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前話までにブクマ・評価をして下さった皆様、ありがとうございます。

 迎賓館を出たところで馬車が不意に停まったかと思うと、扉が開き、見知った顔が乗り込んできた。

「失礼致します、殿下」

「ファース」

 地味な格好をしているファースに、クロードは笑みを投げかける。

 ずっと近衛兵のクラウス・ルーデンドルフと後をつけてきていたのは知っていた。

「クラウスは?」

「先に王宮に戻って頂きました」

「そうか」

 馬車が再び動き出す。

「本日はご満足頂けましたか?」

「ああ」

「王都内とはいえ、護衛無しで歩きたいという我が儘はほどほどにして頂きたいですね。セレーネの侯爵令嬢もお預かりしているのですから」

 ファースの小言をクロードは軽く流す。

「お前達がいては彼女も寛げないだろう」

「確かに、今日は伸び伸びと過ごされていたようで」

「彼女のこと、どう思った?」

「思っていたよりもお転婆な方で驚きました。フェガロ家は変わった家のようですね」

 広場でのやり取りを思い返してクロードは笑う。

 木の棒での一撃、スカートを捌きながらの立ち回り。怪我をした子供に掛けた治癒魔法。学園の生徒であれほど短い時間で治癒を行える者はない。治癒院にもいるかどうか怪しい。

 普通の令嬢の枠には収まりきれない人物だというのはよく分かった。だが、それ以上に――。

「ローザは、やはりニナ王女だと思う」

 片眉を上げてこちらを見るファースにクロードは苦笑する。

「イニティウムからお帰りになられた時にも仰られてましたね。ですが、レイ殿下は否定なさったのでは?」

「ああ。だが、レイは腹芸が上手いからな。今回の留学で王女をいきなり連れてきたとあっては、顰蹙を買うとでも思ったんだろう」

「まぁ、確かに、いきなり連れてこられるのは困りますね。折悪しく、セシル様にあのようなことが起こってますし。ですが、まだローザ様がニナ王女だという確証がおありなわけではないのでしょう?」

 ファースに指摘され、クロードはむっと顔を顰める。

「確かにそうだが、容姿は似ているし、治癒魔法も使いこなせている」

「黒髪に緑の目というのはセレーネでは珍しくありませんよ。それに幼い頃に一度お会いしただけじゃないですか、正直、お顔までは鮮明には覚えていらっしゃらないのでは?」

「く……」

「それに、貴族の令嬢なら精度の差はあれ、大半が治癒魔法を使えます。フェガロ家なら、他家よりも魔法技術を磨いていても不思議ではありません」

「それは、そうだが……」

 もっと確信めいたものがあればいいのだが、現段階ではそれも少ない。雰囲気や言動などがどことなく似ている気がするというクロードの感覚だけなのだ。

「殿下、長年ニナ王女を想い続けているのは存じ上げていますが、今は優先すべきことがたくさんあります。ニナ王女のことは、もう少し確証が持てるまで胸に秘めて頂きませんと」

「分かってる……」

 ファースの言うことは尤もだ。妹のセシルのことなど問題は山積みで、色恋に現を抜かしている時ではないのだ。

 煮え切らないクロードの様子を見かねたのだろう、ファースが溜め息を吐く。

「セシル様の件で、レイ殿下がセレーネ王にしたためた信書を部下が届けることになりましたので、その際にニナ王女の様子も伺わせましょう」

「ファース……」

「このまま執務に集中できなくなっては困りますから。部下が情報を持ち帰るまでは、国のことに専念して下さい。それから、途中で購入された女性物のブレスレットも、後生大事に持っていても仕方ありませんからね。贈るなら贈るで、さっさと贈って下さい」

「なっ……い、いや、これは、彼女がじっと見ていたから、参考にと思ってだな……」

「参考、ですか」

「こんな安物をこのまま贈れるわけないだろう……似たような物を作らせようと思って買ってきただけだ……」

「では、そちらも手配しておきましょう」

 自分でこっそりやろうと思っていただけに、クロードは渋い顔をする。しかしここで食い下がってもファースは首を縦に振らないだろう。そんなことにかまけていないで執務をして下さい、と小言が飛んでくるに違いない。

「殿下」

「分かってる」

 クロードは渋々懐に入れていたブレスレットをファースに渡す。

「ある程度できた段階で見せるように言ってくれ」

 身内以外の女性に初めて物を贈るのだ。ちゃんとこだわって作りたい。

「畏まりました」



     ◇



 泊まっている迎賓館に帰ると、物凄くご機嫌なレイに出迎えられた。

 服装のことで小言を言われるかもと思ってたけど――実際クロード王子も似たような格好だったから反論するつもりだったけど――、そんなこともなく、にこにこと今日のことを聞いてきた。

 流石にチャンバラのことは言えないから当たり障りのないことだけ答えたけど――そもそもアレは私が始めたことじゃないし――、ここまで機嫌がいいと逆に不気味だ。

(え、そんなにジェラルド・ハース氏との勉強会が楽しかったの……?)

