第六十一話 ~テリトリーと聖域~
一方その頃、地下通路の先で獅子民の身体探しをしていた二人のもとにも追っ手が現れようとしていた。
「獅子民さん」
少し離れたところを探索していたブランが獅子民のもとへ戻ってきた。
「何かあったのか?」
「はい、奥にもう一つ部屋がありそうでした。えっと、その、一応獅子民さんは重罪人という扱いになってるので、もしかしたら奥の隔離された部屋にあるかもしれないと思って……」
「なるほど、確かにそれはあるかもしれないな……。その部屋へ行ってみよう」
獅子民は頷きながらそう言うと、ブランの案内で二人は魂の抜けた身体が大量に安置されている部屋の最奥にあるドアの前に立った。
「ここです。とりあえず入ってみましょう」
「うむ、ドアを頼んでも良いか?」
「はい」
ブランは返事をすると、獅子民の代わりにドアを押し開けた。するとその先には小部屋が待っており、ここも前の部屋と同様、壁に取っ手が付いていた。と言っても、前の部屋よりかは全然取っ手の数が少なかった。
「これなら一つずつ確認できそうですね」
ブランはそう言うと、先に小部屋へ入って行き、一つ目の取っ手に手をかけようとした瞬間。
「よぉ! 侵入者さんはどこだ!」
先ほどまでいた手前の部屋から大きな声がした。二人が振り返ると、開け切ったその空間の先には虎間甚が立っていた。
「虎間……」
「身体を取り返しに来たのかぁ?」
獅子民と虎間は睨み合った。獅子民は険しい表情をして、虎間は少し余裕そうに、そして少し嬉しそうに微笑んでいた。
「あと少しだと言うのに……」
ブランは悔しそうに虎間を睨むと、小部屋から出て、そしてそのドアを閉めた。
「獅子民さん、どうしましょうか」
「……今の私で返り討ちに出来るだろうか」
「俺もいます。力を合わせれば……」
そう言うブランの瞳には、真摯な気持ちと共に不安の色も伺えた。しかし獅子民はそんな瞳を見て、真摯な気持ちを、獅子民を助けたいと願っているブランの意志を尊重することにした。
「うむ、ここまで来たんだ。やってみよう」
獅子民はそう言うと、一歩前に踏み出した。
「へぇ~、俺とやり合う気か。でもその身体じゃな……。だがあいつの身体を取り戻されたら俺の評価は下がっちまうな……」
虎間は獅子民とブランを鋭く睨みながら、そんな独り言をブツブツと呟いた。すると背後に立っていた従者が虎間の斜め後ろに立った。
「今地下通路でライレット様が戦っています。彼もここへ呼び出してしまえば罪は半減、ないしは罪を擦り付けることが出来るかもしれません……」
「なるほどなぁ……。よし、それとなく誘導しろ。それまではライオンの状態で我慢してやるか……。それにもう一人いるみたいだしな」
虎間はそう言うと、従者を地下通路に向かって走らせた。そして自分自身は数歩前に出て、軽く準備運動を始める。
「俺がここに来たってことは分かるよなぁ!?」
「私を捕らえに、もしくは殺しに来たのだろう?」
「ダハハハ! まぁそんなところだが、その他にもある、俺はもっと戦いを楽しみてぇ!」
虎間はそう叫ぶと、腰に下げている刀を抜いた。
「その身体でも少しは楽しませてくれよなぁ!」
「ブラン殿、無理はしなくていい。もし危険だと思ったら二人を呼びに行ってくれ」
「でも……。はい、分かりました」
ブランは少し言いよどんだが、大人しく獅子民に従うことにした。
「私が前に出る。援護してくれ!」
獅子民はそう言うと、ブランを置いて駆けだす。そして刀を構えて向かってくる虎間と対峙する。
「ダハハッ! 生身で何が出来るってんだ?」
虎間はそう言いながら獅子民に斬りかかる。獅子民としてはあえて攻撃を受けて変化の力を使いたいところだが、斬撃によって行動不可能になることを恐れて獅子民は回避に専念することにした。
「ちょこまかと動き回りやがって、まぁその身体じゃ仕方ねーか! その背中の盾もただの飾りだな! ダハハハハッ!」
虎間は狩りを楽しむ獣のように刀を振り回しながら獅子民を追い回す。しかしその刀に殺気は宿っておらず、一番近い表現をするなら、それはまるで獅子民と戯れているような振り回し方であった。
