第六十二話 ~万能の賢者~
これには流石のライレットも全く反応出来ず、まんまと捕らわれてしまった。
「やはり他に仲間がいたみたいですね……。しかし戻って来るとは……」
ライレットは、やられた。と言いたそうに苦笑をすると振り返ってブランのことを見た。そんな彼に見つめられたブランは、すぐにその顔色を曇らせた。
「あなたは、確か五賢者の一人……。万能の賢者、ライレット・リミエル?」
「ご存知のようで嬉しいです」
捕まってすっかり大人しくなったライレットの前に歩み寄りながらブランはそう言った。ブランに捕らえられたおかげで初汰とクローキンスを包囲していた魔法の罠も解かれ、二人も揃ってライレットを囲む形で集まった。
「やれやれ、これは誤算でしたよ」
「いや~、危なかった。ブランさん、ありがと」
初汰は苦笑いしながらブランにそう言った。
「いえ、良いんですよ。でもまさか助けを求めに来たのに俺が助けることになるなんて思っても見なかったですけど」
「助けを?」
「はい、獅子民さんのもとに虎間が現れたんです」
「虎間が?」
「はい、今すぐに殺す気は無いようでした。なのでこうして二人を呼びに来たんです」
「ちっ、なるほどな。じゃあさっさと行くぞ」
クローキンスはそう言うと、ライレットのことは全く無視して先に行ってしまう。
「お、おい、こいつどうすんだよ!」
「ちっ、放っとけ」
クローキンスは立ち止まることも振り向くことも無く、さっさと地下通路の奥へ行ってしまった。
「とりあえず置いて行くのもなんですし、縛ったまま連れて行きましょう」
「そうっすね」
初汰はブランの提案に賛同し、二人でライレットを立ち上がらせるとクローキンスの後を追って歩き始めた。
「はぁ、当たり前だけど、僕に拒否権は無いみたいだね」
ライレットはそんな愚痴を漏らしながらも、無理矢理二人に連れられて安置室へ同行することになった。
クローキンスは堂々と地下通路を進んで行き、不自然に空いている横穴を見つけると、少し後方に歩いているブランの方を見た。それを感じ取ったブランは軽く頷く。するとクローキンスは銃を抜いて横穴の奥へ進んでいった。初汰とブランはライレットの歩行補助をしながらクローキンスに続き、一行は安置室にたどり着いた。
「おいおい、逃げてばかりじゃ楽しくねーだろ!」
「はぁはぁ、私が今お前と戦う理由は無いからな」
「息が上がってきたようだな」
獅子民と虎間は未だ戦闘を続けていた。しかし明らかに獅子民が劣勢で、それもいつでも殺すことが出来るのに弄ばれているような、そんな戦いであった。
「ちっ、へとへとじゃねぇか」
クローキンスはそう呟きながら発砲する。
――虎間はその音にすぐさま反応して、音がした方を振り向いた。そして弾丸を難なく避け、クローキンスの方を睨んだ。
「あぁ? なんだてめぇら?」
「ちっ、てめぇはここで仕留める」
そう言いながら既に拳銃を構えており、次の瞬間には弾を数発放った。
「めんどくせぇやつが来たもんだなぁ!?」
どこか嬉しそうにそう叫ぶと、虎間は刀を構え、クローキンスにターゲットを変更した。
「ブランさん、俺少し離れて良いですか?」
「えぇ、良いですよ」
ターゲットがクローキンスに変わったことで、今までひたすら逃げ続けていた獅子民はようやく深呼吸する暇を貰えた。そんな獅子民のもとへ初汰は駆け寄った。
「大丈夫か、オッサン?」
「あぁ……。それよりも、奴は、虎間はクローキンス殿を殺しかねない。助太刀してやってくれ」
「分かった。でもなんでオッサンは殺されなかったんだ?」
「本気の私と戦いたいらしい」
