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前話までにブクマ・評価・感想を下さった皆様、ありがとうございます。

 石畳の廊下にアーチ上の天井、等間隔に並んだ石造りの柱の向こうには緑の庭園。ゲームの背景として出てきた光景も、実際に目にすると見慣れないものに感じられたが、それもここ一週間で少しずつ慣れてきた。

 愛実は足を止めて明るい陽射しが降り注ぐ庭園を眺める。

(夢じゃない……)

 この世界で何度眠りについても、目覚めたら現実世界の自分の部屋に戻っているということはなかった。普通に眠っている時に見る夢ではない。

 もしかしたら、幻なのかもしれないと思うこともまだある。事故に遭って昏睡状態だとか、長く眠り続けている間に見る夢ならば、夢の中で何度眠っても目覚めはしないだろう。

 けれども愛実には事故に遭った記憶などないし、病気をしていたわけでもない。毎日学校に行って、疲れて帰ってくるという平坦な日々を過ごしていた。その日違ったことと言えば、いつも以上に疲れていて、帰ってくるなり着替えもせずにベッドに身を投げ出して眠ったことくらいだ。

(もう嫌だ、って思いながら寝たんだっけ……)

 日々に疲れて、逃げ出したくなることはよくあった。実際、現実逃避に漫画やゲームなどの娯楽に手を出していた。

 漫画とかゲームの主人公みたいに異世界に招かれてそこで過ごせたら――。

 現実では起こらないと分かっていても、自分もこういう所に行ってみたいという気持ちはやっぱり湧いて出てくる。

 その願いが、叶った。

 何か違和感のようなものを覚えて目を覚ますと、自室とは全く違う光景が目に飛び込んできた。見知らぬ場所、でもどこかで見たことがあるような場所――。

 その後水の中に放り出されて更に混乱したが、その水の中の光景にもやはり見覚えがあった。

 水面に上がって見えた景色に、愛実はゲームで見た光景だと確信した。ここは、あのゲームの世界だ。

 現実には起こり得ないだろうことが起きて、最初は夢なのかもしれないと思った。しかし、水の冷たさも、触れるもの全ての感触も、あまりにもリアルで夢だとは到底思えなかった。

 ならば、ここは本当にゲームの世界なのか――。

 それを裏付けるかのように、愛実はゲームのシナリオ通り、魔法が使えるようになっていた。間違いなく、ここはあのゲームの世界だった。

 どうやって招かれたのかという疑問は、最初の段階で捨て去った。魔法が存在する世界なのだから、魔法がない世界に生きている愛実には分からない力が働いたのだろう。よしんば、魔法の力ではなかったとしても、きっと神様とかそういう存在が愛実の現状を哀れんで願いを叶えてくれたに違いない。人知を超えた存在の仕業ならばやはり愛実が考えても分からない。

「――マナミさん? そんなところでどうかしましたか?」

 後ろから声を掛けられ、愛実はぱっと振り返った。

「カミーユ。今日は、いい天気だなぁと思って」

 愛実は目を細めて微笑う。

 カミーユ・セルヴェ――ゲームと同じように一番最初に話し掛けてくれた攻略対象の一人だ。ふわふわとしたアッシュブラウンの髪にグリーン系の瞳、可愛らしい顔立ちは見ているだけで癒やされる。ゲームを買った時から攻略したかったのは二人の王子だが、カミーユのルートも悪くはなかった。

「本当にいい天気ですね」

「ねぇ、たまには外を散歩とかもいいんじゃない? カミーユは部屋で本読んでばかりだから、たまには日光浴もいいと思うよ?」

「そうですね。放課後は少し散歩でもしてみましょうか」

「私も行っていい? まだ学園内のことそんなに知らなくて……」

「この前は授業もあってゆっくり案内できませんでしたね。では、今日はその続きにしましょう」

 快く頷いてくれたカミーユに愛実は内心ガッツポーズをする。このゲームでは、最初に声を掛けてくれるカミーユの好感度を上げることで、他のキャラと出会うきっかけが得られるようになっている。

「ありがとう、カミーユ」

「お礼を言われるほどのことではありませんよ」

「ううん、すっごく助かってるからお礼ぐらい言わせて。他にできることとかないから」

 ゲームではミニゲームで作った手作りの菓子や魔法付加をしたアイテムをプレゼントできるのだが、流石にゲームのようにはいかない。

(何か一つレシピ覚えておけばよかった……)

