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前話までに評価・ブクマをして下さった皆様、ありがとうございます。

 テーブルに積んだ本を読み終え、レイは軽く息を吐いた。

 ニナが逃げるように図書館を出た後、レイは目についた本を数冊借り、迎賓館へと戻ってきた。借りたのは全て最近ニナが図書館から借りてきていたものだ。内容はどれも治癒魔法系で、授業で学ぶよりも遥かに高度な内容だった。

(相変わらず、このレベルの本を然程苦もなく読んでしまうのですから、感心を通り越して呆れてしまいますね……)

 レイも今しがた同じ本を読み終えたが、どういった方面のことが書かれているかを知りたかっただけであるため、ざっと目を通した程度だ。中身まできちんと理解したわけではない。

(本当に一体何を考えているのやら……)

 付加魔法の勉強をしていると言い張ったニナだが、学んでいるのはどうみても治癒魔法だ。付加魔法の勉強というのが嘘というわけではないが、本腰を入れているのは治癒魔法の方だろう。

 レイはここ一か月ほどの記憶を掘り返す。

 最初は確かに付加魔法の勉強に取り掛かっていた。日暮れ間際に図書館に行きたいと言い出した時も、付加魔法の話をしていた。

 それが一体いつから治癒魔法に変わったのか。

(確かあの時、治癒魔法の本が一冊……)

 それ以外は付加魔法の本であったため、偶々興味を惹く内容の本を見つけたのだろうと、その時は深くは考えなかった。

 実際、どういったことから思い付くのか、ニナの発想は時折突飛で、予想外の行動をすることはままある。偶々面白い本を見つけて治癒魔法に興味が移ってしまった、といってもレイは別段不思議に思ったりはしない。

 しかし、それを隠し立てするとなると話はまた別だ。

 誰も咎めたりはしないというのに何故隠す必要があるのか。何らかの理由がある筈だが、まだ見当がつかない。

(厄介なことを考えてないといいんですが……しばらく様子見ですね……)

「ヴォルフ」

 レイはドアの傍に控えていた護衛の名を呼ぶ。

「しばらく姉上と、それからエマの行動を監視して下さい」

 王女の監視をしろという言葉に、ヴォルフは不信感を露わにすることもなく頷く。

「畏まりました。人員は二、三名ほどでよろしいでしょうか? 今回、殿下の護衛は一分隊しか連れてきておりませんので、それ以上となりますと……」

「いいえ、一人で十分です。基本的に持ち場を離れない程度で。あれでも結構視線には敏感なんですよ。いきなり護衛が自分の周りをうろうろし始めたら流石に気付くでしょう。今回は“侯爵家の人間に近衛兵が護衛として付くのはおかしい”と言い張るので、護衛は付けていませんでしたし」

 フェガロ家から誰か護衛を出してもらえばよかった、とレイはつくづく思う。ある程度身を守る術は持っているからと、一人にすべきではなかったのだ。

「監視といっても目の届く範囲で構いません。少しでも気にかかることがあれば報告を」

「承知致しました」

 ヴォルフは「部下に伝えて参ります」と言って、部屋を辞した。

 レイはテーブルの上の魔法書に目を向ける。

 ソレイユでもセレーネでも、このクラスの治癒魔法を扱えるものは極僅かだ。ものによっては誰も扱えないものもあるだろう。

(ただの興味ならともかく、もし使うために学んでいるとしたら……)

 しかしニナの交友範囲は狭い。そしてレイが知る限り、ニナが関わる人物で病を得ている者は一人としていない。しかも通常の治癒魔法ではなく、高度で特殊なものばかりだ。そんな状態にある者がいれば、まず噂になるだろう。

(心当たりがないこともないんですが、会う機会なんてなかった筈なんですよねぇ)

