第4話 太陽と月の出会い 前編
あるよく晴れた日の午後。木漏れ日が教室に差し込みとても心地よい空間を作り出していた。私は待ち合わせという名の日向ぼっこ中。
「お待たせしました、ひなたちゃん」
「ふぇ?」
いつのまにかカエデちゃんが目の前に立っていた。全然気がつかなかったな。
「もう部活終わったの? 早かったね」 陸上部はもっと遅くまでやるものだと思ってたけど。
「今日は顔合わせと年間予定の説明だけだったので。 生物部も早かったんですね」
「うん。あまり出来ることないから」
頭に手をやりながら応えた。1年生のすることは学校で飼っているウサギさんとグッピーさんの世話くらい。先輩たちは顕微鏡を使って何かやってるけどよく分からないや。
「まぁ、授業で学んでいくうちに出来ることも増えるかもしれませんし。頑張りましょう」
そっか、授業、授業か。 勉強は好きじゃないけどカエデちゃんの笑顔を見てると頑張ろうって気になるから不思議だなぁ。
「あれ、木立さんと新宮さんだよね。 今帰るとこ?」
声のした方を見てみると、教室の入り口にショートヘアの女の子が立っていた。えっと、確か......。
「ええ、五瀬さんも?」
あぅ、カエデちゃんに先に言われちゃった。小学校が同じじゃないクラスメイトの名前はまだあやふやなんだよね。
「うん。 顧問は出張、コーチは急用でね。ミーティングだけになっちゃった」
五瀬さんはそう言って左手のプールバックを振ってみせた。確か運動部は大人が監督してないと活動しちゃダメなんだよね。
「五瀬さんは水泳部ですよね。もう泳いでいるんですか?」
「まさかぁ。中身は体操服とタオルだよ。今はランニングしてるの」
それよりさ、と五瀬さんは私の方に向き直って続けた。
「一緒に帰らない? あたし南町に住んでるんだけど」
「私たちは川前町だから途中までになるけど......。 カエデちゃんは大丈夫?」
「もちろん。 一緒に帰りましょう」
川前町に住んでいる子って少ないんだよね。だからカエデちゃん以外と一緒に帰るのは久しぶりだなぁ。
「あ、あれ? これって......」
靴箱までやってきた私たちは揃って固まってしまった。 私の靴箱にポストカードを入れるような封筒が差し込まれていたのだ。そっと手に取ってみると確かに私の名前がある。
「ら、ラブレターじゃない!? きっとそうだよ!」
興奮した様子で口を開いた五瀬さんと裏腹に私は混乱していた。 誰が? どうして? まだ入学して1週間も経っていないのに。
「とりあえず、開けて見ないことには何とも分かりかねますね」
カエデちゃんの言う通りかな。大事な用事が書かれているかもしれないし。
「あたしにも見せて!」
五瀬さんは......どうかなぁ。 もし本当にラブレターで、色々言いふらされたら困っちゃう。
「こういうものは本人が一人で確かめるものですよ」
カエデちゃんはこういうの貰い慣れてるのかな。だとしても全然不思議じゃないけど。
私はゆっくりと封筒を開けて中の便箋を取り出してみた。
『 木立 ひなた さん
突然のお手紙失礼します。実はあなたにお願いしたいことがあるのです。つきましては本日 4月9日の午後6時30分に椿ヶ原児童公園のジャングルジム前に”杖”を持って来て下さい。お互いのためにも一人で来られることをおすすめします。』
......え? 私はもう一度手紙と封筒を見返してみた。差出人の名前はどこにもない。
「どうでしたか?」
何かを期待するような目で尋ねてきたカエデちゃんに手紙を見せてみた。
「今日の6時30分に椿ヶ原児童公園、ですか......」
考え込むカエデちゃんをよそに、五瀬さんはいよいよラブレターなのだと思い込んだみたい。
「えーっと、今5時30分だから直接行けば余裕で間に合うわね」
「いや、一回家に帰ってから行こうと思うんだけど」
「行くんですか?」 カエデちゃんは驚いたように手紙から目を上げた。
「うん。色々相談しないといけないかもしれないけど......」
ゾッチにも聞いておかないと。”杖”ってあの杖を指しているんだろうし。
「うーん......じゃあ、あたしはお邪魔かな。 明日、結果を教えてね!」
