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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第八章 ~隔離された大陸~
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第八十九話 ~看守再び~

 人気が全く無い波止場に船を寄せると、迅速にスロープを取り付け、初汰たちはワイトリークに降り立った。


「ここで待ってちゃ凍えちまう。わしは少し離れたところで待機しているぞ」

「うむ、承知した。これを渡しておきます」


 獅子民とギルは短く会話を交わすと、ギルに通信機兼テレポーターを手渡した。


「気を付けるんじゃぞ」

「ちっ、ジジイこそ襲われないように隠れてな」

「ったく、素直じゃねーよな。そんじゃ、行って来ます!」


 一人ずつギルに別れを告げると、彼は船と共にワイトリークから離れて行った。初汰たちは船が消えるまで見送ろうと思っていたが、寒さが想像を絶しており、船が完全に消えるよりも前に鉄柵の外側にぽつりと立っている廃屋に駆けこんだ。


「ふぅ~、さっむ……!」

「はぁ~、これは少し堪えますね……」


 リーアは吐息で何とか手を温めようとするのだが、全く温まる気配が無いので、小屋の暖炉に僅かながら残っている薪に微弱な炎魔法を放って火を点けた。


「少しは暖かくなったな」

「そうっすけど。まだ寒いっすよ……」


 スフィーはそう言いながらブルブル震えていた。


「ちっ、こんなものなら見つかったぞ」


 寒さに耐えながら屋内を探索していたクローキンスが、毛皮のコートを人数分持って戻って来た。なお、彼は既にコートを羽織っていた。


「あぁ~、もうこの際何でもいいよ」


 初汰はそう言うと、さっさと毛皮のコートを羽織った。それに続いて獅子民、リーア、スフィーも毛皮のコートを羽織り、寒さを凌いだ。


「少しはマシになったっす」

「だがまだ少し寒さを感じるな。上手く動けそうにない」

「このコート、少し特殊な作りのようです」


 リーアはそう言うと、獅子民に近寄って両手を出し、コートを撫でるように全身に両手をかざした。すると獅子民の着ているコートが内側からどんどん温まって来た。


「なんだこれは。暖かいぞ!」

「どうやら少量の魔力で暖かくなるように設計されているようですね」

「マジか! 俺のもやってくれ!」

「あたしもあたしも!」

「ふふっ。スフィーは自分の魔力で出来るでしょ」


 リーアはそう言って笑いながら、初汰のコートに魔力を流した。


「あ、確かにそうっすね」


 自分で出来ることに気が付いたスフィーもコートに魔力を流した。徐々に温まっていくコートに安心し、両肩を落とすとホッと一息ついた。


「おぉ、本当に暖かくなってきた!」

「良かったわ、高性能なコートが残っていて。ここの人には悪いけど、少し拝借させてもらいましょう」


 そんな会話をしながら、初汰とリーアと獅子民の三人は島中央部方面に向いている窓辺に向かい、小窓から外の様子を伺った。その間、スフィーは気を利かせてクローキンスの方へ向かった。


「クロさんもやってあげるっすよ」


 スフィーはそう言うと、クローキンスが着ているコートに手をかざした。しかしクローキンスはするりとそれを避けた。


「あ、なんで避けるんすか?」

「これだけで十分暖かい。寒くなったらまた頼む」

「またまたそんなこと言って~」


 スフィーはそう言うと、クローキンスを逃がさないためにコートを掴んだ。すると握った手にほんのりと暖かい感触が伝わった。


「あれ? さっきので少し魔法が行ったんすかね? それならそうと言ってくださいよ」

「ちっ、知らねぇよ。今暖かくなってきたんだ」

「ふーん、そうっすか」


 スフィーは口を尖らせて不服そうにそう言うと、初汰たちがいる小窓へ向かった。


「ふむ、なるほど。まずは侵入口を探す必要がありそうだな」


 立ち塞がる巨大な鉄柵。その上に隙間なく設置されている有刺鉄線。研究所の上で左右に首を振り続けるサーチライト。等間隔に設置されている監視塔。そしてそこから僅かに飛び出しているキャノン砲。それらを視認した獅子民は、小窓から離れてそう言った。


