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前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。

 ろくに反応もできない私に、クロード王子はどこか苦しげな表情のまま微笑を見せた。

「すまない、今のは忘れてくれ」

 そう言って私の髪から手を離し、すっと立ち上がって去っていく。

 頭はまだ正常に回っていない。

 何だ、今の。どういうことだ。私が王女だと思ってるって、会ったことないのに何を根拠に一体そんな――。

 少しずつ頭が動き始めて、私は立ち上がった。いつまでも図書館にいても仕方ない。このことをレイに言わなければ。

 走り出したい衝動を必死に抑え、管理人さんへの挨拶もそこそこに図書館を出る。学園の前で待っていた馬車まで足早に向かうと、「今日はお早いですね」なんて御者の人に言われた。

 いつも待っててもらってすみません。私としては迎賓館くらいまでなら歩いて帰るんだけど、防犯上よろしくないとレイに怒られたもので。

 心の中で謝りつつ、「ちょっと急用を思い出したので」とにっこり微笑って馬車に乗り込む。

 急用ということなら、と御者の人が空気を読んでいつもより速く走らせてくれたのは有り難かった。

 あっという間に迎賓館に着き、「ありがとうございます」と御者の人に早口に礼を言って、飛び込むようにして中に入った。

「殿、下っ――」

 すぐに見つけたその姿にうっかり大声を出しそうになり、凍てつくような視線で射られる。

 私は軽く身震いをしながら居住まいを正した。

「ローザ、どうしました?」

 レイの冷ややかな笑みを受けて、軽く視線を逸らす。

 ごめん、分かってる。私が悪かった。

「騒ぎ立てて申し訳ありません、殿下……少し、急を要す話がございまして……」

「分かりました。私の部屋で聞きましょう」

 二階のレイの部屋へと促されて、そろそろと階段を上がる。

 ドア横には私のことを知っている護衛が一人、付いてきた使用人はレイが退がらせた。ぱたりとドアが閉まり、私は詰めていた息を吐き出す。

「それで、急を要す話とは?」

「クロード殿下に、私がニナ王女だと疑われています」

 本当にどうしてそんな風に思われたのか。原因もそうだけど対策についてもレイの意見をもらわなければ、と思っていると、レイは平然とした顔で、「ああ、そのことですか」と返した。

「え、あの、いや、殿下、バレると不味いんですよね……?」

 なんでそんなに落ち着き払ってるんだ。

「クロードだけなら構いませんよ。イニティウムで貴女をお披露目した時から疑ってましたし」

「は、はあ!?」

(そんな話、私聞いてないんだけど……!?)

「次に確信を持って訊いてきたら打ち明けようと思ってたのですが、貴女の方に直接言ったんですねぇ。何か思うところがあったんでしょうか……」

 手を顎に当てて考え始めるレイに、私は待ったをかける。

「待って、待って下さい! バレてもいいって、それは色々と問題があるのでは!?」

「確かに、あまり褒められたことではないので、大勢に知られるわけにはいきませんよ。ですが、クロードは貴女のことで私が頭を悩ませてるのも知ってますし、元々会ったことがあるなら隠し通すのも難しいでしょう?」

「会ったことありませんから!」

「え、ないんですか?」

 レイがきょとんとした表情で首を傾げる。

 ようやくまともに話し合いができそうな雰囲気になり、私は近くにあった椅子に腰を下ろした。

「会ったことがあるなら、もっと前に言ってます……」

「変ですね……クロードの口ぶりでは、本当に会ったことがある感じでしたが……」

 金髪の人間なんてほとんどいない王宮で、あんな金髪碧眼の美形に会ってたら流石に忘れないと思う。

「式典の時だって必要最低限しかいないのは、そっちも知ってるでしょう……きっと誰かと間違えてるんだと思うけど、どうしたらいい?」

 どうにかしてローザはニナ王女ではないとクロード王子に思わせなければ。

「別に、これまで通りで構いませんよ」

「いや、でも……他の人達にまでバレたらどうするの……?」

「そこはバレないようにクロードにも協力してもらいますし、それに、バレたらその時はその時ですよ。多少顰蹙は買うでしょうけど、甘んじて受けましょう。バレて二国の関係に悪影響が出るようなら、そもそも貴女を連れてきたりしませんし」

