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前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。
「――それで、図書館へは一体何をしに行くんですか?」
馬車が進みだしてしばらくもしない内にそんなことを訊いてきたレイに、私は軽く固まった。
(予習で必要な本のためって言ったのに……)
そんなことを訊いてくるということは、微塵も信じていないということだろう。
「え、ええと、ですから、明日の予習のために……」
「予習なんて、貴女はほとんど必要ないでしょう? 既に履修してる内容ばかりなんですから」
「ソ、ソウデスネ」
「こんな時間にどうしても行きたい理由は何だろうかと思いまして」
にこり、とレイは爽やかな笑みを浮かべる。けど、そんなものは表面上のものでしかなく、変なこと考えてませんよね、という無言の圧力がひしひしと感じられた。
(いや、別に変なこと考えてるわけじゃないけど……)
それに、予習といえば予習だ。来年の。
「……付加魔法を、やってみようと思いまして……練習してたんですけど、上手く行かないので、もう少し詳しい本が欲しくなりまして……」
何も悪いことはしてないのに、レイが変な圧力を掛けてくるから物凄く答え辛くなってしまった。
「付加魔法、ですか」
一体何を想像していたのか、レイはきょとんと呆気にとられた顔をする。
「以前からやってみようとは思ってたのです。練習に使える核が手元にはなかったので、後回しにしてましたけど。昨日、街に出た時に核として使えそうな物があったので、購入したんです。早速失敗して、砕いてしまいましたが……」
「砕いたんですか……」
「方法を間違えたのかもしれません。セレーネでも、付加魔法の講義はまだ受けてませんでしたから……」
一瞬、失敗した原因をレイにも相談してみようかと思ったけど、男子は基本的に支援魔法の適性がないから相談されても困るだけだろう。
「それで図書館に行きたい、と。正直、明日でもいいような気がしますが、真っ当な理由で安心しました」
失礼だな、オイ。本当、一体何を想像していたんだ。
「……殿下は一体私のことをどのようにお考えなのですか……」
「貴女はいつも突飛なことばかり考えるでしょう? 行動自体は慣れてきましたけど、流石に思考までは読みきれませんので」
溜め息を吐きながら言うレイに、そこはちょっと申し訳ないと思ってしまった。
(まぁ、考えたら、こんな変な人間が身内にいるとか嫌だよね……)
とはいっても、私にも理想の未来があるから、今更やめたりはできない。
これに関してはどちらかが折れない限り、一生平行線のままだろう。
(いや、私が、か……)
父上とレイは絶対に折れてはくれない。他に理解者もいないから、援護してくれる人もいない。
(意外と、寂しいものだな……)
理解してくれる人がいないというのは――。
そうやって黙り込んでしまっている間に、馬車は学園の前へと着いていた。迎賓館から学園まではそんなに遠くない。
私はさっと立ち上がって馬車を降りる。
「殿下はここでお待ち下さい。できるだけ早く戻りますので」
「ローザ」
「お待ち下さい」
元々、レイには馬車の中で待ってもらうつもりだったのだ。強めにもう一度言うと、レイは浮かしかけていた腰を再び座面に落ち着けた。
「分かりました。暗くなる前に戻ってきて下さいね」
「はい」
馬車のドアを閉めて、守衛のいる建物まで歩く。
学園の生徒には学生証としてバッジが配られている。守衛にそれを見せて図書館に用があることを言うと、すんなりと中に入れてくれた。
貴族の子女達は、休日はパーティーとかお茶会で忙しいのが基本なんだけど、稀に勉強がしたいという真面目な生徒もいるので、図書館は休日も開いていることが多い。
中に入ると管理者らしき人がカウンターのところに座っていた。
「遅くにすみません。少し必要な本がありまして」
軽く会釈をすると、年配の管理人さんは穏やかな笑みを浮かべた。
「まだ時間内なので構いませんよ。奥の方は暗いでしょうから、灯りを持っていって下さい」
管理人さんは、カウンターの下からランタンを取り出して、火を灯して渡してくれた。
「ありがとうございます」
もう一度軽く会釈をして、奥にある階段へと向かった。
