第七十七話 ~密航者~
翌朝、獅子民とユーニと初汰が寝ていた一番大きな部屋に、個室だったリーアとギルと二人部屋で寝ていたクローキンスが集まって来た。ギルはまだ眠っているようだったので、無理に起こさず五人だけで会話を始める。
「よし、では作戦は昨夜話した通り、クローキンス殿とユーニ殿は賊の懐に潜り込み、我々三人は引き続き町で聞き込みを続けよう」
「おっけー! 気を付けろよ、クローキンス!」
「ちっ、お前にだけは言われたくねぇよ」
「ユーニさんも、御気を付けてください」
「ありがとう、リーア。必ず情報を得て戻るっ!」
各々見送りの言葉をかけ、クローキンスとユーニは軽い支度を終えた後、宿屋を出て行った。そしてそれを見送った初汰たち三人も、最低限戦闘が出来るように支度を整えてから宿屋を後にした。
町の外に出たクローキンスとユーニは、港と町を繋ぐ舗装された道を外れ、正規の港の西側にたむろしている密航船を目指して歩いていた。
「この先なのかっ?」
「あぁ、この林を抜ければ少し開けた場所に出る」
クローキンスはそれだけ言うと再び黙り込んでしまった。確かに敵かも知れない集団の中に混じろうというのだから、変に口数を多くする必要も無いか。と思っていたユーニも、何も言わずただクローキンスの後に続いた。
その後数分歩き続けると、二人は林を抜けてすぐに大きな船が停まっているのを見つけた。船の周りには腕の筋肉を露にした荒々しい風貌の海男たちが数人いた。辺りをキョロキョロと見回している様子から、見張りをしているのだとすぐに分かった。二人はそんな見張りたちに警戒されないように、なるべく敵意を出さず、無抵抗の意を示しながら船に近付いて行った。
「おいてめぇら! そこで何してる!」
二人の存在に気が付いた男の一人が、大きな声を張り上げた。
「どうする。交渉は私がするかっ?」
「ちっ、いや、俺がやる」
クローキンスはそう言うと、数歩前に進む。
「そこで止まれ! 用件はなんだ?」
「交渉がしたい」
「交渉だぁ!?」
「あんたら、密入国だろ? 俺らもなんだ」
「……」
密入国。という単語をクローキンスが発した瞬間、男たちはひそひそと話し始めた。
「効果あり。と言う所かっ?」
「さぁな」
しばらく男たちの会話を見守っていると、一人が船の中に戻って行った。
「こっちに来な!」
男の一人がそう叫んだ。
「行くのかっ?」
「……ちっ、覚悟はしといたほうが良さそうだな」
「承知した。行くとしよう」
二人は戦闘も視野に入れながら、船の前で待っている男たちの元へ歩み寄った。
「まずは両腕を見せろ」
船の前まで来ると見張りの男がそう言った。二人は疑われないよう、黙って指示に従い両腕を出した。その腕に青いリストバンドが巻かれていないことを確認すると、男たちは顔を見合わせた。やはりこのリストバンドが密入国者かそうでないかを分けているようで、ひとまず第一関門は突破することが出来た。
「本当に密入国者なんだな。だがまだ動くな。マイントの者かもしれないからな」
「マイントっ?」
聞き慣れていない単語を耳にしたユーニは、思わず声を漏らしてしまった。
「……お前、この大陸の名前も知らないのか?」
見張りの一人が半笑いでそう聞いた。
「う、うむ。悪かったなっ」
「へっ、こいつはマジで同志かも知れねぇぞ」
見張りの男たちはそう言うと笑い出した。どうやらユーニが心の声を漏らしてしまったことが有利に働いたらしい。
「確かにそうかもしれないが、一旦拘束させてもらう」
見張りの二人はそう言うと、各々が持っている縄を取り出し、クローキンスとユーニの両腕を縄で縛った。
「よし、ついて来い」
そう言うと見張りの男たちは歩き始めた。その一瞬でクローキンスとユーニはアイコンタクトを交わし、しばらくはこの二人の指示に従うことにしよう。と意志を通い合わせた。
見張りの案内で二人は船内を少しだけ見て回れた。それこそ搭乗口から甲板までの道のりだが、船内は相当散らかっていた。目にしたことも無いような金銀財宝や、目も当てられないようなゴミクズが散乱していた。ギリギリ足場がある通路を抜けて行くと、甲板に出る階段が姿を現した。
