関わることだということを強調してみたけれど、それでも関わるなと言われれば、私にはどうしようもできない。その時は堂々と関われそうなレイを通して情報提供するしかないだろう。

「ローザ様……クラウス様、元をたどれば一人で王宮を抜け出した私が原因です。ローザ様は私が置かれている状況に配慮して下さったに過ぎません。ですが、ローザ様もおっしゃったように、この問題はセレーネ国にも関わってくることです。それに、近頃は伯母様も体調が優れないご様子……私の身近な方で高度な治癒魔法を使えるのは、ローザ様だけなのです……」

 セシル王女の必死の訴えが伝わったのか、クラウスさんは軽く息を吐いて、私の方を見た。

「フェガロ嬢、レイ殿下はこのことをご存知か?」

「いいえ。この話をすればセシル様が王宮を抜け出していたことにも触れなければなりませんので、レイ殿下にも話しておりません」

「そうですか」

 クラウスさんは軽く頷くと、再びセシル王女と向き合う。

「本来ならば陛下にお伝えしなければならないところですが、かような状態で王宮を抜け出したことが陛下の耳に入れば陛下の勘気を被ることになるでしょう。フェガロ嬢のことは、私がその評判を聞き、密かに協力を依頼したということにして下さい。それから、フェガロ嬢を呼ばれる時には必ず私も同席させて下さい」

「クラウス様……」

 なかなか大きく出たものだ。セシル王女が叱責を受けるくらいなら自分が受けるという。辺境伯家とはいえ、一近衛兵が首を突っ込んでいいレベルの話ではないから、バレれば厳罰に処されるだろう。それでもいいと、この人は言っているのだ。

(辺境伯家で、クロード王子の護衛をしている人が、セシル王女を庇う、か……)

 その時点でもう色々とお察しだ。

(まぁ、バレるバレないは、私がヘマをしなければいいだけの話かもしれないけど……)

 全く関係ない人を巻き込むのも嫌だから、もしバレた時は私が無理やり協力の許可を取り付けたということにしよう。身分を明かせば多少は大目に見てもらえるかもしれないし、そうならなかったとしても、セレーネに帰されるだけだろう。

 その後は一切父上に逆らえなくなるだろうけど、その時はその時だ。色んなものを投げ捨てようとしている私よりも、セシル王女の方が幸せになるべきなのだ。私の出奔計画なんて、元々成功率が低いものだし。

「では、ルーデンドルフ様には同席をして頂くということで、このまま協力を続けさせて頂いてよろしいでしょうか?」

「ああ、その様に頼む」

 今後の話が決まったところで、私は二人を部屋の中へと促した。いつまでも庭にいては、誰に見られるか分からない。

(使用人の格好をしてても、黒髪は目立つからな……)

 最初の時点でカツラを用意してもらえばよかった。

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