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オレンジ色。  作者: 火薬
6/7

その6



もう夏はとっくに過ぎて、だから午後になって薄暗くなるのが少しだけ早くなってきているというのに

まだまだ外は暑くて蝉だって勘違いして五月蝿く外から授業を妨害していた。

「一ノ瀬さんはどうするの?進学?就職?やっぱり武術の道に進むの?柔道?空手?」

「いや、私武術とかそういうのできないし、そういうとこ興味ないよ?」

前の席の女の子、栄は「えー、そうなの?」とキョトンと意外そうな顔をしてみせる。

それもそのはず、私の両親が武術に長けているのは誰もが知っている程に有名な事なのだ。

風の噂どころか、もう台風でも吹いてるみたいな有様だ。

だから、そんな台風の下で私が何の武術の才能も持っていないという意外性が霞んでいるんだ。

才能がないというか、興味がないんだけど・・・。

高校2年という真っ只中、鬼だって大爆笑しそうな授業内容を私達は配られたプリント用紙に書き示していた。

とは言うものの私は今のところ白紙のままで、私の前で難しい顔しているこの虫も殺せなさそうな女は

一生懸命に書いては消し、書いては消しを繰り返している。真面目に。

「アンタはお嫁さんとかでもいいんじゃないの?モテるんだし。メイドさんとかでもいいか。」

「そんな子供みたいな事書けないよ!」モテないし!とか言うと、一部の男子が「そんな事ない」とNOのジェスチャーをしていた。

「だいたい、こんなん書いてどうなるよ。どうせ行き当たりばったりで将来なるようになるしかないんだし、こんな紙っきれに人生収まるもんかねぇ」

「いい事を言っているようで、ただの言い訳にしか聴こえないんだけど?」

実際、言い訳である。単純に何も思い浮かばないっていう。

徒にペンでプリントを殴る事だけ夢中になっている。どっちかというと悪戯か?

「絵描くの上手いんだから、そっちの方に進んでもいいんじゃない?漫画家とか絵本作家とか!」

「そういうのは一握りです。成れてもちゃんと食べれるのはさらに一握りなんです。」

こいつの口からは夢物語しか流れてこないのだろうか?

「でも、成ろうとしなきゃ成れないよ?」

「カッコイイ!結婚して!」

確かに彼女の言うとおりなのかもしれない。

いや、まだ成ろうとか思ってないわけなんだけど。

だから「ま、今は適当でいいんじゃね?」と言って殴り書きして提出した。そうしないといつまで経っても帰れないからな。

そして、そんなやる気の欠片もないプリント用紙を見て担任教師は『2年D組、一ノ瀬若葉。進路相談室に来い!』っと強張った声で私の名前を

放送で呼びつけてきた事は言うまでもない。


「どうかされたんですか?」

「何で呼びつけられたかわかるか?」

イライラと呆れが交じり合った表情で椅子に腰掛けていた。机の真ん中には長方形の見覚えのある紙が置かれていた。

「いえ、先生の気持ちなんてわかるわけないじゃん?親の心子知らずって言うでしょ?」

「俺にもお前の気持ちなんてわからん。だから、こうして呼びつけたんだよ一ノ瀬。」尋問する為にな。と続けた。

教師として有るまじきセリフではないだろうか?

