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前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。
その後、セシル王女から軽い昼食を誘われたのでありがたく頂き、今後の連絡方法を話し合った。
私が協力している件はまだ内密にしておいた方がいいということで、私への連絡はエマを通してしてもらうことになった。基本的にレイの近くにいないといけないから、直接私に手紙を渡したりするのは大変だ。
伝達系の魔法があればいいんだけど、私が知る限りでは存在していない。前世のように通信技術が発達していないこの世界では、是非とも欲しい魔法だ。色々落ち着いたら、方法を考えてみるのもいいかもしれない。
王女の部屋に長居しすぎて誰か訪ねてきたら大変なので、話がまとまったところで王宮を出た。帰りも見知った顔の人物には遭遇せず、ラングロワ侯爵家で着替えて何事もなく街へと行くことができた。
一応街へ行くと言って出てきたし、この前ダメにしてしまった黒曜石の代わりになるものが欲しかったのだ。
自分で装飾品の店を探してみようかとも思ったけど、もう昼を過ぎていたからこの前クロード王子に連れて行ってもらった店にいくことにした。帰りも迎賓館まで徒歩だから、余裕を持って動かないと日が暮れるまでに戻ることができない。
門限とかは別に決められていないけど、暗くなっても帰らなかったらレイに殺される気がする。
店に入ってこの前みたいに魔力に反応する石を探してみると、黄色系の石をペンダントにしたものを見付けた。買う時に聞いてみたら、アラゴナイトだと言われた。
(まぁ、これを使うのは大分先だな……)
黒曜石みたいに砕いてしまったら嫌だ。修復魔法のようなものがないか探すつもりだし、実験台に使うのは先の話だ。
石の大きさの関係か、希少性の関係か、この前買った黒曜石の腕輪よりも高かった。加工費とかチェーンの値段とかも入っているんだろうけど、石だけ欲しい私としては余計な出費をしてるのかもしれない。
(原石ならもっと安く手に入るんだろうけど、そういうのは店には並ばないだろうな……まぁ、庶民向けの店だから安いと言えば安いんだけど……)
もう少し核として丈夫な石が欲しくなった時は考え物だ。
あれこれ考えながら歩いている内に、迎賓館へと着いていた。日暮れ前に帰ってこれて、ほっと胸を撫でおろす。
「お帰りなさい、ローザ」
ソファーで寛いでいたレイに声を掛けられ、侯爵令嬢らしく会釈を返す。
「ただいま戻りました、殿下」
「街へは一人で行ってきたんですか?」
「そうですが……?」
今朝そう言ったと思うんだけど。
「この前と似たような恰好をしていたので、またクロードと行ったのかと思ったんですが、そうですか……」
レイは軽く溜め息を吐く。
何故そこで溜め息なんだ。
「クロード殿下にはこの前のようなことは控えて頂くよう申し上げましたので、しばらく一緒に出かけることはないと思いますが……」
そう言うとまた溜め息を吐いて、額に手を当てるレイ。
本当に何なんだ。
「貴女は……何故また……」
何でも何も、あの人が護衛なしで歩こうとするからだ。護衛がいたら羽を伸ばせないというのは分かるけど、やっぱり立場上自重して欲しいと思う。
それを説明すると、呆れた目を向けられた。
「貴女も似たようなことをやっているでしょうに……」
「私とクロード殿下では立場が違います」
王族という括りは同じかもしれないけど、後継者たる王子と、何かあった時の予備の王女――それも側室の子――じゃ、立場は全然違う。
王宮の隅にある別邸のような建物。母が流行り病にかかったからそこに移されたのは分かるけど、母が亡くなった後もあそこが私の生活区域となっているのは、私が側室の子だからだ。正室の子なら最初使っていた宮殿の部屋に戻っている。
父がそうしたのか、周りがそう言ったのかは分からない。冷遇されたとまでは思わないけど、父親としてそれはどうなんだろうと残念に思う気持ちはある。
(まぁ、それがこの国の常識かもしれないけどね……)
