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前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。
ようやくアミュレットの作成に成功した私は、クロード王子が帰った後、上機嫌でペンダントをヴォルフに渡しに行った。
レイの護衛部隊の隊長で、近衛兵になる前は軍で魔物討伐にも出ていた彼ならアミュレットの性能を適正に評価してくれるだろう。もっとも、彼の現在の任務はレイの護衛で、しばらくは魔物を相手にすることはないけれど。
(夏まで待たないとな……)
あのゲームと同じように進むなら、夏休みに一つのイベントがある。王都の付近で魔物の姿が目撃されたという情報を受けて、クロード王子とレイを含めた一行が太陽の塔に異変がないか見に行くのだ。様子を見に行ったついでに結界の核の魔力が減っていたら補充しようということでヒロインも駆り出される。
幼馴染曰く、これは強制イベントで、各キャラの好感度がそれほど上がってなくても、“セシル王女が魔力を失っているのでヒロインに代わりを務めて欲しい”と依頼が来るらしい。
(カンザキさんが行くかどうかはともかく、レイは行くことになるだろうな……)
塔の管理者は王族だ。太陽の塔と月の塔という名前に違いはあるけれど、中の構造は同じだと聞いている。太陽の塔が駄目になればセレーネ側の結界も崩壊するから、王族としてレイは自身の目で様子を見に行くだろう。そうなれば護衛であるヴォルフがついて行くのも必須。
そして、このイベントでは、道中でダークウルフの群れが出現する。
ゲームではプレイヤーがRPGのごとくメインキャラとヒロインを操作して撃退しなければならない。幼馴染がここだけは毎回私にゲーム機を渡してきたからよく覚えてる。
(まぁ、ゲームじゃないから、実際に戦うのはレイ達じゃなくて同行するソレイユの兵やヴォルフ達だろうけど)
魔物討伐の経験もないレイ達が戦闘に参加するなら、姉としてもローザとしても止めないといけない。
そんなわけで、そのイベントが起きればヴォルフは確実に魔物と戦闘することになるから、アミュレットの性能についても聞けるわけである。結界が弱まるのはいただけないけれど、そういう個人的な利点があるのは確かだし、異常があるなら早めに分かった方が対策を練る時間も増える。私としてはゲーム通り進むことを願いたい。
(夏休みまでまだ時間はあるし、他の人達の分も作っておくか……)
ああいうアミュレットは基本的に国から支給されるけど、作り手の絶対数が少ないからか、一人当たりに支給される数はそれほど多くないと聞いている。ずっと使い続けていると効力が弱まったり壊れたりするから、定期的な補充も必要だ。
人が魔法を使えるようになってそれほど長くないせいだろうか、この世界は魔法研究どころか魔力を利用したアイテムも充実していない。MPポーションとかもないから、正直魔力を使った戦いは詰んでいると思う。回復役が部隊の中にいればまだいいんだろうけど、いないことの方が多いだろうし。
(ダークウルフ程度に苦戦はしないと思うけど、アミュレットは多いに越したことはないか……次の休みにでも核を買いに行こう……)
付加魔法の練習が一段落したことで、治癒魔法を調べる作業に戻ることができたけれど、そもそも中断せざるを得なかった理由がレイに怪しまれてしまったからだ。それを考えると迎賓館で治癒魔法の本を開くのもためらわれて、最近はぎりぎりまで図書館に居座って調べている。
ちょうどもうすぐ試験があるから試験勉強と言って誤魔化せているけど、試験が終わったらその手も使えなくなる。
(多分、まだ疑ってるんだよなぁ……)
この前の休日、アミュレットに使う核を買いに街まで出掛けたんだけど、やたら視線を感じると思えば、レイの護衛隊の近衛兵の一人を見つけたのだ。
私服を着てたから非番でちょうど街まで出てきてたという可能性もあったけど、ずっと付かず離れずといった感じで近くにいたから、多分監視してたんだろう。王宮の近衛兵が王族以外の護衛をするのも変だから、私には護衛を付けなくていいと最初の内に取り決めたし、やっぱり付けることにしたというならレイも私に直接言うだろう。護衛が付いたという線は薄い。
(身内に見張られるなんて、ますます悪女っぽいな……父上にも報告が行ってるんだろうか……)
レイは小まめにセレーネの面々とやり取りをしている。父上やエリーズ様にはこちらの状況の報告を、寂しがっているリュカやナディアには日常の些細なことを書いた手紙を。リュカやナディアは私からの手紙も欲しいということで、レイが手紙を出す時に一緒に封筒に入れてもらっている。侯爵家の一令嬢が王族と頻繁に手紙をやり取りするというのも変だからそういう手段を取った。
そうやって、自分が書いた手紙をレイに渡すことはあっても、私がレイの報告書を読むことはないから実際どんな内容がやり取りされているのかまでは知らない。
私を外の世界に出すというのは父上の考えでもあるだろうから、私について何らかの報告がなされているのは確かだろうけど――。
(あー、やめやめ……!)
