第七十九話 ~谷底と祭典~
奥に進めば進むほど、辺りは暗くなっていった。はじめは外の明かりが薄っすらと差し込んでいて助かったが、廃坑に入って少し歩くとすぐに曲がり角に出くわしてしまい、一行は外光から隔絶されてしまった。内部はその名の通り廃れているので、明かりなど一つも無い。なので船から持ってきたランタンを使用して、何とか身辺のみは照らし出すことが出来ている状態であった。
「いったた! 足を踏むんじゃない!」
「ひっ、す、すみません」
船員の一人がマロウの足を踏んでしまったようで、暗闇の中で誰とも分からずマロウは怒鳴り散らした。するとその声に反応して、廃坑内のコウモリが勢いよく飛び立ち、そしてマロウの横を通り過ぎて行った。するとマロウは忽ち口を噤み、無人の静けさが廃坑内に残った。
「……あまり大きな声は良くないようだ。次は魔物が出てくるかもしれないからなっ」
ユーニは冗談半分、脅し半分にそう言った。すると案外海賊たちはそれを真に受けたようで、ランタンの明かりでぼんやりとユーニを映し出し、高速で頭を縦に振って見せた。それにはユーニも力強く頷いて応えるしかなく、いつでも剣が抜けるように左手を鞘に添えた。
その後マロウたちは襲われたくない一心から声を出すまいと無駄に固くなり、ただ黙々と歩き続けた。クローキンスとユーニは、いつでも応戦できるように各々武器に手をかけていた。そして辺りへの警戒を怠らず、ランタンの薄明りを頼りに廃坑の奥へ奥へと歩を進めた。
廃坑内は徐々に下に向かうような構造になっていた。そもそも黒霧の谷底へ行くための通路のようなものであるため、鉱石が掘られた形跡も無ければ、鉱石自体見つけることは出来なかった。
ある程度真っすぐ、かつ斜めになった道を下って行くと、折り返すような形で再び同じような真っすぐでかつ斜めに下がっている道が目の前に広がる。これを何度か繰り返すうちに、全く魔物の気配もしなければ、ずっと一本道なのでマロウたちの緊張も解け始めていた。
「あと何回かこれを繰り返せば下に着きそうだな……!」
マロウはひっひっひっ。と狡猾な笑いを漏らしながらそう言うと、部下たちも安心したような表情になって軽い足取りとなった。そんな海賊たちを横目に、クローキンスとユーニの二人は全く油断していなかった。それは長年の勘のようなもので、大体こうして敵を油断させてから急襲を仕掛けてくるパターンを二人は知っているのだ。
何度目の折り返しか、一行の誰も数えてはいなかっただろう。それほど廃坑を下ってきたその時、道の突き当りに薄っすらと明かりが漏れているのを視認した。
「一番下まで来たのか!」
マロウはそう言って少しはしゃぐと、なだらかな傾斜を速足に下り始めた。
「待てっ! これは何か――」
ユーニが何かを察してマロウを引き留めようとした時、カチッ。と言う音が廃坑に響いた。音がした瞬間、マロウが足元を見てみると、右足が明らかになにかスイッチのようなものを踏んでおり、一段沈み込んでいた。
――そして次の瞬間、一行の背後でガタン! と言う音が鳴り、一斉に振り返った。するとその先に存在していたはずの壁が、幕が下りるようにストンと下がり、大きな丸い岩がこちらに向かって転がり始めた。
「走れっ!」
ユーニの号令に従い、クローキンスと海賊たちは走り出した。しかしユーニにはもう一つ気になる点があった。それは突き当りの薄明りが、本当に外界を示す光なのかどうかという事である。
「ちっ、下のアレ、怪しいよな」
と、そんなこと考えていると、クローキンスがそう呟いた。ユーニは心中をずばり的中させられたことによってすぐに反応出来なかったが、なるべく早く、うむ。と答えた。
「後ろは俺が破壊する。前を頼む」