 料理や菓子作りは多少できるが、レシピなしで作れるほど得意ではない。付加魔法もまだ習っていないからアイテム作成もまだできない。

(まぁ、まだ二週間だし、飛び級できたらすぐに教えてもらえるよね)

 魔法学のテストで満点を取って、更に教師から出される問題に正解すれば二年生になれるという仕組みだ。初回プレイの終了時にヒントとして出てきて初めて知ったが、もちろん初回プレイ時にも頑張れば使える手段だ。このゲームは攻略対象の五人中三人が二年生であるため、飛び級するのが攻略への一番の近道なのだ。

「とりあえず、ご飯行こっか?」

「そうですね」

 学園に来るまでは想定外のことが多かったが、学園に来てからは概ね順調に進んでおり、愛実はほっと息を吐く。

(あれだけがたまたまおかしかっただけよね……)

 自身が泉に落ちた時、最初に手を差し伸べてくれた人物が脳裏をよぎる。

 ローザ・フェガロ――。

 ゲームではクロード王子とレイ王子が最初に助けてくれる筈なのに、愛実を引き上げたのは何故かライバル役である彼女だった。本来ならばレイ王子のルートが解放されるまでほとんど出てこないキャラクターなのに、だ。

 しかもその後、クロードやレイと話せるどころか、不審者と見なされて兵士に連行され、どこから来たのかなどと長い尋問を受ける羽目になった。

 確かに、ゲームではすぐに王都の学園へと舞台が移り、その間の出来事は説明されていないのだが、ヒロインは類稀な奇跡として歓迎されていた。この流れは明らかにゲームとは違っている。

(まぁ、学園には入れたし、カミーユは普通に話し掛けてきてくれたからいいけど……)

 ローザ・フェガロの存在は未だに少し引っかかりを覚えている。

 たとえば――。

(あ、また……)

 食堂に着いてすぐ、入り口から中を見渡せば、どこか雰囲気がきらびやかな一角が目に付いた。クロードとレイが同じテーブルで昼食を摂っている。その横には、クロードの護衛役でもあるアルベルトとジェラルド、そして何故かローザもその輪の中にいた。

(また、ローザも一緒だなんて……)

 しかも話している相手はクロードだ。彼女はレイルートの時のライバルだというのに――。

「マナミ? どうかしましたか……? 怖い顔をしてますが……」

 無意識の内に眉をしかめていたらしく、カミーユに声を掛けられて愛実ははっとする。

「う、ううん、何でもない! 今日は何食べようかなって悩んでただけ!」

「そうですか。クロード殿下がいらっしゃる方を見ていたので、何かあるのかと思ってしまいました」

「あ、えっと、そうだね……」

 ゲームならここで、“泉で助けてもらった礼をちゃんと言いたい”という選択肢があるのだが、実際に愛実を助けたのはローザと名前も分からないモブ兵士だ。その理由は使えない。

「始まりの塔でちょっと見かけたけど、ちゃんと話したことはないからどんな人なのかなぁと思って……」

「あぁ、なるほど。そうですね、殿下はとても努力家で立派な方だと思います」

「カミーユはクロード王子と仲良いんだよね?」

「そうですね。他の方に比べると親しくさせて頂いてると思います」

「じゃあさ、今度紹介してもらったりとかって、ダメかな……?」

 カミーユの反応を窺いながら控えめに言ってみたが、カミーユは困った顔をして首を傾げた。

「お忙しい方ですから、どうでしょう……難しいと思いますよ?」

「あ、そ、そうだよね……」

(まだダメか……結構好感度は上がってきてると思うんだけど……)

 ゲームのようにキャラクターのパラメータが分かる仕組みがないのが、愛実にとっては痛手の一つだ。

 思うようにいかないもどかしさから、愛実は無意識の内に手を握り込む。

 そして、そんな姿をカミーユに見られているとは気付きもしなかった。



     ◇



 今日も今日とて、昼食時、クロード王子は私の目の前に座った。今日はレイが隣にいるから、もう一個右にずれてくれれば、一緒に昼食を摂る二人の王子図が出来上がるのに、私の前にいるせいで変な図が出来上がっている。

(まぁ、うっかり親交を深めちゃったのは私だけどさ……)

 頼むからフラグ建設だけはやめて欲しい。既に立ってしまっている気がしないでもないけど、そこはもう無視だ。レイの近くにいないといけない以上、ある程度関わってしまうのは仕方ない。ただ、これ以上は危険だ。私はクロード王子のルートの時までライバル役にはなりたくない。

(いや、本当まずいよ、これ……そのポジションはエミリア嬢じゃないの……?)