今は自分のことなんて気にしてる場合じゃない。それよりも、セシル王女のことの方が大事だ。
とりあえず、今分かっていることをもう一度整理しよう。本当は一つ一つ書き出したいけど、この前みたいに誰かに見られるわけにはいかないから、頭の中でやるしかない。
まず、魔力を失うという現象は過去に例がなく、病気の類でもない。治癒魔法や状態異常回復魔法の類も一切効かなかった。
唯一効果があったと思われるのは、魔力を体内に直接流し込むという方法。それも私の魔力がセシル王女の体内に留まったのではなく、私の魔力に反応して彼女自身の魔力が生まれた。ただ、一瞬の内になくなってしまったけれど。
感知できたのはごく微量だったけれど、それでも身体の外に流れていったわけではないことは分かった。
(消える、か……消滅か、もしくは消耗……?)
作られた傍から消滅していっているのであればお手上げだ。魔法の対価に使ったわけでもないのに消えてしまうとか、どんな作用が働いたらそうなるのか。
そうではなく、消耗だとすれば、何らかの魔法が発動していることになる。それも常に魔力を消費しているような魔法でないと、あんな状態にはならない。けれども、本人が魔法を使っている形跡はない。
(他人の魔力を利用して魔法を使う……? そんな方法、聞いたことない……)
いや、前世のゲームや漫画では他人の魔力とかを媒体に魔法や装置を作動させるというのもあったような気がする。でもそういうのは純粋にその人をエネルギー源としているだけで、精霊に呼び掛けて力を貸してもらうこの世界の魔法とはそもそも仕組みが違う気がする。
(まぁでも、可能性として考えられるなら一度調べてみないといけないか……)
その他に消耗という形で考えらえるのは、体内に魔力を吸い取ってしまう何かがある可能性。外に出て行っていないなら、魔法を使うのとは別の方法で体内で消費していると考えるしかない。荒唐無稽だけど、魔力を吸い取る寄生虫みたいな魔物がいて、それに寄生されてるとか――。
(いや、それだと魔物の魔力は感知できるはずだから違うか……)
魔物じゃなくて装置的なものだったとしても、それが体内にあるなら、吸い取られた魔力を感知できないとおかしい。
(うーん、やっぱりこの線はないか……)
となると、消滅の線が有力になるけど、どうやって消滅しているのかやっぱり想像がつかない。
私は自分の手を見つめる。
魔力は目に見えるものではないけれど、身体の中を満たしているのは感じ取ることができる。イメージするなら魔力をストックできる容器に並々と入っている感じだ。
魔力を持っている人間には生まれた時からその容器がある。大きさは人それぞれだけど、王族の血から遠ざかるほど魔力の絶対量が少ないと言われているから、容器が小さいといったところだろうか。ゲーム的に言うと、初期の最大MPに個人差があるようなものだ。ただ、この容器は修練を積めばある程度は大きくなる。
セシル王女の場合、感じたイメージとしては“空っぽ”だった。容器が縮んだとかそういうのではなく、満たされていない。
(でも、空っぽなら、魔力が作られていくはず……)
それが作った傍から消えている。だとすれば、彼女の身体は体力や気力をどんどん消費して魔力を作るんじゃないだろうか。
けれども、セシル王女は魔力以外で身体に異常は感じていないから、そこもおかしい。
まるで彼女の身体は魔力が枯渇していることを分かっていないかのような――。
「――随分と難しい顔をしてるが、何をそんなに悩んでるんだ?」
不意にそう声を掛けられて、はっと顔を上げる。
「クロード殿下……」
今度は貴方ですか。
「治癒魔法の本か……相変わらず勉強熱心だな」
そう言ってクロード王子は苦笑する。
「いえ、これは、試験勉強の合間に少し開いてみただけですわ」
今日は何もメモとか書いてないから、それほど必死に隠す必要はないんだけどそう言っておく。具体的にどういう治癒魔法を勉強してるのか訊かれたら誤魔化しきれない可能性がある。
「試験前に余裕だな」
そう言いながら、クロード王子はさりげなく隣の椅子を引いて座った。
いや、長居する気かよ。
思わず出そうになった突っ込みを抑え込んで、顔に笑みを浮かべる。
「そういうわけではありませんよ。同じ内容ばかり勉強していたら飽きてしまいますから、ちょっとした気分転換です」
「こんな高度な魔法書が気分転換になるのか……?」
「ふふふ、ちょっと目を通してるだけで、ちゃんと読んでるわけではありませんから」
そろそろ苦しくなってきたぞ。いい加減、話題を変えたい。