 最終的にバレても構わないなら、最初から私を連れてきたって言っておいた方が良かったんじゃないだろうか。

 クロード王子にバレたかも、と凄く焦ったけど、深刻に考えていたのは私だけだと分かり、一気に脱力する。

「ねぇ、私、身分偽る必要あった……?」

「貴女にはなかったでしょうけど、私や父上にとっては十分ありましたよ。王女のまま出てきていたら、貴女はこれ幸いと自分の醜聞を広めるでしょう? ですが、フェガロ家の令嬢ならフェガロ家の名を傷付けないように立ち回るでしょうから。実際、ローザ・フェガロの評判はなかなかですよ」

 にっこりと微笑うレイに、私は口許を引きつらせる。

 私を侯爵令嬢に仕立てたのは、ソレイユの許可もなく王女を連れていくわけにはいかないからだと思ってたけど、それは後付けだったらしい。私を今までと同じように振舞わせないという目論見が一番最初にあったようだ。

(やられた……)

 ただ単に私を外に出してあわよくば婚約者を、くらいに考えてるだけだと思ってたけど、レイ達は私がどう考えてどう動くかまで計算して仕組んでいたらしい。

(でも……)

 ローザ・フェガロは実際には存在しない。いや、いたけれど、もう故人だ。セレーネに戻って私がローザ・フェガロでなくなれば、評判なんて何の意味もなくなる。

 それくらいレイも分かってると思うんだけど。

 じゃあ、一番の目的は一体何なんだろうかと考えていると、レイが軽く首を傾げた。

「怒らないんですね。もっと怒るかと思ってましたが……」

「だって、ローザの評判を上げたところで私には関係ないじゃない。ここで私の相手を見繕っても、それはローザの相手でしかないと思うんだけど?」

「そんなもの、外堀を埋めてからニナ・スキアーだと明かせばいいだけですよ。隣国といえど、王族相手に下手な真似をする者はいないでしょう?」

 薄っすらと笑みを浮かべながら言うレイに、軽く血の気が引いた。

 やんわりと言ってるけど、要するに、逃げられない状態にしてからこっちの身分を明かし、「逆らったらどうなるか分かってるな?」と権力を振りかざすというわけだ。もし犠牲になる人間がいたら軽く同情するかもしれない。

「そんな顔をしなくても、多分そういった面倒なことにはなりませんよ」

「なんで?」

「ローザ・フェガロと名乗っていようが、貴女は貴女ですから」

 分かるようで分からないセリフに私は更に首を傾げる。

「それに、ニナ王女と面識があるクロードもいますし」

「いや、面識ないから」

 会ったことなんてないと言っているのに、レイは信じる素振りも見せずにこにこと微笑う。

 何か企んでいるのか、それとも企みが上手くいってて上機嫌なのか、そこまでは判断がつかない。

 胡乱げな視線を送ってもどこ吹く風だし。

「さぁ、そろそろローザに戻って下さい。下に降りて夕食にしましょう」

「……分かりました」

 仕方ない、と私は口調を改めて立ち上がる。

 レイの頭の中にある計画は気になるところだけど、私には一切悟らせないだろう。聞き出そうとするだけ無駄だ。

 それよりも、他の問題をどうにかした方がいい。

(お前がニナ王女だと思ってる、か……)

 何度思い返しても、私には彼と会った記憶などない。誰かと間違えている可能性が一番高いけれど、王宮に私と似ている人物なんていただろうか。

 多分、一番似ているのは異母妹のナディアなんだろうけど、あの子もレイと同じで青い瞳をしている。黒髪で緑の目というのは結構いるけれど、王宮にいる王族以外の女性はおおよそ使用人だ。王女だとは思わないだろう。

(式典に招かれた貴族の誰か……?)