クローキンスはそう言いながら、既に連結銃のアタッチメントを取り換えていた。銃弾が出るとは思えないほど極太いバレルを装着し、リボルバー部分も弾が一発しか入らない特殊な物に取り換えた。そしてその薬室にデカい泥団子のような弾を詰め込み、リボルバーを元に戻した。
「こいつは少し衝撃が強い。戦車とまではいかないが、砲弾に近い」
「分かったっ! 前方は私に任せろ、もし吹っ飛んで来たら私が受け止めてやるっ!」
ユーニはそう言うと、力強く頷いて最前線まで駆けだした。その背中を見送ったクローキンスは、ユーニが最前線に到着したことを確認してから息を整えた。
――そしてクローキンスは全速力で駆けながら、後方に振り向きながらバックジャンプした。照準はすぐ、迫り来る岩石の中心に合わさった。自分の身体が地面に向かって落ちていく中、クローキンスは破壊の一発を発射した。
着弾と同時に岩石は砕け散った。そしてそれと同時にクローキンスの身体は更に後方へと、正確に言えば前方へと吹っ飛ばされる。ユーニはその間に最前線の薄明りが漏れる突き当りまで進んでいた。
――すると予想通り、薄明りが漏れていた場所から、壁を突き破って魔物が現れた。ユーニは構えていた剣を先に振り、魔物が飛び出してきた瞬間に切り倒した。そしてすぐに剣を収め、吹っ飛んでくるクローキンスを受け止めた。
「ふぅ、何とか間に合った……」
「ちっ、まさか本当に受け止めるとはな」
クローキンスはそう言いながらユーニの元から離れ、そして手を差し伸べてユーニを立ち上がらせた。
「すまない。助かったっ」
ユーニはその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。そんな一部始終を見ていたマロウたちは、前方に倒れる魔物と後方で砕け散っている岩石を交互に見ていた。
「怪我は無いかっ?」
立ち上がったユーニは、マロウたちにそう問いかけた。最初は何を問われたのか理解出来ず、少し時間が経ってからマロウは頷いた。
「それなら良かったっ! 出口ももうすぐのようだからな」
「ほ、本当か?」
「あぁ、この先だっ!」
ユーニはそう言うと、倒した魔物の上をずんずん進み、壁に空いた大きな穴の奥へ進んで行った。それに続いてクローキンスも穴の中に入って行く。マロウたちも倒れている魔物の上を恐る恐る通過すると、穴の奥で先ほどよりも明るい光が差し込んでいるのを認めた。
「先ほどの光はあの魔物が作り出していたものらしいなっ」
「ちっ、ずる賢い奴もいたもんだ」
二人はそんな愚痴をこぼしながら、光が差し込んでいる場所まで真っすぐに進んで行く。今の状態で襲われたらひとたまりもない。そう思った海賊たちは急いで二人の後を追った。
そうして光が差し込んでいる場所までたどり着くと、そこには人一人が通れるほどの穴が空いていた。それは確かに外へ繋がっていた。一行はその穴を一人ずつ通って行き、ようやく廃坑の澱んだ空気から逃れた。しかし外へ出ようとも、そこに待っていたのは一寸先が暗闇なのかと勘違いするほどの黒い霧であった。
「到着したようだなっ」
「ちっ、まだまだなんか待ち受けてそうだな……。引き返すなら今だ」
クローキンスはマロウたちの不安を煽るようにそう呟いた。これにはちゃんとした意図があり、これ以上付き纏われると迷惑だ。と言うクローキンスらしい意志と、この濃い霧の中じゃ自分の身しか守れない。と言うらしくない親切心からの呟きであった。
「ば、バカ野郎! ここまで来たら、い、行くに決まってるだろ!」
マロウが震えた声でそう言うと、船員たちもそうだそうだと震える雄叫びを上げた。ユーニはクローキンスと顔を合わせると、思わずため息を漏らした。そして軽く頭を左右に振ると、振り返った。
「では行くとしよう。しかしこの霧だ。私たちも最低限のことしか出来ないっ」
