第八十二話 ~黒霧の谷~
町正面の大門の横にある小さなドアが開いており、三人は何とか町に避難することに成功した。しかしその三人の目には驚きの光景が飛び込んできた。それと言うのは、町人たちが悠々と祭りを開催していることであった。ある者は酒を呑み、ある者は屋台で商売をし、ある者は食べ歩き、子どもたちは町を駆け回っていた。
「こ、これは……」
「こいつらマジかよ……」
初汰と獅子民が呆気に取られていると、突然リーアが二人の手を引いて門の近くにある物陰に隠れた。
「うおっとと、どうした?」
「ごめんなさい、何となく見つかってはいけないような気がして」
「うむ、そうだったな。もしかしたら町人たちも共犯の可能性があるからな。趣味は悪いが盗み聞きをしながら宿に戻ろう」
幸い祭りでは、マスクを被ったり化粧をしたりと、素顔を偽っている者が大勢いたので、三人は祭りの最中で落とされたと思われるマスクやら眼鏡やらを拾って渋々仮装をして堂々と町に戻って行った。
「今回はタイミングよく旅行客が来てくれて良かったな」
「あぁ、今回は臨時開催で広告を出せなかったからな」
「本当そこだよな。なんで急に開催しろなんて……」
「原因は海賊らしい。この大陸にある秘宝を狙ってるんだってよ」
「なるほど。本当はそいつらを餌にしろってことだったのか」
「でもそんなことただの町民である俺らに言われてもな。密入国してくる海賊を餌に出来るわけないよな」
「確かに、まぁ町長も大変なんだろうよ。それに祭りは楽しいから良いだろ」
「ん~。俺は気になるけどな。いつもはあんな竜巻も出ないし」
「まぁまぁ、何とかなるって!」
「そうかな。いや、そうだよな!」
町の広場付近に用意されていた白いベンチに腰掛け、町の噂話を肴に酒を呑んでいる二人の男性の話を盗み聞くことに成功した三人は、盛り上がっている広場を離れて路地裏に入った。
「あいつらから色々聞けたな」
「うむ、聞き回る手間が省けた」
「海賊を餌にするための臨時開催の祭り。いつもは無い竜巻……。話を聞けたはいいものの、謎は増えたわね」
「う~ん、俺的には竜巻が気になるな。だってそれ以外はいつも通りみたいな感じで喋ってたもんな」
「確かにそうね。海賊の来訪を教えた者と祭りの臨時開催に関しては町長に聞いてみるしかなさそうね。そのためにも、今は想定外であるあの竜巻を止めることが出来れば、町長に会えるかもしれないわね」
「おぉ! 確かに。じゃあ竜巻のことを調べてみるか」
「うむ、しかしどこから手を付ければ良いのやら……」
「近づくわけには行かないしな」
「少し様子を見るしかなさそうですね」
「様子見で大丈夫なのか?」
「これは想像の話だけど、もしかしたら秘宝が絡んでいるのかもしれないと思って。だとしたら向こうに動きがあればこちらにも動きがあるかも知れないでしょ?」
「なるほど。じゃあ一回通信入れてみるか」
「そうだな。出なかった場合は折り返しを待ってみよう」
そう決めると、初汰は早速通信機兼テレポーターである釦を取り出し、通信を始めた。
クローキンスの左ポケットの中で微かに振動する物があった。それは初汰からの通信を受けて震えている通信機であった。現在は真っ黒い霧の中を彷徨っているため、視界的には通信に出ることは可能であった。しかし視覚が不自由な分、聴覚が研ぎ澄まされている可能性も加味してクローキンスは通信を無視した。
「お、おい! 今何か聞こえなかったか!?」
多少の振動ではあったものの、マロウは耳聡くそれを聞きつけていた。
「何も聞こえなかったが……?」
ユーニは半分通信機のことだと勘付いてはいたが、通信機の音がしっかり聞こえていなかったために自然な返答をした。
「か、勘違いか……」
警戒心だけは人一倍あるらしく、マロウはなるべく音を立てないように忍び足で歩きながらユーニの後に続く。クローキンスは少し気を付けなければな。と思いながら最後尾を歩いた。