 そっちの可能性も考えられるけど、式典には一応私も出ている。服装が違うのに間違えるだろうか。

 そう考えると、私以外の誰かが私に間違えられる可能性は低いように思われる。

(私が、忘れているだけなんだろうか……)

 脳裏に、図書館でのクロード王子の表情が蘇る。

(あんな顔、するなんて……)

 ローザ相手にフラグが立ってそうな感じはひしひしと感じていたけど、ローザは所詮作り物だ。面倒だとかは感じても、私自身に向けられた感情ではないから何とも思わなかった。

 けれども、あれが私に対して向けられた感情だとしたら――。

 胸の中がざわつく。

 あぁ、これはきっと、一番面倒な事態だ。



     ◇



「――全科目、満点。素晴らしい結果でした、マナミ・カンザキ」

 教師の言葉に教室の中がざわつく。驚きの声の中にいくつか称賛の言葉が聞こえ、愛実は頬を緩ませた。

(やった、全部満点……!)

 答案用紙を受け取り、一枚一枚確認すれば更に実感が湧く。

「実技試験もこの調子で頑張るように」

「はい!」

 力強く頷き、軽い足取りで席へと戻れば、仲の良い平民の子達が集まってきた。

「すごい! やったね!」

「遅くまで勉強してたもんね!」

「えへへ、ありがとう」

 ゲームで培った知識もあるが、実際の授業やテストにはゲームでは出てこなかった設定もたくさん出てきている。満点を取るには手を抜けないと気付いた愛実は、一週間以上前からテスト勉強に打ち込んでいた。

 元々、勉強は苦手ではない。学年でも優秀な子達に比べれば劣るが、それでもクラスの中では毎回上位に入っていた。もっと目立つ子達がいたから、愛実が注目されることはほとんどなかったが。

「マナミ、頑張りましたね」

 柔らかな少年の声に、愛実はぱっと声のした方を振り返る。

「カミーユ! ちょっと不安だったけど、大丈夫だった。勉強教えてくれてありがとう。全部満点取れたのはカミーユのおかげだね」

「いいえ、そんなことはありませんよ。マナミは元々基礎はしっかり理解できてましたし、真面目にこつこつと勉強に取り組んだのが何よりも功を奏したのだと思いますよ。全部マナミの力です」

 面と向かって自身を肯定されたのは久しぶりな気がした。愛実は顔に朱を走らせながら軽く視線を逸らす。

「で、でも、私はカミーユに教えてもらわないと分からないとこいっぱいあったし……それに、カミーユも全部満点だったんでしょう?」

「ええ、まぁ」

「だったら、カミーユの方がすごいよ」

「私は勉強くらいしか取り柄がありませんから」

 カミーユと話していると、他の貴族の子女達も次第に愛実の周りへと集まってきた。

 侯爵家や伯爵家の者達は未だに少し距離を置かれているが、子爵家や男爵家といった下級貴族の子女とは最近話す機会も出てきている。

 当初は、伯爵の子息であるカミーユと普通にしゃべっているのだからと、他の貴族の子女とも普通に接していたのが良くなかったようだ。学園に通い始めてしばらくはギスギスした雰囲気が続いていたが、カミーユの取り成しや同じ平民の子達の助言のお蔭でそれも徐々に薄れていった。

 貴族達の間で悪評が立てば、クロードやレイの好感度が下がるのではと危惧していたが、その心配もなくなった。

(テストで満点も取ったし、あとは飛び級の問題をクリアするだけ……)

 未だにクロードやレイとは言葉を交わせていないが、飛び級して二年生になれれば同じクラスだ。今よりもずっと話しかけやすくなる。

(テストが思っていた以上に遅かったから、これから挽回しないと……)


 授業が終わり、いつものようにカミーユと食堂に向かえば、廊下の反対側からクロードとレイが歩いてくるのが見えた。

(あ……)

 ずっと話したくてたまらない二人の姿に胸が締め付けられる。愛実は自然と足を止めていた。

「マナミ?」

 気付いたカミーユが立ち止まって、こちらを振り返る。

 話しかけに行きたいが、きっとまたカミーユに止められるだろう。勝手に話しかけてカミーユに嫌われるのもいやだ、と愛実はぐっとこらえてクロード達から視線を逸らした。が――。