ユーニはきっぱりそう言うと、マロウたちから目を背けて歩き出した。続いてクローキンスは何も言わずユーニの後を追った。残された海賊たちはなるべく離れないように、比較的くっつくようにして二人の後をいそいそと追った。
一方その頃、港町では初汰たちが聞き込みをしていたのだが、あまりにも情報が無く、断念し始めていたところであった。
「はぁ~、みんな祭りのことばっかりだな……」
「困ったわね。まさかここまでご執心とは思わなかったわ」
「うむ、そもそもこれは何を祝う祭りなのだ?」
「あ~、確かに。そう言われると気になるな」
「……まずは町のことを知ってみる。というのはどうでしょうか?」
「それもありかもな」
「うむ、祭りのことを聞いてみるか」
三人は町の入り口付近でそう可決すると、今度は今準備している祭りについての情報を集めてみることにした。
中央広場に出た初汰は、店の準備がひと段落して休憩している町人の傍に寄って行った。
「あの、旅行で来たんですけど、この祭りって何かを祝う祭りなんですか?」
休憩している男性にそう問うと、先ほどまでスフィーの聞き込みをしていた時とは打って変わり、瞳をキラキラと輝かせながら男性は初汰の方を向いた。
「この時期に旅行か! ラッキーだね、君は。実は今日から明後日までぶっ通しで海神祭が行われるんだよ!」
「海神祭? それは何を――」
「海の神。クラック様の生誕を祝う祭りだよ!」
初汰が深堀するよりも前に、町人の男は答えた。
「な、なるほど。そうだったんですね。で、そのクラック様ってのはどこに祀られてるんだ?」
「海底の奥底で眠ってるいるんだよ。今も生きていると噂されているよ」
「へぇ~、随分と入れ込んでるんだな」
「当り前さ! この祭りを無事に済ませれば、豊漁に航海の安全。それにこの町全てをクラック様が守ってくれるんだから!」
「そ、そうだったのか。今年も無事に済むと良いな」
「おうよ! 坊主も楽しんで行けよ! 来るもの拒まずがこの町の精神だ!」
町人はそう言うと、もうすぐ始まると思われる祭りの準備を再開した。初汰は先ほどの話から新興宗教のような不気味さを感じながら、ひとまず集合地点となっている港町の入り口付近に戻った。
戻ってみると既にリーアや獅子民も集合場所で立ち話をしていた。初汰は聞いてきた伝説を引っ提げて二人の元へ駆け寄った。
「よう、もう戻ってたんだな」
「おぉ、初汰か。我々も丁度今戻って来たんだ」
「そうだったのか、で、収穫は?」
「あまりいい情報は得られなかった。どうやらもう少しで祭りが始まるようでな、どこへ行っても追い払われてしまったのだ。リーアはどうだったのだ?」
「私の方も有力な情報は得られなかったわ。祭具として三つ又の鉾と王冠、それに金の首飾りを利用するってことは聞いたわ。それで初汰はどうなの?」
「へっへっへっ。ちゃんと聞きだしてきたぜ」
「本当か?」
「ちゃんと聞いてきたって! まずは祭りの名前からな。この祭りは海神祭って言うらしくて、クラックっていう神様を祀るための祭りらしい。この祭りが成功すれば、この一年は豊漁で、航海の安全がうんたらかんたらで、町も守ってくれるらしい」
「ふむ、なるほど……」
「つまり私が聞いてきた三種の祭具はそのクラックと言う海神様の物なのかもしれないわね」
「あぁ、確かに。あ、そうだ。あと、その神様はもしかしたら海の底で生きてるかも知れない。とかいう噂もあるらしい」
「生きているかもしれない。か……。祀っているにもかかわらずそこら辺は曖昧なのだな」
「ま、俺が聞いてきたのはこんくらいだな」
こうして三人が各々の情報を共有していると、そこへギルが現れた。
「大変じゃ、海が荒れ始めたんじゃ!」
初汰たちを見つけるや否や、ギルはそう叫んだ。三人は顔を見合わすと、まずはギルの話を聞くためにギルを落ち着かせ、そして彼が話し始めるのを待った。