初日に学園の案内をしてもらった時に図書館の中も少し説明してもらっていた。一階にあるのが、基礎的な魔法書で、二階にあるのが少し高度な専門書だ。レイ曰く、蔵書数はセレーネの学園の図書館と変わりないらしい。王宮の書庫にある魔法書の数と比べると少ないけれど。
階段を上り、支援魔法の本が置かれている棚を探す。実戦で魔法を使うことになるのは主に男子だからか、手前には攻撃魔法や防御魔法の本ばかりが並んでいた。きっとセレーネの図書館も似たような感じなのだろう。
(これが二国の現状、か……)
前世でRPGをやっていた人間としては、回復役というのはパーティーに一人は欲しい存在なんだけど、この世界で回復役となり得る女性達に求められるのは、結婚して子供を産むことだ。
(まぁ、子孫繁栄というのは重要なことだけど……)
貴族は王族との婚姻よって魔力を手に入れる前から特権階級にいたから、女性を魔物との戦闘に駆り出すなんて考えは更々ないんだろう。
(あった、支援魔法系)
部屋の中でも奥の方でようやく支援魔法の本を見つけられた。
タイトルを指でたどりながら付加魔法の本を探していると、一冊だけ、本の上の隙間に置かれている本があった。
「ん?」
近くに少しだけ隙間が空いているところがあるから、元はそこに入っていたものだろう。
ちゃんと元の位置に戻せよ、と思いながらランタンを本棚の上に置いて、その本を手に取る。随分高度な治癒魔法の本だけど、誰がこんなものを読んでいたんだろうか。
(状態異常の回復か……私もまだ一部しか使えないんだよなぁ……)
試す機会が少ないから、なかなか練習もできないのだ。
(出奔できたら、辺境の治癒院に行くのもいいかもな……)
どうせお金ないだろうから、住み込みが可能な治癒院は私にはうってつけかもしれない。
そんなことを考えながら、小さく空いてる隙間を可能な限り開いて本を押し込む。ちょっと無理やりだったけど、大目に見て欲しい。
再び付加魔法の本を探そうとランタンを手に取った時、不意に近くで物音がした。小さかったけど、聞き間違いではない。
耳を澄ましながらゆっくりと歩いてみると、やっぱり別の場所から布が擦れる音がした。
「誰か、いるんですか?」
この学校の生徒なら別に隠れる必要はないと思うんだけど、その呼びかけに反応はなかった。
こういう時、耳がいいというのは便利だ。もう一度衣擦れの音が聞こえてきて、大体の方向が分かった。
極力足音を立てないようにそっちへ向かう。
部屋の一番奥まったところ、窓からの光も届かない薄闇で蹲っていたのは、ローブを纏った少女だった。フードを目深に被っているけど、長く淡い金の髪がフードから覗いている。
(この子……)
魔力が感じられない。
学園に入れるのは魔力を持っている人間だけだ。魔力がないならこの子は学園の生徒ではない。
でも、ここには守衛も管理人もいる。一般人がそう簡単に入れる場所ではない。
「ど、どうか、このことは内密にお願いします……」
少女がか細い声で懇願する。私はランタンを床に置いて彼女の前でしゃがんだ。
「魔法について調べてたんですか?」
「は、はい……」
「魔力を持ってないのに?」
少女がはっと顔を上げる。その表情は少し青褪めていた。
(この顔……)
「分かる方、なのですね……」
他者の魔力を感知できるのはある程度魔法に精通した人間や勘のいい人間だけだ。魔法を学び始めて数年程度の学園の生徒では、分かる人間は一握りもいないだろう。
「分からない方が、良かったようですね……」
少女の顔には見覚えがあった。淡い金髪に琥珀色の目。顔立ちはクロード王子とよく似ている。――セシル王女だ。
(やっぱり、もう魔力を失っているのか……)
ゲームでは、キャラとの好感度をある程度上げたところで内緒話としてもたらされる情報だ。余所者に対してそんな口が軽くていいのかと思うけれど、ゲームの流れ上仕方ないんだろう。
とにもかくにも、そこで初めて体調不良で休み続けている王女の現状が分かるといった仕組みだった。いつ魔力を失ったかまでは言われなかったけど、体調不良というのは聞いていたから、もう魔力を喪失している可能性は考えていた。
私が他人の魔力を感知できなければ、彼女は休んでいる中こっそり図書館に来ている理由を作るだけで良かった。でも、私が分かる人間だから、そういうわけにもいかなくなってしまった。
(やっちゃったなぁ……問い詰めなければ良かった……)
セシル王女は俯いたまま口を開く。
「……私が、どういう人間なのかも、ご存知のようですね……」
「クロード殿下に似ていらっしゃるので……」
(そういえば、さっきの治癒魔法の本……)
