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いつも読んで下さってありがとうございます。

前話までにブクマ・評価をして頂いた皆様もありがとうございます。

 美味しいご飯でお腹が満たされた後は、再び大通りへと戻った。

 繁華街の南側は、クロード王子が言っていた通り庶民も利用する店が多く、雑多な感じではあるけどとても賑わっていた。

 初めて歩く場所だから、目に映るもの全てが新鮮に映る。あっちを見たりこっちを見たり、きょろきょろと見回しながら歩いていると、その内クロード王子がくつくつと忍び笑いを始めた。

「……なんですか」

 言いたいことがあるなら、はっきりと言ってくれ。

 ジト目で見ていると、クロード王子は軽く顔を背けながら肩を震わせる。

「いや、楽しそうだと思ってな。いつも冷静に振る舞っているから、こういう面があるとは思いもしなかった」

 この世界に生まれて十六年になるけど、基本的に王宮の中にいるから、中世ヨーロッパみたいな外の世界は私にとってまだまだ未知の世界だ。ゲームや映画の中のようで、自然とテンションが上がってしまう。

「子供っぽくて申し訳ありません」

「いや、可愛い」

 そう言って、クロード王子は目元を和ませて微笑う。

 流石、メイン攻略対象。見惚れるくらいの微笑みと優しいお言葉、ありがとうございます。

 普通の女性なら一発で落ちてるんだろうけど、そういうのを求めていないとときめきすらしないんだな、と改めて感じた。

(私にとっては、結婚イコール政略結婚だからなぁ……)

 まともな恋愛も端から期待していない。というか、今は結界の維持と後々の出奔計画のことで頭がいっぱいだ。そういうのは十年後くらいにお願いします。

 平民バンザイ、自由恋愛バンザイ。

「なんでそこで真顔になるんだ」

「褒められてる感じがしないもので」

「ローザは変わってるな」

 軽く溜め息を吐いたクロード王子に、満面の笑みを返す。

「お褒め頂きありがとうございます」

「礼を言うところが違うだろう」

「私にとっては褒め言葉ですよ」

 前世の記憶があって、価値観も何もかも違うのだから、変わっていて当然だ。

 変わっているという評価は、私にとって自然体でいられているという証なのだ。

「先に行っちゃいますよ?」

 未だに立ち止まっているクロード王子にそう声を掛けると、「ああ」とゆっくりとした歩調で後ろをついて来る。

 案内をしてくれるんじゃなかったのか、と思いながら大通りに面した店を見ていると、装飾品店らしき店を見つけた。

「あ、クリス様。あそこ、寄ってもいいですか?」

「ん? ああ、装飾品店か。もちろんいいぞ」

 予め行きたいと言っていたから、すんなりとオーケーをもらえた。

(あんまり時間を掛けると迷惑になるから、さっさと見つけないとな……)

 そんなことを考えながら店の中に入り、ざっと店内を見回って、石がついてる商品が並んでいるところで足を止める。

 指輪に腕輪、髪飾り――。

 上流貴族からすれば安価なものだけど、平民にはちょっとお高めといったところだろう。

(やっぱり石がついてるだけで値段が変わってくるか……)

 加工も全部手作業だろうから、そこでもまた値段が跳ね上がるのだろう。

(っと、これはガラス玉か……)

 手に取った女性物のブレスレットについていたのは水晶ではなくただのガラスだった。綺麗だけど、ガラス玉は魔力を蓄えられないから使えない。

 元の位置に戻し、近くにあった黒い石のついた腕輪を取る。ちょっと無骨な感じだから男性物かもしれないけど、シンプルなデザインだから、個人的には十分許容範囲だ。

(黒曜石か何かかな……こっちはいけそう……)

 宝石とかはそこまで詳しくないけど、軽く魔力を送ると熱を帯びるから当たりだろう。さっきのガラス玉は全然反応しなかった。

「それにするのか?」

「はい」

 ちょっと訝しげな顔をされたけど、頷いて会計をしに行く。目的の物が手に入って、ほくほくしながら同じ場所に戻ったけど、クロード王子の姿が消えていた。

(あれ……)