「獅子民さんがあの身体だからって遊んでるのか?」
ブランは後方で二人の様子を伺いながらそう呟いた。そして腰にぶら下げているロープを取り出すと、それを右手に握って虎間の死角に回り始める。
そんなブランの行動は、戦闘中の二人には全く気付く余地がなかった。相変わらず獅子民は防戦一方で、攻撃に出る素振りは見せない。
「なんだぁ? 逃げてるだけじゃ勝てねーぞ!」
虎間が本気を出していないことを察知していた獅子民は、なるべく虎間と慣れ合っているフリをして、時間を稼ごうという魂胆であった。その間にブランが助太刀を、もしくは二人を呼びに行ってくれると信じており、獅子民はひたすらに虎間の攻撃を躱し続けた。
そのうちにブランは虎間の背後を取った。そしてロープを構えて虎間の攻撃の隙を伺う。
――そして一瞬の隙が生じた瞬間、ブランは右手に握っていたロープを放った。ロープは巧みに操られ、虎間の右手を捕らえた。
「あぁ? なんだこれ?」
刀を握っている虎間の右腕が拘束された。興を削がれた虎間は大きなため息をついた。そしてゆっくりと左手でロープを握り、ブランの方を振り向いた。
「あのなぁ坊主、遊んでるところを邪魔はするのは良くねぇぜ」
虎間は真剣な眼差しでブランを睨みながらそう言うと、ロープをぐっと握った。すると忽ちロープの握られた部分は溶けるようにして無くなった。そして右腕に残ったロープの先端を解き、床に放り投げた。
「これが『破壊の力』なのか……」
ブランはそう呟くと、急いで残りのロープを回収した。
「なんだぁ? お前知ってて攻撃してきたのか? 馬鹿な野郎だぜ」
虎間は鼻で笑いながらそう言うと、再び獅子民の方を向いて刀を構えた。その隙に、獅子民はブランの方をじっと見つめ、そして入り口の方をチラチラと見た。狙っているのは私だけだ。今のうちに助けを呼びに。獅子民はそんな意図を持って入り口とブランを交互に見た。ブランはそんな獅子民の意図を読み取り、小さく頷いた。
「続きと行こうや、獅子民」
虎間はそう言いながら獅子民に斬りかかる。やはりその刀に殺気は籠っていなかった。ブランはそれを確認すると、もう何も気にせず入り口に向かって走り出した。
一方ブランが助けを呼びに来るとは微塵も考えていない初汰とクローキンスは、地下通路でライレットとの戦闘を続けていた。
「あの野郎、余裕ぶっこきやがって」
初汰は駆けだしながらそう呟いた。その視線の先には錫杖を背後に浮かばせ、余裕そうに空中に浮かぶクローキンスが仕掛けた円盤を見つめているライレットが居た。
「お互い自分のゾーンを持っているようですね」
ライレットはクローキンスの方を見ながらそう言うと、左手に持っている土魔法で作った頑丈な銅製の盾を構え、右手に持っている氷の剣はやや下に構えた。
「ちっ、魔法使いなのか騎士なのか、よく分かんねぇやつだな」
クローキンスはそう言うと、断固として自分はガンナーであると言わんばかりに銃を構え、そしてライレットに照準を合わせる。
「やはりまだ不安の残る作戦だったようですね……。まぁどちらも同じことです」
ライレットはそう呟くと、円盤のことは一旦無視して銃を持つ本人を潰すことにした。となると後は行動あるのみで、ライレットは心に決めるとすぐ行動に移った。
――クローキンスが弾丸を発射するよりも前に、ライレットは盾を構えて突進した。それによってライレット自身を直接射撃することは出来なくなり、クローキンスは絶対に円盤を使うしかなくなった。
「ちっ、俺が慣れてない方に上手く誘導してきやがったか……」
クローキンスはそう呟くと、一度ロックを解除して拳銃にロングバレルを装着する。そして今度は宙に浮く円盤に照準を合わせる。少し自信が無いせいか、クローキンスは本能的に一番近い円盤に照準を合わせていた。
「おい、当てられんのか?」
初汰は突然クローキンスの作戦が心配になり、そう聞いた。
「黙ってろ、お前は近づいてきたあいつを俺の円盤のテリトリーに押し返すことに専念しろ」
「わーったよ」
「あんまり前に行き過ぎるとお前も跳弾の餌食だからな」
「こえーこと言うなって」
