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オレンジ色。  作者: 火薬
3/7

その3



将来何に成りたいのか、とかよく学校だったり幼稚園や保育園とかで聞かれたりする。

中学や高校ならば兎も角として幼稚園や保育園の頃にそんな事を唐突にきかれたとしてどう答えるんだ。

そもそも現代社会に、その歯車としてどのような職業が存在しているのかとかすら分かってなどいない御目出度いコミュニティだぞ?

そんなの聞いたところで「ヒーローになりたい!」とか「魔法少女になる!」とかそんな事を定番のようにして言い出すんだ。

いや、心のヒーローとかならまだ理解に苦しむ事はない。

だがどうだ、自分の娘が、どころか息子が「魔法少女に!」とかタダ、今嵌ってるアニメってだけで性転換を希望しだしたら色々カオスだ。

いやいや、魔法少女だってまだまだ可愛いものだ。

小さなお子様は見るもの全てが珍しく憧れる対象であるのだ。見境なくな。

だから、「カブトムシ!」とか「オオクワガタ!」とか昆虫だったり、さらに「ビー玉になりたい」なんて言い出す奴だっているんだ。

というかなりたい物にビー玉をあげるなんて、むしろ何があったというんだ。

そんな人の手で転がされるだけの人生なんてつまらないぞ?弾かれたり、転がされたり、ぶつけられたりと文字通り踏んだり蹴ったりだ。

「ビー玉になりたい」じゃなく「ビー玉になってしまいたい・・・」というような図だ。

・・・・あぁ、どうりで親近感が湧くと思ったら「ビー玉になりたい」なんて言い出したのは私だった。

まぁ、気にするな。若かりし頃の私よ。

お前が望もうが望むまいが時が経てば、勝手に転がされるだけのビー玉になるものさ。なってしまうものさ。

そう、まさに今私はその念願のビー玉だ。

ラムネの瓶から無理矢理引っ張り出されて、適当に弄ばれて、最後はカッピカピに乾いた土に食い込んで一生を終える。

そんなタダの無色透明のガラス玉さ。


父親との交換条件として、新品のパソコンを購入してもらえる(立替で)代わりに近所の介護センターで

仕事をすることになった。

ご丁寧に契約書まで作ってのやり取りで、しかもちゃんとした印鑑すら押してある。押させられた。

「私、一ノ瀬若葉は新型PCの購入につき、父、一ノ瀬大樹の紹介する老人ホーム・ユーカリでの最低一年の勤務を誓います。」

もしこれが守られなかった場合は、購入してもらったパソコンは従兄弟のケンちゃんの玩具になる。

こうなってしまったら宝の持ち腐れ。勿体無いオバケが出る事間違いなしだ。

いや、ちゃんとした契約書とは言ってもトーシロがなけなしの知識で適当に作ったものなので最悪、その書類をシュレッダーにかけて

平八さんの猫トイレに使ってしまってもいいと思っていた。

が、我が家の父は柔道の有段者なので書類を引っ手繰ろうとしたところで一本決められてしまってゲームオーバーだろう。

因みに、母親は空手の有段者なので書類を盗もうという手段に出ても見つかったところでねじ伏せられてやはりゲームオーバーだろう。

いや、空手関係なくね?

なんで柔道と空手の有段者の間から、生まれてきたのがこんな引きこもりなのかという自己否定はおいておくことにしよう。

やっぱりこの契約、どうあっても私への不利益しかないのでは?

買ってもらえるパソコンだって、だから何度も繰り返し言うように飽くまで立て替えで購入するわけだ。

パラダイムシフトとして、そろそろ買い換えようと思っていた。ということにしていたとすれば成立するかもしれないけれど

お釈迦になったパソコンはもう3年程の付き合いではあったものの、それでもなかなかのスペックだった。

あれを超えるハイスペックに新調するとなると、果たして果たして一年だけで借金満了となるのだろうか疑問だ。

まぁ、契約書には「最低一年」と記載されているのだから、きっちり真面目に一年だけお世話になって、払いきれなかったら残りは父さんの

財布にお任せ・・・というわけにもいかないのだと思うと、いやはや考えただけで満身創痍だ。

だって空手と柔道にサンドイッチにされているわけだからな。

仕方ない仕方ない。と言い聞かせて初出勤だ。

因みに、面接はなかった。あれを面接と言っていいのか甚だ疑問ではある。どっちかというと親戚のおじさんとの関係のないトークという感じ。

「履歴書もらったし、そういうの大丈夫」とおじさん・・・ではなく課長はそう仰る。

そういうのって、それはそれで大丈夫ではないのではないだろうか・・・。

そして、その履歴書は私は渡した記憶がない。私の知らないところで気がついたら既に渡されていたらしい。

犯罪じゃないだろうか・・・。

とはいえ、伸びすぎてしまった髪の毛は切るように言われていたので流石に美容院へ連行された。(料金は父親持ち)

