第八十七話 ~収束~
宿屋にたどり着いた三人は、手短に話し合いをしよう。とリーアとスフィーの二人に告げ、一番広い寝室に集まった。各々重い腰をベッドや椅子に下ろした。勿論女性二人は優先的にベッドに座ってもらい、獅子民は率先して椅子に腰かけた。なので必然的に余った二つのベッドには初汰とクローキンスが腰を下ろした。
「スフィー、体調はどうだ?」
少しの沈黙があったのち、獅子民がそう切り出した。
「だ、大丈夫っす。その、そんなことより、心配かけてごめんなさい!」
スフィーは珍しく真剣な表情でそう言うと、深々と頭を下げた。
「気にすんなよスフィー。こうしてちゃんと戻ってこれたんだから」
「そうよ。本当に無事で良かったわ」
「まぁ、今度は前もって言ってくれよな。どこまでも一緒に行くから!」
初汰が満面の笑みでそう言うので、それにつられてその場にいるクローキンス以外の全員が笑顔になった。
「ったく、こういう時くらい笑えっての」
「ふんっ、二度と調和を乱すなよ」
「クロさんには言われたくないっす!」
案外機嫌が良かったようで、クローキンスは小粋なジョークを挟むと仲間に交じって笑みを浮かべた。スフィーもそのおかげでいつもの調子を取り戻したようで、ニコニコしながら突っ込みを入れた。
「これからもよろしく頼むぞ、スフィー」
「はいっす!」
「よし、ではスフィーの件はこれで仕舞いとしよう。さて、次はユーニ殿のこととこれからのことについてだな」
話し合いを始める前に少し二人にも説明はしていたが、ここでようやく本格的にユーニが居なくなったことを伝えた。リーアとスフィーは黙ってその事実を聞き入れ、そして受け止めた。しかしその表情に不安が満ちているのは誰が見ても一目瞭然であった。
「谷底まで行ったのだが、ユーニ殿の姿は無かった。辺りを少しだけ探し回ったのだが、それらしい証拠も痕跡も見つけることは出来なかった……」
獅子民は簡単な説明の後、口惜しそうにそう付け足した。
「あの開けた場所で姿が見えないなら、もうどこかに飛んで行ったとしか考えられないっすね……」
「そうなのか?」
まだ希望を捨てきれない初汰は、スフィーの言葉に食いつくように反応した。
「はいっす。実はあの谷底の町はあたしの地元で、ここら辺なら少しは詳しい自信があるっす」
「そっか……。じゃあやっぱりユーニさんはどっかに連れて行かれちまったのか……」
初汰は両肩を落とし、低い調子でそう言った。声は静まり返っている室内の雰囲気と相まって、とても悲しみに満ちていた。
「一刻も早く彼を見つけたいところだがな……」
獅子民はすでに前進することを考えていた。その言葉を聞き、その悩んでいる姿を見ていると、初汰も自然とこうしてはいられない気がしてきた。
「そうだな。今は落ち込んでても仕方ないよな。よし、じゃあさっさとユーニさんを探しに行こう!」
初汰は突如元気になり、皆の顔を見回してそう言った。
「うむ、そうだな。しかしどこに向かうと言うのだ?」
「ちっ、それなら北の大陸はどうだ?」
「あ、それ、前沼地で槍持った男がなんか言ってたよな」
「あぁ、詳しくはお前が知ってるんだろ?」
クローキンスはそう言うと、スフィーの方を見た。するとスフィーはゆっくり頷き、話し始めた。
「多分ここにいる全員、いつもニッグの横にいるドールと言う少女を知ってると思うんすけど」
スフィーはそう言うと、全員の顔を見回した。初汰以外のメンバーは記憶の祠で対峙しており、初汰もつい先日沼地で視認はしているので、全員がコクリと頷いた。それを確認したスフィーは話を続ける。
「そのドールと言う少女は、その、時魔法を使えるっす。それでその時魔法を使えるルーツが北の大陸にあるとニッグは言ってたっす。あたしの魔力が切れちゃって、聞き出せたのはここまでっす」
スフィーはちらちらと横に座るリーアの様子を伺いながら話を終えた。特に表情には現れてはいなかったが、内心リーアは不安の気持ちでいっぱいだった。
「なるほど。まずは第一候補として北の大陸としておこう。他には何かあるか?」
話を聞き終えた獅子民は、ひとまず北の大陸の件を保留にし、他に情報が無いか聞いた。
