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第1話 始まりの日

 初投稿です。 よろしくお願いします。

 まだ肌寒さが残る春の夜。とある洋館、その中のある一室。俺は妹と探し物をしていた。


「お兄ちゃん、やめようよ。そんな所探しても出てこないよ」

 背丈の倍はあろうかという本棚に立てかけられたハシゴの下で(すぐり)は不安そうにつぶやく。

「いや、昔ここで見たんだ。ここにあるはずだ」

 俺はその傷んだハシゴの上でそう叫び返した。

「ほんとにあるの?”月の杖”なんて。お兄ちゃんの勘違いじゃない?」

 俺は何語で書いてあるかも分からない本を棚に戻して優の方に目をやる。


「先祖伝来の家宝だぞ。絶対にある」

俺の一族、月田家の人間は皆魔法の素養をもって生まれてる。”月の杖”は月田家の家宝と言うべき魔法の杖だった。

「家宝なら尚更そこにはないと思うけどなぁ」

「分からんよ、父さんズボラだったからな」

 父は、もういない。だからこそ”月の杖”が必要だった。俺はまた棚にある本を片っ端から手に取り、杖が挟まってないかと探し始めた。


「あれ?」

 ふと一冊の本が俺の目を引いた。手に取ってみると、本ではなく箱だと気づいた。フタには見覚えのある三日月のイラストと”THE MOON”の文字。

 もしかして。こんなに緊張したのはいつ以来だろうというほど胸を高鳴らせながら箱を開ける。目に飛び込んできたのは定規二本分の長さ、先端に三日月の水晶彫刻を備えた杖。まさに探していた”月の杖”だった。

「あった、あったぞ!」

 俺は思わず杖を手にして優の方に向き直り高らかにガッツポーズしていた。

「ほんと!?」

 という優の興奮した声が聞こえた瞬間。俺は自分の右足が空を踏みしめていることに気付いた。後はただハシゴから転げ落ちるだけだった。



「......いちゃん、お兄ちゃん!?」

 次に目を覚ましたのは父の書斎の床の上だった。どうやら一瞬意識が無くなっていたらしい。動くのもおっくうになるような痛みが全身を襲う。

 (そうか、俺ハシゴから落ちて......)

「お兄ちゃん! 良かった......。今救急車呼ぶから」

 俺は、安心した(すぐり)が電話のあるリビングに駆けていこうとするのを呼び止めた。

「待った、大丈夫だ。呼ばなくていい」

「でも......」

「ちょっと打っただけだから。それより、杖は?」

 何より杖が心配だった。あの高さから落としたのだ、タダでは済まないだろうとは覚悟していた。

「......お兄ちゃんの下」

 優が俯きながらぼそりと言うのと俺が腹のあたりの違和感に気付いたのはほとんど同時だった。体の痛みに構わず慌てて起き上がると、先端の水晶が砕けた”月の杖”が転がっていた。

柄の部分もポッキリ逝ってしまったかもと思っていたが案外まだ使えそうだ。俺が状態をよく確認しようと杖を拾い上げると_____



「ああッ!?」

「きゃあ!?」

 砕けた水晶の破片が一斉に光りだし、やがてそれは強烈な閃光に変わる。辛うじて目を開けて様子を見ていると、光はいくつもの光線に姿を変え天井付近の明かり窓から外へ飛び出していった。


「くそ......何だったんだ今のは」

 俺はまだチカチカする目をこすりながら優に尋ねる。

「分かんない。魔法みたいだったけど......あれぇ!?」

 素っ頓狂な声を上げた優の視線の先に目をやると......


 

