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前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。

誤字報告もありがとうございました。

 カミーユの報告では、すぐに対策が必要な内容は含まれていなかった。

 ――すぐに禍が起こるわけではなさそうだから、もうしばらく様子見でいいだろう。

 そう言ったクロードにレイも同意を示し、話し合いはそれで一旦終了となった。

 レイはこの後図書館に行くらしく、「お先に失礼します」と言ってカミーユよりも先にクロードの執務室を出ていった。

「あー、カミーユ、さっきレイが言っていたことについては忘れてくれ」

「ニナ王女にお会いしたいという話ですか?」

「そう、それだ」

「ご心配なさらずとも他言は致しませんが……王妃にニナ王女をと望まれているのでしたら、国王陛下にはお話になった方がよろしいかと思います」

「いや、父上にはまだ話すつもりはない。なんせ、幼い頃に一度会ったきりだ……どんな人物かも分からないのに王妃に迎えてはならない、と以前ファースに説教もされたしな。もう一度ちゃんと会って、この気持ちが本当か確かめるまでは、他の誰にも言うつもりはない」

 そう思っても、数年以上会えなかったのだが。

(彼女がニナ王女なら、問題はなくなるが……)

 幼い頃の記憶と重なる部分は多いが、まだ決定打には欠ける。もう少しまともな確証がなければ、再びレイに尋ねてもはぐらかされるだろう。

 しかし、もし別人であった場合はどうするべきか、クロードの心はまだ決まっていない。

「殿下がそう仰るのであれば、私は従うだけですが……」

 まだ物言いたそうにしているカミーユにクロードはふっと苦笑を漏らす。

「いつまでも婚約者を決めずに先延ばしにするのは良くないと言いたいんだろう? そこは俺も分かっている。安心しろ、成人の儀を迎えるまで会えなければ諦めると決めている」

「そうですか……その場合は、今挙げられている候補の方々からお選びになるのですか?」

「あぁ、そうだな。そうなるだろう……」

 自分の妃候補として挙がっている貴族令嬢達の顔を思い浮かべる。候補に挙がるだけあって皆家柄も人柄も申し分ないが、誰のことを考えてもクロードの心が動くことはない。最終的には権力のバランスを考えて選ぶことになるだろう。

(それよりは……)

 脳裏にローザの顔がよぎった。

「……それか、ローザだな」

 彼女がニナ王女ではなく、成人の儀までニナ王女と会えなければ――否、この気持ちがただの幼い頃の憧れに過ぎなければ、彼女を自分の傍に置きたいと思う。

「ローザ様ですか……」

「セレーネの人間だが、侯爵家だ。問題はないだろう?」

「ええ、身分は問題ありません。そうではなく、最近やけにご執心されているのを思い出しまして……」

「まぁ、隠してないからな」

「それ自体は問題ないのですが、マナミ・カンザキのローザ様に対する視線が厳しいと言いますか……」

 歯切れ悪く言うカミーユに、クロードは眉を寄せる。

「以前にもお伝えしましたが、マナミ・カンザキは殿下と懇意にしたいと思っているようでして、最近一緒にいらっしゃるローザ様を睨みつけていたことが……まだ些細なものではありますが、あれは妬みや憎しみを宿した目です。元々殿下と懇意だったところにローザ様が割り込んできたとあればそのような目をするのも頷けますが、彼女はまだ殿下と言葉を交わしてすらいませんし……」

「ああ、そうだな。始まりの泉で一度目は合ったが、話したりはしていない。むしろ直接言葉を交わしたのはローザの方だ」

「そもそも身分が違うのですから、羨みこそはしても妬んだり恨んだりというのはお門違いだと思うのですが……まぁ、そこは身分という考えが乏しいせいかもしれません。いずれにせよ、あまりいい予感はしませんので、お気を付け下さい」