「こりゃどう見ても正面突破は無理そうだな……」

「そうね。どこか裏ルートを探さないといけないわね」

「監視塔ならあたしとクロさんで奪えそうっすけどね。クロさんが銃で気絶させて、あたしが飛んで柵を越えれば」

「うーむ、しかしそれでは目立ちすぎるような気もする」

「そうっすよね~。ここで見つかったら全て水の泡っすもんね」


 中々活路を見出すことが出来ず、一行は小屋で足踏みすることとなった。表面上の寒さはだいぶマシになったのだが、やはり動いていないとだんだん体の芯が冷えて来ていた。しかしこの寒さに屈して愚策を呈するのは相手の思う壺だと思うので、かつかつの薪を利用して何とか暖を取った。


「完璧な要塞だな……」


 じっくりと観察を終えた今、改めて研究所を見上げながら獅子民はそう呟いた。


「ちっ、だがどっかに穴があるはずだ」

「そうっすね。ここまで来たら必ず穴を見つけるっす」


 獅子民と同様、スフィーとクローキンスは窓から顔を覗かせてあらゆる場所に視線を飛ばしていた。そんな折、リーアとともに火の管理をしていた初汰が立ち上がり、獅子民に話しかけた。


「オッサン、ちょっと薪の数が減って来ちまったから、リーアと二人で外見てくるよ」

「うむ、分かった。気を付けるのだぞ」


 獅子民はそう言って初汰とリーアを送り出すと、クローキンスに火の管理を任せた。そして自分は研究所の観察を。スフィーには周囲の音に耳を澄ませてもらった。

 それから数分後、獅子民のコートのポケットに入っている通信機がブルブルと震えた。それに気づいた獅子民は、ポケットからそれを取り出して応対した。


「もしもし、ギル殿か?」

【そうじゃ、今北海付近の孤島に船を停泊させておるんじゃが、とてつもなくデカい船が島の横を通って行きおったから連絡をいれたんじゃ】

「デカい船ですか?」

【デカさからして、もしかしたらアヴォクラウズの奴らかもしれん。気を付けるんじゃぞ】

「情報ありがとうございます。また何かあったら連絡をください」

【了解じゃ】


 獅子民はギルが通信を終了したのを確認した後、通信機をポケットにしまった。そしてすぐに黙って窓際を離れたので、不審に思ったスフィーが獅子民に声をかけた。


「どうしたんすか?」

「あぁ、いや、ギル殿から連絡があったんだが、どうやらこの大陸に大きな船が近づいて来ているらしいのだ」

「大きな船っすか? 何かを運んできてるんすかね?」

「そこまでは分からん。しかし二人が帰って来ていないから少し不安でな」

「確かにそうっすね。あの二人なら大丈夫だと思うっすけど、あたしが見てくるっすよ」

「いや、向こうの音が聞こえる君はここでクローキンス殿と研究所の監視を頼む。私が外を見てくる」

「分かったっす」


 獅子民は研究所の監視を二人に任せ、コートをしっかりと着直してから外に出た。

 一方その頃薪を取りに出ていた初汰とリーアは、運悪く港近くまで来てしまっていた。なぜならこの大陸の性質上木が生えることは無く、それに加えて港近くには資材小屋のようなものが存在していたからである。二人はまんまとその資材小屋に誘導されてしまったのであった。


「毎回ここまで薪を取りに来てたのか、あの家に居た奴は」

「恐らくそうでしょうね。でも家に貯蔵している薪の数からして、この資材小屋にもあるかどうか分からないわね」

「あぁ~確かにそうだな。まぁほんの少しでもありゃラッキーくらいに思っておくか」

「そうね。行きましょうか」


 二人は会話をしながら雪道を行き、施錠がされていない資材小屋のドアを押し開けた。小屋の中は薄暗く、予想通り資材もほとんど残っていなかった。それに室内はかなり寒く、ここに長居することは難しそうであった。


「うぅ~、さむ。これ着てるのにこの寒さかよ」


 初汰は魔法のコートにくるまりながらそうぼやいた。


「文句言ってないで、薪持って」


 リーアは微笑みながらそう言うと、かき集めて来た薪を初汰に押し付けた。初汰は笑いながらそれを受け取ると、左腕の小脇に抱えた。その後もリーアが薪を拾い、それを初汰が受け取る。という作業を何度か繰り返し、資材小屋にあるほとんどの薪が回収された。


