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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第八章 ~隔離された大陸~
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第九十話 ~因縁~

 初汰の眼前に立ち塞がるルーズキンは、素早く右腕を伸ばす。そして初汰の首を掴むと、壁にこすりつけながら足のつかない位置まで持ち上げた。


「ひっひっひっ、会いたかったぜ。こっちはお前たちのせいで散々な目に遭ったんだからな」

「ぐはっ。はな、せ……」

「そう簡単に逃がすか。俺の右腕を奪った罪は重いぜ。ひっひっひっ」


 ルーズキンは勝ち誇ったような笑みを浮かべながらどんどん初汰の身体を持ち上げていく。


「くっ……。ぐぬ……」


 初汰はどうにかしてルーズキンの両手を解こうとするのだが、持ち上げられているせいか全く手に力が入らない。なので思考を変え、左腰にかかっているテーザーガンを握ってすぐさま発射した。

 ――テーザーガンはルーズキンの腹部に命中し、一瞬にして全身を麻痺させた。ルーズキンはその場に崩れ落ち、このまま右手も放してくれるだろうと初汰は思ったが、未だルーズキンの右手は初汰の首を固く絞めていた。


「ぐっ、くそ、なんで……」


 初汰は宙に浮いていることを利用し、ルーズキンの脇腹を目一杯蹴り始めた。すると流石にルーズキンは右手を放し、数歩後退して片膝を着いた。


「な、なんだ、これは……!」


 ルーズキンの右腕は初汰の首を絞めていた時の形そのままを保ったままであり、その他の部位はテーザーガンの効力によって痺れていた。


「大丈夫、初汰?」

「ゲホッゲホッ! 死ぬかと思った……」

「なにも出来なくてごめんなさい……」

「良いんだよ、リーアを守るために一緒に行動してるんだから」


 初汰は無理矢理笑顔を作ってそう言うと、息を整えて立ち上がった。


「ルーズキンさん、大丈夫ですか?」

「こんなの一時的な麻痺だ! さっさとあいつらを捕まえろ!」

「は、はい!」


 麻痺しているルーズキンは初汰とリーアを捕らえるようにと四人の部下に指示を出した。部下たちは指示を受けるとすぐに武器を取り出し、二人を囲んだ。


「……分が悪いわ」

「けどよ。ここで簡単に捕まる訳にはいかないだろ」

「いえ、あえて捕まれば中に入れるわ」

「なにをごちゃごちゃ話してる。抵抗するなら武力行使するぞ」


 部下たちは安っぽい剣を構えて二人ににじり寄る。このままでは確かに分が悪く、今戦い始めても恐らくルーズキンが復活して数的有利を得られ、さらには立ち位置的にも背後にはすぐ壁があり、ここから巻き返すのは厳しいように思われた。なので初汰はリーアの提案に賛同することにして、武器を収めて両手を後頭部に持っていった。


「分かった。降参だ」

「よし、利口な奴らだ」


 初汰に続いてリーアも両手を上げ、それを後頭部に持っていった。そして部下四人が手際よく初汰とリーアの腕をロープで拘束し、ルーズキンの前に突き出した。


「よくやった。じっくりいたぶって良い実験台になってもらうからな、覚悟しておけ。ひっひっひっ」


 ルーズキンはそう言うと、硬直したままの右腕を取り外し、部下の一人に持たせた。そして他の部下から新しい右腕を貰い受け、それを新たに装着した。その光景を見ながら、初汰はブラックプリズンの最下層で行われた死闘を思い出していた。