「ローザは、いつから魔法の勉強をしてるんだ?」
「さぁ、ちゃんと教わり始めたのは十歳くらいの頃でしょうか? それよりも前から興味はありましたから、自分で本を読んだりはしてましたけど……」
「十歳……フェガロ家は随分早くから教えるんだな」
「そう、なのでしょうか……? 他家の話はあまり知らないもので、よく分かりませんが……」
フェガロ家の魔法教育がどうなってるのかちゃんと知ってるわけではないけど、従弟のリーンハルトも同じ頃に教わり始めたと言っていたからそんなものだと思う。
因みに、王族も結構早くに魔法教育を始める。結界の維持とか、魔法に関する重要な役割を担ってるのに他の貴族と同じでは話にならないということだろうか。学園に通う前に基礎は全て済ませ、王女である私やナディアは結界維持の授業もプラスで受けている。やってないのは応用くらいで、レイも私も、そして恐らくクロード王子も、本当は一年から学園に通う必要はないのだ。
それでも通っているのは、復習を兼ねてというのもあるけど、一番は貴族と交流を持つためだ。貴族の子女にとって学園は一種の社交界だけど、レイやクロード王子から見れば更にその意味合いが強まる。
私ももちろんそこに放り込まれそうになったので――というか、結局放り込まれてしまったけど――、基礎も十分にやったし、応用も全部独学でやると主張したのだ。流石に独学でやるという主張は通らなくて、それまで通り王宮の魔法教師が部屋までやってきて授業をやるという形になったけど。
「もしかしたら、私が早くから興味を持ち始めたから、早く始めただけかもしれません」
そして同い年のリーンハルトは単にそれに巻き込まれただけかもしれない。普通の貴族なら、十歳前後は読み書きとか算術を教わっている頃らしいから。
「そういえば、ニナ王女も早くから魔法の勉強をしていたとレイが言ってたな」
不意に、クロード王子の口から自分の名前が出てぎくりとする。必死にポーカーフェイスを保とうとしたけれど、王子の目を誤魔化せたかは分からない。
(レイもそうだけど、意外と見てるんだよな……)
そうやって他人の表情や仕草を読み取るのも、将来の為政者として必要とされる技術なんだろう。
「その話は、私も伯父から聞いたことがあります。ですが、王族の方々は元々早くから魔法教育を受けるのでしょう?」
「確かにそうだが、十歳は流石に早いな。やはりフェガロ家が特別なんだろう。そういえば、ニナ王女の母君もフェガロ家の女性だったと聞いたな」
「ええ、そうですね。ですが、早くに亡くなられているので、オルガ様やフェガロ家の意向ではないと思いますよ」
単に私がやりたかったからだ。伯父達から魔法に関するあれこれを教わることは確かにあったけど、私が早くに独学を始めたから、これ幸いと色々教えこんでる感じだった。
「そうか、そうだったな……ローザは、ニナ王女と会ったことはあるのか?」
会うも何も本人だけど。
「いいえ、ありませんわ」
そろそろ“ニナ王女”の話はやめてもらえないだろうか。同じ王族として色々気になるのかもしれないけど、話している内にボロが出やしないかと気が気でない。
(レイがいたらさり気なく話題を変えてくれるのに……)
私がレイを避けて行動してたから仕方ないんだけど。
「実はな、インフィニティで馬車から降りてきたローザを見た時、俺はニナ王女だと思ったんだ」
(は……?)
ちょっと待て。待ってくれ。何故その時点で王女だと思われるんだ。
「そ、そう、なのですか……? ええと、確かに歳は同じですが……」
レイの傍に同じ年頃の女の子がいたから、王女だと思ってしまったとかそういうことだろうか。
「一度だけだが王宮で会ったことがあってな、ローザはニナ王女によく似ている」
すみません、私は会ったことがないんですけれど。
(え、何……? 誰かと間違えてる……? いやでも、ローザと似てるとか言ってるし……)
会ったことがあるとすれば式典とかの時だろうけど、どれだけ記憶を掘り返してみてもこの人と会った記憶なんてない。
「まぁ、ニナ王女もフェガロ家の血を引いてるなら、ローザと似ていてもおかしくないんだろうけどな」
「え、ええ、そうなのかもしれません……」
是非ともそう思っていてくれ、とぎこちなく頷いていると、クロード王子が束ねている私の髪を手で掬い上げた。どこか苦しげな目が、私を見ている。
「だが俺は、未だにお前がニナ王女だと心のどこかで思っている」
その言葉に、私の思考はほとんどと言っていいほど停止した。