常識なら父や周りの人間の判断は当然のことだろうけど、前世の家族の記憶がある私としてはもやもやが取れないでいる。だから、父とはあまり関わりたくないというのが本音だ。
「それに、私がどうだろうと、改めるべきなのはそのように振る舞うクロード殿下だと思いますが?」
問題なのは護衛を連れずに出歩くということなんだから、私を責められたって困る。
「それは確かにそうですね。ついでに貴女も改めて頂けるといいのですが」
にっこりと微笑うレイに私もにっこりと微笑い返す。
「それは難しい相談ですわ、殿下」
「ローザ……」
本当の引き籠もりになっても仕方ないんだから、王宮に戻ったらもちろん今までと同じ生活をするつもりだ。――出奔の準備が整うまでは。
まぁ、今は侯爵令嬢だから、外出制限なんてないに等しいんだけど。
(考えてみれば、平民の生活を知るなら今がチャンスなんだよな……)
ただ、他に解決すべきことが山積みで、そっちに割く余裕がないのが難点だ。あとは都市と田舎では平民の暮らしぶりも違うということを頭に入れておかないといけない。
(ま、でも、今はセシル王女のことだな……)
「殿下、私は夕食まで部屋で過ごしますね」
今日一日の成果とか考えたことをまとめておこう。
「はぁ……分かりました……」
レイは気疲れしたようにそう言って、ソファーにもたれかかる。何やら考え事を始めたみたいだから、私はさっさと部屋に退散した。
セシル王女に会いに行って数週間。図書館で、状態異常に関する本や魔力が消える現象について書かれていそうな本を何冊も借りて読む日々が続いた。
色々と参考になりそうなことは紙に書き出して、進捗状況としてセシル王女に届けてもらっているけど、正直、解決の決め手には欠けている。
それはセシル王女の方も同じで、王宮の書庫に行ったり、研究者にそれとなくこの前判明したことを伝えて話を聞いてみたりしているみたいだけど、目ぼしい情報は手に入っていないとのことだ。
魔力は作られるけど本人の中から消えてしまう、ということで、勝手に消費してしまう何らかの病気かとも考えたけれど、そういった病があるという記述は出てこない。何より、治癒魔法は既に王宮で試されているから、病気の線は消すことにした。
(外に漏れるわけでもない、消費されてるわけでもない。でも、魔力が作られてないわけではない……)
そんなことって本当にあるんだろうか。私程度の頭じゃ考えきれなくなってきている。
うんうんと唸りながら、ぼんやりと目の前の光景を眺める。
座学がある程度のところまで進んだので、今日は外で実技訓練となった。科目は防御魔法だから男女一緒にだ。まぁ、男子は男子、女子は女子、でエリアを分けてはあるけれど。
簡単な防御魔法は一年生の時に皆習得しているので、今練習しているのは少しランクの高い防御魔法だ。ある程度強度がないといけないから、ただ防御壁みたいなのを出して終了、ではなく、実際に攻撃魔法を防がなければならない。
攻撃魔法も防御魔法と同ランクのものが選ばれるから、なかなかにファンタジーで壮観な光景が繰り広げられている。
そして私は何をしているかというと、早々に合格を貰ったので、隅に置いてあるベンチで持ってきた本を開いている。早めに合格を貰った面々は仲の良い子達に色々とアドバイスをしているのだけれど、まぁ、基本ぼっちの私にはそんな役は回ってこない。大丈夫です、予想の範囲内です。
因みにと、ちらっと男子側を見たら、レイはクロード王子達と一緒に周りから教えを請われていた。やっぱりあの子は基本的にコミュ力が高いらしい。
偶にレイから視線を貰うけど、お前何やってんだ、といったところだろうか。私も好きでぼっちをやっているわけではない。こういう時に誘ってもらえるほどエミリア嬢と仲良くなれていないだけだ。
ゲームのローザもこんな感じだったのだろうか。ライバルなんて基本的に攻略対象と絡んでる時かその前後とかでしか出てこないから、普段がどんな感じなのかまでは分からない。ローザなんて特に立ち位置が微妙だし。
ゲームのローザには友達がいることを願おう。ぼっちでヒロインのライバルで、レイとヒロインがいい感じになると国に送り返されて罰を受けるとか、ちょっと可哀想に思えてくる。