「なんだその眼は、あのライオンのせいでこうなったんだからな。ま、そのおかげで強くなったのも事実だがな」


 右手を開いたり閉じたりと、動作確認をしながらルーズキンは初汰を睨んでそう言った。


「俺たちだって命懸けだ。四肢を失う覚悟があるからお前も戦ってるんだろ」

「あぁ? ガキが生意気なこと言ってるんじゃねぇぞ?」


 喧嘩腰にそうは言うものの、初汰を攻撃するつもりは既に失せているようで、ルーズキンは右腕の調整を終えると資材小屋の出入り口に向かって歩き始めた。


「さっさと人体改造施設に行くぞ」

「は、はい! 了解です!」


 不機嫌なようで少し機嫌が良いルーズキンを前にして、部下たちは困惑の様子を見せた。恐らく初汰とリーアを捕らえられたという事が嬉しかったのだろう。

 四人いる部下は初汰とリーアの監視を二人ずつに分担し、ルーズキンを追って資材庫を後にした。外に出ると少し吹雪き始めていた。前が全く見えないというわけでは無いが、このまま吹雪が止むとも言い切れない。なのでルーズキンは速足で研究施設を目指した。部下たちも彼の背中を見失わないように、初汰とリーアを早く歩かせ、自分たちもテンポよく雪道を進んだ。すると突然ルーズキンが立ち止まり、それに気づいた部下たちと初汰とリーアも足を止めた。


「その二人をどこへ連れて行くつもりだ!」


 降りしきる雪の向こう側には、丸盾を両手に装備した獅子民が立っていた。


「獅子民雅人……。まさかお前にも会えるとはな。ひっひっひっ」

「ど、どうしますか?」

「当たり前だ。こいつをまたライオンに戻してやる。お前たちは先に門番のところまで行け」

「はい! 了解です!」


 部下たちは拘束している二人を強引に引っ張り、研究施設に向かって行く。


「させるか!」


 それを見た獅子民は大股で雪道を駆けた。対してルーズキンは部下たちを研究施設に送り届けるため、獅子民の侵攻を妨げるように彼の目の前に立ち塞がった。


「どいてもらおうか」

「お前のせいで無くなった俺の右腕……。その恨みをこの右腕で晴らしてやる」


 共にファイティングポーズをとり、二人は間合いを測りながら暫しの間睨み合った。


「はあぁっ!」


 先に攻撃を仕掛けたのは獅子民であった。しかしまだ変換の力が利用できないため、単純に殴り合いをして敵にダメージを与えながら、自分も変換の力を蓄えようという算段であった。


「ひっひっひっ、舐めてもらっちゃ困る。今の俺は心眼と魔法だけじゃない!」


 ルーズキンは真っ向から獅子民の挑戦を受け、二人は雪上で殴り合いを開始した。雪のせいでフットワークには頼れないので、あまり大胆な行動はせず、獅子民とルーズキンは一進一退の攻防を繰り広げた。その間に部下たちは着々と研究施設へと近づいて行き、ついには門番のもとまでたどり着いてしまった。


「ひとまず第一段階だ」

「くっ、確かに戦闘技術が向上している」


 獅子民は一度距離を取り、確実に、そして素早くルーズキンを倒した後、部下たちを追ってそのまま研究施設に乗り込む作戦に切り替えた。なので意識の全ては目の前にいるルーズキンに向けられた。


「ひっひっひっ、ようやく本気で殴り合えるな」


 気色悪い笑みを浮かべながら、ルーズキンはファイティングポーズを取った。そしてすぐさま駆け出し、獅子民に攻撃を仕掛けた。

 一直線な攻撃。これならば容易に回避できる。獅子民は敵の動きを見てそう読んだ。なので自分は動かず敵が接近してくるのを待つことにした。しかし走り出したルーズキンは、想定外の行動に出た。まだ拳を振るう射程内ではないにもかかわらず、ルーズキンは獅子民に向かって思い切り右腕を振り下ろした。

 ――そんな攻撃が届くはずが無いと獅子民は思ったが、ルーズキンの義手は想像以上の能力を隠し持っていた。伸びきった右腕は、獅子民目掛けて真っすぐ飛んできたのであった。面食らった獅子民は、何とか上体を横にずらして飛んできた義手を回避したが、それに気を取られている間に火の魔法が眼前まで迫っていた。獅子民は何とかそれを丸盾で受けきるが、相当魔力が籠っていたようで後方へ吹っ飛び、積っている雪に沈み込んだ。


「ひっひっひっ、まだまだこんなもんじゃないぜ」


 彼方に飛んで行ったと思われた義手は、ブーメランのようにルーズキンのもとに戻って来た。彼はそれを左手で受け止めると、再び装着した。


「同じ手は通用せんぞ」


 獅子民はそう言いながら立ち上がると、コートについた雪を軽く払ってルーズキンを睨んだ。


「眼つきは魂と結びついているのかもな。ライオンでも、人間に戻っても、相変わらずむかつく眼だ」


 ルーズキンは怨恨が籠った眼差しを獅子民に向けると、握った右腕を前に差し出し、上腕二頭筋辺りを左手で支えた。すると次の瞬間、右手首がブランと外れ、円状の真っ黒い空洞が獅子民を捉えた。何かが来る! 獅子民は咄嗟にそう感じ、盾を構えながら回避する体勢をとった。