獅子民はそう言って立ち上がると、最奥の小部屋に向かって歩き出した。
「まさか獅子民さん、今このタイミングで元の身体に……?」
ブランはそう呟くと、ロープを更にきつく縛ってから駆け出した。
「おいちょっと、二人とも……。って、全然聞こえてねーし。クソ、監視しながら助太刀しろってのかよ!」
初汰はやけくそになってそう叫ぶと、剣とテーザーガンを構えて走り出す。そして虎間とクローキンスの間に割って入り、虎間の攻撃を受け止める。
「何だなんだ? 今日はついてるな。獲物が勝手にやって来やがった!」
虎間は嬉々として叫ぶと、更に荒々しく刀を振るい始める。
「はぁ、全く。ひどい扱いですね……。まぁここはゆっくりと彼の戦いを見させてもらいましょうかね。虎間甚、あなたに玉座は渡しませんよ……」
蚊帳の外となったライレットは、右手で生成した氷の刃を一度溶かし、腰を据えて虎間の戦闘をじっと観察し始めた。
二人が虎間と戦闘を始めた裏では、獅子民とブランは先ほど入りかけた小部屋前に来ていた。そして迷いなくドアを開けると、獅子民は飛び込むようにして部屋へ駆け込んだ。そのあとに続いてブランも部屋に入り、ドアは閉じられた。
「はぁはぁ、獅子民さん、今戻るつもりなんですか?」
「うむ、今この状況を打開するには、これが一番だと私は思っている」
獅子民は真っすぐな意志の籠った瞳をブランに向けた。
「分かりました。でもどうやって元の身体に……」
部屋へ駆け込んだはいいものの、どうやって獅子民の魂を本体に戻すのか、はたまた本当にこの部屋に獅子民の身体があるのか、二人には何一つ分かっていなかった。
「まずは私の身体を探そう」
「はい、実はそれに関しては睨んでいるところがあります」
ブランはそう言うと、真っすぐ部屋を縦断して部屋の奥の壁に設置されている取っ手を握った。そしてそれを勢い良く引く。
――するとそこには筋骨隆々で勇ましい顔立ちをした中年の男性が横たわっていた。左の瞼から頬にかけては深い傷跡が残っており、その傷跡は歴戦の勇者のような威風を漂わせていた。
「やっぱりここだったか」
引き出しを開けたブランは笑いながら獅子民の方を見た。すると獅子民も駆け寄ってきて、その中を覗いた。
「これが、私なのか……?」
「はい、間違いありません。俺はこの人の背中を見てここの団に入ったんです」
「そうだったのか……」
「この身体に魂を戻せば、記憶も戻るかも知れません。俺、いろいろ調べてみますので待っていてください」
ブランは引き出しを最大限まで引き開けると、それをそのままにして小部屋のあらゆる場所を視覚と触感で探り始める。
「これ、そんなに荒々しく壁を叩くな!」
密室の中で二人では無い誰かの声がした。
「誰だ!?」
ブランは部屋を見回しながら叫んだ。
「今引き出してる棚のもう一つ横の棚を引きだせい。さすれば儂の場所もわかる」
黙って声だけに集中していた二人は、その声が引き出しの更に向こう側から聞こえていることに気が付く。
「この奥、何ですかね?」
「とにかく今は声に従ってみよう」
獅子民は引き出しを開けるようブランに頼み、ブランは完全に抜けるまで安置棚を引いた。
――すると勢いよく棚は外れ、中を覗き込むと奥に明かりが見えた。どうやら安置棚に見せかけたフェイクを置き抜け道を隠していたようであった。
「ほれ、さっさとこっちに来なされ! ぐずぐずするな! クローキンスが死んでまう!」
その言葉で獅子民はハッとした。クローキンスのことをここまで思っている老人は一人しかいないと分かっていたからである。
「奥へ行くぞ。私は彼を知っている」
獅子民はそう言うと、迷いなく穴に入り込む。ブランも口答えせず獅子民に続き、二人は隠されていた実験室に到達した。