治癒の中でも状態異常について詳しく書かれている本だった。
(自分でも独自に調べていたのか……)
きっと王宮の官吏や研究者達が密かに調べているんだろうけど、彼女はそれだけでは良しとしなかったんだろう。
「失礼ながら、王宮の書庫の方が蔵書数が多いかと思うのですが……」
「王宮にある本は、調べ尽くされました……ですが、解決の糸口が見つからず……ここの図書館には王宮にない本も稀にあると聞いたので、探しに来たのです……」
セシル王女はそろそろと顔を上げると不安げな表情を浮かべた。
「驚かれないのですね……私の状況に……」
(あー……)
そこを指摘されるとちょっと痛い。
「十分驚いております……ご心配なさらずとも、このことは他言致しません」
いきなり現れた人間がそんなことを言っても信用できないだろうけど。
「あぁ、申し訳ございません、自己紹介が遅れました。私はローザ・フェガロと申します」
「フェガロ……セレーネ国のフェガロ家の方ですか……」
「はい。この度の交換留学で、我が国の王子の付き人として参りました」
「そうですか……では、人柄も保証されているのでしょうね……」
セシル王女は少し考え込んだ後、意を決したかのように顔を上げた。
「貴女のこと、信じます。どうか、このことはセレーネの方々にも内密にお願い致します」
「はい、もちろんです」
私は立ち上がって、窓がある方に目を向けた。最初は窓から差していた西陽もなく、窓の外がうっすら明るい程度だ。
「もう日が暮れてしまいますね」
図書館の利用は日没までだ。あんまり長居すると、さっきの管理人さんが探しに来るだろう。
「ここへは一人でいらっしゃったのですか?」
手を差し出しながら尋ねると、セシル王女は首を横に振りながら、私の手を取った。
「世話係の一人に付き添ってもらいました。王宮に学園の裏口の鍵が保管されているので、それを持ってきてもらって……図書館も裏口がありますから、そこから入りました……」
「付き添いの方は今どちらに?」
「魔法が使える者ではありませんので、学園の裏口の近くで待ってもらっています……」
「では、念の為、私が管理人の気を引いておきますから、その間に裏口から出て下さい」
「ありがとうございます」
本棚の間を通りながら、目についた付加魔法の本を何冊か取る。それから、さっきの治癒魔法の本も棚から出した。
「その本……」
本を見たセシル王女が反応を見せる。やっぱり、この本を読んでたのは彼女だったらしい。
「借りられますか?」
「いえ、原因が何か分かればと思って読んでいたのですが、治癒や回復の方法が中心の内容でしたので……」
「では、これは私が借ります」
「え……?」
「王宮に、女性の治癒師や研究者はいますか?」
「いいえ、女性は……」
「セレーネもです」
男性の中にも支援魔法の適性がある人がいるけど、女性と同レベルかそれ以上に使えるという人の話はほとんど聞いたことがない。過去に数人いた程度だ。
こういう高度な魔法書に載っている治癒魔法は、そういう人達や女性の研究者、歴代の王女達によって研究されたものだ。
治癒師や研究者が男性ばかりなら、現在これを使いこなせる人が王宮にいる可能性は低い。
「治癒魔法は既にある程度使えます。もし、今後もお会いすることが可能でしたら、次にお会いする時までにこの本の魔法を学んでおきます」
「そ、そんな、セレーネの方にご迷惑は……」
「王女様は将来太陽の塔を維持する役目を担われるのでしょう? 結界は二国で維持していくものです。セレーネのためにも私が協力を申し出ることは当然のことです」
ゲームでは、ストーリーの終盤でヒロインが太陽の塔維持の役目を成功させると、エンディングへと入る流れになっていた。レイのルートでは、留学が終わる時にレイがヒロインをセレーネへと誘うのだけれど、塔維持の役目があるからと一度断るのだ。つまり、その時点でセシル王女の魔力は戻っていないということになる。
(その他でもセシル王女のその後は語られてなかった……)
カンザキさんに役目がこなせるのか、こなせたとして、ずっとこの国にいるのか。色々と分からない以上、セシル王女には魔力を取り戻してほしいというのが本心だ。
「出会って間もない人間が信用できないというお気持ちは分かります。ですが、どうか協力させて下さい」
「ローザ様……」
迷いの色が強いセシル王女。やはり、いきなりこんなことを申し出ても不審感が募るだけかもしれない。
(どうやったら頷いてくれる……?)