五瀬さんは何か勘違いしたのか、そのまま走っていっちゃった。
「ひとまずゾンニッチリ君に相談ですね」
差し出してきた手紙を受け取って、私はうん、と頷いた。
「カエデちゃんもうちに来てくれない? どうしたらいいか分かんなくて......」
「いいですよ、私もカエデちゃんのラブレターの差出人に興味がありますから」
ラブレターじゃないよ!、なんてツッコミはイタズラっぽく笑うカエデちゃんには通用しなかった。
5時50分か。私はゾッチに手紙を見せて説明している間もずっと時間を気にしていた。
「つまり、正体不明の誰かさんに太陽の杖を持って公園にくるよう言われているんだな?」
手紙にチラリと目をやった後、確認するようにゾッチは聞いてきた。
「うん。そういうことかな」
次にゾッチが発した言葉は、私が予想したものとは真逆だった。
「やめておこう。危険だ」 うんざりした口調でそう言ったのだ。
「ゾンニッチリ君は気になりませんか? この手紙を誰が書いたのか」
カエデちゃんが先に言いたいことを言ってくれた。
「確かに気になる。だが......」
「でしたら!」
「聞け、世の中にはデンジャラスな魔法使いというのもいるんだ」
「行って確かめないとそんなことは分かりません!」
二人......そう、二人の言い争いはどんどんヒートアップしていって、私はほとんど口を挟めなかった。
銘々が意見を言い尽くして、部屋では沈黙と寂しげな夕日が存在感を増していた。
「私、行くよ!」そんなものを吹き飛ばすつもりで、言った。
「おい、ヒナタ......」
心配そうに見上げるゾッチに、笑いかける。
「この手紙を書いた人がいい人かどうかは分からない。けどね、私が行かなかったらその人は寒い夜に待ちぼうけになっちゃう」
「あのなぁ......」 まなじりを上げるゾッチをカエデちゃんが制した。
「ゾンニッチリ君が心配するのも分かります。 でも今はひなたちゃんを信じて、助けて下さい」
ゾッチはしばらく苛々と床を歩き回っていたけど、やがて
「分かった。ただし慎重にいこう」と納得してくれた。
「それじゃあ決定!」私は高らかに声を上げた。
ベンチにシーソー、象を模した滑り台。夕闇に包まれた児童公園は、昼の騒がしさと打って変わってもの悲しい雰囲気を漂わせている。
「ここが公園って所か。色々あるなぁ」
ゾッチは興味津々といった様子で辺りを見回す。
「うん。 待ち合わせはジャングルジム前で......あっ」
大声を出しそうになったのを済んでの所で抑えた。
「どうかしました?」
不思議そうに聞いてきたカエデちゃんの袖をつまんで、そっとジャングルジムの方を指差す。
「いる、誰かいるよ」
薄暗くてよく分からないけど、誰かを待っているようだった。
「近づいてみないとよく分かりませんね」
彼女の言う通り、ここからじゃシルエットしか分からない。
「物陰に隠れながらいこう」
私もゾッチの意見に賛成だった。堂々と行くと万が一の時に危険な気がする。
「おい、子供だぞ」
私たちが隠れている木の枝から降りてきたゾッチがそうささやく。この木は相手のほぼ正面。目を凝らせば顔だちまで分かる距離にきていた。
「私たちと同じ位じゃない?」
目の前の少年はしょっちゅう時計を見てはため息をついていた。肩に乗せた猫に時折何か話しかけているようだけど、聞こえはしない。それよりも気になっているのは。
「ちょっと変わった服だね」
隣で少年を見ていたカエデちゃんにそう話しかける。彼はシルクハットにローブという、まるでこれから手品でもするんじゃないかって格好だ。
「カエデちゃん?」 彼女はいつになく真剣な表情をしていた。
「私、一人でいってみます」
......え。一瞬彼女が何を言ってるのか分からなかった。
「何をバカなことを!」
語気を荒げるゾッチの頭を一撫でして彼女は微笑んだ。
「危なくなったら助けて下さい」
更に言い返そうとするゾッチを私は止めた。何か考えがあるのかもしれない。その一言で彼はあっさり引き下がった。
少年はカエデちゃんが目の前に来てからやっとその存在に気がついたらしい。彼女は私たちに聞こえるような大声で挨拶をした。
「こんばんは、月田君」
あれ? 知り合い?