 とはいっても、楽しそうに話し掛けてくるクロード王子を無視できるはずもないわけで――。

「この前は本当に楽しかった。時間ができたらまた行かないか?」

 いや、王子忙しいだろう。そんな気軽に時間を作ろうとするな。

 しかもこんな人が多い場所で訊いてくるなんて、受けても令嬢達のやっかみを買うし、断っても不敬だと非難されるじゃないか。

「じ、時間ができたら、その時はまた……」

 苦し紛れの返答に、クロード王子は「また、な」と微笑う。

 あ、その顔、納得してませんね。了解です。

「そういえば、この前ハンカチを一つ駄目にしてしまっただろう? 代わりといってはなんだが、受け取ってくれないか?」

 ちょっと待て、王子。ここでその話はアウトだ。

 私の気が半分ほど遠くなりかける中、クロード王子は内ポケットから取り出したハンカチを差し出してくる。レースのついた女性物だ。明らかに私に渡すために購入したものだろう。

「ハンカチがどうかしたんですか?」

 にこにこと私達の話を聞いていたレイが、不思議そうに尋ねてくる。

「ああ、ローザが――」

「怪我をした子供に貸しただけですわ」

 身分が上の人の話を遮るなんてあってはならないことだけど、そこに行きつくまでの経緯まで話されては困る。あの血が付いたハンカチだって、レイにバレないようにこっそりエマに処分してもらったのに。

 大したことではないとアピールすると、レイは「そうですか」とそれ以上突っ込んだことは訊いてこなかった。

 私の様子を見て何かを察したのか、クロード王子はくすりと小さく笑う。

「あの治癒魔法は見事だった。相当勉強したんだろう」

「いいえ、大したことではありませんわ」

「レイは知ってたか? ローザの治癒魔法の錬度はかなりのものだぞ」

「ええ、セレーネの教師にもよく褒められてましたね」

「やはり優秀なんだな」

 そろそろその話題から離れませんか。

「そこまで優秀なら、自分も一度拝見してみたいですね」

 また一人話に加わっちゃったし。

 アルベルト君、魔法は私が単に興味本位で鍛えただけで、フェガロ家でそういう教育してるわけじゃないからね。同じ武系の家系として気になるのは分かるけど、そんな期待に満ちた目で見ないでくれ。

「いいえ、本当に大したことではありませんので……」

 頼むから話題を変えてくれ、と目の前のクロード王子に視線を送り続けると、クロード王子は苦笑した後、「そういえば――」と話題を変えてくれた。

(本当もう、厄介だな、この人……)


 それから私の話題になることはなかったけれど、何となく疲れた気分になりながら食堂を出た。次は属性魔法の授業だから、昼食を一緒に摂ったメンバーとは教室が別だ。

 レイ達と別れ、風属性の教室へと廊下を歩いていると、後ろから「ローザ!」という声がしてクロード王子が走って追ってきた。

「殿下? どうかなさいましたか?」

 何か荷物でも置き忘れただろうか。

「いや、さっきは結局ハンカチを渡しそびれたからな」

 渡しに来た、とクロード王子は先程のレースのハンカチを差し出してくる。

「そのようなお気遣いなど、必要ありませんでしたのに……」

 あれは別にクロード王子のせいというわけではないのだ。彼がこんなに気を遣う必要は本当にない。

「いや、俺は気になったんだ。だから受け取ってくれ」

 これは受け取るまで引き下がってくれないだろう。

(ここで受け取ると、またあらぬ誤解を招きそうなんだけどな……)

 幸い、近くには誰もいないんだけど、どこに誰の目があるか分からない。学園内では極力こういうことは避けたいんだけど、真摯な顔でこちらを見ているクロード王子に、結局私が折れてしまった。