 しばらくはヴォルフの報告を待つことにしようと、レイはこの件を一旦保留にした。



     ◇



 図書館でレイに問い詰められてから数日、色々と怪しまれたままでは困るので、付加魔法の勉強に戻ることにした。

 といっても、黒曜石を駄目にした原因が分からないので、ひたすら関連する本を読んで、魔力のコントロールをするだけに終わっている。

 ちなみに、修復魔法は探してみたけれど存在しなかった。

 この世界の魔法の原理から考えると、自分でイメージできてそれを精霊に伝えられれば実現可能なんだろうけど、割れた石を元に戻す方法を具体的にイメージできなかった。

 生き物なら怪我が治るイメージとかできるけど、石をくっつけるとかどうやったらいいか分からない。接着剤でくっつけるとかじゃ、本当の意味で元に戻ったとはいえないし。

 前世の知識とかも頑張って引っ張り出してみたけど、分子だの原子だの、化学の範疇になったところで止まってしまった。そんなに得意じゃなかったんだよ、あっち方面は。

 色々とメモを書いた紙を引っ張り出して、見直してみる。

 今は属性別魔法の授業で、基本的にやりたいことを自由にやっていい時間だから、何の気兼ねもなく専念できる。

(割れた石……元に戻す、くっつける……言い換えると、結合?)

 やっぱり化学に戻ってきた。

(だめだ……これ以上は分からない……)

 精霊に「元に戻して」とお願いするだけでいいなら楽なんだけど、それは普通に駄目だった。やってみたけど、何も起きなかった。

「――これは……何の勉強をされてるんですか?」

 うんうんと唸ってる時に聞こえてきた声に、私ははっとしてメモを手で覆い隠す。

 顔を上げると、不思議そうな顔をしたカミーユ・セルヴェがいた。

(あ、そうか……今日は学年関係ない日だった……)

 属性別魔法の授業は、上級生も下級生も一緒に話し合えるよう、何回かこういう日が設けられている。私は話し合いに参加する気はなかったから、教室の隅で一人で付加魔法に没頭してたけれど。

「カミーユ様、お久しぶりでございますね」

 にこりと愛想笑いをしながら、手で隠したメモをノートの下に潜り込ませた。

「お久しぶりです、ローザ様。盗み見るようなことをして申し訳ありません。少し興味深かったのでつい……」

「い、いえ……私の方も、久しぶりにお会いしたのにご挨拶一つせず、申し訳ありませんでした」

「それで、何の勉強をされてたんですか?」

 ちょっと話を逸らせないかと期待したけど、駄目だった。

 メモには前世の知識から引っ張り出した言葉とか、辛うじて覚えてた化学式とか元素記号とか、この世界の人間には見慣れないものばかり書いていた。意味が分からなければ落書きに見えるんじゃないかと思ったけど、彼の目にはそうは見えなかったらしい。

「円がいくつか描かれてたので魔法陣かと思ったんですけど、周りに書いてある模様はどういった意味なんでしょう?」

 円というのは多分、原子のイメージを簡略化した図のことで、周りの模様は漢字のことを言ってるんだろう。

「ええと、大した意味はないといいますか、そもそも魔法陣ではありませんので……」

 しどろもどろになりながら、とりあえず彼の考えを否定しておく。

「その、最近少し付加魔法の勉強をしているのですが、上手くいかず……」

「先程の模様は付加魔法に関するものなんですね」

「い、いえ……あれは、その……付加魔法を練習しようとしたのですが、練習台の核を砕いてしまいまして……どうにか元に戻せないかと色々と考えていたところなんです……」

 本当、迂闊に人前でこういうものを出すもんじゃない。

 皆それぞれ興味のある話題で輪を作って盛り上がってたから、誰かが気に留めるとは思わなかった。

「そうなんですか。核には何を使用したんですか?」

「黒曜石です。核としてのランクは低いので、あまり魔力を送り込まないように気を付けたのですが、ヒビが入った後、ぱっくりと割れてしまって……」

 ああ、とカミーユ少年は頷く。

「黒曜石は柔らかいですからね。でも、魔法を付加することで割れてしまうという話はあまり聞きませんねぇ」

「そ、そうなのですか……?」

「先程、“魔力を送り込む”と仰ってましたよね? 黒曜石の中に魔力を注ぎ込んだんですか?」

「え、ええ。そうです……」

「では、そこが問題だったのでしょう。核には黒曜石などの宝石と魔物から偶に出てくる魔石の二種類がありますが、核として使える宝石は魔力に対する耐性があるだけで、元々魔力は秘めてないんです。なので、宝石類の中に直接魔力を注ぎ込んでしまうと、形を保てなくなってしまいます。逆に、魔石の方は元々魔力を秘めているので、外から魔力を注ぎ込んでもある程度は問題ありません」