「キャプテン、こいつらです!」
見張りをしていた男たちは、甲板に上がるや否や船首の方へペコペコと頭を下げながらそう叫んだ。すると口髭と顎鬚をたっぷりと蓄えた、小太りで高身長の男が顔を覗かせた。その男だけが真っ黒いマントを羽織っており、いかにも親分と言った風であった。
「ご苦労。今行く」
黒マントを羽織った男はそう言うと、頭を引っ込め、そしてすぐに甲板に降りて来た。
「念のため手は縛ってます」
「あぁ、んで、用件は?」
「……えっと、それがその、まだ同じ密入国者だってことしか聞いてないです」
「馬鹿もんが!」
男はそう叫ぶと、左手を大きく振りかぶり、ボールを投げるように振り下ろした。
――すると男の左腕は、手首、肘、肩の三か所が順番に外れ、普通の人間では絶対に届かない場所にいる部下の首を掴んだ。
「ぐ、苦しい……です……」
「たく、何度言ったら分かんだ」
男はそう言って部下の首から手を放すと、左手は元の位置に戻って行った。
「あんまり気になさんな。この馬鹿な部下どもも、俺の腕もな」
男はクローキンスとユーニがさぞ驚いているだろうと思い、気遣ったセリフを言いながら二人の方を見たが、肝心の二人はそう言うものに慣れており、何も関心を示していなかった。どうせこの腕は航海の最中で出会った強敵に切り落とされ、義手になったのだ。というに決まっている。とユーニは考えていた。
「……この腕は義手でな。恐ろしい魔者に食いちぎられ、復讐の為にこの腕を作ってもらい、俺は晴れて復讐を果たしたんだ」
クローキンスとユーニがあまりにも興味の無さそうな顔で男を眺めていたので、男はユーニが考えていたのとほとんど同じようなことを口走った。恐らく大した戦いも経験していないし、大した義手でも無いのだろう。と二人は思いながら、適当に相槌を打った。
「……とまぁ、俺は苦戦の末に勝利をおさめ、今はこうして海賊をしているわけだ! ハーハハハッ!」
男が話を終えると、辺りを囲んでいた部下たちが拍手をしたり指笛を鳴らしたりして場を盛り上げた。と言うよりかは、親分と呼ばれた男の気分を損ねないように渋々テンションを上げているようであった。
「おっと、俺の話に驚いて声も出ないか?」
「……名は何と言う、んですかっ?」
このままでは永遠に自慢話が続きそうだったので、ユーニは言葉に気を付けながらあくまでも下手にそう尋ねた。
「おっとっと、それも忘れてたな。俺はキャプテン・マロウ! よろしく!」
図々しい船長はそう言うと、左手を差し出した。しかし両手を縛られている二人は、その左手を眺めるしか無かった。
「どうした? 握手だよ握手。もしやこの左腕が怖いのかね?」
「キャプテン……。両手縛ってますよ……」
「……早く言わんか! 馬鹿たれが!」
マロウはそう言うと、そそくさと左腕を引っ込めた。そしてマロウの指示で二人の両手に巻き付いていた縄が解かれ、そのまま二人は船長室へ連れていかれた。
「おっほん。ここなら邪魔が入らないだろう……」
部屋の一番奥には大きなデスクと多少は座り心地の良さそうな回転イスが置かれていた。マロウはそこまで歩むと、どかっとそのイスに座り、特に意味も無くデスクに置かれている金の杯を右手に持った。
「どこか適当に座ってくれ」
マロウは二人に目もくれず、価値があるかも分からない杯を見つめながらそう言った。クローキンスは部屋の中央辺りにある少し埃が積もっているソファに腰かけ、ユーニは念のため部下に盗み聞きされないように入り口から入ってすぐの壁に背中を預けた。
「それで、何しにここへ来たんだ?」
甲板で話していた時よりも、ワントーン低い声でマロウはそう言った。彼も船長を名乗っている以上、船員に危険が迫るのならば容赦はしないと言った雰囲気であった。
「ちっ、実はこの大陸に秘宝があるって聞いてな」
「……なるほど。あんたらもトレジャーハンターってわけなんだな」
「まぁそんなところだ」