 何か見たいものでもあったのだろうか。

 辺りを見回しながら、もしかしたら店の外で待っているのかもしれないと思って入り口まで行くと、ちょうどクロード王子と鉢合わせた。

「そちらにいらっしゃったんですね」

「ああ、すまない。買い物はもういいのか?」

「はい。これで十分です。お時間を取らせてしまってすみませんでした」

「いや、欲しいものが手に入ったのなら良かった。どうする? もう少し街を見て回るか?」

「そうですね、折角ですから、行けるところまで行ってみたいです」

 今度一人で来た時のためにも、この辺の地理を少し覚えておきたい。

「じゃあ、行くか」

 朝のように手を差し出され、お、おう、と思いながら、その手を取る。女性のエスコートは貴族社会の男性の基本だけど、これだけはどうにも慣れなさそうだ。

(レイと手を繋ぐのはまた違う感覚だからなぁ)

 姉弟か否かというのは大きいようだ。

 あの店はああだ、この露店は何が美味しい、といったことを聞きながら歩いていると、広場のようなところに出ていた。ここから先は平民が暮らす区域らしい。

 平民が暮らしているといっても、地方の町や村よりは断然生活水準が高いようで、町並みもちょっと古めかしいところはあるけど、雰囲気ががらりと変わるということはなかった。

 どこかへと出かける人や買い物帰りの人、遊んでいる子供達が通りを行き来している。

 王都に住んでいると、魔物と出くわすこともないだろうから、本当に平和な生活なのだろう。

 どこまでも賑やかな繁華街と違って、どこか和やかな雰囲気が混じった空間は歩いていて穏やかな気持ちになれた。

 私の手を引いているクロード王子も温かい目をして行き交う人達を眺めている。

「いい国ですね」

「ああ」

 クロード王子は嬉しそうに微笑む。

「現王や先王達が築き上げてきたものだ。もちろん、それにはセレーネの協力が不可欠だったけどな」

「それを継ぐんですね」

「そうだな。苦しいこともあったが、それが俺の役目で、俺も、この国を守っていきたいと思っている」

 本当に、眩しい人だ。

 私も、結界の維持のためなら多少自分を犠牲にできると思うけど、ここまで純粋な気持ちで国のことを考えたことはない。

 本当に国のことを思うなら、私は貴族に嫁いで、貴族の魔力を強める歯車とならなければならない。たとえそれが望まない相手だったとしても――。

(私は、この人のようにはなれないな……)

 レイもきっと、クロード王子と似たような意志を宿しているだろう。それが何となく分かるから、レイにはたまに負い目を感じてしまう。

 そんなことを思いながら歩いていると、不意にクロード王子が足を止めた。振り返ってみれば、クロード王子が不安げな顔でこっちを見ている。

「すまない、なんだか暗い気分にさせたようだ……」

 いいえ、と私は首を横に振った。

「自分で勝手に落ち込んでいるだけです。私は、クリス様のように立派な人間ではありませんので。だから、気にしないで下さい」

「だが……」

「ほら、こんなところで立ち止まってると、通行の邪魔になりますよ。この先もまだ何かあるんでしょう? 行きましょう!」

 強引に背中を押して進ませるけど、クロード王子はまだ浮かない顔をしていた。

 自分の浅ましさに気を落としているだけなのに、本当に申し訳ない。

(あぁ、こういう時、どんな風に言ったらいいんだろう……)

 クロード王子は真剣に自分の思いを語っただけなのに、勝手に雰囲気悪くしてるとか、失礼にもほどがある。

「……本当に、自分が情けないだけですから、気にしないで下さい。不愉快な思いをさせてすみません……」

 ぼそぼそと謝ると、クロード王子は再び足を止めた。

「不愉快な思いはしていないが、何か悩みがあるんじゃないかと気になりはしている。俺では、相談には乗れないか?」

「そうですね……セレーネに帰った後も、クリス様とお会いすることがあれば、その時はお話してもいいかもしれません。でも、今はだめです」

「分かった。卒業後、会いに行けばいいということだな」

「お忙しいでしょうに、何を言ってるんですか」

 王子がどれくらい忙しいのか、レイを見てるからよく知っている。

「今は駄目だとお前が言うからだろ? だったら、卒業後に会いに行くしかないじゃないか」

「周囲の方に叱られても知りませんよ?」

「視察に行くとでも言えばいい」

「まったくもう……」

 また会えればと言い出したのは私だけど、ここまでこだわられるとは思わなかった。

(レイみたいに仲のいい相手なら、そこまでするのも分かるけど……)

 実際、そこまでしてくれたら、姉として頭を下げたい。

(でも、相手は私だしな……はっ、会いに来てまで相談に乗ってくれるとか、これってもう友達と言ってもいいんじゃ……!)