「ちっ、あの槍男は虎間の直属の部下だ。あいつが絡んでる可能性もある」
話を変えようとした獅子民をよそに、クローキンスは無理矢理話を引き戻してそう告げた。
「ふむ、そうか。奴が絡んでいるとなると厄介だな……。しかし今行き先を決めるのは早計だと私は思う。他に何か手掛かりを持っていないのなら、まずはこの町の町長に話を聞きに行くのはどうだ?」
虎間のことが気になりながらも、ここはまとめ役として気丈に振舞わなくては。と思った獅子民は、新たな手掛かりを得るべく、この提案をした。
「確かに、それはありだな」
「そうね。もしかしたら誰かが重要な何かを目撃している可能性もあるものね」
初汰とリーアは獅子民に同意するようにそう言った。スフィーもうんうんと頷いており、クローキンスとしても何も反論することは無いようで、黙り込んでラムネを咥えた。
「よし、では明日町長の元へ行こう」
「そうっすね。あたしも付いて行くっす」
「俺とリーアは町で聞き込みでもするか?」
「えぇ、全員で押しかけても失礼ですものね」
「ちっ、会を終える前に確かめたいことが一つある」
終了ムードが漂う中、クローキンスがそう切り出した。
「お前は幻獣十指の一人なんだよな?」
誰の返事も聞かず、スフィーのことを見ながらそう言った。
「……そうっすよ」
スフィーは少し間を開けてそう言うと、申し訳なさそうに黄色いマニキュアが塗られている右手の薬指を全員に見せた。
「おぉ、マジで幻獣十指だったんだな」
「どうしたの、スフィー? 私たちとしてはとても心強いわよ」
「ぐすっ。その、隠し事ばっかりで、申し訳なくて……」
スフィーは涙ぐみながらそう言った。
「気にするな。国家に認められた実力者と旅をしているなんて誇らしい限りだ」
「そうそう、誇らしく心強い仲間だ!」
「獅子民っち……。初汰も、ありがとうっす」
「これで満足よね? さあ、明日に備えて寝ましょ」
リーアはそう言うと、すすり泣くスフィーを連れて部屋を出て行った。問いに対して答えはしなかったが、どうやらクローキンスも納得したようで、さっさと就寝の準備を始めていた。それを見た初汰と獅子民も、これ以上は何もない安心感を覚え、ギルを部屋に呼び戻すとその日は全員深い眠りに落ちた。
翌朝、窓外から寝室へ流れ込む町の喧騒によって初汰たちは目を覚ました。意識はだんだんとハッキリしてきてはいるものの、初汰はなかなか上体を起こそうとはしなかった。ベッドの上でグダグダしていると、ドアが開いて獅子民が入って来た。と言うよりかは、戻って来た。と言った方が正しかった。
「起きたようだな」
「あぁ、ちょうど今起きたよ。ふぁ~あ」
ベッドの上でひらひらと手をひらつかせ、あくびをしながらそう答えた。
「朝から町が騒がしくてな。一度ぼんやり目覚めてしまったら、そのまま完全に起きてしまった」
「ふぁ~、そうだったのか。で、どこ行ってたの?」
「あぁ、顔を洗うついでに店主に町の様子を聞いてきたのだ」
「何だって?」
「祭りが再開したらしい今回はいつもより盛大にやらなくてはならないらしく、さらに追加で出店を構え始めたらしい」
「へぇ~、まぁそれも町長に聞けばなんか分かるのかもな」
「うむ、とにかくもう少ししたらリーアとスフィーが来る。そしたら行動を開始しよ
「え、もう来るの?」
「うむ」
「マジかよ……!」
初汰は飛び起きると、洗顔と洗髪を済ませるためにタオルを携えて獅子民の横を通り過ぎ、部屋を出て行った。
その後各々準備を済ませると、一旦初汰たちの部屋に集まり、今日の目標である町長に話を聞く。これを最優先にその他は昨晩決めた通り自由に町を歩き回ることになった。初汰とリーアは町中へ、獅子民とスフィーは町長の家がある町の最奥に向かって行った。
単独行動となったクローキンスはと言うと、何も言わず町をフラフラし、人混みに紛れていつの間にか町を出ていた。そしてそのまま歩き続け、山岳地帯に到着した。
「ちっ、どうやらちゃんと回収されたようだな」