「分かった」

 カミーユの進言にクロードは神妙に頷く。

 クロードがローザと接することで、ローザが他の貴族達の注目の的となっているのは知っている。セレーネの侯爵令嬢でかつレイの付き人であるため、おかしな真似をする者はいないだろうと思っていたが、カミーユの話を聞いてクロードの胸にも少し不安が生じた。

(レイにも一応言っておくか……)

 二人はこの国の客人でもある。滅多なことがあってはならない。



 カミーユも退室し、しばらく各領地から上がってきた報告書に目を通していたが、ドアがノックされると共にファースの声が聞こえ、クロードは一旦手を止めた。

「失礼致します。研究者からの報告書と部下の報告書をお持ちしました」

「ご苦労。研究者の報告書はセシルの件か?」

「はい。こちらはご覧になった方が早いでしょう」

 ファースは前に進み出ると、紙の束を机の上に置く。

「もう一つはレイ殿下の信書を届けた部下からの報告です」

 その言葉にクロードははっと顔を上げた。

 報告書を貰おうと手を出すが、ファースは胡乱気な視線を寄越しただけで、手に持っている報告書の中身を読み上げ始める。

「セレーネの両王女殿下におかれましては――」

「おい」

「懸念されている事態も起こっておらず――」

「おい、ファース」

「何でしょう?」

「自分で読むからそれを渡せ」

「簡単な報告ですから、殿下が読まれる必要はありません。ニナ王女のことだからと殊更時間をかけて読まれても困りますし」

「お前は俺を何だと思ってるんだ」

 セシルのことに関する重要報告書もあるのに、そこに時間をかけたりはしないとクロードは軽く憤慨する。

「優先すべきことがお分かりになるのであれば、そのままお聞き下さい」

「くっ……」

「続けます。両王女とも、魔力は失っていないようですね。お二方とも恙なくお過ごしだとか。現在役目を務めておられる王妹殿下におかれても、かような事態には陥っていないとのことです」

「あちらは大丈夫か……」

「それから、ニナ王女に関してですが、お住いの宮殿に一番近い門の出入りが減ったりということはないようです」

 本人が不在なのであれば、世話係の仕事もほとんどなくなり、門の出入りも減るだろう。しかしそれが見られないということは、ニナ王女は王宮にいる可能性が高くなる。

(ローザは、彼女ではないのだろうか……)

「王都の人々の噂話も特に変わってはいませんね。病弱だから王宮から出られない、や、母親に全く似ていない醜女だから王宮に引き籠もっている、だのと相変わらず言われているようです」

「ニナ王女に関しては、民の噂ほど当てにならないものはないな……幼い頃とはいえ、彼女はとても綺麗だった。病を得ているならレイがそうだと言うだろうし、病弱というのもやはりないな。身体が弱いならあの歳で治癒魔法など使えるわけがない」

「本当にニナ王女については、真実に繋がりそうな噂が一つもありませんね。大抵、噂が十あれば一つか二つは部分的にでも本当のことを言っていることが多いのですが……意図的に操作されているとしか思えません」

「流石にそれはないだろう……そんなことをして一体誰に利益がある?」

「さて、それについては分かりかねます」

 他国のことなのであまり興味がないのだろう。ぞんざいな物言いに、クロードは溜め息を吐いた。

 クロードがニナ王女を想い続けていることを、ファースはあまり快く思っていない。名立たる貴族の令嬢が妃候補として挙がっているにも関わらず、保留にしたまま未だに会うことさえ叶っていない他国の王女を想っているのである。クロードが逆の立場だったとしても呆れているだろう。

(それは分かっているんだがな……)

 それでも、まだ諦めることができない。クロードにとって、幼少期に心の支えとなったニナ王女の存在はあまりにも大きい。

 その頃既に自分の付き人となっていたファースは、そのことをよく理解している。だから、言葉や態度に呆れが出てきても、“いい加減諦めろ”と諫める言葉までは吐かない。本人曰く、