 一つの可能性に気付いて、私は密かに打ち震える。

 身分や半引き籠もり生活の影響もあって、友達と呼べるような人はいなかったけど、一時的にでも寂しい人生とはおさらばできるかもしれない。

(あ、でも、この人王子だ……)

 あまり近寄り過ぎると周囲から刺されかねない人物だ。ニナ・スキアーなら問題ないだろうけど、ローザ・フェガロじゃ貴族令嬢の熾烈な争いに巻き込まれる。

(本当にセレーネまで会いに来たら、その時は友と呼ばせてもらおう)

 その時はきっと、ニナ・スキアーとして会うことになるだろうから。

「ローザ? どうかしたか?」

「なんでもありません。行きましょう」


 そのまま南に向かって通りを歩いていると、再び開けた場所に出た。さっきみたいな広場というよりもどちらかというと空き地のような感じだ。

「ここは数か月に一度、地方からの産物が届くと大規模な市場が開かれるんだ」

 普段市場に並んでいるのは、基本的に近くで採れるものらしい。珍しい特産物なんかはその都度運ばれてくるけど、一般的な作物とかは収穫の時期に大量に王都に運ばれるそうだ。

「でも、収穫の時期なら、地方も近郊も変わらないのではないですか?」

「いや、微妙に違うから重ならないな。南の方は年に二回収穫を迎える地域もあるし、この辺と地方とでは穫れるものも少し違う。麦とかのどこでも穫れるものはその土地で食べてしまうからここには来ない」

(ほうほう、二期作ということか)

 セレーネは北側の国だから、二期作は無理だ。

「作物だけじゃなく、行商人も結構来るから賑わうぞ。人が多い分、物盗りなんかも出るから警備が大変だけどな」

 一種のお祭りみたいになるんだろう。ちょっと見てみたい気もする。

「クリス様も来たことが?」

「何度かな」

 これだけ広いと相当な数の露店が並ぶんだろうけど、今はただの空き地で、子供達の遊び場となっている。

 少し向こうで木の棒を手にチャンバラの真似事をしている子達がいたかと思えば、その中の一人が輪を抜けてこちらへとやって来た。

「おにいちゃん、剣やってるの?」

 クロード王子が佩いている剣を目敏く見つけてやって来たらしい。

「ああ、少しな」

「じゃあ、ぼくにおしえて! ダミアンに勝ちたいのにいっつも負けるんだ!」

 七、八歳くらいだろうか。懇願する少年に、クロード王子が困り顔でこっちを見た。元々私に街を案内するという名目で来ているから、私のことを気にしてるんだろう。

「私は構いませんよ」

 見知らぬ人にいきなり声を掛けて頼むなんて、少年もきっと必死なのだ。

「年下の子に色々教えるのは、年上の務めでしょう?」

「すまない」

「いいえ」

「じゃあ、少しだけな」

 クロード王子がそう言うと、少年は「やった!」と喜び勇んでクロード王子を連れていく。

 その内、少年の行動に気付いた二、三人の子達が「ずるい!」と言ってクロード王子の周りに集まり始めた。

 のんびりと歩きながら、賑やかなその輪に近付いていく。クロード王子も何だかんだで楽しそうに教えているところを見ると、人に頼られるのが好きなんだろう。

 近くに置いてあった木箱に座って眺めていると、輪に入りたくても入れずにいる子達が目についた。クロード王子が他の子に教えているのを遠目に見ながら、見よう見まねで木の棒を振っている。