あの混乱の最中、山岳地帯に置いて行ってしまったマロウのことを気に掛け、クローキンスは山岳地帯に戻って来たのであった。そこには立て札がポツンと一つ存在し、そこにはこう書いてあった。「ありがとう。助かった。マロウ」と。どうやらリストバンドを巻き付けておいたので、立ち入り禁止区域にいたマロウは警備員に回収されたらしかった。
ひとまず彼が助かったことを確認したクローキンスは、次に海賊たちのたまり場へ向かった。船長の帰りを待っているであろう彼らは、昨日の津波と台風のこともあり、相当心細い思いをしているだろう。そんな高を括って到着してみると、案外海賊たちは初めて会った時と変わらない暮らしぶりであった。心配して損したな。と思いつつも、船長の行方は知らせておいた方が良いだろう。と思ったクローキンスはゆっくりと船に近付いて行った。
「お前、無事だったのか!」
船員の一人が駆け寄ってきてそう言った。
「あぁ、手伝ってくれたお礼に船長の行き先を教えてやろうと思ってな」
「キャプテン・マロウはどこなんだ?」
「港町だ」
「港町だと?」
「ちっ、そうだ。重傷を負っていたからリストバンドを巻いて町に送った」
「俺たちは海賊だぞ! 何してくれてんだ!」
「ちっ、お前ら海賊向いてねぇから止めとけ。あの町でゆっくり暮らすんだな」
クローキンスは的確なアドバイスを残し、その場を去った。海賊たちが彼を追うことは無かった。なぜなら彼らは分かっていたからである。このまま海賊を続けるよりも、町で静かに暮らした方が良いことを。彼らはきっと海賊船を手放し、貿易船にでも乗ることになるだろう。
一方初汰とリーアは、昨日よりも熱気溢れる町に繰り出していた。町人の数が爆発的に増えることは絶対にありえないのだが、なぜか昨日よりも人数が爆発的に増えているような錯覚を抱いた。出店が増えているせいもあるかもしれないが、やはりこの町人一人一人の活気、熱気が祭りをより一層盛り上げ、大きく見せていた。
「ドールのこと、やっぱり気になるか?」
ずっとぼんやりしているリーアを気遣い、初汰はそう切り出した。
「えぇ、少しね。出来るだけ早くこの目で確かめたいって思ってる。でも……真実を知る怖さの方が大きいのかも」
リーアは俯き加減のまま、低い調子でそう言った。
そうだよな。初汰は心の中でそう思った。知らない方が幸せなこともあるけど、知って乗り越えなきゃ得られない幸せもある。そんなことを漠然と考えながらも、上手く言葉に出来ない初汰は話題を変えた。
「祭り、盛り上がってるな」
「そうね。昨日の混乱が嘘みたい」
「だな。切り替えが早いと言うかなんと言うか。今を生きてるよな」
初汰はそう言いながら町を見回し、微笑みながらそう言った。
「本当に、それほど祭りが大事なのね。それかただ大好きなだけかしら。今を生きるという事が」
そう言うと、リーアも微笑んだ。
その後二人は出店を回り、この大陸近海でしか取れない珍しい海の幸を使用した簡易な料理を購入し、広場のベンチに腰かけて行き交う町の人々の噂話に耳を澄ませた。
「今回の祭りは大盛況だな!」
「あぁ、まさかあんな大事になるとは思わなかったけどな」
「それに見たか、あの竜巻。まるで意志を持って動いていたよな?」
「お前も思ったか? やっぱりアレは風神様が目覚めたってことなのか?」
「どうだろうな。今朝聞いた噂によると、山岳地帯で一人の海賊が見つかったらしいぞ。そいつは黒霧の谷に行ってたみたいで、秘宝がなんたら言ってたらしい」
「てことはまさか、本当に風神様が目覚めたのか?」
「そこまでは分からない。ただ、今警備員たちが黒霧の谷を見に行ってるらしい。これで霧が晴れてたら、昨日の海神様の怒りは風神様が収めたってのが濃厚になりそうだな」
隣のベンチに座っている男二人が、出店で買ったと思われる料理を口に運びながらそんな話をしていた。初汰とリーアはそれを盗み聞きしながら、食事を済ませた。
「風神ねぇ。まさかスフィーのことかな?」
「今の話からすると、十中八九スフィーのことでしょうね」
「だから町長のところに行くって言ったのか」
「かも知れないわね」
「まぁデッカイ情報はあの二人に任せて、俺たちはもう少し町の様子を見て回るか」
「えぇ、そうしましょ」
二人はそう言うと、ベンチを離れて再び歩き出した。