「こんなところがあったなんて……」
驚きの連続ではあるものの、それでもブランは感情を口に出しながら辺りを見回した。
「ギル殿、なぜこんなところに?」
実験室へ抜けてくると、獅子民はすぐにギルのことを見つけてそう質問した。
「すまんのう。実はあんたらの侵入がバレたのも全部儂のせいなんじゃ。情報を売るのが儂の生業でな、今回はクローキンスに危害を加えないという約束があったはずじゃった。しかし虎間が居合わせてしまったのは予定外じゃ、あいつは誰でも殺す。契約何て守りゃせん。じゃからあんたにクローキンスを救ってほしいんじゃ。儂のことはどうとでもしてくれてよい。じゃが今は頼む、クローキンスを救ってくれ」
ギルはそう言うと、深々と頭を下げた。
「そうか、ギル殿が……。しかしそのクローキンス殿を助けたいという思いに嘘は無いように私は思う。あなたが私を元の身体に戻す方法を知っているのなら、是非頼みたい」
「良いんですか、獅子民さん?」
「うむ、私は彼を信じる」
「心配なさんな、若いの。儂は世界一の情報屋じゃ、それに、マニュアルならここにある」
ギルはそう言うと、ブランの前まで歩いてマニュアルを手渡した。
「これは……。なんて簡単なマニュアルなんだ……」
そこには立った数ページで説明が書かれていた。要約すると、部屋の奥にあるにこのカプセルの左側には魂を抜き取る本体を、右側には魂を入れる器を設置すれば良い。と書いてあった。
「し、失敗の可能性は?」
「何を恐れとるんじゃ。こんなことを言っては難じゃが、あの脱出ポッドやキメラを大量に生み出している国家じゃぞ? 機能はチェック済みのはずじゃ。それに彼も、これによってライオンの身体にされたんじゃからな」
ギルはそう言いながら道を開け、獅子民を部屋の奥にある左側のカプセルに誘導する。
「ほれ、お前さんは儂と一緒に身体を持ってくるぞ」
老体とは思えないほどてきぱきとした動きでギルは実験室を歩き回る。ブランもその勢いに流され、一度手前の小部屋に戻り、ギルと協力して獅子民の本体を実験室に運んできた。そしてそのまま右側のカプセルの中に寝かせ、ボタンが一杯ある機械の前に立った。
「よし、後はお前さんがカプセルの中に入るだけじゃ」
「う、うむ。そうだな。こうも早く準備されるとは思ってもいなかったな……」
獅子民はぶつぶつと独り言を呟きながらカプセルを見上げる。
「荷物、預かっておきますね」
「うむ、では行って来る」
獅子民は背中に背負っていた二枚の盾をブランに預かってもらい、自分はカプセルの中に入って行った。
「これで準備は完了じゃな。後はここをこうして……」
「や、やけに手慣れていますね」
「さっきは言えんかったが、情報屋をやってるくらいじゃ、忍び込んだことくらいはあるってことじゃ。まぁ手順の話を聞いただけじゃがな」
ギルはマニュアルと睨めっこしながら装置の設定を終え、そして緑のボタンを押す。
――すると二つのカプセルが淡く光り始める。
「よしよしよし、良い調子じゃぞ。あとはこのボタンを押すだけじゃ。……クローキンスを頼んだぞ、獅子民雅人よ」
ギルは呟くようにそう言うと、右手人差し指で真っ赤なボタンを押した。すると先ほどまで淡かった二つの光が激しさを増し、一気に光った。ギルとブランは目を瞑り、バチバチッ。と言う激しい静電気のような音だけを頼りに実験の終わりを待った。
そして待つこと数秒、両方のカプセルが溜まった空気を吐き出しながら開いた。ギルとブランが右側のカプセルを凝視していると、その中から深い毛を生やした右足が現れた。