 これでも兵士達の訓練は何年と見てきたし、前世の兄の一人が剣道をやっていたから、どこが悪いかは見ていれば何となく分かる。

 私は立ち上がって、その子達の方へと足を向けた。

「こうだった?」

「ちがうよ、こうだったよ」

 ああだこうだ言い合いながら真似しようとしている様に苦笑する。

「脇をもうちょっと締めるんですよ。あと、踏み込む時に足を上げ過ぎないこと」

 突然声を掛けたから驚かれたけど、基本的に人懐っこい子達なのか、「わき?」と聞き返してくる。

「こう肩に力を入れないで構えると、脇が自然と締まるでしょう?」

 手だけで構えて見せると、子供達も真似をする。

「こうやって肩に力を入れてしまうと、振り上げた時に腕が上まで挙がりにくくなるんですよ。肩に力を入れないで挙げると、こう」

 実際にして見せると、何度か真似をして違いが分かったのか、「おお!」という声が上がる。

「じゃあ、ふみこむのは!?」

「踏み込みは、こうやって右足を上げ過ぎないようにして前に出す。あと、踵からじゃなくて、足の裏全体で地面に着くようにするといいですよ」

「どうして?」

「踵から思い切り着いちゃったら、踵が痛くなるでしょう?」

「足をあげすぎちゃだめなのは?」

(ふむ……)

 重心がどうだとか、前世の兄は言っていたけど、ちょっとうろ覚えだ。剣道の足さばきは他の武道と違うとも言っていたし。

 兄達が色々習ってるのを見て、私もやりたいと我が儘を言ったら合気道を習わせてくれたけど、当然合気道とも別物だ。

 武術系は基本的に無駄な動作をなくす傾向があるけど、具体的にどうして駄目なのかと訊かれると、説明が難しい。

「それ、ちょっと貸してもらえますか?」

 子供の一人に木の棒を借り、「例えばですね」とクロード王子の方に歩み寄る。

「ローザ? どうかしたか?」

 私に気付いたクロード王子に、にこりと微笑み掛ける。

「クリス様、失礼します」

 そう言って、左手に持っていた棒に右手をかけて素早く構え、足を踏み出すと共に左から右へと振り抜く。

「っ!」

 クロード王子は、驚きながらも持っていた木の棒で私の棒を弾いて後ろへと飛び退った。

 幼い頃、漫画の抜刀術に憧れた兄と一緒に練習していた技だ。基本的なやつならできるかもと思ってやってみたけど、意外と様になったみたいだ。

「こんな感じの攻撃ができます。クリス様は腕が立つので弾かれましたけど、その辺の兵士には勝てると思いますよ」

 後ろを振り返って追ってきた子供達に言うと、子供達は目を輝かせてはしゃぎ始めた。

「おねえちゃん、すごい! ぼくにもおしえて!」

「それやったら、だれにでも勝てる!?」

「今のは不意打ちですから、誰にでも通用するわけじゃありませんけど、油断してる人には効くかもしれませんね」

 苦笑を見せるけど、子供達は興奮しまくりだ。この世界では両刃の剣が主流だから抜刀術というのは珍しいんだろう。

 教えて、教えて、とせがむ子供達を宥めていると、クロード王子に溜め息を吐かれた。

「いきなり技をかけるのはやめてくれ……驚いただろう……」

「うっ、すみません……あれくらいなら余裕でかわせるかと思いまして……というか、実際避けてらっしゃいましたけど」

 あんな思い付きの抜刀術が効くなんて最初から思っていない。そもそも足を上げ過ぎない踏み込みを見せたかっただけだし。

「まったく……フェガロ家では女性も剣を学ぶという噂は本当なんだな」

(えっ、それ、多分ただの噂だと思うけど……)

 いくら武系の家系だといっても、女性にまで剣を教えているということはないと思う。レイピアくらいならまだいいけど、普通の剣は重過ぎて女性には向かないのだ。一度、将軍職に就いている叔父に教えてくれと頼んだことがあるけど、そう言って断られた経験がある。

 その代わりというか、魔法については他の貴族よりも鍛えられるのは確かだ。攻撃魔法が使える女子は少ないけど、防御魔法は皆基本的に使える。魔物の討伐に向かう時も、女性が守りの要となることは偶にあると伯父達から聞いている。

 それもあってか、個人的な興味で魔力を上げていた私を見て、将軍職に就いている叔父が領地に連れて帰りたがったこともあった。王都で大臣職に就いている伯父に止められたけど。