初汰はそう言うと、クローキンスの斜め後ろに下がって射線に入らないようにした。それを確認したクローキンスは、ライレットの氷の刃が届くよりも前に弾丸を発射した。
――円盤に直撃した弾丸は、跳ね返って上手い具合にライレットの背中を目掛けて飛んでいった。それを察知したライレットは、立ち止まって弾丸を防ぐのではなく、むしろ加速してクローキンスの喉仏を狙って突きを繰り出した。
「っと! やらせないぜ!」
初汰はクローキンスとライレットの間に割って入り、敵の攻撃を自らの片手剣で防いだ。その間に跳ねた弾丸はライレットの真後ろの床に直撃し、小さな穴を空けた。
「勇気を振り絞って正解だったようです」
「ちっ、だが今ので感覚は掴んだ」
クローキンスはそう言うと、あえてバックステップを踏んで距離を取ると、一番遠い円盤を狙って弾丸を放った。
――放たれた弾丸は一番遠い円盤に直撃すると、空を裂く閃光のように円盤から円盤への跳躍を始めた。
「あん中に戻ってもらうぜ!」
初汰はそう叫ぶと、油断していたライレットの剣を弾き、そしてクローキンスのテリトリーの中へ押し戻した。
「くっ、なるほど、こう来ましたか」
ライレットは錫杖の前まで押し戻されると、飛び跳ねる弾丸を目で追おうとするがそれは叶わず、すぐに諦めて防御に移ろうとする。それを見たクローキンスはすかさず弾丸を数発追加して、さらにライレットの逃げ道を塞ぐ。
「ちっ、これで逃げ場は無くなったな」
クローキンスはそう呟きながら通常弾の入っているリボルバーを外し、そしてマグネット弾が入っているリボルバーを装着した。
「弾を変えた?」
「ちっ、これで終わりだ」
クローキンスはそう言うと、少し低めに照準を構えてすぐに発砲した。
――弾丸はライレットの足元にめり込んだ。すると次の瞬間、飛び交っていた数発の弾丸がその場所を目掛けて一斉に跳弾した。危険を察知していたライレットは、残っている左手の盾で二発の弾丸を防ぐ。しかし背後から跳ねてきた一発の弾丸がライレットの右腕を捉えた。
「ぐっ……!」
弾丸は腕を掠めたようで、ライレットは止血するために盾から手を放し、すぐに左手で右腕の擦過傷を抑えた。
「なかなかやりますね……」
そう言いながらゆっくり立ち上がると、ライレットは右手をゆっくり上げ、そして人差し指を立てて二人に上を見るように示唆した。
「なんだ、上?」
初汰はそう言いながら上を見ると、そこには無数の氷柱が停滞しており、氷柱全ての鋭利な先端が二人に向けられていた。
「攻撃は最大の防御。次に少しでも動けば氷柱があなたたちを貫きますよ」
ライレットはそう言うと、ニヤリと勝利の笑みを浮かべた。
「ちっ、あの一瞬でこの量の氷柱を……?」
「複数属性の魔法に加えて一瞬でこんなに……」
「それだけではありませんよ」
ライレットは尚も微笑みながらそう言うので、不気味に思った初汰は辺りを見回した。すると背後には土の壁が出来ており、足元には雷魔法の罠が設置されていた。
「な、いつの間に!?」
「おっと、動かない方が良いですよ。その円から出ると発動してしまいますからね」
円から出ようとした初汰に向かってライレットがそう言った。
「ま、マジかよ……」
「ちっ、その様子からすると、俺がマグネット弾を打つ前から場は整っていたみたいだな」
クローキンスはそう言うと、拳銃をホルダーに戻した。
「物分かりが早くて助かります。種明かしをしますと、実はこの錫杖、こうしていると僕の魔力を増幅させてくれるんですよ。だから今もこうやって三つの魔法を同時に、それも大量に設置することで出来ているんです。僕はこれを、聖域。なんて呼んでますよ――」
「ちっ、そんなの誰も聞いちゃいねぇよ。俺たちをどうするつもりだ?」
「はぁ、人の話はちゃんと最後まで聞いた方が良いですよ? まぁ良いでしょう、これからあなたたちには――」
ライレットがそう言って二人を捕らえようとした時、背後の闇から一本のロープが伸び、そしてライレットの胴と腕を一緒くたに巻き尽くした。
「大丈夫ですか、お二人さん?」
そんな声と共に、闇の中からは二人に助けを求めに来たはずのブランが現れた。