(未だに、何をして罰されるのか、思い出せてないけど……)
ヒロインの邪魔をしようとするのは確実なんだろうけど、悪女とまで言われる内容までは思いつかない。あくどい虐めでもするんだろうか。
(まぁ、私はしないけど)
関わらなければそれで済む話だ。別にレイを取られたくないとか思ってないし。レイが彼女を好きになったのなら応援したいし、最悪、愛のために国王を継がないとか言い出しても、うちにはリュカがいる。好きなようにしてくれ、お姉ちゃんはちゃんと応援するぞ、といった感じだ。
(そんなことになったら無責任だと罵る人が出てくるだろうけど、私も無責任なことをしようとしてるから、そこは一緒だし……)
まぁ、レイの性格からして国王を継がないなんて言ったりする可能性はゼロだけど。
ぼんやりと空を見上げてみると、太陽が結構上まで昇ってきていた。あと三十分もすれば授業は終わるだろう。
防御魔法の訓練なんて、貴族の令嬢達には不評な授業かと思いきや、いざという時に身を守れるとあってか、意外にも皆一生懸命だ。クラスにいる二人の平民の少女も、魔法が使えればそれなりにいい仕事が見つかるからか、こちらも熱心に取り組んでいる。
(あの子……魔力が乱れてるな……)
教師の前でテスト中の平民の子だ。水属性の盾を出しているけど、魔力が安定してないから盾自体も不安定になっている。一定量の魔力を放出できてないということは、疲れか体調不良だろうか。
教師もそれを見越してか、今までよりも弱めの攻撃魔法を出したけど――。
(あ……)
その直後に少女がその場に座り込んだ。水の盾も同時に消える。
サポート役に別の教師がいたけれど、他の生徒に話し掛けられていて反応が遅れていた。
私はとっさに立ち上がる。
「危ないわ!」
「逃げなさい!」
近くの子達が叫ぶけど、当の本人は動けないでいる。
おい、教師! と心の中で声を上げながら、風の精霊に呼びかけた。
――“守れ!”
ほとんどヤケクソだったけど、頭に描いた通りの防御魔法が少女を取り囲む。
火属性の攻撃魔法は、渦巻く風の塊に当たって散った。
ほっとすると同時に肩の力が抜け、防御魔法も解ける。
一瞬周りがしんとしたけれど、何人かが私の方を向き、そして周囲がざわめき始める。
(あー、ええと、こういう時は……)
魔法を使うには、まず魔力を溜め、精霊に呼びかけ、何をして欲しいか言葉やイメージで伝える、という手順が必要だ。最後のが意外と難しく、やりたいことを正確に伝えられなければ思い通りの魔法は使えない。複雑な内容だとそれが顕著で、自分から離れた場所に魔法を出すというのも難易度が高いとされている。距離を上手く伝えないといけないから。自分の言葉やイメージで正確に伝えられない場合は、教科書通りの呪文が必要になってくるんだけど、クラスで呪文なしに魔法が使えるのは今のところ一握りだけだ。
つまり、物凄く目立つことをしてしまったのだ。
こっちを向いた面々は私の防御魔法だと気付いたということだろう。注目を浴びるのは時間の問題だ。
(逃げよう……)
少女も立てないのか、まだ座り込んだままだし、医務室に連れて行って授業が終わるまでそこで過ごそう。それがいい。
そうと決まればさっさとこの場を抜け出すに限る。
いくつか感じる視線を無視して、私は少女に駆け寄った。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
「は、はい……なんとか……」
ふらふらとしながらも、少女は私の手を取って立ち上がる。
「ありがとうございます……」
「怪我はないようですが、医務室に行きましょう。体調も良くないようですから」
とは言ったものの、医務室まで歩けるだろうか。
私が男だったら抱えていくんだけど、と思っていたら、見慣れた姿が視界に入った。
「私が連れて行きますよ」
そう言って、レイはひょいっと少女を横抱きにした。周りからちょっと黄色い声が上がる。
「殿下……」
(意外と腕力あるんだ、ってそうじゃなくて……! それ! 私の! 役目!)
