第4話 太陽と月の出会い 後編
「こんばんは、月田君」
そう話しかけられた時、俺は思わずのけぞってしまった。こんなタイミングで自分の名前を呼ばれるなんて想像もしていなかった。
「......あ、ああ、新宮さんか。 こんばんは」
適当に返しておく。部活か何かの帰りだろう、うまくやり過ごせばそのうち帰ってくれるはず。
「こんな所で何をしているんですか?」
「ちょっと人を待っているんだよ、ハハハ」
苦しい、実に苦しい。この調子だとあれこれ聞かれるんじゃないか?
「人を? 連絡を取ってみましたか?」
「いや、取ってない」
取ったなんて言ったら何て言ってたかまで聞かれそうだ。
「取った方が良いと思います。もう暗いですし」
ヤブヘビだったか。俺は両手を軽く上げてみせた。
「.....もしかして、連絡先をご存じないとか?」
怪訝そうに見つめてくる彼女に、俺は言葉を詰まらせた。ずっと左肩の上で成り行きを見ていたユークオンも、旗色が悪いと悟ったのか心配そうにこっちを見てくる。
「待ち合わせというのは、嘘ですか?」
嘘じゃない。そう言いかけて思い直した。待ち合わせなんて本当のことを言うから苦しくなったんだ、こうなりゃトコトン嘘をつきとおすしかない。
「騙すつもりはなかったんだけど。俺は......そう」
マジックの練習をしてたんだ。そう答えた。この格好ー優によると魔法使いの正装らしいーを見れば納得......してくれるかな?
「なるほど! マジックをなさるんですね」
彼女は案外あっさり納得した。『マジックを見せて』と頼まれたら、もう暗いからとか言って追い返そう。普段あまり女子と話さないからか、こんだけの会話でもちょっと疲れていた。俺がまた口を開こうとした時、彼女は朗らかな笑みを浮かべて言った。
「月田君も魔法使いなんですね!」
......。弱ったな、実に弱った。無意識に頭に手が伸びていたことに気付いて慌てて引っ込める。
単純に『マジシャン』と『魔法使い』を同じ意味で使っているのか、俺が本当に『魔法使い』だと知っているのか、判断がつきかねた。
「『月田君”も”』とはどういうことですか?」
一瞬誰が喋っているのか分からなかったが、すぐにユークオンだと気づいた。おい、という俺の制止も聞かずに彼女は続ける。
「答えてください。『月田君”も”』とは?」
新宮さんは涼しい顔で答えた。ユークオンが喋ることなんて予想していたみたいに。
「私の友達も同じですから。ね、ひなたちゃん」
彼女はそう言って振り返る。少し離れた木から誰かが近づいて来る。 やられた、と思った。
目の前に現れた彼女は、きまりが悪そうに赤みがかった黄色い髪をクルクルといじっていた。
「一人で来るように念を押したはずだけど」
ピリピリした態度というものは伝わってしまうらしい。木立さんは震える瞳で俺を見上げて答えた。
「ちょっと色々あって......。誰からの手紙かも分からなかったし」
「そうだ! あんな怪文書を送りつけて、一体どういうつもりだ!」
彼女の脇で翼をはためかせている鳥ーおそらく太陽の杖の守護者だろうーは随分おかんむりだった。
「怪文書とは、とんだご挨拶ですね」
これにはユークオンが気色ばむ。俺に頼まれて考えた文面をなじられたのが気に食わなかったらしい。
「待った、落ち着いてくれ」
険悪な雰囲気になりかけたところで止めに入る。一杯食わされて苛立ちはしたが、あくまで要件は穏便に済ませたい。
「別に魔法のことを知っている人が何人来ても構わないさ。なじって悪かった」
自己紹介しよう、と続けた。
「俺は月田照、風谷第一中学校の1年2組だ」
「私は木立ひなたって言います。あの、私も......」
「同じクラスでしょ、知ってる」
あぅ、と彼女は恥ずかし気に頬を掻く。それをおかしそうに笑う新宮さんとは対照的に鳥は険しい表情を崩さない。
「それで、クラスメイトの坊が何の用だ?」
相変わらずこっちに気を許さないようだ。怒らせたらうるさいタイプか?
