第六十話 ~密告者~
一方その頃初汰とクローキンスは、ドアを片方ずつ抑えながら二人の帰りを待つばかりであった。会話も無いせいか、そこにはただただ静寂ばかりが膨らんでいくばかりであった。
「おせーなー」
「ちっ、まだ今さっき行ったばかりだろ」
「そうだけどさ。待つのって退屈じゃね?」
「それはそうだな。だからと言って――」
クローキンスは突然口を閉じた。初汰もその行動から何かを感じ取り、黙ってクローキンスの方を見た。
カツンカツン、カツンカツン。と、不規則な足音が螺旋階段を伝い、誰かがここへ来るのを予感させた。二人はその音を聞くとドアから離れて地下通路に入った。そして痕跡を消すために両開きのドアを閉め、ドアが開いた時に丁度隠れられるように左右に分かれて身を屈めた。
足音はだんだんと近づいてきた。二人は息を潜め、追っ手の動向を伺う。追っ手は着実に階段を下ると、そのままドアの前で立ち止まった。そして次の瞬間、ドアはゆっくりと開かれた。
ドアは完全に開かれ、初汰とクローキンスは上手い具合にドアの背後に隠れることが出来た。このまま追っ手が二人の存在に気付かずに通り過ぎてしまえば良いのだが、そんな簡単に事が運ぶはずは無かった。
「この一直線で隠れられるとでも思っていたのですか?」
初汰とクローキンスは伏せていた顔を上げて通路の方を見た。するとそこには仄暗い地下通路とは相反し、真っ白いローブを着て、ブロンドの長い髪を後ろで結んでいる物腰の柔らかそうな男性の背中があった。そしてその隣には、クローキンスには馴染み深い老人が立っていた。
「ちっ、これはどういうことだ……」
「君たちが侵入してくるのは分かっていたよ。彼の密告によってね」
朗らかな男性はそう言うと、振り返って二人の方を見た。そしてそれに続いて隣の老人、ギルも二人の方を向いた。
「ちっ、じじい……」
クローキンスはそう呟きながら、銃に手をかける。
「おやおや、血気盛んですね。あまりよろしく無いですよ」
男性はそう言うと、渋い顔をして顔を左右に軽く振った。
「てめぇがそそのかしたのか?」
「睨まないでくださいよ、僕は何もしていない。そんなことより、さっさと侵入者を捕縛しなければいけないからね」
男性はそう言うと、右手に火の玉を、左手に鋭い氷柱を作り出し、そしてそれらを初汰とクローキンスに向かって放った。
「あっぶね!」
初汰とクローキンスは敵の急襲を間一髪回避した。
「流石にこの程度ではやられてくれませんね」
男はそう言うと、勢いよくローブを翻して姿勢を正した。
「ちっ、とりあえずてめぇから撃ち殺す」
クローキンスはそう言うと、銃を抜いて構えた。そして迷いなく弾丸を放つ。
「おっと、逆鱗に触れてしまったかな?」
クローキンスが放った弾丸を、まるで闘牛士のようにひらりと躱すと、微笑しながらそう言った。
「まぁ落ち着いて、奇襲をかけたのは申し訳ない。ここからは正々堂々やらせてくださいよ」
「ちっ、黙れ」
男の緩やかな口調に対し、クローキンスの口調は刺々しかった。
「僕はライレット・リミエル。以後お見知りおきを」
ライレットはそう言うと、丁寧に軽く一礼をした。
「ちっ、誰もてめぇの名前なんかには興味ねぇよ」
クローキンスはそう言うと、素早く二連射する。ライレットはその音を聞くとすぐに頭を上げ、そして両手に風魔法を纏って弾丸を左右の壁に向かって弾いた。
「はぁ、あまり荒事は得意では無いのですが……」
ライレットはそう言うと、両手に着けていた真っ白い手袋を外した。そしてローブのポケットに纏めてしまうと、目つきを鋭くして初汰とクローキンスを睨んだ。
「あなたたちには大人しく捕らわれてもらいます。それと、他の侵入者のことについても聞かせてもらいますよ!」
左手に炎を纏い、右手には風を纏った。そして左掌を天井に向けて前に出し、その少し後ろに右手を添えた。すると左手の上でゆらゆらと燃えていた炎が風魔法によって増幅し、火炎放射の様になって初汰とクローキンスに吹きかかる。
