その1
見ているもの。見えているものは甚だ不確かだ。
だってそうだろう?目はただ目の前の風景を脳に伝達するだけの中間管理職でしかないんだから。
現実と意識を繋ぐパイプ役でしかない。
目が黒といえば、脳は黒だと「それ」を認識する。
逆に白と見れば、やはり脳には「それ」が白として伝達される。
しかし、目だって私達人間の一部であり、浅はかで不確かなものだ。
実際の世界は、地球は、風景は、目が認識するのとは上下逆さまであると聞いた事がある。
だったら目は脳に嘘の情報を流してることになる。もちろん、脳が違った認識をしているとも言えるけれど
それは私達が生きやすいように勝手に、無意識に気を利かせてくれているという事なんだ。
そして、見たいものを見て、見たくないもの、見なくてもいいものは無意識に視界の外へ・・・というのは都合のいい考え方かもしれない。
でも、そういう心配りに護られて意識は保たれているのかもって私は思うんだ。都合よくてもだ。
視界が真っ黒な霞に包まれてしまっても、それでも小さな灯りを頼りに手探りでも「それ」を見つけることができるんだ。
自宅から自転車で約30分といったところだろうか、今日は少し用がある。
この日ばかりは滅多にとらない有給休暇をとって、職場よりも遠い丘の上を目指す。
私の家の周辺は田んぼや畑ばかり広がっていて何もない。まぁ、団地くらいはあるんだけど、私はその辺の人達とは殆ど交流がない。
昔は小さなお祭りとかもあって、だから私が小学生くらいの頃までだったら見知った顔ぶれがあったものだった。
それでもまぁ、同じ学校に通う同年代の子とかその親とか?だから片手でとは言わないまでも頭の中で数え切れる程度の、そんな申し訳程度のコミュニティしかない。
いつからだろうか、唐突に何かが起こったというわけでもないんだけれど鎖国みたいになってしまっていた。
まぁ、それは私の方からなんだけど・・・。一方的に・・・。
そんな、殺風景な光景を横目に私は自転車のペダルを交互に、順繰りに漕ぐ。
「なに、そう見えるのは今だけさ。」
そう思い出しながらその言葉を口に出す。
その言葉の主の存在を思い出し、想いだしながら私は今年もその場所を目指してペダルを漕ぐ。
「こんにちわ。一ノ瀬さん。」
着物を着た品のある初老の女性がバケツに花束を抱えて立っていた。
「こんにちわ」
自転車を止めて私も同じように挨拶を返す。
彼女の脇からキャンっと搾り出すようにしゃがれた鳴き声が聞こえた。
「大きくなったでしょ?コタローももうすっかりお爺ちゃんになっちゃったわ。」
その真っ白でフワフワした毛並みを撫でると所々ゴツゴツしていた。
そして更に彼の四本の足は去年よりも細くなっているように感じた気がした。
彼女とは毎年、こうして顔を合わせるのだ。まるでデジャヴのように同じようなタイミングで挨拶を交わす。
偶然会ったというわけでもなく、待ち合わせをしていたというわけでもなく、
同じ用事があって私も彼女も毎年のようにして
こうして花束を抱えて、『あの人』に会いにくるのだ。
「持ちますよ。仕事で鍛えてるので。」
「いいの。これは私の気持ちだから、私が持つの。ありがとうね」
少し長い石段を前に彼女は私の申し出を断った。
残念でも、不愉快でもなかった。不思議の気持ちになった。
だから私はこの時、「そうですね」とだけ答えた。
「今年もきましたよ」
長い石段を登りきり、水を汲んで墓前までくると彼女はそう言った。
私も持ってきた花を生けると彼女と同じようにして手を合わせて目を閉じた。
今日は、『あの人』の命日である。