 一匹の猫がいた。

「わぁ、ネコちゃんだぁ~」

 優が弾んだ声を上げて抱き上げようとする。

「ワタシはネコじゃありませんよ」

 猫は優を見上げてこう言い放った。




 ......え。

「しゃ、しゃ、しゃべ、ネコがしゃべ......」

 (すぐり)が今にも泡を吹きそうな顔でこっちに振り返る。いや、そんな顔してこっち見ないでくれ。俺もどうにかなっちゃいそうなんだから。

 「だから、ワタシはネコじゃありませんよ」

 猫......らしき動物は困ったような顔をしてそう繰り返す。


「ね、猫じゃない?」

 俺は腰を抜かしそうになるのをぐっとこらえておずおずと尋ねた。

「ええ。あなた方、月田家の人間ですよね?」猫......じゃないなら、この際ニュコとでも呼ぼう。ニュコはそう問い返してきた。

「ああ、そうだよ。俺は月田照(つきた てる)、十二歳。こっちは妹の優で、十歳だ」

「月田家の人間ならワタシのことも知っているはずですが。ワタシはユークオンと言います。聞き覚えは?」

 俺と優は揃ってかぶりを振る。珍種の動物か何かか?尻尾が二股なのと、額に三日月の模様がある以外は普通の黒猫と変わらないんだが。


「乱暴な起こし方をした上に、杖の守護者たるワタシのことも知らないなんて......」

 ユークオン、というその動物は機嫌を損ねたらしく、爪でフローリングを削り始める。

「わー!ごめんなさい、謝るよ、だからやめて!」

 床を傷つけられちゃかなわない。優が慌てて止めに入るとユークオンは意外とすんなり止めてくれた。

「その、起こしちゃったことは悪いと思っているよ。うっかりしたんだ」

 俺も優に続いて謝ると、ユークオンは眉間にシワを寄せてこっちをにらんできた。


「あなたは他にも謝ることがあるのでは?」

 謝ること......杖を壊したことか?

「えっと、杖を壊したこと?」

 そう尋ねると、ユークオンは、何も分かってないなとでも言いたげに首を振った。

「ただ壊したんじゃありません。杖に込められた精霊を解き放ってしまったんです。もの凄い魔法の奔流が起こったはずですが、気づきませんでした?」

 精霊を、解き放った。とするとあの光の筋が......。俺は自分がしでかしたことの重大さに今さら気づいて気が遠くなる思いだった。


「ちょっと、大丈夫ですか?」

 床に手をついて呆然としている俺を心配してか、ユークオンが近づいて来る。それとは裏腹に(すぐり)の態度はあっけらかんとしたものだった。

「あーあ、やっちゃった。これじゃあ本末転倒だよ」

 そうこぼす優の方を、ユークオンはやや驚いたように見やった。


「と、言いますと?」

「今日の昼、なんか凄く胸騒ぎがしたんだ。このペンダントも一瞬強く光ったし。それでね、お兄ちゃんが『”太陽の杖”から精霊が解き放たれたんじゃないか』って。だから......」

「だから、”月の杖”を使って精霊と契約を結びなおそうと思ったんだ」

 優の話を遮り、昼間に光り出したペンダントを見せながら続けた。なるほど、とユークオンは顎を引いた。


「事情は分かりました。お手伝いしましょう」ほんとに!?と目を輝かせた優を前足で制してユークオンは続ける。

「何しろ、”太陽の杖”と”月の杖”はクライヴ様がそれぞれ太陽、月と契約を交わしてお創りになったものです。修復しなければ大変なことになるでしょう」

 クライヴ様というのはこの家の初代当主、月田(はじめ)の師匠とされるクライヴ・スコットのことだろう。いや、それよりも。

「大変なこと、というのは?」

「別に太陽が爆発するとか、月が落ちてくるとか、そんな大それたことじゃありません。ただ、太陽に嫌われた者は行く先々で土砂降りに遭い、月に嫌われた者は二度と星空を拝めません。その程度のものです」

それはそれでやだな、と浮かない顔をする優をよそに、俺は昼から抱いていた懸念を口にした。

「それはあくまで太陽、月との契約を果たせなかった場合に起こることだろ?解き放たれた魔法の影響は?」

 それです、とユークオンは頷いた。


「精霊というのは拠り所を求めます。解き放たれた魔法の精は動植物、人間、物といったあらゆるものに宿るでしょう。ところが本来魔力を持たない者はその力を持て余す。厄介なことになりそうですね」

 やはり、俺の懸念は当たっていそうだった。だったらやるしかない。


「俺は精霊を集める。月の杖のものも、太陽の杖のものも。俺ができるのはそれしかない」

「そう言うと思っていました。ワタシもあなたを月の杖の仮の主人と認め、助力しましょう」

 俺とユークオンは微笑を浮かべ、ぎこちないながらも握手を交わした。

「じゃあ、私も手伝う!」

 と声を上げた優に、俺は

「ダメだ!」

 ピシャリと言い放った。


「......どうして」

「これは遊びじゃないんだ。暴走した魔法が何を引き起こすか分からない以上、危険なことに巻き込みたくはない。それに」

 責任は俺にあるからな、と俺は呟いた。太陽の杖の方はともかく、月の杖に込められていた魔法の精を解き放ってしまったのは俺だ。その魔法で誰かが危険な目に合うかもしれないからには、動かずにはいられなかった。