「クリス様、今のは見よう見まねでやったことですので……」

「剣術は学んでいないのか?」

「ええ、女性には向きませんので」

 多分。伯父もそんなことは言ってなかったし。

「今のは大分手馴れているように見えたんだが……」

「兵達の訓練はよく眺めていますから、きっとそのせいですよ」

 ふふふ、と取り繕いながら笑っていると、子供達に思い切り袖を引かれる。

「えっ、あっ、ちょ……!」

「ねー、さっきのおしえてよー!」

「うまくできないー!」

「わ、分かりましたから、ちょっと放して下さい!」

 クロード王子、笑ってないで助けてくれ。

 目で訴えてみたけれど、がんばれ、といい笑顔で送り出されてしまった。

 その内、彼の方も他の子供達に何か技を教えてくれとせがまれ、色々教えている内に、最終的にはなぜかチャンバラにまで混ぜられてしまった。

「その格好でよく動けるな!」

 笑いながら軽めに打ち込んでくる王子に、スカートの端を片手で持ちながら応戦する。といっても、手加減されても勝てる筈がないから、どちらかというと逃げ回ってるだけだけど。

「誰のせいですか……! 本当もう、やめて下さい……!」

「そうは言っても、周りがまだ決着がついていないからなぁ」

「私達が入る意味ありますか!?」

「あいつらがそう望んだ」

「私、女ですよ!?」

 しかも貴族の令嬢だ。普通そこは巻き込まないだろう。

「それだけ動けるから、つい入れてしまった」

「ついじゃないです! ついじゃ――っ!」

 後ろに避けようとした先、視界の端に子供の姿が見え、反射的に足を引っ込める。けれども下がろうとした勢いまではどうすることもできず、重心が後ろに持っていかれてしまった。

(やばっ……!)

 受け身は取れるけど、さっき後ろに見えた子を下敷きにするかもしれない。

 とっさに身体を捻ろうとしたけど、その前に強い力で前へと引き寄せられた。

「大丈夫か」

「……はい」

 こけずに済んだし、子供も巻き添えにせずに済んだし、いいことばかりなんだろうけど、そもそもこの人がチャンバラに巻き込んだせいだと思うと、文句の一つも言いたくなってくる。

(しかも腕一本で軽々引き寄せるとか……)

 男子の腕力は本当に腹立たしいくらいだ。

「……俺が悪かったから、そんな恨みがましい目を向けないでくれ……」

 まったくだ。反省してくれ。

「次こんなことに巻き込んだら、クリス様とは二度と一緒に出掛けませんから」

 そう言いながら、クロード王子の身体を引き離す。

「わ、分かった。二度とこんな真似はしない」

「結構怒ってるんですからね」

「分かってる……」

「でも支えてくれたのはありがとうございました」

「いや、当然のことだから礼はいらない」

「まったく」

 もうそろそろ陽も西に傾いてきたから子供達も解散させよう。そんなことを思いながら、まだチャンバラをしている面々のところへ行こうとすると、相手の顔に向かって棒を振りかぶっている子の姿が見えた。

「あっ、こら! 顔に向かって……!」

 止めようとしたけど間に合わず、顔面目掛けて棒が振り抜かれる。相手の子は反射的に避けようとしたけど、避けきれず、後ろに倒れこんだ。一拍おいて泣き声が上がる。

 私は慌ててその子に駆け寄った。抱き起こしてみると目元付近から血が出ていて、軽く血の気が引く。

「大丈夫!? 目は!? 開く!?」

「いたいよぉ!」

「痛いけど、ちょっとじっとしてて!」

 顔を抑えて、ポケットから取り出したハンカチで目の周りの血を拭う。

 男の子は火が付いたように更に泣き始めたけど、切れてるのが目蓋で、私は少しだけほっとした。反射的に目を瞑れたのだろう。でも、中の眼球まで傷つけている可能性は捨てきれない。