 レイは一日ハース氏の所に行ってたはずだから、それぐらいしか理由は思い付かない。

 何だか怖くなって、夕食が終わった後すぐに自分の部屋に戻った。

 今日は久々に身体を思い切り動かしたからよく眠れそうだ。そんなことを思いながらベッドに身を投げ出す。

(明日はゆっくりしよう……)

 実験用の腕輪も手に入ったから、部屋で魔法付加の練習でもしてみよう。

 ポケットに入れたままだった腕輪を取り出して眺める。

(アミュレット、か……)

 昔から魔物除けの力がある石なんかはそう呼ばれていたそうだ。そういったものには魔力を込められることが判明して、支援魔法をかけた更に上等なものが作られるようになり、今ではアミュレットといえば支援魔法付きのものを指すようになっている。

(ゲームだと、むしろタリスマンだよな……)

 アミュレットは、本当にただの魔除けのお守り系を指すことが多かった。攻撃力アップとかの明確な効果がある魔法アイテムはタリスマンだ。

 アミュレットに掛けられる支援魔法は防御力を高めるものであることが多い。ただし、それを身に付けてもどれくらい防御力が上がっているのか分からないのが難点だ。この世界にはステータスを見る方法もなければ、ステータスという概念もない。レベルなんてのももちろんない。魔法は難易度別に分けられているから、どこまで使えるかで上級、中級、下級に分かれる程度だ。

(まぁ、ステータスとかレベルって概念はゲームだからこそあるようなものなんだろうな……)

 この世界も元はゲーム――というか、私がゲームとして知っているだけであって、本来はゲームでも何でもない魔法が存在する一つの世界なんだろう。

(ゲームじゃ、MPなくなっただけじゃ死なないけど、この世界だと魔力を消耗しすぎると命に係わるからなぁ)

 この世界では魔力は生命力と直結している。多分、生命力の一部が魔力に変換されているんだろう。攻撃魔法が使えても魔物の討伐で武器による攻撃が主流になるのはそのためだ。

(剣に攻撃力付加とかできればもっと討伐も楽になるんだろうけどなぁ)

 剣は金属だから、魔力に対する耐性もあるだろう。

(方法はありそうなんだけど……)

 でも多分、私が考えつくようなことは、魔法の研究者達が既に考えて試しているだろう。

(まぁ、自分でやってみるのはありだけど……とりあえず、明日だな……)

 考えている内に徐々に睡魔が襲ってきて、私はそれに抗わずに目を閉じた。



 そして翌日、朝から教科書や魔法付加の本を取り出して部屋に籠った。レイの方は今日もハース氏のところに行くとのことで、朝から出掛けていた。

 元々、王族の女性ということで、核に魔力を籠める方法は習っていた。教科書によると、これが一番難しいと書いてあるけど、基礎は出来てるので籠める魔力の調整と付加魔法の勉強だけでいい。むしろ魔力の調整の方が私には難しいだろう。

(結界の核は、全力で注ぎ込んでも壊れないレベルだって話だからなぁ……)

 もし役目を務めることになった時は、全力で注ぎ込めと言われている。

 ちょっと怖くなって、試しに庭で拾ってきた小石に魔力を籠めてみると、その場で粉々に砕けた。魔力耐性のないただの石といっても、これはちょっと怖い。

(黒曜石なら魔力耐性がある筈だから、ここまではならないと思うんだけど……)

 でも安い石だということは、その分魔力耐性も低いだろう。せっかく買ってきた実験材料を一瞬でおじゃんにするのは流石に嫌だから、しばらく小石で練習することにした。

 送り込む魔力を少しずつ弱めていき、粉砕から小粒程度に、そして大粒から真っ二つ程度に留められるようになった頃には、既に昼を過ぎていた。

(これ、今日中には終わらないかも……)

 軽い昼食を摂りながら頭を悩ませる。

 絶対に今日中に作りたいってわけじゃないけど、買ってきた黒曜石ですら試せていないというのは進みが悪い。

(やっぱり独学じゃ厳しい……?)

 これくらいの魔力を籠めればいいですよー、と教えてくれる人がいないのだ。全部手探り状態でやるというのはなかなか手間がかかる。

(いやいや、何だかんだで今まで独学してきたし、色々自己流な部分はあっても、教師からは全部合格点貰えたし。せめてヒビ程度に抑えられるまでは頑張ろう)


 それから黙々と魔力調整の練習に専念して、陽が傾き始めた頃にようやくヒビ程度に抑えられるようになった。

(よし、これで腕輪の石で試せる……)

 私も一発で上手くいくとは思っていない。最初に弱い魔力で試して、徐々に籠める量を増やしていくというやり方でいくつもりだ。

(付加する魔法はとりあえずスタンダードな防御力強化でいいかな)

 その内攻撃力強化も試してみたいけど、攻撃魔法と防御魔法では防御魔法の方が私も得意だ。それに魔法付加はそこに支援魔法の才能も要求されるから、付加する魔法は得意な系統の方がいい。