「ひっひっひっ、避けられるかな?」


 呟くようにそう言った次の瞬間、ルーズキンの身体は反動によって僅かにではあるが後方に飛んだ。しかし獅子民にとって重要なのはそこではなかった。もっとも彼の心を動揺させたのは、弾が、あるいは弾道が全く見えなかったことであった。

 ――すると突然獅子民の腹部に強烈な痛みが走った。それは先ほど放たれた火の魔法よりもはるかに強力で、獅子民は雪の上をゴロゴロと転がった。


「ぐはっ! はぁはぁ、見えない、弾、だと……?」


 獅子民はどうにかして立ち上がろうとするのだが、思ったよりもダメージが大きく、片膝を立てるのがやっとであった。腹部を左手で抑え、呼吸を整えながらルーズキンの方を確認すると、彼は薄気味悪い笑みを浮かべながらゆっくりと近づいて来ていた。


「ざまぁねぇな。どうせ俺様のことを下に見てただろ。だからこうなったんだ。まぁ安心しな、お前はまたライオンの身体に戻してやるからよ! ひっひっひっ」


 ルーズキンは勝利を確信しているようで、獅子民のことを煽りながら一歩一歩近づいて来た。もしかしたら彼は変換の力の存在を忘れているかもしれない。そう思った獅子民は、泥水を啜ろうとも何とか彼を射程内までおびき寄せ、一発に賭けるしかない。と考えた。


「無様、滑稽、敗北者! お前は地べたを這いつくばってるのがお似合いだ。英雄だかなんだか知らねぇが、もうお前の時代は終わったんだよ!」


 外れていた右手首をはめ直し、動作確認をしながらルーズキンが迫って来る。だいぶダメージが回復してきた獅子民だが、未だ腹部を抑えながら片膝立ちの状態で彼の到着を待った。

 倒れている獅子民の前に到着したルーズキンは、右掌を獅子民に向けた。すると右掌の中心部にぽっかりと穴が空き、何かが凝縮し始めた。油断している今しかない。そう思った獅子民は、変換の力を解放した。そして丸盾の鋸が回転し始めたのと同時に獅子民は右ストレートを繰り出した。

 ――しかし繰り出した右ストレートは、ルーズキンの右手一本で受け止められてしまった。


「残念だったな。お前の力を忘れたとでも思ったか?」


 ルーズキンの右手には魔力が凝縮していたようで、それが薄いシールドのように広がっていた。仕組みを理解した獅子民はすぐに右手を引いて体勢を立て直そうとするのだが、なぜか右腕がピクリとも動かなかった。


「ぐっ、何故動かない!」

「動くわけがあるまい。魔力の盾は俺様の思うままに攻撃を受け止められるんだ」


 ルーズキンはそう言いながら、左手には既に火の魔法を纏っていた。そして獅子民が防御するよりも前に、火を纏った左手で獅子民を攻撃した。


「ぐはっ!」


 火を纏った一撃は獅子民の芯を捉えた。強烈な一撃ながら魔力の盾の力によって後方に吹っ飛ぶことは無く、獅子民は気絶するまで殴られ続けた。


「けっ、時間取らせやがって」


 獅子民が気絶したことを確認すると、ルーズキンは魔力の盾を解除して門番を呼び寄せた。そして門番と合流すると、協力して獅子民を担ぎ上げて先に行かせていた部下たちと合流するために研究施設の門に向かって歩き始めた。


「マズいことになったっすね……」

「ちっ、面倒事が増えやがった」

「なんでそんな言い方するんすか!」

「とにかく、俺たちはこの道を進んでみるしかない」


 離れの小屋に隠れていた二人は、獅子民とルーズキンの戦闘を一部始終見ていた。そしてその二人の背後には、初汰たちが居ぬ間に見つけた秘密の通路が開通していた。

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