クセッ毛なので短くするのはあまり好きではないし、何より落ち着かない。

年頃の女の子が髪を切るのは一大事なのと聞いていたので、もっと丁寧に扱って欲しいものだが、

「いや、就職だし、転機だし。」と言われ、まぁ確かに大きいイベントと言えばそうである。と無理矢理納得した。

全く、失うものが多い契約だ。



「えぇ、じゃぁそうだなぁ。今日は仕事一通り見てもらって、あとは利用者さんの顔とか名前とか覚えて欲しいんだ。」

担当区間に案内されて、そして私と同じ担当区間である、東江はじめ先輩にそう言われる。

「名前と顔だけでいいんですか?」

「できれば趣味とか色々?病気の人とかもいるけど、その辺は資料に載ってるから見といてくれればいいかな。だから・・・」

積極的にトークしろ。そう言われた。いきなりハードな展開になってしまった。

簡単でしょ?なんて某絵画教室のようなことを言われる。

「仕事の流れは、まぁ、ゆっくり覚えてってくれれば大丈夫。そんな期待してないからね」

「どうも・・・」

悪気はないのだろうと、わかってはいる。気を遣ってくれているのは分かるが、一言足りないだけで棘のあるセリフだった。

「ところで・・・」

先輩は私の身の丈を上下、下上と見ながら聞いてくる。

「一ノ瀬さんって何歳?」

「24です」

「そっか、深い意味はないんだけど、前に須賀さんに年齢の事で話ししたら怒られちゃったからね。」

ならなんで聞いたんだ。とモノローグでつっこむ。深い意味はないが浅い意味ならあったようだ。

「東江さんはおいくつなんですか?私とタメって感じに見えますけど・・・。」

「あがりえだよ。」

「・・・?」

「あぁ、あずまえじゃなくて、あがり。東って書いて『あがり』って読むんだよ。琉球語でね。」

「へぇ・・・」失礼ながらわりとどうでもいい。

「入社当初はこの名前で弄られたもんだよ。『緊張してるの?あがりだから?』とか『もう退勤?あがり?』とかね。」

だからわりとどうでもいい。

「年齢は先週で38歳になったよ。」

「おめでとうございます。」

「ハハハハ」笑って返されるが一瞬表情が引きつっていた。

四捨五入したらアラフォーだ。

しかし、それでも若く見えてしまうのは確かに年齢の事に関しては他の人からすれば嫌悪の対象になってしまいそうだ。

「でも、利用者さんには怒られないし・・・」

それは当たり前なのでは?とは思う。そしてなんの言い訳にもなっていない。

なるほど、少しだけこの先輩がどういう人かわかった気がする。

まぁ、開口一番に人の髪質を見て「寝癖酷いですね」なんて言う人だ。私の期待と同じく期待はしないことにしよう。

デリカシー云々に関しては私も人の事を言えた義理ではないのかもしれないけど。

「ところでどういう人がいるんですか?利用者さん。」

「色んな人がいるよ。自分で歩ける人とか車椅子の人とか、」

「ボケてる人とか?」

「それは・・・そうなんだけど、言い方気をつけてね。」真面目な顔で怒られた。言い方に関して。

利用者さんは飽くまでお客様であり、尊厳を持ち敬意を大事にしましょう。と教えられた。

とはいえ、敬意と一言に言われてもいきなり意識することが私には出来なかった。

だから、「すみません」とだけしか言えなかったし言わなかった。

「自分もいつかそうなる。って考えると、言われたら嫌じゃない?」

「ならないように努力すべきでは?」

嫌ではあるけれど、想像するのが難しい。老後の自分なんて。

来年の話をすれば鬼が笑うぞ?