「ちっ、早速かよ……」
火炎を躱したクローキンスはそう呟くと、素早くリロードを済ませてロングバレルを装着した。
「あっちぃ! 殺意たけーな。こりゃうかうかしてらんねー」
初汰はそう言うと、剣とテーザーガンを構えてライレットを睨んだ。
「二人とも、良い目になりましたね。僕も全力で行きます。ギルさん、下がっていてください」
ライレットがそう言うと、ギルは素直に地下通路の奥の方へと後退した。
「ちっ、これで存分に暴れられる」
どこかでギルのことを気に掛けていたようで、クローキンスはそう呟くと早速連結銃を構えて弾丸を発射する。
「残念だけど、君の弾丸は僕に届かないよ」
ライレットは両手に風を纏い、再びクローキンスが放った弾丸を無効化してしまう。
「ちっ、なんで複数の魔法を……」
二人は目の前に立ちはだかるライレットに手こずり、螺旋階段の前から一歩も前進できずにいた。クローキンスもやたらに弾丸を放ってもダメージを与えることが出来ないことを察し、ロングバレルを外した。
「あいつ、一人でいくつもの魔法を操れるのか?」
「ちっ、普通そんなのはあり得ないけどな。操れる魔法の属性は偏るはずだ。人間の考え方みたいにな」
「ってことは、あいつは特異体質みたいなもんなのか?」
「今はそう考えておくのが正解かもな」
二人がひそひそ話していると、ライレットは右手に雷魔法を纏った。そしてニヤリと微笑むと、ゆっくりとしゃがんで左手を地面に乗せた。すると左手から水が流れ始めた。
「おいおい、次は水と雷魔法かよ」
「ちっ、とにかく今は協力してあいつを倒すぞ」
「おう!」
初汰はテーザーガンの照準をライレットに向ける。それと同時にクローキンスも連結銃を構え、そして二人同時に弾を発射した。
「ほう、なるほど」
ライレットは弾を避けるために身を退いた。
「よし、詰めようぜ」
「ちっ、あぁ、魔法使いなら接近戦には弱いはずだ」
弾丸を回避するために体制を崩しているライレットを見て、二人は一気に距離を詰めた。クローキンスはその間に鞄から短剣を取り出し、連結銃に装着して銃剣タイプに変化させた。
「接近戦に持ち込むつもりですね。良いでしょう……」
ライレットはそう言うと、接近してくる二人を確認しながら両手に纏っていたそれぞれの魔法を解き、右手を背後に回す。そして次に右手が正面に戻ってくると、その手には錫杖が握られていた。
「へっ、杖程度じゃ俺の剣には太刀打ち出来ねーだろ!」
初汰は右手に構えていた剣を振り上げ、そしてライレットに斬りかかった。
「甘いですね。この杖は剣と張り合えるくらい強固ですよ。それに……」
ライレットはそう言うと、体重を乗せて斬りかかってきている初汰を撥ね退け、そして腹部を殴打して距離を取った。
「僕の方が近接の戦闘技術も長けていますよ」
数歩後退したライレットは、微笑しながらそう言って初汰の方を見た。
「げほっ。くそ……」
「ちっ、なにちんたらやってんだ」
「は、ち、ちげーし、ちょっと油断しただけだ」
「なら油断してんじゃねぇ」
クローキンスはそう言うと、今度は初汰に代わって斬りかかる。ライレットはそれを正面から受け止め、クローキンスとライレットは幾度か己の武器をぶつけあった。
「やりますね。本職は遠距離のはずでは?」
「ちっ、どの口が言う」
クローキンスは一気に距離を詰めて鍔迫り合いに持ち込む。ライレットはその勝負を真っ向から受け、遠距離、中距離を得意とするはずの二人は超至近距離で相まみえていた。
少しの間、それこそコンマ何秒の間、二人は見合い、お互いの出方を伺い合った。そして先手を打ったのはクローキンスであった。鍔迫り合いの最中、何とかして銃口をライレットの方へ向け、トリガーを引いて発砲した。
――何となく察知していたライレットは、間一髪弾丸を避けた。と言っても、弾丸は左腕を掠め、白いローブの袖を少し汚した。連続の発砲を恐れたライレットは、錫杖を左手一本で持ち、右手には炎を宿し、それをクローキンスに向けて放った。