「用っていうのは他でもない、杖のことだ。手紙にあっただろ」
依然として警戒を解かない鳥にムッとしながら答えた。
「この杖だよね」
木立さんがそう言って取り出したのは、まぎれもなく”太陽の杖”だった。ただ先端の水晶が欠けている。
「そう。この杖の封印を解いたのは君だな?」
この質問を皮切りに彼女を色々と問いただした。そして分かったのは、彼女はこれまで魔法とは無縁の生活を送ってきた少女だということだった。
「なるほど、よく分かった」
「それで......」
彼女はためらいがちに口を開いた。俺は黙って頷く。
「俺の話っていうのは簡単なことさ。その杖をこっちに渡してほしい」
えっ、っと彼女が漏らしたのをかきけすような大声で鳥はがなり立てた。
「バカを言うな! 太陽の杖の持ち主はヒナタだぞ!」
放っておくといつまでも怒鳴り散らしていそうだ。人差指を立てて待ってくれ、と彼を止める。
「太陽の杖の守護者の意思は尊重したい。ただ、杖を持つことが木立さんのためになるのかということを言いたいんだ」
「どういうことですか?」 それまで様子をみていた新宮さんが尋ねてきた。
「魔法を扱う、精霊と関わるということは危険もあるんだ」
ぽつりと答えた。
「魔力も乏しそうな坊が、一丁前に口を利くなあ」
鳥の皮肉を聞き流しながら、木立さんに語りかける。
「俺は解き放たれた精霊を杖に戻そうとしている」
「それは、契約だから?」 おずおずと尋ねる彼女に、かぶりを振って続ける。
「それもある。ただ、魔法によって、精霊の力によって魔力を持たない人が苦しむのを止めないといけない。その理由の方が大きいな」
「そっか......」 彼女は何かを考えているようだった。沈黙と涼しい風、そして月明かりが辺りを包み込む。
「あなたは? あなたは何故杖を持つんです?」
静寂を破ったのはユークオンだった。
「私、私は......」 彼女はしばらく言い迷って、そして、
「私はみんなを幸せにしたい。精霊さんと仲良くなって、力を借りて、みんなを笑顔にしたいな」
そう、答えた。
「そうですか」
ユークオンはあっさり流して、そのまま口を閉ざしてしまった。
「あの......」
木立さんは何か言って欲しそうに俺たちを交互に見つめる。
「魔法は気軽にホイホイ使うものじゃない」
これだけは言っておこうと思った。
また重苦しい空気が流れ始める。皆が目を合わせるのを恐れているようだった。
「お二人が魔法を披露しあったらどうでしょう?」
突然そんな提案をした新宮さんに全員の注目が集まる。
「魔法は気軽に使ってはいけないということですが、これから協力し合うことになるでしょうし、お互いに力量を知っておくことは大切だと思うのですが......」
「いやいや、そもそも俺たちはまだ木立さんが杖を持つことに納得は......」という反論はユークオンのいいでしょう、という一言に遮られてしまった。
「ユークオン!」と非難を込めて呼びかけると、彼女は
「はっきりと実力差を見せれば観念しますよ。そうでしょう、ゾンニッチリ」
と不敵な笑みを浮かべた。
「嫌味な性格は相変わらずだな、ユークオン」と鳥はくちばしを軋ませる。
「どうしよう、私自信ないよ」
木立さんはすがるように鳥に声をかけた。
「大丈夫だ、あの坊も大したことはない。いいか、......」
鳥は何やら耳打ちし始めた。作戦でもあるのだろうか。
結局、お互いに杖を使って魔法を見せあうということになった。実力云々の話じゃないと思うのだがそういう流れになった以上は仕方ない。
「初めは坊からだな。どんな魔法を使うんだ?」鳥の質問に、
「”ダッシュ”だ」とだけ答えておいた。
「ここからあの木まで3秒で行けたら成功ということにしましょう」
ユークオンの提案に黙って杖を構える。皆が見守る中、
「汝と契りしテルが乞う!」
辺りが不思議な雰囲気に包まれ、杖からまばゆい光が放たれる。
「光が如き速さを我に貸したまえ。”ダッシュ”!」
俺は勢いよく地を蹴り上げた。
結論から言えばうまくいった。いきすぎたと言った方が正しいか。あっ、という間もなく目の前に木が迫ったのに驚いた俺は方向転換をしようとして足を滑らせ、そのまま倒れ込んでしまった。
「いってえ......」
手の平に付いた砂利を払いながら立ち上がる。左ひざを擦りむいていたが他にケガはなさそうだった。
「大丈夫!?」
心配そうに駆けよってきた木立さんたちに手を振って大丈夫だと伝える。
「まったく、魔力の調整もできないなんてまだまだ半人前だな」
木立さんの肩に留まった鳥はふんぞり返ってそう評した。
「まあね。これから精進するよ」
先輩風を吹かせておきながらこのザマっていうのは恥ずかしいが、経験不足なのは否めない。
「傷口を洗ってきた方が良いと思います」
気の毒そうに俺のひざを眺める新宮さんを見てしまっては、そうする、としか言えなかった。
俺がひざを洗ってきて戻ってくると、今度は木立さんが魔法を使って見せるということになった。正直俺の失敗を見てビビッて杖を手放してくれるかと期待してたが、変なところで鈍感らしい。
「ちょっと危ないから、離れてて!」
木立さんの注意に従って少し距離をとる。自然と俺とユークオンが彼女の左手に、新宮さんとあの鳥が右手に除ける形になった。
それじゃあ、と彼女は一声かけて詠唱を始めた。俺はハラハラしながら彼女の様子を伺う。
「汝と契りしヒナタが乞う!」
俺の時と同じように杖の水晶が光り始める。
「岩をも穿つ雷撃よ、我に力を貸したまえ。”サンダー”!」
杖から放たれた稲妻はカクカクと頼りなげに曲がりくねり......あれ?
「あばばばばばば」
「キャアア!」
......俺たちに命中した。全身を針でつつかれているような痛みと脱力感が襲う。電撃が止んだ時、俺たちは崩れ落ちた。
「......たくん、月田君!」
くぐもった声が聞こえる。頭を振ってもう一度よく見ると木立さんたちが心配そうに俺たちを囲んでいた。
「大丈夫? ケガとかしてない?」
今にも泣きだしそうな顔で見つめてくる木立さんに大丈夫と答えて起き上がる。
「ユークオンも平気か?」
「ええ、なんとか」 彼女はすっくと立ち上がり体を震わせた。こういう所は猫そっくりだよな。
「そう、良かった。 ほん、と......」
疲れているらしい、と気づいた時には遅かった。木立さんは糸の切れた操り人形のようにその場に倒れこんでしまった。
「おい、おい! 大丈夫か!」
鳥の呼びかけにも反応しない。額に手をやった新宮さんが小さく悲鳴をあげた。
「大変、凄い熱です!」
「早く、早く家に運ぶんだ!」
さっきまでの星空はどこへやら。今にも降り出しそうな空模様になっている。俺は鳥に急き立てられるまま、木立さんを背負って公園を後にした。