「とにかく、気をつけてね。不快な想いするのは利用者さんだけじゃないしね」

困った顔をされる。

「わかりました」と言うと先輩は溜息をついた。前途多難だ。という風に。



「一ノ瀬若葉です。よろしくお願いします。」

「はい。よろしくね。」

「一ノ瀬と申します。よろしくお願いします。」

「うん」

「一ノ瀬です。これからよろしくお願いします。」

「ああああああああああああああ!!!!」

「い、一ノ瀬若葉です。よろしくお願いします」

「はいはい。こちらこそよろしくね。忙しいのにごめんなさいね。トイレってどこにありますかね?」

なんだか少し選挙運動の挨拶まわりのような自己PRが続き、しかしながら挨拶をしようとした際

突然、破竹の勢いで両手両足を使い、髪を引っ張ったり顔を引っかいたりと暴力を行使する老婆・・・女性の利用者様が居たり

まぁ、すごく丁寧な人や、殆ど喋らない人もいた。

因みにズタボロにされた後で「気をつけてね」と優しい声を掛けてくれたものの「ありがとうございます」よりも

「先に言ってくれ」と強い気持ちが心悲しく口から漏れる。

帯刀たてわきさんの相手してればストリートファイトとかでも役に立つくらい反射神経よくなるかもしれないし頑張って!」とか言われる。

私の事、そんな物騒な奴に見えているのだろうか。

なんのフォローにもなっていない。だから期待してないって!

いやまぁ、格闘家の両親から生まれた身としては親に太刀打ちできるようになるかもしれないな。とか別に思ってなど居なかった。

「僕も新人の頃はよくやられたよ。杖で腕を斬られたりしてね。未だに傷残ってるんだ。見る?」

「結構です」

不安が増幅した。

「今ではまだ優しくなった方なんだよ。でも凄いよね。元々抜刀術の達人だったって聞いててどんな人かなぁって思ってワクワクしてたもんだよ」

こっちはビクビクである。白刃取りでも習得してこようかと思った。

それで帯刀なんて名は体をあらわすとはよく言ったものだ。というか出来すぎでは?

そして先輩は懐かしさに笑みを溢すがこっちは血の気がひけてそのまま貧血になりそうだ。笑い事では済まされない。

「ここの人は?霧島さん・・・は大丈夫な人ですよね?」

流石に帯刀さんよりもヤバイ人はもう居ないだろうと思うものの、やはり警戒してしまう。

「大丈夫だよ」と先輩は仰る。

聞いたものの、もはやあまり信用に難しい存在となってしまっていた。

だってフワフワしてるんだもの。

ドアを3回ノックし、「失礼しまーす」と言ってから居室のドアを開ける。

恥ずかしながら先ほど教えてもらったマナーだ。

ノック2回はトイレで中に相手が居るか否かを確認する際

3回は親しい人が居る場合。

今回は別に親しい人相手ではないのだけど、しかし日本での一番常識的な回数は3回である。したがって3回叩く。

4回はくどいからアウトなのだとか。マナーとは、常識とは難しいものだ。

部屋へ入ると、ベッドで横になっていたらしい霧島さんは私の存在に気付くと、

小さく「よいしょよいしょ」とおまじないを言うように声を漏らしながら起き上がろうとした。

「おはようございます霧島さん。」先輩が手を握ると霧島さんは「あぁ、おはようございます。はじめさん」と笑った。

穏やかな表情で笑った。

「今日は暑いですか?窓空けますか?」

「そうですねぇ。今日はきっといいお天気ですからね」そう言われ先輩は窓を開ける。

窓の外は葡萄畑とまだ水の張っていない田んぼが広がっていて遠くには朝の霧に隠れてかすかに私の通勤途中である団地が見えた。

厚い鉛色の隙間から少しだけ琥珀色が除いていて、それがこの居室にまでちゃんと届いていた。

「えっと、一ノ瀬若葉って言います。よろしくお願いします」

例に倣って先ほどと同じように挨拶をする。

すると先輩が、

「さっきの僕みたいにしてごらん。手を握ってあげて。ゆっくりね。」と言うので、

言葉通り、そっと彼女の片手を握りもう一度、今度はゆっくりと同じように挨拶をする。

「霧島さん、私、一ノ瀬若葉と申します。よろしくお願いします。」

すると霧島さんは握っている私の手をニギニギと確かめるように握り返し、そして手探りをするように手から腕へ

腕から二の腕、肩、そして頬を触りクセッ毛でクシャクシャになった髪の毛揉み解すように撫でる。

「あぁ・・・」と漏らすような声で柔らかく笑い、そして泣き出しそうな声で呟いた。




「おかえりなさい。タロちゃん。」






私はよく昔から真っ暗な部屋でゲームしてたりパソコン弄ったりを繰り返していた。

至近距離で漫画読んだりもしてたかな。

絵に描いたような根暗な引きこもりというのを想像してくれれば、腹が立つが問題ない。

だから父さんにも母さんにも「そんな真っ暗だと、目が悪くなるよ!」とお叱りをうけていたものだった。

当然、馬耳東風。聞く耳など持っていなかった。

というかイヤホンだのヘッドホンだのをしていたりするので、そもそも殆ど聞こえてなどいなかったわけなんだけど・・・。

まぁ、数年間そうして目に優しくない生活をしていたけれど、不思議な事に私の目は眼鏡の力を借りる必要もなく

未だに健康な視力を保っていた。

目が悪い奴等よ!羨ましいか!