「......分かったよ。でも、助けがいるときはすぐ言ってね」

「ああ、そうする」

 少し寂しそうに微笑む妹に、これ以上何と声をかければいいのだろう。考えあぐねていると、ユークオンが口を開いた。

「ワタシを抱きしめてみますか?」

 え?と戸惑う優の方を向いて、ユークオンは続けた。

「ワタシを抱きしめてみたいと思っているんじゃないですか?」

「う、うん。......いいの?」

「どうぞ」

 優はやや緊張した面持ちでそっとユークオンを抱き上げた。わぁ、柔らかいとはにかむ優を横目に、俺は頬を緩ませながら尋ねた。

「どうして優が君を抱きしめたがっているって分かったんだ?」

 心を見たんです、とユークオンは答えた。

「え、ユークオンちゃんって人の心が読めるの!?」

 と興奮して聞く優を見ながら、ユークオンは照れくさそうに続けた。

「月の加護を受けている者の心なら見通せます。他の人相手だとサッパリですけど」

「なるほどね」心底感心して頷いてみせたのだが、彼女の反応は思わしくない。

「あなたが心の中でワタシに”ニュコ”とかいう全く似合わないあだ名を付けていたのも知ってますよ」


 う、それも気づかれていたのか。これじゃあ彼女の前で滅多なことは考えられないな。げんなりする俺を尻目に、優はのんきに笑ってみせる。

「ふーん、ニュコかあ。なんかカワイイね!」

「似合いませんよ」

「でも”ユークオン”より女の子らしいと思うな、私」

「”ユークオン”はワタシがクライヴ様から頂いた名です。無下にすることはできません」

 そっかぁ、と残念そうに呟く優を見かねたのか、彼女はさらにこう付け加えた。


「テルが全ての精霊と契約を結ぶことができたら話は別です。ワタシはテルを月の杖の真の主人と認めますし、ワタシを好きに呼んでも構いません」

 そう聞いた途端やったぁ、と叫ぶ辺り、優は本当に憎めない性格をしていると思う。

「じゃあお兄ちゃん、頑張ってね!」

「ああ。ユークオンが嫌がらない名前を考えなきゃな」

「気が早いですよ、まだ何も進んでないのに」

 と苦笑いするユークオンに、そうだったと笑い返して確認する。


「精霊を全部この杖に戻したら、杖は元通りになるんだよな?」

「そうです。それがあなたと月との契約になります」

 分かった、と言って俺は壁に掛かった時計に目を向ける。もう夜の十一時を回っていた。

「こんな時間に子供が出歩いていたら補導待ったなしだ。明日から頑張ろう」

 ホドウとは?と困惑するユークオンに、優がお巡りさんに叱られることだよ、と教えると彼女は分かったような分かってないような難しい顔をした。


「分かりました。ただ、出来れば夜の方が良いのですが......」

 言いよどむユークオンに理由を聞くと、月の杖に封じられていた精霊は夜に力が増すために気配を察知しやすいのだという。また、彼女も夜の方が活動しやすいとのことだった。

「じゃあ、夜に探そう」

「ワガママを言ったみたいで、すみません。月が出た頃から始めましょう」

「いやいや、俺も明日は日中忙しいしちょうどよかったよ。補導されないように十時には帰りたいんだけど、いいかな」

「構いません。手早くやりましょう」

 精霊探索は明日の夜に始めることとし、俺は父の書斎を出たところで優、ユークオンと別れた。ユークオンは優の部屋で寝るらしい。明日はますます忙しくなりそうだ。そんなことを考えながらベッドの上で目を閉じた。

 【作中解説】 精霊について

 本作品における精霊とは「自我・魔力を持ち、魔法使いと契約を結ばない限りは自由な存在」とします。

 また、契約を結んだからといって必ずしも精霊の力を完璧に引き出せる訳ではありません。術者の力量が試される領域です。

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