 昨日買ってきた腕輪を出して、魔法付加のページを見ながら、腕輪の黒曜石に防御の付加魔法をかける。

「“風よ、守りの力を……”」

 この世界の魔法にはっきりとした呪文はない。自分がやることを明確にするために言葉に表すだけで、念じるだけでも問題ない。技名とかを自分で付けても良かったりする。

 ただ、自身の魔力を魔法に変換する時には、四大精霊の力が不可欠だから、精霊に協力を呼びかけるのは必須事項だ。

 精霊の姿は見たことがないから、本当に存在しているのかは謎だけど。

 自分の中の魔力が風のように渦巻いているのを感じると同時に黒曜石に魔力を送り込む。細い筋をイメージしながら微量の魔力を送ったけれど、ピシリ、と嫌な音がして、魔力を送り込むのを止めた。

 見れば小石の時と変わらないヒビが入っている。そして一拍置いてぱっくりと二つに割れた。

「うあああ、なんでー……」

 頭を抱えて机に突っ伏す。

(いや、ちゃんとさっきと同じくらいになるように調節したよね? まだ足りないってこと? というか、小石と同じレベルって、これただの石だったってこと?)

 いやでも、買う前に試した時は、普通の石とは違う反応があった。

(教科書にも黒曜石は核になるって書いてあったし……ってことは、まだまだコントロールが足りないってことか……)

 核も大きさや種類でランクが付けられている。黒曜石は確かにランクとしては一番下だったけど、小石と同じようになるというのは納得が行かない。

(そもそも私のやり方が間違っているという可能性もあるか……)

 結界の核に魔力を籠める方法と同じだと思い込んでいたけど、結界の方は単に純粋な魔力を送り込むだけでいいのに対し、魔法付加は文字通り核に魔法を付加するのだ。根本的に違うという可能性も捨てきれない。

(勿体ないことした……修復魔法とかないのかな……)

 あと、素材を強化する魔法とかもあるなら欲しい。

(教科書と参考書レベルじゃ足りないな……)

 その辺のことが書いてある魔法書に心当たりがあるんだけど、高度な専門書は必要ないと思って王宮の書斎に置いてきた。学園には図書館もあると聞いていたし。

(あ、そうか。図書館にならあるかも……)

 窓の外に目を向けると、夕焼けに染まろうとしている空が見えた。いますぐ出れば、ぎりぎり日暮れまでに図書館に着くかもしれない。

 明日は授業があるから待ってもいいのかもしれないけど、善は急げだ、とエマに馬車を手配してもらうように伝える。出掛けるのにいちいちそういうのを手配しないといけないというのは面倒だけど、走っていくわけにもいかないし、自分で馬を駆るというのも侯爵令嬢としてはアウトだ。

 身嗜みを軽く整えていると、エマがやって来て馬車の準備ができたことを伝えてくれた。

「もうですか? 思ったより早かったですね」

「はい。ちょうど殿下がお帰りになられましたので、御者にそのまま待機してもらっています」

 なるほど。ナイス、レイ。

「では、少し出掛けてきますね」

「お気を付けて行ってらっしゃいませ」

 足早に部屋を出て玄関へと向かうと、ちょうど入ってきたばかりのレイと出くわした。

「殿下、お帰りなさいませ」

 流石に素通りは出来ないから、足を止めて軽く会釈をする。

「ただいま戻りました。どこかに出掛けると聞きましたが、どちらへ?」

「少し図書館に行ってまいります」

「図書館に、今からですか?」

 日暮れ前ってのはもちろん分かってるけど、気になったのだから仕方ない。

「すぐに戻りますわ」

「明日学校に行くんですから、その時でもいいのでは?」

 意外と食い下がられて、心の中で呻く。

「明日の、予習に必要な本があるんです」

 せっかく準備したんだから是が非でも行くぞ、と意気込んで見せると、レイが軽く溜め息を吐いた。

「分かりました。そういうことでしたら私も行きましょう」

「え゛」

「日暮れも間近だというのに、女性を一人で出掛けさせるわけにはいきませんから」

(そういう気遣いは別に必要ないんだけど……)

 王宮では父上と同じで半放置スタイルだったのに、ここに来て徐々に過保護になっている気がする。

(でも拒否すると外に出してもらえないんだろうな……別に悪いことしに行くわけじゃないけど……)

 レイがついて来ると言うなら別にそれでも構わないのだ。なんか干渉されてる感じがするのがちょっと嫌なだけで。

「分かりました。殿下がそこまで仰るのでしたら……」

 もたもたしてると本当に日が暮れてしまう。

 やれやれ、と言いたげなレイを横目に、私も内心溜め息を吐く。身分を偽っている今なら好きに出歩けると思ってたのに、ちょっと計算違いだったようだ。

(今度からも、出掛ける時は黙って出た方がいいかなぁ)

 玄関を出て、ポーチで待機していた馬車に乗り込みながら、そんなことを思った。

1/28 誤字報告ありがとうございました。

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