「そ、そうなんですね」

「もっとも、付加魔法は魔力を直接核に注ぎ込むという方法は取りませんが……」

 苦笑するカミーユ少年に、思わず表情が固まる。

 そもそものやり方を間違えていたらしい。

(やっぱり塔の核に魔力を注ぐのとは違うんだ……)

 色々と本を見たけど、そんなことどこにも書いてなかった。

「カミーユ様は付加魔法にもお詳しいんですね」

「少しですが、支援魔法の適性がありますので」

「まぁ、そうなのですか」

 折角なので付加魔法について詳しく聞いてみると、付加魔法とは、文字通り核となる宝石や魔石の表面に魔法を付け加えることであって、中に送り込むことではないとのことだ。表面を魔法でコーティングするようなイメージだろうか。

 そもそも、核に直接魔力を送り込むということ自体が特殊な方法らしく、実用化されてるのは塔の核への魔力補給と呪いなどがかかっているアイテムを破壊する時だけらしい。

 よくそんな方法を思い付きましたね、と言われた時は空笑いをするしかなかった。

 しかし、カミーユ少年は本当に魔法学に詳しい。私も魔法学の本は結構読んでるつもりだけど、半分以上独学だからか、色々と話を聞いてみると理解できてない部分もちらほらあったりした。

「本当に詳しいですね……セルヴェ家では、学園に入る前にも魔法教育が行われているのですか?」

「いいえ、一族でそういう取り決めをしてるわけではありません。ただ、私は幼い頃から魔法学に興味があったので、研究者をしていた母方の祖父に色々と教わったのです。ローザ様も、図書館の管理人にはお会いしているかと思いますが、管理人をしているのが私の外祖父ですよ」

 なんと、いつもお世話になってるあの老紳士はカミーユ少年のお祖父さんだったらしい。

「まぁ、そうなのですね」

「この前祖父にあった時に、ローザ様の話を聞きました。非常に勉強熱心な方だと、祖父も感心してました」

 魔法学には確かに小さい頃から興味を持っていたけど、あんなに通い詰めてるのはそうせざるを得ない事情もあってのことだ。そんな風に言われると、恥ずかしいやら申し訳ないやらといった気持になってしまう。

「い、いえ、そんなことは……カミーユ様ほどではないと思います」

「私は将来魔法学の研究者になりたいので、当然と言えば当然ですかね。ローザ様もそれほど熱心に勉強していらっしゃるということは、研究に興味があるのでしょうか?」

 カミーユ少年は普通に疑問に思って訊いてきたんだろうけど、私は少し言葉に詰まってしまった。

「興味は、確かにありますが……」

 魔法を使って色々できないかと考えることはよくあるし、研究者にも興味はある。歴代の王女の中には研究に携わった人もいるから、王女が研究者になってもいいんだとは思う。

(研究者になったら結婚しなくていい、とかだったら喜んでなるけど……)

 きっとそんなことは許されない。それが分かった段階で、私の中の選択肢からは消えていた。

 研究所は王都にしかない。ずっと王都にいられるなら、出奔に失敗して結婚させられても研究者になることはできるだろうけど、私の場合、結婚すれば王都にはいられなくなる。

 貴族は基本的に自分の領地に住んでいる。王都にいるのは王宮で官職を得ている貴族だけだ。フェガロ家も、大臣職の伯父一家は王都にいるけど、その他は皆領地にいる。

 ナディアの場合は役目を継がないといけないから王都にいないといけないし、正室の王女だから結婚相手もかなり慎重に選ばれるけど、私には何の制限もない。つまり、貴族なら誰にあげてもいいということだ。わざわざ王都に置いておく必要はない。寧ろ、地方の貴族こそ私を欲しがる。強い魔力を持った子を産むことができる王女を――、私の(はら)を――。

(男だったら、研究者でも兵士でも、好きになれただろうに……)

 それはそれで跡継ぎ問題とかで少しややこしくなりそうだけど、側室の子ということでさっさと辞退すればいいだけだ。その方が私にとってはかなり楽だったに違いない。

「私が研究者になるのは難しいでしょうね……」

「そうですか……」

 カミーユ少年は少し残念そうにしていたけど、なれないものは仕方ない。

「あ、一つ思い出したのですが、訊いてもいいでしょうか?」

 折角魔法学に詳しい人と話す機会ができたのだからと、私は話題を変えることにした。


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