だから、目の悪い奴の気持ちなど分からない。

むしろ、眼鏡をかけたら鬱陶しくないかとか、コンタクトとか痛そうとか、色々大変そうとしか思わなかった。

ましてや、目の見えない。全く見えない人の事など知るはずもなかった。



霧島 灯さんは目が見えない。

小さな家に独りで暮らしていて、気がつくと目が見えなくなっていたらしい。

ある盆休みのこと娘さんが家族で実家に帰ると、散らかった部屋に生きているのが不思議なくらいボロボロの状態の

霧島さんが一人、リビングで倒れていたらしい。

ニュースとかでよく耳にする孤独死のその寸前というやつだ。

当然、、病院に担ぎ込まれてそのまま入院した。そこではじめて視力がないと判明した。失明している事が明かされた。

それで娘さんの家族が引き取るということになったのだけど、問題が起きた。

簡単に言うと暴れた。

詳しく、詳細に述べるならば引き取られた娘さん宅で、最初は穏やかではあったものの突然、発作のように癇癪を起こし

両手を、両足を、身体全体を使って当り散らしたそうなのだ。

当って、当って、当り散らし、大声を出し、喚き散らした。

「どこ!?どこ!?どこなの!?どこどこどこどこどこどこ!!」繰り返し繰り返しそう叫んだ。

阿鼻叫喚というまさにその状態。

そこで紆余曲折あって家宅訪問のような形で訪れた東江先輩達が我が老人ホームを紹介し、現時点へ至るというわけなのだ。

とは言ってもその事件から数年の月日が経っているので、当時よりは幾分か柔らかくなったらしい。

時間を掛けて、ゆっくりゆっくりと長い目で語りかけて、ようやく今の状態というわけだ。

だから、それだけ長い年月をかけてきた先輩に対してはあれだけ心を開いているのか。


「本当は、いきなり話しかけさせるのは危険かもしれなかったんだけどね。帯刀さんよりも」

後処理が大変。っとそうゆるく先輩は言う。

昼休憩になり、私と東江先輩は会議室で持ってきた弁当にありつく。

会議室には既にチラホラと他の職員もいて、利用者さんと同じ食事メニューの人や出勤前にコンビニで買って来たらしい弁当を食べていた。

休憩は昼時に一時間ずつ交代でとっているらしいので、日によってはバラバラなのだとか。そもそも会議室を使わず自分の車まで行って

そこで食べる人とか屋上や喫煙所で休憩するって人もいるので、本当バラバラだ。バラバラでマチマチだ。

「大変・・・部屋が散らかるとか腕を切断されたり、とかですか?」

「いや、それもあるけど書類とかでね。仕事終わりに色々とその日にあった出来事書かなくちゃいけないんだけど、

そういうトラブルとかって別の書類に書いたりと色々とややこしいんだよね。」

腕を切断される可能性を否定しなかった事に身の危険を覚える。

「・・・・・・それならそれで、いきなりトーシロの私にやらせるのはまずかったんじゃないんですかね?尻拭いとか大変でしょ?」

「仕事は回数こなして覚えるしかないんだよ。数学の公式とかと一緒でね。それに、尻拭い云々なんて後輩が気にする事じゃないよ」

そんなのは先輩として当たり前なんだからさ。と先輩は続ける。

「だから、厄介ごととかは気にしないでね。苦しむのは僕らの仕事でもあるから」

「先輩が苦しむのは、別に構わないんですが、腕が切断されたり生傷だらけになるのは困りますね」

「・・・・気にしないんだ」

ガッカリとうなだれる先輩。

自分はうっかり酷い事言うくせにガラスのハートなのかもしれない。

だからこれは髪質の事言われた仕返しでもある。

「でも、タロちゃんってのは何なんですか?」

フルネームの中にそんな文字を連想する要素は全くないし、ましてやそんなあだ名で呼ばれたことすらない。

「なんだろうね。太郎ちゃんって呼びたくなるくらい男の子っぽいって事なのかな・・・」

「髪は短いですが、普通に私、女ですけどね。」

実はわざとなんじゃないか?若しくはさっきの仕返しか?