「あぁ、カミーユ。それと、そちらはマナミ・カンザキだったな」

 ゲームと同じクロードの声が聞こえてきて、愛実ははっと顔を上げた。

「クロード殿下、レイ殿下、授業お疲れ様です」

 すっと礼をするカミーユを見て、愛実も慌てて頭を下げる。

「聞いたぞ。テストで全科目満点を取ったんだってな。カミーユはそれくらい普通にやってのけそうだが、魔法を学び始めたばかりなのにそこまでできるとは、大したものだ」

 自分のことを言われているのだと分かって、愛実は唖然と顔を上げる。

「え、え……?」

 名前くらいは多分伝わっているのだろうとは思っていたが、愛実のテストの点数まで知っているとは思わなかった。

(だってまだ一度も話したことないのに……)

 カミーユが言ったのだろうか、と困惑しながら目を向ければ、カミーユは苦笑しながら、

「成績優秀者は、教師から王へと報告されるようになっているんです」

 と説明してくれた。

「平民で全科目満点を取った者は今までいないそうだ」

 愛実はクロードの顔を見上げたが、自分の顔に熱が籠っているのに気付いて再び顔を俯ける。

「い、いえ、あの、カミーユ、様が、勉強を教えて、下さったので……」

 相手が王族なので慣れない敬語を必死に使ってみたが、これで良かっただろうか。挙動不審になりながら視線をさまよわせていると、今度はレイと目が合い、にこりと微笑まれる。

 更に頬が熱くなってしまった。

「実技試験は明日だったよな? 頑張れよ」

「は、はいっ」

 ゲームでもクロードから褒められるシチュエーションはあったが、それはクロードのルートに入ってからの話だった。一度も話せていない状況では起こらないだろうと諦めていたが、予想に反してクロードの方から声を掛けてくれたのだ。テスト勉強を頑張って良かった、と愛実は小さな幸せを噛みしめる。

(も、もしかしたらこのままご飯も一緒に食べられるかも……!)

 そんな淡い期待も浮んだが、次の瞬間にはクロードの口から出てきた言葉にそれも打ち砕かれていた。

「ローザ、エミリア!」

 声を明るくしたクロードが、愛実の横を過ぎ去っていく。

(っ……!)

 引き留めたくて手を伸ばしそうになったが、指が僅かに動いただけだった。

 嬉しげでどこか甘さを含んだ声。その声音だけで自分との差を見せつけられた気がした。

 振り返った先にあるのは、ローザとクロードのルートでライバルとなるエミリア・フォンテーヌの姿。話し掛けられているのは主にローザだが、何故かエミリアの後ろに隠れようとしている。その様がまたクロードの好奇心を刺激するのだろうか。覗き込むようにローザの顔を見ようとするクロードは傍目から見ても楽しそうで――。

 胸が痛かった。

 彼と話す機会さえあれば、自分ももっと親しくなれたかもしれないのに。

 視線の先にいるのは、自分だったかもしれないのに。

(私が、ヒロインのはずなのに……)

 愛実はそっと手を握った。

 自分に与えられるはずの機会は与えられず、気付けばレイのルートでライバルとなるはずのローザがクロードと親しくなっている。

(やっぱり、あのローザはおかしい……こんなの、ゲームではなかった……)

 最初からローザが出てきた時点でもっと警戒すべきだった。

 ゲームでは、各キャラや貴族達がヒロインの存在を歓迎する中、ローザだけはその存在を否定的に見ていたのだ。それを考えれば、愛実がクロード達に近付かないよう、ローザが裏で手を回している可能性がある。

(でも、私をいつも引き留めてるのはカミーユ……まさか、カミーユもローザに唆されてるの……?)

 だとしたら、愛実には一人も味方がいないどころか、カミーユにばかり頼っていてはクロード達と話す機会なんて一生回ってこないということだ。

(そんなことさせない……邪魔なんて、させない……!)

 愛実は視線の先にいるローザを憎々しげに睨みつけた。


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