クローキンスは適当な相槌を打ち、話の流れを切らないように意識した。
「それで俺たちに目を付けたわけか……。なかなかいい目をしてるな!」
先ほどまでの真剣な表情は消え、自分たちが褒められたと思いこんだマロウは上機嫌でそう言った。
「全く困っちまうな、ここに来て急に人気が出てきたみたいだ! ハーハッハッハッ!」
「……ここに来て急に。と言いましたかっ?」
マロウの言葉が引っかかったユーニは、壁から離れてそう聞いた。
「あ、あぁ、それがどうした?」
「我々の他にも誰か訪ねて来たのかっ?」
「だ、だったら何なんだ?」
「それはどんな風貌の者だっ!」
会話に気合が入ってしまったユーニは思わず声が大きくなってしまい、それによってマロウは少し黙り込んだ。
「ちっ、悪かったな。少し熱くなりやすいんだ」
クローキンスのフォローで何とか話が途切れることは無かったが、その瞳には完全に疑いの色が浮かんでいた。
「す、すまないっ……」
「なんだあんたら、もしかして秘宝を求めて競争でもしてんのか?」
左手に持っていた杯を置き、二人の顔を交互に見ながらマロウはそう言った。
「あ、あぁ、そんなところだっ」
「そうかそうか、そうだったのか! まぁ秘宝となりゃ誰しもいの一番に取りたいよな! ハーハッハッハッ。だがな、秘宝も名ばかりじゃない。小娘たった一人じゃそう簡単にたどり着けんさ」
大声で笑い飛ばしたかと思うと、今度は突然ボソボソと小さな声でマロウは一人芝居を演じた。しかしその最後の言葉が二人の耳についた。
「ちっ、ここに来たってのは女なのか?」
「ん、あぁ、そうだが?」
「ふっ、いや、女一人で何が出来るのかと思ってな」
クローキンスはマロウの話に合わせ、嘲笑を浮かべながらそう言った。
「そうだろうそうだろう! 女一人じゃ探せるわけがない!」
「ちっ、だが何故大勢いるあんたたちは秘宝を探しに行かないんだ?」
クローキンスのその言葉に、上機嫌な笑い声をあげていたマロウの動きが止まった。
「そ、それは……。まだ準備が整っていないだけだ!」
「ちっ、本当は戦力不足なんじゃないのか?」
「そ、そんなことは……」
マロウはそう言うが、明らかにその表情は曇っていた。
「協力させてくれないか?」
クローキンスがそう言うと、マロウは口を半開きのまま少し考え込んだ。
「本気か?」
しばらくしてマロウがそう言った。
「あぁ、秘宝の取り分はアンタらが多くて良い」
「そ、そんな上手い話に乗ると思ってるのか?」
その問いにクローキンスは答えない。あくまでも鋭い目線だけをマロウに向け続ける。
「わ、分かった。洗いざらい話す。取り分も半分で良い。その代わり、秘宝を見つけたのは俺ってことにしてほしい」
「ちっ、そんなの好きにしろ」
「本当か!? よし、それなら早速準備を始めよう! 大体の場所は分かってるんだ!」
マロウはそう言うと、馬の様に跳ねながら部屋中を駆け回り、そしてその勢いのまま甲板へ出て行った。
「どうにか丸め込んだなっ」
「あぁ、あいつには悪いが、頃合いを見てこいつを使わせてもらう」
クローキンスはそう言うと、ウエストバッグに入れていた青いリストバンドをちらりと出した。それはユーニがつけていたものであった。
「それは……。なるほど、秘宝を見つけた後はそれをこの船の誰かに巻いて退場してもらうのだな?」
「あぁ、秘宝とあの女の命は絶対に俺が取る」
「それは早計だっ。スフィーが真実を話すまでは私が彼女を守る。例え相手が君でもだっ」
「ちっ、あいつが真実を語ると良いな」
クローキンスは吐き捨てるようにそう言うと、ソファから立ち上がってユーニのことを睨んだ。それに対して仲間を大切に思うユーニは、なんとしてでもこの二人が争わないように善処しなければ。と考えながらクローキンスの緊迫した表情を見つめた。
「おーい、お前ら、作戦会議だ! 集まれ!」
船長室で睨み合っていると、甲板の方でマロウの声がした。クローキンスはその声を聞くとすぐに船長室を出て行った。続いてユーニは大きなため息を一つこぼしてから甲板へ赴いた。