「大丈夫だよ。僕はちゃんと女の子として見てるから」

「それだと意味が変わってくるので全然大丈夫じゃないです。」

そんな爽やかな表情で言うならなおさらだ。

場合によってはトラブルになるし、セクハラ発言として扱われることもあるから、この人は気をつけたほうがいいな。

しかし、そこを指摘しないのが私の懐の狭さを物語っている。

というか私が言わなくても他の女性職員に既にお叱りを受けてそうなものだけどな。

どうせ、色んな人に怒られて生きてきたに違いない。

まるでどっしりとした巨木のように、どんなに怒られてもそのまま変わらず今の彼があるのかもしれない。

何がガラスのハートだ。

これを成長なんて言うわけないし、言わせない。

「あ、お疲れ様。今日は遅いね。」

「まぁな、誰それ?新人?」

「うん。一ノ瀬若葉さん」

「一ノ瀬若葉です。よろしくお願いします」

午前中、何度も何度も使ったテンプレのような挨拶をもう一度言う。

もうなんか、SNS用のそういうスタンプとかみたいだ。重宝しそうだな。

片手に重箱の包みを持って入って来た男性職員は「よろしく」と短い挨拶をして向かいの席にドカっと座った。

コミュ症なのかな。気が合いそうだ。いや、合わないだろ。

マイナス同士を掛け算すれば+にはなるが、この場合マイナスにしただけだ。

コミュ症×コミュ症の解は結果的にどこまでいったってコミュ症のままだ。

「食べる?そんなんじゃ足りねえだろ?」

包みを広げ重箱の蓋を取ると中にはギッチリとお寿司が詰まっていた。所狭しと。

胃もたれしそうなくらい大量にトロ、いくら、アナゴ、玉子、様々な種類の寿司。そして下の段には何故だか大量にイナリ寿司が

敷き詰められていた。

「『稲荷』ってあだ名で呼ばれてたりしません?」

「察しがいいな。俺ん家、すし屋だからな。だから昼飯は毎日コレなんだよ。」

仕方ねぇんだよ。とその男性は肩を竦める。

「イナリ寿司が好物と言った日から調子に乗ってイナリ寿司を大量に弁当に入れられて、それがエスカレートした結果この有様さ。でそれを見た

奴がそういうあだ名で呼び始めたんだよ」

だから寧ろ喰ってくれと彼は言う。

というか全然喋るじゃん。コミュ症だなんて思ってすみませんでした!

「一ノ瀬さん、午後から稲荷さんと組んでね。僕ちょっと違う仕事しなきゃいけないから。」

「わかりました。」

「どうでもいいけど、いきなり新人にあだ名で紹介するの辞めろよ。ガリばっかボリボリ喰いやがって」

そう怪訝そうに言う稲荷さんも稲荷さんで私の事を新人と呼んでいる。

「名前なんだっけ・・・」

「高槻燐だ。」

「高槻先輩。まぁ、名札に書いてありますね。そういえば」

首から赤い帯に繋がれてそれぞれ名前が刻まれたネームプレートがプラプラとぶら下がっていた。

ん?赤?

男性は青の帯で女性は赤という風に分けてあるんだと思っていたけれど、別にそういうわけじゃないのか?

「名札の帯って自分で選べるんですか?高槻先輩、赤なんですけど・・・」

「・・・・・やっぱ勘違いしてるな。俺、女だぞ?」

!!!!

「・・・・・すみません。男だと思ってました」

爪先から頭のてっぺんを凝視しつつ正直に謝罪する。納得はいかないが。

「別にいいさ。『俺口調』なままなのが悪いしな」

いや、別に俺口調なのが原因って訳じゃ実はない。

「寿司食ってくれてるし、ギブアンドテイクって事にしとこうぜ。まぁ、食ってるのは寧ろ若葉よりもアガリのほうなんだけどさ。

それに俺自身、男だ女だとか対して関係ないしな。そっちのがロックだろ?」

寿司とアガリっていう掛詞のようだ。

当の東江先輩は相変わらずガリをボリボリ食べている。漬物が好きなのかもしれない。

しかし、漬物が好きなのも確かにわかる。

だが、他の寿司にももっと興味を持ってくれてもいいのでは?

因みに私がエビが好きなのでエビばかり先に遠慮もなしにガツガツと食べる。

それに関しては怒られなかった。

「あ?今日の稲荷、父さんが作ったな。三角形じゃねぇじゃねぇか!」

とそれにイナリ寿司の形状については拘りがあるようで怒っていた。そこはロックなのか?

「まぁ、いいか。腹に入っちまえば一緒か。」

ロックだった。

基準はさっぱりだけど。






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