谷底はとても静かだった。ありもしない黒霧の流れる音が聞こえてくるのではないかと思うほど寂然としていた。
「ちっ、本当にこんな場所に秘宝があるのか?」
既にマロウのことを下に見ているクローキンスは、脅すようにそう聞いた。
「そ、そんなこと言われても俺は知らん! ただ噂を聞いただけだからな!」
「ちっ、じゃあただの足手まといってことか……」
クローキンスは聞こえないようにそう呟くと、それ以降は黙り込んで辺りを警戒しながら歩いた。
沈黙が続くそんな中、同じく警戒の為に黙っていたユーニが声を上げた。
「霧が少し薄い。一旦ここで休息しようっ」
先頭を歩くユーニは後ろを歩くマロウやクローキンスに向かってそう言った。後方を歩くマロウたちは、その言葉を聞くと我先にと足早に、多少霧が晴れている場所に出た。
「本当だ! ここでなら全員の顔が見える」
視界が不自由だった分、数分後に見る仲間たちの顔はマロウに十分な安心を与えた。しかしすぐに不安の影がマロウに忍び寄る。
「こっちが我々が進んできた道。真っすぐ進む場合はこっち、右はこっちで左はこっちだなっ……」
海賊たちが精神的休息をとっている間、ユーニは少しでも目印を残しておこうと地面に深く大きな痕跡を残した。クローキンスはと言うと、そんなユーニの行動を観察しながら、これからどうやって谷を進み、スフィーを見つけ、殺すか殺すまいかということを考えていた。するとそんな時分、マロウが急に立ち上がった。
「や、やっぱりそうだ。一人いない……!」
マロウはそう言うと、自分の近くに腰を下ろしている海賊たちの顔を見回した。そして再び同じ言葉を呟いた。
「どうしましたっ?」
印をつけ終えたユーニが戻ってくると、マロウにそう尋ねた。
「俺の仲間が一人いないんだ!」
マロウがそう叫ぶと、次第に他の海賊たちもわなわなと震え始めた。
「ちっ、キャプテンが声を大にして言うことじゃねぇな」
これにはユーニも同意していたが、ここでマロウを責めてしまったら第二の被害が出るかも知れないと思い、ユーニは少し考えた後に喋りだした。
「いや、私も油断していた。勿論君もだ、クローキンス。今はこれ以上被害が出ないようにするしか他無い。ひとまず私が今来た道の様子を見てくるっ。君たちは待っていてくれっ」
ユーニはそう言うと海賊の一人からロープを借り、それを自分に巻き付け、余っている部分をマロウに持たせた。
「これを頼むっ」
「な、何で俺なんだ!」
「彼に渡したら君たちを守る人が居なくなってしまうからだっ」
ユーニはクローキンスの方をちらりと見た後に、再び視線をマロウに戻してそう言った。
「わ、分かった。仕方ないから引き受けてやろう」
マロウはそう言うと、強張る両手でロープの端の方を握った。ユーニはしっかりと握っていることを確かめるために試しにロープをぐいぐいと引っ張った。マロウはロープを手放さず、がっちり握っていた。
「では行って来るっ!」
ユーニは自らを鼓舞するようにそう言うと、聖剣を構えて黒霧の中に消えていった。
「ちっ、それを自分の命だと思って握ってろよ」
「わ、分かってる! 口出しするな!」
そうは言うものの、マロウの全身はガチガチに強張っていた。クローキンスの脅しに、ユーニの命を握っていると言っても過言ではない重責。その二つが緊張と不安を彼に与えていた。
「飛び込んだはいいものの、全く見えないな……」
一方ユーニはマロウが緊張していることなど露知らず、真っ黒い霧の中を彷徨っていた。素早く捜索を終えて一刻も早く戻りたいところだが、ロープを持っている相手のことを気遣い、ユーニはゆっくりと歩を進めた。それこそほとんどすり足であった。
自分の呼吸音だけが聞こえる。それ以外に何も音は無く、誰かがいる気配もない。
――するとその時、ブチッ。という不吉な音がした。ユーニはすぐさま足元を見た。そこには自分の身体に巻き付いているはずのロープが綺麗な断面を見せて落ちていた。今すぐに拾うことも可能ではあったが、慌ててロープだけ回収されては意味が無いので、一旦落ち着いて辺りを見回した。