しかし、そのセリフは怒っているから生じたものだという事だけはわかる。

先生は横に置かれた例の紙を私の方に見せて

「これはなんだ?」と言った。

「さっきの授業の進路調査表ですかね。」

である。

「俺が言いたいのはそういう事じゃない。俺が訊きたいのはお前の将来設計の事だ。なんだビックになるって、ふざけてるのか?」

それは第3希望に書いた進路だった。

因みにランキング2位、1位は

海賊

魔法使い

だった。

うん、確かにこれは怒られても文句は言えない内容だった。

「馬鹿にしてるのか?」と言われたので、

「長い人生、色々あるでしょ?それを今考えたってしょうがないかなって。長い航海を続ける海賊のようなもんなんですよ私達は。」と弁明した。

「魔法使いってのは?」

「あ、それは特に考えてなかった。」

「ふざけんな!!」派手に怒られた。



殴られなかったのが不思議なくらいなもんだった。いや、ある意味殴られてるほうが楽なもんだったかもしれない。

「お前は人生を舐めている!」「ふざけている暇があるなら勉強しろ!」

「お前は馬鹿なんだから鏡見て、身の丈にあった振る舞いをしろ!」

と蛸殴りだった。

極めつけに反省文の宿題も言い渡され、コンビニで買ったアイス片手に傷心に浸っているという状態だ。

まるでドラマやアニメの一枚絵のように公園のブランコに腰掛けて悲しそうに振舞ってみるものの、このオレンジ色の夕日のように

私の心は全く持って悲しいという感情が湧いてこなかった。

ただ、思ったのは「はぁ・・・うっざぁ・・・」と腹立たしい感情だけだった。

私は成績が良いわけではない。ぶっちゃけ平均より低いと言えるし要領はよくない。そして始末の悪い事にそれを自分でネタのようにする事はある。

ただ、それを他人に敢えて言われると結構、腹が立つものである。我儘なのかもしれないけど。

しかし、まさか自分の担任教師に言われるとは思わなかった。

「くっそ、もっとオブラートに包めよ。腐っても未来ある女子高生だぞ!」吐き出さないと気がすまないくらいには、意外とムカついていた。

「ワン!」

「あ?」

その私の叫びに対しひと吠え、どこからか逃げてきたのか迷子になって来たのか白い犬が立っていた。

「なんだ?アイスが欲しいのか?というか犬ってアイス食べても大丈夫なのか?」

その問いかけに白い犬はまたひと鳴きする。

「コラ、まったく追いつくのがやっとだよ。どうもありがとうございます。うちの子を捕まえてくれて。」

杖をついた犬と同じくらい髪の白いお婆さんがセカセカと慌しくやってきて自由になってしまったリードを掴む。

「いえ、何もしてないですよ。私、ただここに座ってただけなんで。イライラする事があって夕涼みとかしてただけなんです。」

そして座って吠えてただけだ。

するとお婆さんはクスクスと笑い「そうなんですか。」と言った。

「なんだか、うちの子にそっくりですね。怒るとすぐ吠えるところなんてね」お婆さんは横でキョトンとした顔し行儀よくおすわりをする白い犬を見た。

「あとモジャモジャなところとか」付けたされた。

確かにクセッ毛であるところは似ているかもしれない。

いや、犬と似てるとかはじめて言われたんだけどさ。

「私、普段そんなに怒鳴ったりしないですよ。いつもヘラヘラしてます」

「それなら、その方がいいですよ。怒ったり泣いたりする顔よりも、ずっと見ていられるなら笑った顔の方がいい。うちの子もよく笑いますから

貴女もそうしてください。」

見るとその白い犬は舌を出していた。

犬のその仕草は別に笑っているっていう意味ではないんだけど、確かに見ようによっては笑っているように見えなくもない。

私も唸っているような顔をされるよりは、この顔の方がいいと思う。可愛いから。

「怒ったり悲しかったり、それは最初だけ、その時だけなんですよ。目を開けてもう一度見てみたら今度は違って見えるものなんですよ」

「・・・ちょっと難しいです。私馬鹿だから」

自分で言っても少しだけ悔しく思った。意外と傷口は深いのかもしれない。あんな教師に言われただけのセリフなのに!

「最初は、そう思うかもしれませんね。次は違う見え方になるかも知れません。」お婆さんはそう言った。

やはり、難しい事を言われているように感じた。

「あら、ごめんなさいね。ついお節介みたいになっちゃって。年をとるとお喋りが趣味みたいになっちゃってね。」

「あぁいえ、でもそのうち分かるような気がします。多分ですけど。」

お婆さんは突然取り乱して、また謝りだした。そうなると、こちらも同じように取り乱してしまう。

「確かに、喋ってると楽しいですよね。」

そして、前の席のあのお喋りな女子生徒の事まで頭に浮かぶ。アイツのお喋りはちょっと違う気がするけれど。

当たり前の事を当たり前に表現するとお婆さんは何も言わずに笑った。

「そろそろ日も暮れてしまいますね。暗くなる前に帰らなくちゃ。それでは私達はこれでお暇しますね。帰るわよタロちゃん」

お婆さんがそういうと、タロちゃんと呼ばれた白い犬は「ワン!」と機嫌よさげにひと鳴きした。

私もお婆さんに「また、いつか」と挨拶をした。

結局、その日は反省文も進路調査票の宿題も何も出来ないまま

ただただオレンジ色の空ばかりを眺めてるだけで終わった。

だから次の日にまた担任教師にガミガミと叱られる事は言うまでもなかった。

覚えていたのは、ひたすらに次第に暗くなってオレンジの夕焼けが真っ暗になって何も見えなくなっていく光景だけだった。




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