「ローザ、大丈夫か? すぐに医者を呼ぼう」

 駆け寄ってきたクロード王子にそう言われて、私は首を横に振った。もし眼球まで傷付けていた場合、この世界の医術では治せない可能性もある。確実に治すなら、魔法だ。

 傷の上に手をかざし、魔力を手に集める。

「“風よ、癒せ”」

 私の手を中心にそよ風が起こると同時に、男の子の目蓋の傷は消えていった。

「どう? 目、開けれる?」

 私の呼びかけに、男の子がゆっくりと目を開ける。

「いたくない……」

「うん、よかった。物はちゃんと見えてる? 見えにくかったりしない?」

「うん……」

 未だに何が起こったのか分からないようで、男の子はきょとんとしたまま目を瞬く。

(無理もないか……平民には魔法なんて縁がないし……)

 貴族の大半魔法が使えるといっても、治癒魔法が使えるのは女性とごく一部の男性だけだ。けれども貴族の令嬢達は治癒魔法が使えるからといって、医療に携わるわけではない。学園を卒業した後は治癒院で奉仕する選択肢もあるけど、治癒院は基本的に魔物の討伐で負傷した将兵のためのものだ。民間には開かれていない。この世界の医療は、前世より遥かに遅れた医術が中心なのだ。

 今のが魔法だと分からないなら有耶無耶にしてしまおう。そう思いながら立ち上がり、スカートの裾をはたく。

(そういや、とっさのことで完全に素が出てたな……)

 クロード王子にあまり突っ込まれないといいな、と思いつつ、様子を窺うと、どこかぼんやりとした表情でこちらを見ていた。

「クリス様……? どうかされましたか……?」

「あ、いや……なんでもない」

 クロード王子は、まだ座り込んでいる男の子の前で屈んで傷があった場所を確認すると、「よかったな」と言って彼の頭を撫でた。

「治癒魔法も既にこれだけ使いこなせるとは、流石、フェガロ家だな」

 立ち上がってそう褒めるクロード王子に、「はぁ、どうも」と軽く頭を下げる。

(これだけ、って言えるほど酷い傷じゃなかったけど……)

 出血が多かったから酷く見えただけだ。

「日も暮れてきたから、そろそろ帰らないとな」

「そうですね」

「ハンカチ、一つ駄目になってしまったな……」

「いいんですよ、これくらい」

 特にお気に入りとか、そういうものでもなかったし。そもそも使ったのは私だ。

 汚れた部分を内側にして包んで、ポケットの中に戻す。

「行きましょう」

「ああ」

 私達が帰ることに気付いた子供達に手を振って、広場を出る。

「街の案内のつもりが、結局こんなことになってしまったな。すまない……」

「いいえ、子供達の相手をして下さいと言ったのは私ですから。その後調子に乗ったのは頂けませんでしたけど」

「うっ、それについては謝っただろう……」

 困り顔でぼそぼそと言うクロード王子に、私は思わず笑ってしまう。

「私のことをいつも冷静に振舞ってると言ってましたけど、クリス様も同じですね。今の方が自然体というか、等身大の貴方なんでしょうね」

 一国の王子として、表に出せないものがたくさんあるのはよく分かる。上に立つ人間には見栄というのもいくらかは必要だ。

(まぁ、今は“クリス”だから、外に出せるんだろうけど)

 街の案内は結局繁華街と大通りだけになってしまったけど、この人は十分息抜きになっただろうからそれでいいんだろう。また今度自分で散策に来ればいいだけだし。

 そんなことを考えながら歩いていると、不意に後ろから手を引かれた。

「クリス様?」

 振り返ってみたけれど、クロード王子は何かを言いたそうにしながらも、結局口を閉ざしてしまった。

 図星を指されたのが嫌だったんだろうか。

「すみません。偉そうなことを言ってしまいましたね」

「いや、そういうわけじゃないんだ……悪い。気にしないでくれ」

「はぁ」

 気にしなくていいならそうするけど。

 本当どうしたんだろうか、と思っていると、クロード王子は少し躊躇いがちに口を開いた。

「……馬車まで、手を繋いでいていいか?」

(……すみません、それ一体何のフラグですか?)

 というか、今まで散々エスコートする時に手を握っていたじゃないか。今更許可を取る意味が一体どこにあるのか。

「別に、構いませんけど……」

(ちょっとキャラ変わってないか、この人……)

 どこかほっとしている顔をしながら私の手を引き始めたクロード王子を見て、一抹の不安が胸をよぎった。


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