自分だったらどんな人間を信用するか、考えを巡らせようとしたけど、階段の方から足音が聞こえてきてはっとした。
(マズイ……管理人さんだ……)
「返事はいつでも構いません。ご検討下さい」
早口にそう言って頭を下げ、廊下へと向かう。焦るあまりランタンの火が消えかけたけど、なんとか管理人さんが入ってくる前に廊下に出ることができた。
「すみません、時間が掛かってしまいました」
「いえいえ、必要な本は見つかりましたかな?」
「はい、お蔭様で」
「持ちにくいでしょう。下までお持ちしましょう」
「まぁ、ありがとうございます」
腕に抱えていた本を渡して、管理人さんの後について階段を下りる。
軽く後ろを振り返ったけど、セシル王女はまだ隠れているようだった。ここまで見つかっていないのだから、きっと上手く外に出てくれるだろう。
カウンターで貸し出しの手続きをして図書館を出る。
陽は既に沈んでいて、辺りは薄暗くなり始めていた。
(ヤバ……レイに怒られる――って、来てるし……)
門の方から見慣れた姿が歩いてくるのが見えて、慌ててそちらへと駆け寄った。
「殿下……!」
「ローザ、遅いですよ。待ちかねて出てきてしまいました」
「申し訳ありません……」
「本はありましたか?」
「はい」
中身見てないから使えるかは分からないけど。
(でもまぁ、それ以上の収穫があったからいいか……)
セシル王女の現状が分かったし、いい返事が貰えたらこれからも密かに会えるかもしれない。
(最終的に彼女が魔力を取り戻さないと、解決とは言えないからな……)
できれば、この留学が終わるまでに解決していてほしい。
(あとはソレイユ王の姉君か……)
現在役目を務めてると思われるその人についても情報が必要だけど、もしそちらも役目を務められない状況ならば、セシル王女ももっと焦ってるだろうし、国全体がもっとざわついているだろう。
(そっちはまだ大丈夫ということかな……)
「ローザ? 帰りますよ」
レイに声を掛けられて、立ち止まったままだったことを思い出す。
「あ、はい」
いつの間にか私が持っていた本を半分奪って歩いていたレイの隣に並ぶ。
「そういえば、どうして突然付加魔法なんですか?」
「え? 何となくです。今までやったことがなかったので」
「そうですか……」
はぁ、とレイは小さく溜め息を吐く。
なんでそこで溜め息なんだ。
(予習するのは別に悪いことじゃないと思うんだけど……)
「殿下?」
「いえ、まぁ、貴女はそうですよね……気にしないで下さい」
(本当何なの!?)
それとなく聞いてみたけどはぐらかされ、結局溜め息の理由は少しも教えてくれなかった。
書いていると段々長くなる病発病中。全二十話くらいのつもりで書いていましたが、三十話は確実に超えそうです……
気長にお付き合い頂けると幸いです。