 ――国王などという重苦しい立場に就くんですから、それくらいの我が儘は聞いて差し上げるべきでしょう。

 とのことだ。クロード自身、その言葉に甘えているのはよく分かっている。だからこそ、成人の儀までという期限を設けた。

「ニナ王女のことはそれくらいにして、研究者からの報告に移っても宜しいですか?」

「ああ」

 クロードは頭を切り替えて、机に置かれた報告書を手に取る。

 おおよそ十枚。ざっと目を通してみたが、特に目を引くような内容はなかった。

「……前回から更に減ったな」

 溜め息を吐きながら、報告書を置く。

「調べられるものは全て調べ尽くされています。今回は中でも可能性が高いものを再検証したに過ぎません……残念ながら、結果はご覧の通りですが……」

 クロードは項垂れ、組んだ手に額を乗せた。

 まだ何か策はあるはずだ、と自分に言い聞かせたいが、この国にある魔法書を全部紐解いてみても結果は芳しくない。

「もう、打つ手はないのか……」

「ない、と言っても過言ではない状況でしょう……国王陛下も胸を痛めておられます……」

 無理もないだろう。クロード自身、次に会った時に妹に何と声を掛けてやったらよいか分からない。

「伯母上は、何と仰っている? 確か、今日の午前中に来られているよな?」

「それが、出掛ける間際に眩暈を起こされたとのことで、今日は大事を取って邸宅にて休まれたとか。セシル様にはまた来週お会いされるそうです」

「お風邪か何か召されたのか……?」

「申し訳ありません、そこまでは……」

「そうか。何か耳にしたら教えてくれ」

「畏まりました」

 今はまだ、現在役目を担っている伯母――アデール・シャリエがいる。しかし、歳を重ねれば重ねるほど役目を務めるのは困難になってくる。伯母は今四十歳。役目を務められるのはおおよそ五十歳頃までと言われているが、過去の例をつぶさに見てみると、四十五歳を過ぎた辺りから身体を壊し始める者が多い。その頃から、次代の役目の担い手と交互に役目を務めることになる。

(あと五年……)

 魔法の研究には時間を要す。新たな魔法を生み出すのに費やされる歳月は、簡単なもので数か月、高度なものでは十年近くかかることがある。五年という短い期間で、セシルの魔力を取り戻す方法が生み出されるとは到底思えない。

(やはり、別の者の力を借りるしかないのか……)

「公爵家の方はどうなっている?」

 公爵は、歴代の王弟が独立した際に設けられる爵位である。王家に王女が生まれなかった場合には公爵家から役目を務める者を選出するのだが、代を重ねるごとに貴族と同じように徐々に魔力が薄まっていくのが難点だ。

 今、ソレイユ国にある公爵家は、先代の王の弟の家系だけである。公爵は存命で、女子は彼の娘と孫娘がいるが、娘は今年で四十六歳、年齢的に役目を務めるのは難しい。孫娘の方は二十五歳、辺境伯家に嫁いでいるという話だ。

「ロゼール・ブルクミュラー様については、既に公爵様に話を通してありますが、ロゼール様は公爵様の孫娘。二代経ているとなると、お一人で役目を務めるのは難しいだろうと言われてます」

「やはり他を頼らなければならないか……」

「セシル様の魔力が戻らなければ、そこは避けられないかと」

 クロードは小さく息を吐いた。

「レイが、マナミ・カンザキの力に頼る前に、ニナ王女の力を借りてはどうかと言ってきた」

「ほぅ、それはまた、願ってもない申し出ですね」

「だが、ニナ王女はナディア王女に何かあった時に代理を務める存在だ。セシルの魔力が一生戻らなければ、次代が育つまでずっとその力を借り受けることになる。お前は、それでいいと思うか……?」

「結界が保たれることが最優先事項なのですから、セレーネとしても確実な方法を取りたいのではないでしょうか? あの少女は、始まりの泉から現れたということで、セシル様の代理を務められてるのではと考えられてますが、確たる証拠があるわけではありません。現状から推測した、“そうであって欲しい”という我々の願望です。ニナ王女のお力をお借りできるのであれば、ご助力を願うべきだと思います」