お姫様抱っこはともかく、この場から逃げるためにも私が医務室に連れて行こうとしていたのに。
「私もお供しますわ」
お前いらないだろう、と言われるのも覚悟でにっこりと微笑う。こういう時は付き人の権限を行使だ。
レイは特に何も言わなかったけど、ついて来るなとも言わなかったから行っていいんだろう。
すたすたと歩き始めたレイの後ろを私もそそくさと追った。
平民の少女は軽い風邪だったそうだ。それでも授業を休むわけにはいかないと無理して出てきた結果、ああなったそうだ。まだ魔力のコントロールも上手ではないようだから、消耗が激しかったんだろう。
「あまり無理をしてはいけませんよ?」
医務室の治癒師がベッドに横になっている少女に言う。
もともと蓄えている魔力を使い切ると、体力や気力を消費して魔力が体内で生成されるようになっている。元気な人間ならある程度は“疲れた”で済むんだけど、軽い風邪を引いていたということで一気に脱力してしまったようだ。重症だと逆に魔力の生成にストップがかかるから、私達にとっては軽い病気の方が思わぬ命取りになることがある。
治癒師のお説教を一緒になってうんうんと聞く。母も無理が祟って亡くなったようなものだから、私にとっては結構身近な話なのだ。
「ローザ、私は戻りますが……」
軽く肩を叩かれたかと思うと、レイが小声で声をかけてきた。
「私はしばらく彼女についてようと思いますので、殿下は先にお戻り下さい」
「分かりました。――さっきのは少し目立ち過ぎでしたよ。とっさのこととはいえ、気を付けて下さいね」
レイが顔を寄せてきたかと思うと、そんな耳打ちをされる。
あんな風に上級魔法を溜めなしで使うなんて芸当は、普通の貴族令嬢にできることじゃない。魔力の量から王族とバレる可能性もある。
レイも怒っているわけではないけど、私もちょっと迂闊だった。
「はい、気を付けます。申し訳ありませんでした」
焦るあまり無駄に魔力を放出してしまったのは私の失態だ。もうちょっと魔力のコントロールが上手だったなら、とっさの魔法でも魔力量を抑えられたのだ。あとは冷静さも必要だ。
まだまだ訓練が足りない、と眉間に皺を寄せていると、レイの手が伸びてきて、眉間を指で押される。
「こんな状況下ですから、私も苦言を言わないといけませんが、私は貴女のことを誇りに思っているんですよ? だから、そんな顔をしないで下さい」
「……殿下がそんな風に思ってるなんて知りませんでした」
どうしようもない姉とか、厄介者とか、レイの中の私はそんな感じだろうと思ってたけど、プラスのイメージもレイの中にはあったらしい。
私は自分の望みのためにレイの言うことなんてほとんど聞いてないし、レイも私より国のことを優先するから、私達はどうしても反駁気味になるのだ。近頃は一緒にいることが多いからか、それが顕著に感じられるようになっていた。
でも、レイは私のことを少しは肯定的に見てくれている部分があるのだ。
(ちょっと、嬉しい……)
王宮の中だったら遠慮なく抱き着いていたと思う。
小さな幸せを噛みしめていると、レイはふっと微笑い、私の頭を軽く撫でて医務室を出て行った。
まだ少し体調の悪い少女に付き添っていると、授業終わりの鐘が聞こえてきて、しばらくするともう一人の平民の少女が医務室へとやって来た。
息を切らしているところを見ると、心配で走ってきたのだろう。
軽い風邪で少し休めば大丈夫だということを伝えて、私は医務室を出た。友達が来たのなら、私はお役御免だ。
昼食は何にしようかと考えながら、外に面した石畳の廊下を歩く。ちょうど一人だから、このまま一人で行って一人分しか開いてない席を陣取れば一人で食事ができるんじゃないか、なんて淡い期待を抱いていると、前から黒髪の少女が歩いて来るのが見えた。
この国ではそんなに多くない色。真っ黒ではなく、光が当たるとこげ茶色に見える髪、そして、一度見た顔――。
(あ、カンザキさん……)
私は思わず足を止めた。全く知らないというわけではないから、挨拶くらいはした方がいいだろうか。
「あ、この前は――」
あれから大丈夫でしたか、と声を掛けようとしたけど、カンザキさんは不愉快そうに顔を曇らせて私の横を通り過ぎて行った。
特に追いかけることもできず、私はその場で立ち尽くす。
(……うーん、まぁ、仕方ない、か……?)
この顔でローザ・フェガロと名乗っているのだ。恐らくプレイヤーの彼女からしてみれば、私はライバルの一人で、彼女がレイを選ぶなら紛うことなき敵だ。話しかけられることすら警戒しているかもしれない。
(ローザって、ヒロインには結構きつい口調だったからな……)
まぁ、たとえレイのルートを選んでも関わらないと決めたし、私の方から無理に話しかける必要はないのかもしれない。
さっきのは忘れようと自分に言い聞かせ、食堂へと再び足を動かした。