「こんなに要らなく無いか?」


 いつの間にか初汰の両腕には一杯の薪が積まれていた。リーアはそれを見てクスクスと笑いながら、先に資材小屋の出入り口に向かって行った。


「ちょっと待ってくれよ~」


 初汰は抱えている薪を落とさないように、一歩一歩足元を確認しながらリーアの後を追った。そしてもう少しで出入口に到着しようという時、目の前を覆っている薪の山の隙間から、リーアがドアの前で立ち止まっているのが見えた。


「どうしたんだ?」

「しっ、何か聞こえるわ……」


 ドアに耳をぴたりと付け、リーアがそう言った。それを聞いた初汰は忽ち真剣な表情になり、そっと薪を足元に置くと出入り口に歩み寄って耳をドアに付けた。


「クソ、囚人の監視の次は実験体の監視か」

「ま、まぁまぁ、そう怒らないでくださいよ」

「うるさい! 俺様は五賢者の一人なんだぞ!」

「そ、それはもう何度も……」

「なんだと! 今何て言った?」

「い、いえ、何も!」

「まったく、部下は冴えない奴らばかりだし、こんな極寒の地に飛ばされるしで最悪だ」


 声は複数人のものであり、その声は資材小屋に近付いているようでだんだんと大きくなっていった。初汰とリーアが注意深くその声に耳を澄ませていると、話し声がはたりと途絶えた。


「なんだ、急に静かになったぞ……」

「何かあったのかしら……」


 二人が耳を澄ませていると、ゆっくりと足音が近づいて来た。


「どうしたんですか、そっちに研究施設はありませんよ」

「馬鹿め、よく見ろ。足跡だ。と言っても、お前たちにはまだ何も見えていないか」

「は、はい。何も……」

「……あそこに繋がってる」


 話し声と足音はもうすぐそこまで迫っていた。


「いったんドアから離れよう」

「えぇ、あの木箱の裏に隠れましょう。あと、薪がここにあっては不自然だわ。半分ずつ持っていきましょう」

「おっけー」


 二人は手分けして薪を持ち、資材小屋の奥にある大きな木箱の裏に滑り込んで身を隠した。


「見てみろ。これは明確に足跡だな?」

「はい! 明らかに人間二人分の足跡がありました!」

「研究所の周りには誰も住んでないと聞いていたが……。ひっひっひっ、挨拶してやるか」


 男はそう言うと、初汰とリーアの足跡を追って資材庫のドアを押し開けた。ドアが開いたことによって外の光が資材小屋の中に射し込み、初汰とリーアは入って来た五人の男たちを視界に捉えた。しかし全員防寒着とともにフードを被っており、誰一人として顔は見えなかった。


「ひっひっひっ、かくれんぼか。しかし相手が悪かったなぁ、坊主」


 先頭に立っている男はそう言うと、迷いなく初汰とリーアが隠れている木箱に近付いて来た。二人は見つかってしまうことを覚悟したが、男は木箱の目の前まで来るとそれに背中を預けて部下たちに指示を出し始めた。


「お前たち、そんなに広くないんだからさっさと探し出せ~」


 木箱にもたれかかっている男は不気味な笑い声を上げながら、自らは動こうとはしなかった。そして間もなく資材小屋は隅から隅まで調べ上げられ、後は木箱の裏のみとなった。


「すみません、見つかりませんでした」

「おいおい、お前らはポンコツだな~。まだ調べてないところがあるだろう……」


 そこまで言うと小屋内が一瞬静まった。そしてすぐさま部下が口を開いた。


「あの、ここで魔法は危険じゃないでしょうか?」

「後はここだけだな。っと!」


 ――男がそう言った次の瞬間、木箱が強い衝撃を受けて木端微塵となった。その波動によって初汰とリーアは資材小屋最奥の壁まで吹き飛ばされた。


「おやおや~、こんなところにネズミが二匹いたようだ。ひっひっひっ」

「ルーズキンさん、こいつら」


 ルーズキンと呼ばれた男は部下の問いに答えず、真っ先に初汰のもとに歩み寄って被っていたフードを脱いだ。すると初汰には見覚えのある顔が現れた。それはブラックプリズンの最下層で看守長をしていたルーズキン・バッドボルであった。

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