「やはり、そう考えるのが妥当か……」

 既に役目を務められるというニナ王女がいれば、結界の維持に関する問題は解決できる。それはクロード自身も分かっているが、自国のことは可能な限り自分達の力で解決すべきではないかという思いも消えない。

「ニナ王女に会う絶好の機会でしょうに、そこで悩まれるとは、正直意外です」

「そ、それとこれとは別だろう……!」

 レイと似たようなことを言うファースに、クロードは思わず声を上げた。

 確かにニナ王女のことはずっと想い続けているし、どうにかして会いたいとは思っているが、私情を優先して国の行く末に関わることを決めるつもりはない。

「国のことと、俺個人のことは別問題だ……」

 そこを混同する人間だと思われているのかと思うと腹立たしい。

 しかめっ面でそっぽを向いていると、忍び笑いが聞こえてきて、クロードはファースを睨みつける。

「これは、失礼致しました」

「失礼だと思ってるなら笑うな」

「申し訳ありません」

「まったく……」

 クロードは溜め息を吐きつつ、机の上の報告書に再び目を向けた。

 ニナ王女の力を借りれば、確実に結界は維持できるだろう。レイもそのように動くと言っているため、憂いの一つは解消されたようなものだ。

 だが、セシルの心情を思えば、可能な限り魔力を取り戻す方法を見つけてやりたいと思う。

(何か、方法はないのか……)



   ◇



 何の変化もないまま、数日が過ぎていた。

 セシル王女が読んでいた魔法書は読み終えたけれど、治癒魔法や回復魔法の類は相手がいないと試してみることもできない。

 授業中や迎賓館でも手持ち無沙汰になることが多くなったから、最近はまた付加魔法の練習に戻っている。

(また核になりそうなもの買いに行かないとなぁ)

 修復系の魔法がないか、図書館にも行ってみてるんだけど、それらしきものがまだ見付かっていないから、あの黒曜石は砕けたままだ。破片が小さいから、核にするには厳しいだろう。

(次の休みにでも街に行くか……)

 どうせすることはないんだから、暇潰しにはちょうどいい。

 そんなことを考えながら迎えの馬車を探していると、「あの」と横から控えめに声を掛けられた。

「突然の無礼をお許し下さい。ローザ・フェガロ様でいらっしゃいますか?」

 どこかの使用人のような格好した女性だけど、腰のところにリュミエール王家の紋章が刺繍された布を下げていた。王宮の使用人の証だ。

「はい、そうです。王宮の方ですか?」

「はい。とあるお方の使いで参りました。こちらを」

 女性はポケットから出した封筒を差し出してくる。表には私の名前が書かれているだけで、受け取って裏を見てみるとセシル王女のイニシャルが書かれていた。封蝋の模様もリュミエール王家が使用している模様だ。

 半ば諦めていただけに、信用してくれたのかも、とささやかな期待がよぎるけど、お断りの手紙かもしれないから中を開けてみるまでは分からない。

「確かに、受け取りました」

 それだけ言って、手紙を鞄の中に仕舞う。

「では、私はこれで」

 女性は軽く会釈をして足早に去っていった。

(私も早く帰ろう……)

 手紙の中身が気になる。

 辺りを見回して、自分のところの御者を見つけると、急いで馬車に乗り込んだ。

(レイがいない時でよかった)

 レイは、今日はクロード王子とアルベルト・ルーデンドルフの二人と一緒に攻撃魔法の勉強会をするらしい。授業中に盛り上がった議論の続きだとか何とか。私もちょっと混ぜて欲しかったとか思ったけど、今日は一人で良かった。

(いや、たまたまとは限らないか……)

 もしかしたら、私が一人になるタイミングを見計らって今日まで待っていたのかもしれない。

 もし今後もやり取りをすることがあれば、エマに協力してもらおう。


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