「分かりました。ありがたく受け取らせて頂きます……」

「よかった」

 私はほっとした様子を見せるクロード王子から、レースのハンカチを受け取った。

「それと、もう一つ……」

「何でしょう?」

「さっきはすまなかった」

 突然の謝罪だけど、思い当たることは一つだけだ。私は軽くクロード王子をねめつける。

「やはり、あれはわざとだったんですね」

「ああ……この前一緒に出掛けて、大分親しくなれたと思ったのに、学園に来てみればまた前のように他人行儀になってしまっていたからな」

「私にも立場というものがあります。どこでもあのように振舞えるわけではありません」

「ああ、分かってる。だから、また休みの日に、一緒に出掛けないか? さっきはあまり乗り気な返事はしてくれなかったが」

 今度は色好い返事をしてくれるよな? とクロード王子の目が物語っていた。

 さっき遠回しに断ろうとした私を、今度は彼が遠回しに牽制しにかかっている。

「……断らせる気、ありませんよね?」

「断りたいか?」

「断らせて頂けるんですか?」

「駄目だ。――と言いたいところだが、俺も無理強いするつもりはない。断りたいなら断ってくれて構わない」

 そう言って、クロード王子は少し切なそうに微笑う。

 ここでそんな表情を見せるのは反則だろう。これ以上変なフラグを立てないためにも、是が非でも断りたいところだけど、こんな風に微笑われると断り辛くなる。自分の身の安全や精神の安寧は大事だけど、だからといって他の人を傷付けたいわけじゃない。

「別に、殿下と親しくなるのが嫌というわけじゃないんです……ただ、殿下は他にはない立場にいらっしゃる方ですから、周りの目は厳しくなるでしょう……?」

「そうだな……だが、そうやって気にしていたら、俺は自由に誰かと親しくなることもできないだろう?」

(それもそうか……)

 クロード王子からすれば、そんなこと一々構っていられないんだろう。私も自分が同じ立場だったらそんな窮屈な思いはしたくないと思うだろうし。

(まぁ、睨まれる側としては自重して欲しいんだけど……)

「ローザからすれば自分勝手に聞こえるんだろうが、誘いたい時は周りの目なんて気にせず誘う。もちろん、受けるかどうかは相手次第だけどな」

 基本的に王子から誘われて断る人間なんていないだろうけど、そう考えてるってことは、断られることも視野に入れてるんだろう。

 本当に私が断っても、この人は怒ったり非難したりしないに違いない。多少は傷付くんだろうけど。

(本当、厄介だな……まぁ、でも……)

 一緒に街を歩いた日、楽しそうに羽を伸ばしていた姿が脳裏をよぎる。

 王子という立場にかかる重圧がどれほどのものなのか、私は自分の身で感じたことはない。けれども、ああいった時間が彼に必要なことは見ていて分かった。

(じゃあ、そうだな……)

「では、お断り致します。あのように人目の多い場所で誘うのもおやめ下さい」

「う、分かった……」

「その代わりといってはなんですが、息抜きがしたい時は迎賓館にお出で下さい。お茶でもしましょう」

 完全に断られると思っていたのか、クロード王子は驚きに目を見張った。

「ローザ……」

「その方がいいでしょう? 迎賓館でしたら王宮から近いですし、護衛の方も安心できるかと思います。レイ殿下もいらっしゃいますから、周りの方もあまりうるさくないでしょうし。たまに出掛けて留守にしていることもあるかもしれませんが、その時はご容赦下さい」

「ああ、もちろんだ」

 クロード王子は嬉しそうに微笑う。

 本心としてはどこそこへと出掛けたいかもしれないけど、この提案を呑んでくれたようで私としても安心した。出掛けるたびに周囲の目とか護衛の心配をしなくていいから気が楽だ。

(フラグは立ちっ放しかもしれないけど……)

 それについてはまた別の方法を考えよう。

(エミリア嬢でも巻き込んでみるかな……)

 そもそも、昼食時のアレは私がぼっちになるのもいけないのだ。レイは普通にクラスメイト達と食べることもあるんだから、私も同じように他の令嬢と一緒にいれば多少はマシな状況になるかもしれない。

(明日からやってみるか……)

 クロード王子の近くのポジションはエミリア嬢にお返ししよう。


2/3 一部加筆修正しました。

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