クローキンスもなんとか火の玉を躱し、初汰の横まで後退した。
「ふぅ、なるほど、そんな使い方もあるんですね」
「ちっ、そっちはまだ何か隠してるみたいだな」
「フフッ。頑張って引き出してみてください」
挑発的にそう言うと、今度はライレットが二人に襲い掛かる。錫杖を右手に構え、左手には雷魔法でシールドを作り、二人の前に踊り出た。
――ライレットが仕掛けて来るよりも前に、クローキンスは一歩前に出て銃剣で切りかかった。ライレットはそれを雷の盾で受け止めると、錫杖でクローキンスに殴りかかる。しかし手の空いている初汰がその錫杖を受け止め、三人は三角形のような形で互いの武器を重ね合った。
「場数がまだまだですね」
ライレットは余裕の表情を浮かべてそう言うと、魔力を増幅させ、雷の盾を巨大化させてクローキンスを跳ね飛ばした。続いて一人になった初汰とは剣と錫杖で交戦を始め、剣よりも若干長い錫杖のリーチを利用して初汰を圧倒する。
「ちっ、出し惜しみはしてらんねぇな」
クローキンスはそう呟くと、バッグから以前使った円盤を取り出した。しかし今回は以前と違い、だいぶ小型化されており、さらに枚数が多くなっていた。
「なにやら面白いことが起きそうですね」
ライレットは初汰の相手をしながらも、しっかりとクローキンスの動きを確認しながらそう呟いた。
「この野郎……。お前の相手は俺だ!」
初汰はそう叫ぶと、荒々しく攻撃を重ねて行く。
「そんな単調な攻撃では何も面白く無いですよ」
避けるところは避け、受けるところは受け、ライレットは初汰の攻撃を全て躱した。
「まだまだ!」
初汰は剣で攻撃する最中、相手の隙を突いてテーザーガンを発射した。
――その時、ライレットは一瞬真剣な表情になり、左手に風魔法を纏うと、右手に持っている錫杖を微かに揺らし、先端についている数個の遊環が綺麗な音色を出した。すると左手に纏っていた風魔法が一瞬だけブーストし、初汰とライレットの間に突風のようなものが生じた。それによって二人はともに背後へ吹っ飛び、互いに距離を取る形となった。
「なんだ、今のは。一瞬で魔力が……」
初汰はライレットの左手を見ながらそう呟いた。そして発射したテーザーガンを回収して、すくりと立ち上がった。
「ちっ、今僅かにトリックを見せたな。わざとか?」
「さーな。でもあの顔からしたらわざとかもな」
ライレットは余裕な笑みを浮かべていた。そしてローブの汚れをはたき落とし、初汰とクローキンスのことを見ていた。
「二人とも少しはやるようですね。ではそんな二人に敬意を払い、もうちょっとだけ本気を出すことにします」
ライレットはそう言うと、錫杖でトントンと地面を突いた。すると再び遊環が綺麗な音色を上げ、そして次の瞬間、錫杖がゆっくりと宙に浮き始めた。
「複数を相手にする時によく使っているんですよ。フフッ、そんなことどうでも良いですかね。さぁ、どこからでもどうぞ」
ライレットは二人を挑発するようにそう言うと、右手に氷魔法で作った剣を、左手には土魔法で作った盾を装備した。
「ちっ、絶対にあの杖が何かをしてる。アレを狙うぞ」
「おう、俺が前であいつの相手をすればいいか?」
「ちっ、そうだな。援護しつつ俺があの杖を狙う」
「オッケー、分かった」
初汰はそう言うと、クローキンスの合図を待った。一方クローキンスは小型の円盤を両手で二枚ずつ持ち、一歩前に出た。すると交互に円盤を投げ、四枚の円盤をライレットの周囲に浮遊させた。
「なるほど、大胆ですね。やることは何となく予想がつきますが、素人の僕には感覚で避けるしかありませんね……」
クローキンスが投げた円盤はドローンの様に空中で停滞し、ライレットを囲むようにして配置された。
「ちっ、行くぞ。まだ試作段階だが」
「おい、俺に当てんなよ?」
「当てねぇよ。そこまでノーコンじゃねぇ」
「……分かった。お前を信じるよ」
初汰は渋々そう言うと、両手の武器を構えてライレットに立ち向かっていった。