音や気配は全く感じない。しかしロープは切断されている。という事は絶対に誰かがここにいるという事であった。
――スッ。と何かが右横を通った気がした。すると少し時間が経ってから、右肩から血がつーと流れた。
「やはり誰かいるな……」
ユーニは一度剣を収め、魔力を込めてから再び剣を抜いた。すると聖剣は光輝き、多少辺りが見えやすくなった。後は長年の勘に頼るだけだ。ユーニはそう覚悟を決めると、剣を構えた。そしてそのまま時計回りに剣をかざし、辺りに潜んでいないかを確認する。
「……そこだっ!」
――こういう時はたいてい背後だ! 培った経験と勘から、ユーニは聖剣を薙ぐようにして背後に斬撃を繰り出した。すると微かにだが手応えがあった。その隙にユーニはロープを掴み、ぐいっ。と一回引っ張った。
「何かあったみたいだ! お前ら、引くぞ!」
マロウが号令をかけると、手袋をはめて準備万端だった部下たちが一緒にロープを引き始めた。
攻撃を少し当てたお陰で、若干乱れた呼吸が聞こえ始めた。何かフィルターやマスクの類を装着しているようで、自然な呼吸音と言うよりかは、シューシューと言う妙な呼吸がユーニの耳に届いた。
海賊たちが懸命にロープを引っ張ってくれているようで、だんだんと呼吸音は聞こえなくなった。その後少し引きずられると、未だに光を失っていなかった聖剣のお陰でぼんやりと人影を捉え、ユーニはロープを手放して立ち上がり、残りは走りで霧の薄い場所まで戻って来た。
「はぁはぁ、助かったっ!」
ユーニは息を切らしながらも感謝の言葉を告げた。
「お、おい、ロープ切れてるじゃねぇか!」
「あぁ、奇襲を受けたのだっ。奴は音も気配もなく近付いてくる。かなり強敵だっ」
「ちっ、この霧の中で音も気配も無いのか。それで、敵は一人か?」
「分からん。ただ私が対峙したのは恐らく一人だっ」
「もうここから動けないじゃ無いか!」
マロウは二人の話を聞いている内に気が荒れ始め、突然怒鳴り散らした。
「ちっ、情緒が安定しない奴だな。悪いがお前らに合わせてる時間は無い。俺たちは進む」
クローキンスはそう言うと、弾数を確認した後にユーニがつけた印を見て、どちらに進むか検討し始めた。
「すまない。我々も為さねばならぬことがある故に」
ユーニも申し訳なさそうにそう言うと、クローキンスのもとへ歩いて行った。
「キャプテン……。まずいですよ。このままじゃ俺らここで死んじゃいますよ」
「うぬぬぬ、前にも後ろにも死の可能性が……。そうだな、そうだな、今更引く理由なんてないな。よし、付いて行こう」
「そうっすよキャプテン。頑張りましょう。あの二人ならなんだかんだ守ってくれますよ」
そんな調子で海賊たちがひそひそ会議を行っていると、突然そこにガスマスクが転がって来た。
「何だこれ?」
マロウはそれを拾い上げ、試しに装着してみた。すると驚くことに、今まで一寸先も見えなかった霧の中が数メートル先まで見えるようになったのである。
「こ、こりゃすげぇ!」
そう言って辺りを見回すと、近くに倒れている人間を見つけた。
「おい、そこに人がいる。引っ張るぞ!」
マロウの指示で海賊たちが霧の中から人を引きずり出すと、その騒ぎに気付いた二人もいそいそと戻って来た。
「何事だっ?」
「見ろよ。このマスクとこの男」
マロウは自慢げにそう喋りだした。まるで自分が倒したかのように。
「ちっ、いいから貸せ」
クローキンスはそう言うと、倒れている男には見向きもせず、マロウからガスマスクをひったくった。そしてそれを装着して辺りを見回すと、先ほどマロウが見たように、霧の中が数メートルさきまでハッキリと見えた。そしてその霧の中でこれまたハッキリと、ウサギの耳のようなものが付いている人型のシルエットが走り去って行くのを視認した。




